その後――――
「そこそこの情報くれたぜ、あのクサレ魔術士」
 襲撃してきたクレウス=ガンソの拘束に成功したフェイルたちは
 酒場【ヴァン】へと一旦戻り、しばらく倉庫内に監禁してもらう事にした。
 当然、目的はハルの安全確保と、更なる情報の収集。
 そして今、尋問を買って出たハルがすまし顔で倉庫から出てきた。
 酒場で夕食を済ませたフェイルとアルマは、特に茶化しもせず真剣な顔で迎える。
「まあ、一番気になるのは嬢ちゃんの安全なんだが……」
 二人と同じテーブルにつき、ハルはやや大げさにため息を吐いて首を左右に振った。
「これに関しちゃ、どうも要領を得ねぇな。少なくとも、アルマの嬢ちゃんを
 露骨に狙ってるような連中はいねぇらしい。だが、このメトロ・ノームで
 近々いざこざがあるのは確かだから、その巻き添えを食らわないようにってのが
 バルムンクの助言の真意かもしれねぇ」
「そっか……」
 フェイルは困惑しつつ、アルマに視線を向けた。
 確実に狙われている訳ではないのなら、四六時中張り付いている訳にはいかない。
 曖昧な危機は、却って身の安全を確保しにくい。
 バルムンクはだからこそ、助言に留めたのだろう。
 もしアルマ個人が特定の人物や集団に狙われているのなら、彼本人は難しいにしろ、
 彼が最も信頼できる人間を護衛につけるくらいの事はするはず。
 そういう意味では、クレウスの明かした情報には一定の信憑性があるようだ。
「で、ここからが本題だ。この一連の状況……つまり、メトロ・ノームの封鎖には
 どんな狙いがあるのか」
「わかったのかな?」
 アルマの問いかけに、ハルはこれまた微妙な表情を浮かべた。
「どうやら、勇者君が何かしら関係あるみてーだ」
「リオが……?」
 驚き半分、納得半分の顔でフェイルはここにいない勇者の愛称を呟く。
 現在、リオグランテはエル・バタラの決勝に駒を進めていると思われる。
 地上における主役の一人だ。
「肝心な内容についちゃ、どうしても話せねーってんで勘弁しといたが……
 今回の騒動の根本にあるのは二つの計画だそうだ」
「計画?」
 要領を得ないという顔で訊ねるアルマに、ハルは一つ頷いてみせた。
「名称は【勇者計画】と【花葬計画】だとさ」
 勇者計画。
 花葬計画。
 その二つの言葉が、クレウスより得られた最重要の情報となった。
「勇者計画……は、なんとなく名前から想像がつくね」
 思案顔で呟くフェイルに、ハルは肩をすくめる。
「まーな。リオグランテ君を勇者に祭り上げる計画なんだろよ。
 エル・バタラの出来レースなんてまんまだしな。あの少年にエル・バタラ
 優勝者の称号を与えて、箔を付けさすんだろ。王都近辺で露骨にやれば
 他国に白い目で見られかねないが、遠く離れたこの地でイカサマやらかしても
 よその国からはそこまで注目されてないだろうからな。称号って結果だけが知らされる」
「よくわからないけど、ここに来たリオグランテって子がズルしてるのかな?」
 事情を知らないアルマのそんな疑問は、ある意味今回の問題の本質を問うていた。
 リオグランテがもし、この勇者計画を知って敢えてズルをしているのなら――――
 ここ最近のリオグランテの変貌は、実績を重ねた事による自信ではなく、
 本性を剥き出しにし始めただけ、とも取れる。
「違ったのかな」
「違ってて欲しいけど、今のところ確証はないよ。まあ、違うと思うけど」
「らしくねーじゃねーか。アレコレ深く考えるタイプのフェイル君がよ」
 茶化すように口角を上げるハルを無視し、フェイルはもう一つの
 計画について考える事にした。
 何しろ、勇者計画というのがリオグランテに勇者らしい実績を与える為の計画なら、
 このメトロ・ノームの封鎖と繋がりが不明だ。
 例えば、エル・バタラの不正を知る人間をここに幽閉するというのなら、
 もっと早い段階で閉鎖しなければ意味はない。
「花葬計画……」
 勇者計画と違い、こちらは物騒な響きを持つ名前だ。
 花葬という言葉は一般的ではない。
 火葬や水葬のように、弔う方法を示唆しているのは想像できるが、
 花でどうやって人を弔うというのか――――
「……いや。できる」
 フェイルはポツリとそう漏らした。
「あん? 何ができるって?」
「花葬計画がどんな計画なのかはわからないけど、可能性の一つとして……」
 そこまでハルに説明をしたフェイルは、思わず目を見開いた。
「ハル。明日、何かが起こる……アロンソさんはそう言ってたよね」
「ああ。クレウスとの繋がりも示唆してたから、アイツ等は同じ穴の狢なんだろな」
「それなら、今言った二つの計画が明日実行されるのかもしれないね」
 アルマの見解に、フェイルも同調した。
 明日、勇者計画と花葬計画は実行される。
 勇者計画はそのまま、エル・バタラの決勝でリオグランテがデュランダルに
 勝利し、優勝するという事になるのだろう。
 そして、花葬計画も――――
「……おいフェイル。さっきから歯切れ悪ぃぞ」
 業を煮やしたハルに、フェイルは眉間にシワを寄せたまま俯いた。
 歯切れが悪くなるのも仕方がない。
 フェイルの想像が間違っていなければ――――
「ビューグラスさんが、関係してるかもしれない」
「さっきのジジイか?」
「お年寄りは敬わないとよくないよ」
「……さっきのおじいさまか?」
 アルマの指摘に折れたハルに対し、フェイルは複雑な顔で頷く。
「推測に過ぎないけど……花葬っていうのがもし、花と関係のある計画だとしたら
 薬草学に長けたビューグラスさんが一枚噛んでいる可能性はあると思うんだ」
「薬草学の権威には植物の造詣がある、ってか。だとしたら、ここにあのジジ……
 おじいさまがいたのは、そういう事なのか?」
「わからない。でも、このメトロ・ノームで花葬計画ってのが行われるんなら、
 これまでのいろんな人達の『何かが起こる』って忠告は、それを指してるんじゃないかな」
 もしそうなら――――これからビューグラスが秘密裏に何かを実行しようと
 している事になる。
 それも、王宮主導の計画。
 フェイルは大きな不安を覚えた。
 それは、単に自分やアルマに危機が迫っているという不安だけではない。
 取り返しのつかない何かが起ころうとしている――――そんな予感があった。
「……ハル。頼みがあるんだけど」
 フェイルは下唇を一瞬噛んだのち、鋭い目をハルへ向けた。
「おう。なんだ?」
「ハルの魔崩剣っていうのが、本当にこのメトロ・ノームと地上を繋ぐ
 扉の封印を解けるのなら、解いてくれないかな。場所はどこでもいいから」
「地上に行って、どうすんだ?」
「まず、リオに話を聞きたい。リオが勇者計画の事を知ってるかどうか……
 それを確かめたいんだ」
 リオグランテがもし勇者計画について何かしら把握していれば、
 そこから新たな情報が得られるかもしれない。
 それに、リオグランテは、アロンソを師事していた。
 アロンソから情報を得ている可能性もある。
「いいぜ。いつがいい?」
 ハルは今回は特に勿体振るつもりもないらしく、すんなり首肯した。
「できれば今すぐ。決勝が始まる前じゃないと、間に合わない……
 そんな気がするんだ」
「あいよ。で、嬢ちゃんはどうすんだ?」
 何気ないハルの問いに――――アルマはキョトンとした顔で小首を傾げた。
「いや、コイツについていくのかなー、って思っただけなんだが」
「此方が?」
「ああ、別に行かないんならいいんだけどよ」
 それは――――余りに突然訪れた、約束を果たす時間。
「……」
 フェイルは困惑しつつ、アルマに視線を向ける。
 確かに、今ならこのメトロ・ノームからアルマを連れ出す事はできるかもしれない。
 何しろ、倉庫にはずっと探していた代わりの封術士がいる。
 逃がす事を条件にして、アルマの代わりを務めて貰えばいい。
 勿論、やり方を教えたところで直ぐに夜を作れるようになるかどうかは
 わからないから、受けるかどうかを含め、聞いてみなければわからない。
 でも、可能性はある。
 何故なら――――
「……ハル。クレウスって人は王宮の指示でハルを狙ったと思う?」
「あん? なんだよ突然」
「大事なことなんだ。どう思う?」
 王宮主導で計画が動いている事は疑いようがない。
 ハルの魔崩剣が邪魔なのも、王宮だろう。
 だから、クレウスがハルを襲ったのは、必然的に王宮の指示――――誰もがそう思う。
「……いや。多分違うな」
 だが、ハルは割とすんなり否定した。
「もしそうなら、俺に計画の名前を言う事すらしなかったろうよ。
 幾ら俺が剣聖の息子と知っててもな」
「だよね。きっと、計画の事は知っているけど、動いているのは独断なんだと思う」
 つまり――――
「頼めば、時間を割いてくれる可能性はある」
 アルマの代わりを務めてくれる可能性は、ある。
 フェイルはそう結論付け、アルマに向けた視線をより強くした。
「アルマさんが望めば、交渉してみる。どうする? これから僕についてくる?」
「……此方は――――」
 アルマは、一瞬迷った顔をしたのち、答えを紡いだ。








  前へ                                                             次へ