「……終わり?」
 フェイルの怪訝な顔に、アロンソは少し大げなくらいに頷く。
「ここへ今、閉じ込められている……と思っている者は、決してこれを
 悪意ある幽閉と思わないで欲しい。何故なら、ここに来た者はみな、
 終わりを回避する為に誘導された者だからだ」
「……」
 フェイルとハルは、同時に眉をひそめた。
 まず――――終わりが何を意味するのか、それがわからなければ
 回避と言われようと、悪意を否定されようと、全く心に届かない。
「終わりの内容は時期にわかる。明日だからな。それまで、君達はここから出る事はできない。
 いや、出てはいけない。出ても不幸になるだけだ……いや、不幸かどうかはそれぞれ
 個人の価値観にもよるが……」
「勿体ぶってねぇで、もっと具体的に言えよ」
 とうとう業を煮やしたハルが凄むも、アロンソは表情を変えない。
 元騎士らしい、精悍な顔つきでハルを睨み返している。
「僕が言えるのはここまでだ。いや、もう一つ……クレウス=ガンソを僕は知っている」
「なら、聞きたい。彼も貴方と同じ立場だったりするの?」
 矢継ぎ早の質問に、アロンソは不意を食らったのか、驚いた顔を見せた。
「……やっぱり」
 フェイルは確信を得た。
 宮廷魔術士という立場なら、王宮の息が掛かっていて当然。
 隠す必要性すらない、単純な推理だ。
「自分の嘘を訂正するためとはいえ……余計な一言だったかな」
 アロンソは今度は後悔を顔に出した。
 そして、そのまま背を向ける。
 話はここまで――――という事らしい。
「全て、明日あきらかになる。それまでは何も考えずに身体を休めておく事を
 勧めるよ。これから、このメトロ・ノームで一騒動あるから」
「おい、アロンソ。話はまだ……」
「ハル。君は絶対に生き残れ。フェイル君、できれば君もな」
 強い言葉だった。
 ハルが途中で口を閉ざす程に。
 生き残れ――――つまり、そんな忠告が必要な事が、これから起こる。
 アロンソの最後の忠告は、最も意味の強い言葉となった。
「……どうするよ」
 真顔のハルが、低い声で問う。
 フェイルは腰に手を当て、直ぐに視線をカウンターの方へと向けた。
「……」
 そこから、アルマが目の高さまで頭を出し、様子を窺っている。
 気にはなっていたらしい。
「まず、彼女を安全な場所へ。ここもあんまり安全とは言えないよね」
「賛成だ」
 斯くして、次の行動はすんなりと決定した。

 


「……」
 不安というよりムッとした顔のアルマが、フェイルの顔をじっと眺めている。
 ここは――――以前フェイルがアドゥリスに連れて来られた、柱の中の隠し部屋。
 現在はアドゥリスもカバジェロも、ロギ=クーンの姿もない。
 土賊の隠れ家と思しきその場所は、以前来た時と変わらずに暗く狭い、
 そして不気味な雰囲気を遠慮なく押しつけてきた。
「ここを使わせて貰おう。完璧に安全とまでは言えないけど」
「でも、いいのか? 土賊の連中の隠れ家なんだろ? 連中が嬢ちゃんを
 どうにかしようって考えてるかもしれねーぜ? 何しろアドゥリスって野郎は
 バルムンクを怨んでやがる。何すっかわかんねーぞ」
 ハルの懸念は正しい。
 もし、アドゥリスがバルムンクになんらかの仕返しをしようとするなら、
 アルマにとって寧ろここは最も危険な場所になる。
「それは大丈夫。万が一にもない」
「どうしてそう言い切れる?」
「それをやれば、自分が世界で最も惨めな死に方をするって、誰よりも
 あのアドゥリスって人が一番わかってるから」
 フェイルは、バルムンクとアドゥリスが対峙している光景を二度見ている。
 その一度目には、アルマもいた。
 だが、アドゥリスはアルマに目もくれず、正面からバルムンクを睨んでいた。
 闘技場での闘いも。
 或いは、それも演技なのかもしれない。
 得体の知れない、王宮主導のなんらかの動きの一環かもしれない。
 だが、アドゥリスがバルムンクへ向ける目は、その動きとは全く関係なく
 尊敬と畏怖を混ぜた目だと確信していた。
 何故なら――――殆どの王宮の騎士が、デュランダルへ向けていた目と同じだったからだ。
 いやでも確信せざるを得ない。
「そもそも、彼らはやろうと思えばいつでもアルマさんをどうにかできたんだから、
 アルマさんがここにいても危害は加えないよ」
「まあな。危険があるとすれば、外来種……この地下に入る事を認められていない
 連中が押し寄せてきた場合だからな。そういう意味では確かに安全だな。
 見つかりっこねーし」
 ハルが納得したところで、フェイルはアルマへと目を向ける。
「取り敢えず、明日以降にメトロ・ノームで何かが起こるらしいから、
 それまではここに退避しといてよ。アルマさんが信頼している人には、
 この場所を教えておくから。食糧は僕が届けるよ」
「……」
 アルマは不服そうにブンブン首を横に振った。
「な、何が不満なの?」
「……」
「んー、でも何があるかわからないからさ。いくらアルマさんが魔術使えるって
 言っても、封術じゃ闘えないし。守る分には有効だろうけど」
「……」
「それはきっとあると思うよ。探してみよう」
 フェイルが周囲を眺め始める中、ハルは呆然とした顔でフェイルと
 アルマを交互に眺めた。
「な、なんで今ので会話が成立すんだよ? 筆談でもねーよな?」
「んー、なんとなくわかるっていうか。あ、今探してるのは秘密ね」
「まあ、そう言ってる時点でなんとなくわかるけどよ」
 赤面するアルマを横目で眺めつつ、ハルは暫く待った。
「あった。ここが扉になってるんだ」
 部屋の壁をくまなく触っていたフェイルは、縦に回転するタイプの
 隠し扉を発見し、そこにある閑所を発見した。
 意外にも、完璧なまでに清潔にされている。
「大丈夫みたいだ。これで問題は解決」
「……」
「え? いや、それは……」
「今度はどうしたんだよ」
 アルマの視線を受け一歩引いたフェイルに、ハルが訝しげに問う。
「……いや、なんというか」
「まさか、『寂しいから夜は一緒にいて』とか言われたんじゃねーよな?」
「ニュアンスは違うよ」
 だが、内容はほぼ同じだった。
「怖いなら、信頼できる人に声を掛けるから」
「……」
 アルマはフェイルへ向けて指を差す。
「おーおー。信頼されてんだなお前。いつの間にそんな仲になったんだよ」
「ち、違うってば! いや、訂正。信頼できる女性に声を掛けるから!」
 その後もアルマは目で様々な事を訴えてきたが――――
 結局、夜は暫くここで過ごす事に決定した。
 ただし、日中はマスターのいる酒場で過ごす。
 アルマには、昼夜を管理する仕事がある。
 危険があっても、それは決して放棄できない。
「ったく、危険を示唆した本人が護衛なりなんなりすりゃいいのによ」
 隠し部屋のテーブルで突っ伏すハルがボヤく中、アルマはちょっと元気がなさそうにしていた。
「あ、いや今のは別に嬢ちゃんをケアすんのをメンド臭がってるわけじゃなくてな、
 何があるかわからねぇってんなら、あの化けモンみてぇに強ぇアイツがいれば
 百人力だって思ってさ……」
「ハルっていつも一言多いよね」
「否定できねー……」
 しょぼーんとするアルマに、ハルはひたすら頭を下げていた。
「取り敢えず、これで避難場所は確保した。次は――――」
 人捜しだ、と告げようとしたフェイルの目が、この上なく見開かれる。
 その顔に、ハルとアルマが驚きを覚えるほどに。
 フェイルの目は、一人の人物を映していた。
 それは、つい今までここには居なかった人物。
 そして――――『人捜し』の筆頭と位置づけていた人物。
 見つかってしまった。
「……何故、お前がここにいる」
 扉を開け、侵入してきたその人物は実に冷静だった。
 同時に、まるで自分の家にいた空き巣へ向けて言い放つような、冷たい声。
 フェイルは思わず、生唾を飲み込んだ。
 久々に見るその顔は、何処か遠くに思えた。
「答えろ。フェイル」
 冷酷に追撃してくる、しわがれた声。
 聞き覚えがありすぎる声。

 ビューグラス=シュロスベリーが、そこにいた。





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