――――それは、余りに唐突な問いかけだった。

「攻撃と防御の比率……お前はどんなふうに設定している?」
 フェイルはしばらく呆然としつつ、目の前にいるデュランダルの顔を凝視する。
 相変わらず、どれだけ激しい攻防を繰り広げても、息一つ乱さない。
 一方のフェイルは、肩で息をするのも億劫なほどに疲れ切っていた。
「……そんなの、意識した事もないよ」
「感覚的な比率でいい。答えろ」
 頭を働かす事を拒絶したフェイルに対し、デュランダルの声はどこまでも冷淡。
 だが、突き放すような物言いかというと、そうでもない。
 事実、フェイルは不快感を覚える事なく、自分の攻防比率について
 真剣に考えた。
「そうだね……攻撃7、防御3くらいじゃない? 普通の弓兵なら攻撃10なんだろうけど」
「弓兵なら、保身は一切考えないという事か?」
「まあ、そうなるんじゃないかな。だって、矢を撃つ時に防ぐなんて発想ないでしょ」
 息も切れ切れに答えるフェイルに対し、デュランダルは腰に手を当て、
 思案顔を作って宙に目を向けた。
「どうやら、お前は根本的なところで考えを誤っていたようだ」
「え? どのへんが?」
「普通、弓兵は相手を射抜く事より、自分の軍の攻撃を支援する事を
 第一とする。ここまではわかるな?」
「まあ、そりゃそれくらいは」
「では、支援とはどんな心持ちで行う?」
 原始的とも言えるデュランダルの質問に、フェイルは困惑した。
 支援の心持ちなど、考えた事は一度としてない。
 単に、多数の弓兵が矢を放てば、それだけ敵を攪乱できるし、
 萎縮する可能性が高い――――それだけの事だと考えていたからだ。
「降参。教えてよ」
 フェイルは見切り早く、手を上げる。
 デュランダルは呆れ気味にため息を吐きながらも、その選択に一定の評価を
 下したのか、小言なく答えを告げた。
「支援とは、手助けだ。だが、矢で剣や槍を手助けする訳ではない。そうだな?」
「そりゃそうでしょ」
「では、何に助力しているのか……答えは簡単だ。命に対してだ」
 その予想もしていなかった回答に、フェイルは思わず眉間にシワを寄せた。
「味方を守る為に、弓兵は矢を射ている……そう言いたいの?」
「弓兵に限った話ではない。人に限った話でもない。闘争とは本来、
 己の身を守る、己の夢を守る、味方を守る……つまりは生命を守る、
 その為に行うものだ」
「……急に話が大きくなったね」
 半眼で呟きつつ、フェイルはしゃがみこんだ。
 空は既に白くなり、橙の部分も目立ち始めている。
 まだ風は生温いままだったが。
「大きさの問題ではない。単に支援が最もわかりやすい例だっただけの事だ。
 いかなる攻撃も、いかなる破壊行為も、突き詰めれば生命の保護を
 目的としている。つまり……」
 デュランダルは、静かに語る。
「極限は攻撃0、防御10。理想は攻撃1、防御9。現実には――――」
 攻撃2、防御8。
 その比率で構えておけば、如何なる生命の危機にも自分の力を発揮できる。
 やり残しなく抵抗できる――――

 


「確かに、そうなのかもしれない――――」
 心中でそう呟きながら、フェイルは弓につがえた矢の照準を、
 宙に舞う人影に向けていた。
 魔術による攻撃で瓦礫が破壊された瞬間、フェイルは反撃より
 敵の追撃への警戒に重きを置いた。
 この状況――――つまり、魔術を二度放った次の攻撃で、何が有効か
 を考えていた。
 ハルの言うように、気配は一つ。
 焦らしてからの、満を持しての攻撃開始。
 遠方からの攻撃魔術。
 ならば、相手は魔術士で、攻撃をしかけてくるとすれば
 やはり魔術。
 ここまできて奇襲の心配はない――――無意識のうちにそう刷り込まれていると
 そこで気づいた。
 もしここで奇襲を仕掛けるなら、魔術以外の攻撃以外にはない。
 つまり、接近戦。
 魔術で攪乱し、遠方に意識がいったところを接近して仕留める。
 それは、攻撃2、防御8の比率だからこそ警戒できた、極めて薄い可能性。
 そして、フェイルだからこそ――――弓兵でありながら接近戦の攻防を
 鍛錬してきたフェイルだからこそ、あり得た発想。
 魔術士が飛び込んでくるなど、普通はあり得ない――――
「――――なっ!」
 気合いと共に放たれる、一本の矢。
 フェイルの描いた線は、落ちてくる人影を正確に捉えていた。
 確実に射抜けるタイミング。
「……!」
 その筈だった。
 魔術士と思しき敵が、空中でルーンを描くまでは。
 しかも――――
「オートルーリングだね」
 危機感のないような、それでも普段よりは怖々とした口調でアルマが
 そう呟いた通り、空中に綴られたルーンは自動的に、それも高速で表示され、
 そして霧散した。
 同時に、敵の左右両側に炎の塊が現れる。
 まるで炎の翼のようなその赤魔術は【鳳凰舞姫】と呼ばれるもの。
 実際に翼という訳ではないが、翼に見立てた長く伸びた炎の塊を
 左右から発生させ、標的を挟み込むように繰り出す攻撃魔術だ。
 殺傷能力は抜群だが、魔力を大きく消費する割に使いどころが難しく、
 余り使い手のいない魔術の一つ。
 フェイルも初めて目にした魔術だった。
 だが、その稀有な魔術を目撃した驚きより何より、フェイルは
 考えるのを止めアルマへ向かい突進する。
 必死の形相で。
「わっ、わっ」
 抗う術などある筈もなく、アルマはフェイルに体当たりを受け――――
 吹き飛ばされ、地面を転がり、やがて止まる。
「痛いよ……」
 涙声だった。
 だが、炎による負傷はなし。
「ごめん……仕方なかったんだ」 
 一方のフェイルも、アルマを突き飛ばした後に【鳳凰舞姫】の左右の翼の下を
 かいくぐるように身をよじって躱し、事なきを得た。
「まさかコイツが躱されるとはな。中々驚かせるじゃねーか」
 追撃はない。
 フェイルは警戒しつつ、声の主と対峙していた。
 既に、敵が何者なのかは把握している。
 射抜こうとした瞬間、目が合ったからだ。
 そして、それが知った顔だという事も、その時に気づいた。
「クレウス=ガンソ……」
 それは、エル・バタラ本選1回戦でヴァール=トイズトイズに敗れた宮廷魔術士。
 そして、フェイルがアルマの代わりを一日だけでも務めて欲しいと
 頼む予定だった、封術士。
 肩書きだけでなく、濃い顔立ちにサーコートとピアス、そして首輪という
 奇抜な格好も印象的な男だ。
 魔具と思しきカードを指に挟み、不敵に笑んでいる。
 そんな人物の唐突すぎる襲撃は、フェイルにとって意外ではあった。
 あったが――――衝撃を受けるほどでもない。
「何故、貴方がアルマさんを襲う?」
 立ち上がり、睨みながら問う。
「誰かと思ったら、テュラム家推薦の魔術士じゃねーか。まさかこれも
 テュラム家の差し金ってか?」
 クレウスの背後には、ハルが陣取っていた。
 そう問いかけつつ、剣を肩に担いでいる。
「答える義務はねーな」 
 カードで口元を隠しながら、クレウスははぐらかした。
 テュラム家は、ヴァレロン新市街地を牛耳る貴族の一つ。
 そんな連中が、このメトロ・ノームの管理人であるアルマを
 狙うとは考え難い。
 なんらメリットはないからだ。
 アルマがこの地下街の支配者なのだとしたら、野心ある者が狙うのは
 必然だろうが、管理人は管理人であって、支配者とは全く違う。
 まして、この地下街に夜をもたらす事が出来るのは彼女だけ。
 夜を生み出す行為そのものにどれほどの価値を見出せるかは
 人それぞれだとしても、彼女を保護する理由にはなり得ても、
 殺そうとする動機にはつながらない。
「ま、とびきりの美少女を焼き殺すなんてのは趣味じゃねーが……
 運が悪かったと思ってくれや」
 結局、フェイルの問いに答える事なく、クレウスは臨戦態勢を整えた。
 オートルーリングを使う相手となると、数的優位やポジショニングは
 利となりにくい。
 一瞬で周囲を全て巻き込むような攻撃が繰り出せる――――
 魔術士が手に入れた最新技術には、そういう強みがあるのだから。
「その美少女の騎士をやってるお前らも、な」
 クレウスの身体が沈む。
 魔術士――――ではあるが、アルマに対し接近して攻撃を仕掛けようとした相手。
 攻撃方法を限定する訳にはいかない。
「フェイル! 嬢ちゃんを守れ!」
「わかってる!」
 ハルの指示に従うまでもなく、フェイルはアルマを庇うように
 真ん前に立ち、クレウスの動きを注視した。
 魔術で来るか、体術で来るか。
「こ、此方も手伝……」
「今回はダメ!」
 足手まといにならないよう――――そんなアルマの一言を、
 フェイルは切り捨てるかのように制した。
 敵はヴァールに手も足も出ずに敗れた魔術士――――とは限らない。
 少なくとも、フェイルにはわかっていない。
 あの試合が、予め勝敗の定められた出来レースだったのか、本気の闘いだったのか。
 或いは――――本気の闘いだとしても、敢えて手を抜いて敗れたかもしれない。
 そういう手筈だったのかもしれない。
 つまり、エル・バタラの結果は、本当の実力を示す基準とはなり得ない。
 まして、貴族に招かれるほどの宮廷魔術士なのだから、弱いという事は考えられない。
「カッコいいじゃねーか。女性の盾となり、殉職も厭わないその姿勢、その心意気……」
「余裕ぶっこいてんじゃねーぞテメー!」
 背後から、ハルが切り込む。
 ハルもまた、クレウスに最大限の警戒をしていた。
 真っ正直な攻撃なら、結界などで防がれる。
 だが、それでいい。
 自分の攻撃を防ぐのなら、少なくともアルマへの攻撃意識は薄れる。
 自分を警戒させる事で、アルマを危機から遠ざける。
 そういう意味合いの強い攻撃だった。

 ハルの誤算は――――

「だが、やっぱ運が悪ぃーな」
 クレウスが呟く。
 アルマとフェイルの方を凝視しながら。
「お前が自分の剣を持っていたのなら、オレ様と言えど、こう簡単にはいかなかったな」
 だが、言葉は明らかに視線の先ではなく、背後から切り込んできているハルへ向けてのものだった。
 ハルの位置からは、クレウスが何をしているのかは見えない。
 そして、すでにそれは終わっていた。
 結界――――ではなく、黄魔術。
 速度重視の雷の閃光を放つ【閃く雷鳴】の編綴。
「……!」
 剣を上段に構え、クレウスの目の前まで迫っていたハルは――――
 クレウスの左肩の上に掲げられた右掌に気づき、慌てて回避を試みようと
 するが、時すでに遅し。
 放出された閃光は慈悲など微塵もない速度で直進し――――
「がっ……」
 ハルの胸を貫いた。
 一瞬の静寂の中、剣が地面に落ちる。
 無機質な音が響き、次の瞬間――――ハルの身体がうつ伏せになって崩れ落ちた。
 
 ハルの誤算は――――本当の標的が自分だと気付けなかった事。
 
「ハル!?」
 フェイルの叫び声は、ハルには届かない。
 雷で貫かれた身体から、少しずつ血の気が引いていく。
 代わりに、外部に漏れだした血液が地面を濡らし始めた。
「標的の排除、完了」
 クレウスの歪んだ笑みが、フェイルの目を蹂躙した。









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