「ハルっ!」
 石畳に這いつくばるように、うつ伏せになって倒れ込んでいる友人の名を
 叫んだフェイルは、ほぼ無意識のうちにクレウスへ向けて矢先を向けていた。
 だが、射ない。
 射ればこの場にいる全員――――つまりアルマも標的になるかもしれない。
 何より、倒れているハルがトドメを刺される恐れもある。
 勿論、ハルにまだ息があれば、という前提条件付きだが。
「賢明じゃねーか。確かにまだ、コイツは生きている。つーか殺せねーんだけどな」
 クレウスは微動だにしないハルの後頭部に足を乗せ、その傍に唾棄した。
 フェイルの躊躇する理由も、読み切っている。
 宮廷魔術士の名に相応しいスケールの大きさを漂わせ始める一方で、
 野蛮とさえ言える挙動を見せるクレウスに、フェイルは苦々しさを覚えていた。
「ま、全治三ヶ月……ってトコだ。しばらく大人しくさせときな」
「何の目的で……?」
 そう問いつつ、片方で頭の回転速度を上げる。
 フェイルは、クレウスの意図を掴めずにいた。
 ――――何故、ハルを狙う必要があるのか。
 フェイルの知る、ハルが狙われる理由となりそうな要素は三つ。
 ギルド間の抗争。
 私怨。
 そして、剣聖ガラディーンの息子という血筋。
 宮廷魔術士相手に上二つが理由となる可能性は低い。
 ただ、剣聖の息子だからという理由で狙われるのなら、このタイミングで
 しかもこの状況で、というのは奇妙だ。
 闇討ちなら、もっと相応しい場面が幾らでも用意できる。
 まして、フェイルとアルマもいるこの状況で、というのは不自然。
 結果、血筋の問題とも考え難い。
 自分の知らない動機が存在すると考えるのが妥当――――フェイルは
 そう結論付けた。
 だが、材料はある。
「話す義務はねーな」
「さっき『ハルが自分の剣を持っていたら、こう簡単にはいかなかった』って言ってたよね。
 ハルの剣……魔崩剣と関係があるって事なの?」
 その材料を組み合わせて、追撃。
 不意を突かれたのか、クレウスの眉がピクリと動いた。
 ただし、ここからは慎重にならなければならない。
 フェイルは『魔崩剣』という言葉が何を意味するのかを知らない。
 何しろ、ついさっき初めて聞いた言葉だ。
 普通に考えれば剣の名前。
 ハルの愛用する剣と考えるのが妥当だ。
 けれど、そうとは限らない。
 ならば、慎重であるべきだ。

 ――――気づかれない為にも。

「お前が何処まで知ってるか、興味がない訳じゃねーが……生憎これでも
 忙しい身でな。駄弁ってる暇はねーんだ」
「さっさとエル・バタラで敗退したのも、他にやる事があるから?」
 慎重に。
 しかし、それでいて大胆に。
 フェイルはクレウスから最大限情報を引き出すべく、カマをかけた。
 瞬間――――クレウスの顔色が変わる。
「……お前は確か、流通の皇女と顔見知りだったな。じゃあ、それなりに
 事情に精通していると見るべき、か」
 舌打ちしながら、クレウスは顎を引き、睨むようにしながら笑顔を作った。
 だが、臨戦態勢とは言えない。
 フェイルは自分とアルマが標的ではない事はもう悟りきっていた。
 さっきクレウスが『標的の排除、完了』と漏らしていた時点で。
 だからこそ、アルマを危険に晒す蛇足行為は避けなければならない。
 それを踏まえた上での、挑発にはならないギリギリの範囲でのカマかけだった。
 結果は――――
「だったら、流通の皇女に言伝だ。『お前の部下はクソ生意気で気に入らねぇ』ってな」
 ――――吉とも凶とも出なかった。
 そう簡単に情報漏洩してくれるような、甘い相手ではなかった。
 ならば。
「……仕方ない」
 フェイルは弓引く右手に力を込める。
「ん? 何だ、戦る気か? オレ様は別にお前なんざ相手する理由はねーぜ?
 しかも戦るってんなら、そっちの超美人ちゃんにも被害が及ぶかもしれねー。
 それでも戦るってクソ判断するほど頭が悪いようにゃ見えねーが……」
「それはどうも」
 返答と同時に、フェイルは明確な殺気をクレウスへ向けた。
 後ろにいるアルマが不安げにしていると想像しながら。
 だが――――
「此方は大丈夫だよ。信じてるからね」
 ボソッと囁いたアルマの声に、フェイルは思わず驚く。
 震わせる事もない、凛とした声。
 性格とは違い、芯の強い勇敢な女性――――そんな一面がアルマにあると
 フェイルは初めて、いやあらためて理解した。
 そして、救われた。
 唯一の懸念が消えた事に。
 迷いなく、実行できる事に。
「仕方ねーな。美女狩りは趣味じゃねーが、飛んでくる火の粉は……」
「払わねぇとな」
 刹那。
 クレウスの魔術を食らった筈のハルが、クレウスの足首を払い、勢いよく立ち上がる。
「……!?」
 その予想できる訳もない出来事に加え、フェイルに警戒心が向いていたクレウスは
 為す術もなく足を取られ転倒。
 一瞬で立場は逆転した。
「な……何だ? どうなってやがる?」
「答える義務はねーなー」
 狼狽しながら見上げているクレウスに、ハルは満面の笑みを浮かべ――――
「このクソ野郎! よくもやってくれたじゃねーか!」
 倒れているクレウスの背中に向けて蹴り一閃。
「ガハッ! お、お前……倒れた魔術士相手に蹴りたぁ、随分と上等な性格してんじゃねーか」
「うっせー! 不意打ちしてきた上に女襲うフリするなんざセコイ真似してきた
 テメーに言われたかねーや! この! この!」
 ここ最近、フェイルとアルマに弄ばれた鬱憤を晴らすかのように、
 ハルは蹴りを連打。
 それでも、気を失わせないよう背中や肩に限定して蹴っているあたり、
 それなりに理性的ではあった。
「フーッ、フーッ……そんじゃ、テメーに俺を狙うよう指示したヤツの名前を聞こうか。
 答えねぇならこのまま蹴り続けるぜ? いや、この一連の不意打ちの手法を
 宮廷魔術士団の連中にチクった方がダメージありそうだな」
「随分陰険なコト言うじゃねーか。剣聖の息子ともあろう者が。なあ、ラインハルト」
 突然、クレウスの口から知らない名前が出てきた事に、
 フェイルは怪訝な顔を浮かべる。
 ライン『ハル』ト――――
「……まさか、ハルの本名?」
「ま、そんなトコだ」
 ヒラヒラと手を振り、ハルはそう答えた。
 ラインハルト――――それがハルの本名。
「偽名を使うなんて、悪人みたいだね。ガッカリだよ」
「僕もそう思う。ガッカリだ」
「うっせー! お前らいちいちうっせーよ! 俺だって別に好きで偽名使ってねーよ!」
 アルマとフェイルに涙目で叫んだのち、ハルは足元で蹲っている
 クレウスを一瞥した。
「ま、テメーの依頼主なんて大方知れてんだけどな。そもそも王宮魔術士は
 王宮の指示で動くんだから、当然そういう事だろ?」
「……」
 クレウスは肯定も否定もしなかった。
 だが、それが正解なのだろうとフェイルは推測し、同時に納得した。
 このメトロ・ノームの封鎖が王宮主導で行われているという
 以前のハルの発言との整合性からも、可能性はかなり高い。
 となると、目的は――――
「この封鎖をハルに解除されないように……?」
「多分な。俺の魔崩剣なら、封術も解除できるからな」
 ハルは肩をすくめながら、フェイルの推測に同意した。
「俺が愛用の剣以外で魔崩剣を使えるかどうか、しばらく泳がせてたんだろな。
 で、使えないってのがバレちまったんで、襲ってきた」
「ん? 使えるから襲うんじゃない? 普通。使わせない為に」
「……言われてみりゃそうだな。あれ? じゃあなんで俺襲われてんだよ」
 辻褄が合ってそうで合っていなかった話に、二人は思わず顔を見合わせ、
 同時にクレウスの方を睨む。
「答えなきゃ、王宮にオレ様が美女を襲おうとしたってのをバラされるんだったな。
 だが、ここを出られない事には、それもできねーぜ?」
 クレウスはあくまでシラを切る。
 ハルはこめかみのあたりに血管を浮かばせつつ、口元を引きつらせた。
「ほう……この状況でまだそんな口叩きやがるか」
「先程のオレ様の魔術で致命傷を負った筈のお前が、どうして無傷なんだ?
 それを教えてくれれば、答えてやってもいいぜ」
 ポキポキと両手の指を鳴らしていたハルに対し、クレウスは交換条件を突きつけてきた。
 その事が一番引っかかっていたらしい。
 ハルはそれはもう嬉しげに、ニンマリと微笑んだ。
「ああ。それはな……」
「魔崩剣、でしょ?」
 満を持して、ついに――――そんな顔で告げようとしたハルより先に
 フェイルが答える。
 愕然としたまま固まったハルを尻目に、フェイルが説明を続けた。
「多分、上半身の何処かに短剣か何かを仕込んでる。魔崩剣ってのが
 剣の名前なら、それがそのまま魔崩剣なんだろうと思う。でも、技の名前かも
 しれないね。恐らく魔術を無効にする効果がある。封術だけを無効化する
 ような名前でもないし。だから、ハルはアンタの雷を無効化してたんだ」
「そうか……使えたのか。やはりな」
「やはり、って事は、そっちも読んでたんだ」
 納得顔のフェイルに対し、固まったままだったハルはプルプル震えだし――――
「なんでバレてんだ!? 俺、お前に言ったよな!? 愛剣さえありゃ使えるって!
 でも手元にないって! って事はだ、使えない前提で話が進まねーと変だろ!?
 そっちのクレウスも、俺が魔崩剣使えるなんて何処で読めたんだよ!?
 テメーも俺は愛剣を持ってねーってのを知ってるふうだったじゃねーか!」
「……っ」
 噴火するかのように捲し立て、関係のないアルマを怯えさせた。
「いや……だって、『愛用の剣があれば脱出できるのに』って笑いながら
 言われたら、本当は持ってるんだろなって思うのが普通でしょ」
「マジかよ! 最初からバレてたのかよ! 後で『実は愛剣以外でも魔崩剣
 使えるんだぜ、へっへっへーっ』って自慢しようとしてたのが!
 ちっくしょーッ! ちィィッくしょーーーーーッ!」
 ハルは愕然とした様子で、大げさに崩れ落ちた。
「……でも、そっちはなんで読めたの?」
 泣き崩れるハルを無視し、問いかけるフェイルにクレウスは冷めた顔で嘆息する。
「今にして思えば、って話だけどな……ヤツが倒れ込む際の不自然な動きだ。
 上体に閃光を受け、うつ伏せに倒れるのは奇妙だろ? 普通は仰向けだ。
 もっと早く気づければ、こんな無様な姿を晒さずにすんだのによ……」
「だよね。本当、演技下手なんだよねえ。ハルって」
「あー悪うござんしたね! 俺ぁどーせカスだよ! 頼りになる
 兄貴分的な存在にゃ一生なれねーよ!」
 わんわんわめくハルを、アルマがよしよしと慰めるのを背に、
 フェイルはしゃがみ込んでクレウスを睨む。
「……ここで襲ってきたのは、ハルがアルマさんと行動を共にしているから、
 ここに必ず来るって踏んで?」
「いちいち鋭ぇヤツだな。それより、そろそろ立たせてくれねーか?
 奇襲に失敗した以上、もうお前らを襲う気はねーよ」
「それを信じろって言われても困るよ」
「なら、コイツをくれてやる」
 クレウスはカード型の魔具をフェイルに向かって放り投げた。
 だが、フェイルは受け取らない。
「アンタ、魔術だけじゃないでしょ? 多分体術も使えるから、意味がないよ」
「……チッ。参ったな」
 最後の抵抗空しく――――この時点でクレウスの奇襲は完全に失敗に終わった。








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