酒場【ヴァン】を訪れたアロンソ=カーライルの表情は、憔悴に近いものだった。
 元々の生真面目そうな外見も、影をより濃く見せる。
 ハルの状態に対しても、冗談半分というよりは本気で心配しているような様子が窺えた。
「……」
 テーブルに突っ伏して動かないハルと、不安そうにハルの周りをオロオロしながら
 動き回っているアルマを余所に、フェイルはアロンソと同じ席に着く。
 このアロンソという人物に対し、フェイルは全幅の信頼は置けずにいた。
 令嬢失踪事件の際に、何らかの嘘を彼が吐いた事は間違いない。
 リオグランテの変貌に関しても、このアロンソが関わってくる可能性があるとすら
 睨んでいる。
 実直そうな顔の裏に、果たしてどんな姿を隠しているのか――――
「聞きたい事とは、何かな」
 少なくとも、現状ではそれを暴くより前にする事がある。
 フェイルは静かに深呼吸を一つして、整理した言葉を順序に沿って紡ぎ出した。
「まず、ここから出られなくなってるのは……」
「ああ。知っているよ」
 流石に、牢獄状態に関しては認知済み。
 となると――――
「出る方法は?」
 率直なフェイルの疑問に、アロンソは首を横に振った。
「わからない。封印されている可能性が極めて高い。だから、アルマ=ローランさんに
 解いて貰おうと思ってきたんだけど、彼女は不在だった。それでここへ情報を
 求めにきたら……」
「ここにいた、って事ですね」
 二人してアルマの方に視線を向ける。
 アルマはまだオロオロしていた。
「だが、ここにいる君が出る方法を模索しているという事は、アルマさんの
 仕業という訳ではない。そして、彼女でも封印は解けない……という事か」
「話が早くて助かります」
 嘆息混じりに、フェイルは失望感を露わにした。
 アロンソも脱出方法は把握していない。
 傭兵ギルド【ウォレス】クラスでもわかっていないとなると、
 バルムンクですら知らない可能性がある。
 そうなってくると、いよいよ本物の牢獄並に脱出困難な状況になってくる。
 この地下街にどれだけの食糧が蓄えられているかわからない以上、
 一刻も早く脱出方法を探し当てなければならない。
「それじゃ、質問を変えます。クレウス=ガンソって人に心当たりは?」
「クレウス……」
 以前――――フェイルはスコールズ家に忍び込んだ際、アロンソとクレウスが
 同席している現場を目撃している。
 知り合いでない筈はない。
 真実を話すのか。
 それとも、虚言を吐くのか――――
「知らないな。いや、名前だけなら知っている。エル・バタラに参加した宮廷魔術士だ」
 アロンソは血色の悪い顔で、淀みなくそう告げた。
 この時点で、アロンソから得る情報に価値はなくなったと言っていい。
 フェイルは心中で大きなため息を吐き、落胆を消化した。
「そうですか。質問は以上です。ありがとうございました」
 手がかりは得られなかった。
 だが、失望している暇はない。
 次の策を探すべく、フェイルは席を立ち――――
「……待ってくれ」
 そこで、アロンソの声色が変わった事を察知し、振り向く。
 アロンソの顔色は、依然として悪いまま。
 だが、目は先程より明らかに鋭さを帯びていた。
「君はどうやら、僕を全く信用していないようだ」
 その顔のまま、静かに立ち上がる。
「信用に値しないのは、ここで以前あった事件の顛末が不服だったからかい?」
「……」
「それだけじゃない、という顔だね。だとしたら、僕も認識を改めざるを得ない」
 一人で勝手に進行していくアロンソに、フェイルは嫌悪感を覚えた。
 トリシュの奔放さに頭を抱えるアロンソの姿は、ここにはない。
 徐々に――――本性を見せ始めた。
 フェイルはそう感じ取っていた。
「君は『ここへ来る事を許された一人』だ。だから、敬意は表したい。
 けれど、君が僕に害をなす可能性は捨てられないんだ。だからわかって欲しい。
 僕は君に嘘を吐いているが、それは自分を守る為だ。僕はそうしないと、
 いつ不意を突かれるかわからない立場だから」
 捲し立てるアロンソの言葉に、フェイルは以前ハルが話していた言葉を思い出した。
「コイツは、しがらみが大っ嫌いなヤローでな。一匹狼タイプっつーのか、
 元々ギルドみてーな集団に属するのも嫌いなんだとよ」
 その言葉が頭の中で再生される――――前に、以前話をした張本人が殆ど
 同じ内容の言葉で割り込んで来た。
 ハルだ。
「あー……効いたわ。二日酔いで無防備になってるところだったから余計にな」
「……」 
 そんなハルの感想に、オロオロしていたアルマがしょぼーんと項垂れる。
「あ……いや! 別にマズかったって言ってる訳じゃねぇんだ!
 なんつーか、みぞおちに中途半端なケリをゲシゲシと地味に入れられてるみてぇな……
 いや、そうじゃなくてな……あー! この話もう止めだ! とにかくっ!」
 どんどんアルマを追い詰める結果となったハルは、被害拡大を抑えるため
 アルマへ向けて親指を立ててみせた。
「悪くはなかったぜ、ごちそうさまだ、嬢ちゃん」
「いや、今更カッコつけてもなんのフォローにもならないし、誰も幸せにならないと思うよ」
「うるせーな! なんとか丸く収めようっていう俺の心意気買えや!」
「……」
 結局、アルマはしょぼーんとしたまま酒場のカウンターの奥に引っ込んだ。
「ま、これで俺のコトを忘れなくなるだろ」
「嫌われるくらいなら、忘れられた方がよくない?」
「いいんだよ! 俺は忘れられたりぞんざいに扱われたりすんのが死ぬより嫌いなんだよ!
 それよりアロンソ!」
 怒鳴り散らすハルに対し、アロンソは若干表情を緩めていた。
 単なる同じギルドの仲間、という関係性ではなさそうな二人を眼前にし、
 フェイルは取り敢えず再度腰を下ろした。
「お前は、俺より今回の件については知ってる筈だな。何しろお前は、
 王宮の密偵なんだからな」
「……密偵?」
 ハルがかつて放った『元騎士』という言葉が、フェイルの頭に蘇る。
「間者って訳じゃねーんだけど、王宮とつながって色々やってんのは知ってるぜ。違うか?」
「……」
 アロンソは暫しの沈黙の後、微かに口元を緩ませた。
「お前には中々隠し事ができないな、ハル。流石は剣聖ガラディーン様の御子息だけはある」
「仕返しのつもりなんだろうが、生憎と俺のその素性はコイツに教えてあんだよ」
 ニッと、してやったりの表情を浮かべるハルに、フェイルは意外な一面を見た。
 頭脳戦というには大げさすぎるが、自分の身を切らずに相手の急所だけを突いた格好だ。
 ハルがそんな器用な真似をできる人物だとは認識していなかった。
「知ってる事を全部話せとは言わねぇよ。お前にはお前の立場があるだろうさ。
 けどな、今回の件はちーとばかし、シャレになってねぇ気がすんだよ。
 親父も姿を消したままだ。一体王宮は何を企んでんだ?」
「ま、待ってよハル」
 睨みを利かすハルを、フェイルは驚いた顔で止める。
「この状況は……王宮主導で生まれてるって事?」
「恐らくな。親父が失踪した割に、どうも周りの動きが鈍いんだよ。仮にも剣聖が
 失踪したんだぜ? もっと騒いでいいだろ。まるで、消えるのを最初から想定してた
 みてぇだぜ」
「……」
 フェイルは完全に固まった。
「ま、無理もねぇな。そんなデカい話になってるとは思わなかったろ」
「いや……ハルがそんな鋭い洞察をしてる事に衝撃というか、恐怖を覚えてたっていうか」
「なんでだよ! 俺が頭脳的なトコ見せるのがそんなに不満かコラ!?」
「不満っていうより、世界が滅びないか心配」
「どういう意味だっ!? 俺の意外性は世界規模の歪みでも生むってのかっ!?」
 わめくハルと、本気で恐れを抱くフェイル。
 そんな二人に――――
「……フッ」
 アロンソは、嘲笑とは異なる種類の笑みを零した。
「ハル。お前はまだ『そこにいる』んだな」
「……あ?」
 意味の不明瞭なアロンソの発言に、ハルが不機嫌な声をあげる。
「いや。皮肉でも侮蔑でもない。本気で羨ましいと、そう思ったんだ」
「どういう意味だよ」
「俺はもう、そこへは戻れない」
 奥歯を噛むようにして、アロンソは告げた。
 悔恨のような、それでいて懐かしむような、そんな顔で。
「……フェイル君、だったな。君に一つ、真実を話す。これはハルの顔を立てる為だ」
「信じるかどうかは、内容を聞いてからにするよ」
「君は正しい。そして、思ったよりも大きいんだな」
 感心するようにそう告げ、アロンソはテーブルに右手をついた。
「明日。【エル・バタラ】決勝の日。一度、地上で『終わり』が始まる。
 全てはそこから始まると言っていい」






  前へ                                                             次へ