「ほおー。ここの夜ってのはこんなふうにして作ってんのか」
 感心しながらハルが呟くその視線の先で、アルマは今日も瓦礫の上に登り、
 杖を使ってメトロ・ノームの光を薄くしている。
 結局、あの柱の中の隠し部屋も、アルマの避難所とする事はできなかった。
 これからしばらく、アルマをどこで匿うかという問題が再浮上する中、
 フェイルは――――
「……お前、ずっとボーッとしてんなあ。原因はあのジイさんか?」
 ハルに指摘された通り、ビューグラスの事ばかり考えていた。
「確か、結構金持ちの家のジイさんだよな。薬草士だったか。
 お前の師匠か何かか?」
「いや……そういう訳じゃないんだけど」
「何にしても、それなりに気心知れた仲って感じだったな。
 その割に喧々ともしてたように見えたが、ケンカでもしてんのか?」
「いちいち目敏いよね、ハルは。無神経な割に」
「うるせーよ。これでも一端の一匹狼なんでな、目敏くなきゃ
 やってられねーのよ」
 ビューグラスの態度、そして言動に内心大きなショックを受けていた
 フェイルは、カラカラと笑うハルの雰囲気にかなり助けられていた。
 特に――――

『アニスの事は諦めろ』

 この最後の言葉には、目眩すら覚えた。
 だが、反論する事にどれほどの意味があるのかを考慮するだけの
 冷静さだけは、辛うじて保っていた。
 ビューグラスがあの場所に入って来た事、そして侵入者であるフェイル達に向けて
 明らかな不快感を示してきた事から、ビューグラスがこの地において
 なんらかの事を構えているのは想像に難くない。
 それも、あの隠し部屋の主らしいスティレット=キュピリエと
 関係があるのはほぼ確実だ。
 流通の皇女と薬草の権威――――つながっていても不思議ではない立場同士ではある。
 ただ、『何か』が起ろうとしている今、あの場所に来て尚且つ侵入者に
 敵意を示すかのような目を見せたのは、単なるスティレットとの関連性から
 あの場へ来たとは考え難い。
 何かをしている。
 アニスよりも優先すべき何かを成そうと。
 娘より優先しなければならない事が、ある――――フェイルにはその事実がショックだった。
「終わったよ」
 夜を作り終えたアルマが、いつの間にか戻ってきていた。
 その顔は何処か不安げ。
「それじゃ、夕食でも食べようか。外食なんて滅多にしないから、楽しみだよ」
 それでもアルマは心配をかけまいと、おどけた言葉を二人に向けた。
 フェイルは首を左右に振り、一旦頭の中身を切り替える。
 ビューグラスは見つかった。
 無事は確認できた。
 次の目標へ目を向けなければならない。
 まだ問題は山積している。
 ガラディーンも見つかっていないし、何よりこのメトロ・ノームを出る方法を
 探さなければならない。
 だが、今はそれより優先すべき事がある。
 目の前にいる、怯えたような目をしながらも気丈に振舞っているアルマを
 守らなければならない。
 何が起こるのか、本当に危険なんてあるのかはわからないが、
 あるという心持ちでいるべきだ――――
「……フェイル」
「うん。僕も今察知した」
 そんな決意をしたのは、偶然だったのか、或いは必然だったのか。
 明確な敵意が、こちらに向けられている。
「?」
 アルマはキョトンとした顔で、突然表情を変えた二人を交互に眺めていた。
 この場所、この時間帯を狙ってきたとしたら、間違いなく――――
「アルマさん。誰かが君を狙ってるかもしれない。多分柱の陰から」
 メトロ・ノームには無数の柱がそびえ立っている。
 建物が極端に少ない中、身を隠すのはそこしかない。
 だが、敵意を察知した二人も、それが何処からなのかはわからない。
 明らかに手練れ。
 それだけに、敵意だけを先に投げつけてくるようなこの状況は不自然だ。
「フェイクっぽいな」
 フェイルとほぼ同時に、ハルも同じ結論に達したらしく、
 やれやれといった様子で剣を抜く。
「仕方ねぇ。フェイル、お前はアルマの嬢ちゃんを守ってやりな。
 俺は適当に挑発してみる」
「危険じゃない?」
「まぁな。でもこのまま消耗戦続けて不利なのはどっちだ?」
 ハルの意見はもっともだった。
 こっちにはアルマがいる。
 緊張状態を長期にわたって維持するのは難しい。
 どこかで思い切る必要があるのなら、早いに越した事はない。
「アルマさん、僕の後ろに。アルマさんの封術が必要になるかもしれないから、
 準備しておいて」
「わかったよ。遠慮なく指示してくれていいよ」
 以前、酒場【ヴァン】で土賊が暴れた際にアルマが見せた封術は、
 結界とは違うものの、身を守るという点においては有効な魔術だった。
 アルマを危険から守るなら、アルマ自身の力も利用すべきと判断し、
 フェイルはアルマを戦力に加えた。
「すまねぇな、嬢ちゃん。ま、俺が万全なら嬢ちゃんの手を煩わせる必要も
 ないんだがな。慣れない剣だから、ちと不安なんだよ」
「え? そうなの?」
 意外なハルの発言に、フェイルは思わず聞き返した。
 これまでフランベルジュの訓練などの際にフェイルが見てきた剣と、
 今ハルが握っている剣は同じ。
 それが愛剣とばかり思っていたが――――
「生憎、俺の本当の得物は長らく行方不明なんだよ。あー、アレがあれば、
 ここからだって出られるんだがな。俺なら出来るんだがな。へっへっへ」
「……?」
 武器とメトロ・ノームからの脱出に接点が見出せず、フェイルが
 何故か自慢げに笑うハルに再び問い返そうと口を開きかけた――――
「よっしゃ! そこに隠れてるヤツ! かかって来やがれ!」
 刹那、ハルの叫び声が響きわたった。
 特定の方向へ向けて挑発しているが、そこに敵が潜んでいるという確信はない。
 ただ、仮にそこにいなくても問題はない。
 敵側から見れば『潜伏場所に気づいていない』という認識になり、
 奇襲をかけやすくなる。
 だが、こちらは最初から奇襲される事前提で誘っている為、奇襲にはならない。
 ただし、どの方向から襲ってきても反応しなくてはならないが――――
「……こねぇな」
 それ以前に、ハルの挑発に乗ってくる事はなく、敵意のみが相変わらず
 向けられる状態が続き、次第にハルの顔に血管が浮かび出てきた。
「成程な。こっちが居場所わかってねー事を気づいてて、おちょくってるって訳か」
「ハル、短気は損気だよ」
「ああ……そうだな。でも俺はな、嘗められるのは死ぬ程嫌いなんだよ」
 口の両端を吊り上げ、目も鋭く吊り上げたハルは、歯軋りの聞こえそうな
 くらいに食いしばり、愛用ではないというその剣を上段に構えた。
「お前ら、寝てていいぜ。このクソ野郎が攻めてくるまで、一瞬も集中力
 切らさねーで攻めてきた瞬間真っ二つにしてやる。俺の領域に入った瞬間にな」
 一流の剣士は、自分の中に領域を持っている。
 それは、無意識下であっても一瞬で切り込める範囲。
 無拍子とも呼ばれている。
 当然、範囲が広ければ広いほど優れた剣士と言える。
 フェイルは、ハルの領域の広さを知らない。
 ただ――――
「いや、そこまではさすがに頼りにできないし」
「しろよ! いや、マジでしろよ! ここで頼りにされないんじゃ俺どんだけ道化師なんだよ!」
 構えを解いて絶叫するハルは、半泣きだった。
 本気だったらしい。
「ちっくしょう……敵に嘗められ味方に嘗められ、俺の人生なんだってんだ」
「それなんだけど」
「なんだよ!」
 勢いでがなったハルに対し、発言の主――――アルマはビクッと怯えて震えていた。
「あ……すまねぇ。嬢ちゃんだったのか」
「こんな切羽詰まった状況で味方を怯えさせる剣士って信用できる?」
「悪かったな! ああできねーよ! 俺だってそんなヤツドン引きだよ!
 チクショウ笑えよこのブザマな姿をよー!」
 本気で泣き出すハルに対し、アルマはそれはそれで怯えていた。
 そんな中――――
「!」
 フェイルとハルが同時に反応。
 それまでの表情は一変し、両者真顔で。
 ようやく、動いてくれた――――そんな共通意識を持ちつつ。
「1人だ! 右から来るぞ!」
「言われなくても……」
 仕掛けてきた攻撃は――――
「わかってるよ!」
 魔術。
 雷の閃光が迫り来る中、フェイルはアルマの身体を抱きかかえて地面に飛び込んだ。
「わぶっ」
 アルマを地面に衝突させるのは不本意だったものの、魔術の速度はそれを許さない。
 フェイルは心中で謝りつつ、アルマを引きずるようにして、夜を作り出す際に
 上る瓦礫の陰へ身を潜めた。
 攻撃方向がわかった為、取り敢えず防御壁代わりには出来る。
 が――――
「第二波くるぞ! つーか来てやがる!」
「嘘っ! いくらなんでも速……」
 ハルとフェイルの焦燥を嘲笑うかのように、瓦礫の反対側が爆発。
「……!」
 幸いにも、一撃で貫通とはならなかったが、瓦礫の大半は吹き飛んでしまった。
「チッ! コイツぁ相当な魔術士だぞ! 魔崩剣が使えりゃどうって事ねーんだが……」
 魔崩剣――――そんな聞き覚えのない言葉がハルの口から出た、その刹那。
「……あ」
 先程の爆発の衝撃で仰向けに倒れていたアルマが、目を見開く。
 視線の先には、跳躍しながらニヤリと笑う何者かがいた。









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