「……あれ?」
 酒場に到着したフェイルの目に、見知った人物の姿が映る。
 以前もここにいた為、意外性は特にないが――――
「ハル。来てたんだ」
 その人物が座るカウンター席に近付き、フェイルはその親しい剣士の反応を持った。
「おう。結構久し振りだな」
「……前も同じ事言ってたよね」
「そうだったか? ま、いいじゃねーか。つーかお前、酒呑むんだったか?
 だったらちょっと付き合えよ」
「一杯くらいだったら」
「ケチくせぇ事言ってんなよ。お、そっちにゃアルマの嬢ちゃんもいるじゃねーか。
 美人に注いで貰う酒は最高に上手いんだ。よろしく頼むぜ」
「……?」
 アルマは初対面の相手に向ける眼差しで首を傾げていた。
「……もしかして、忘れちまったのか? 割と最近だぞ、俺がここに来たの」
「記憶違いなんじゃないかな。此方は記憶力はいいからね」
「前回も忘れてたんだよ! んがーっ、美人じゃなきゃ張り倒すトコなのによ……」
 ハルはワナワナ肩を震わせていた、
 存在感が薄い事に劣等感を抱いているらしい。
「それより、ハルに聞きたい事があるんだ」
「ンだよ。金ならねーぞ」
「いや、そんな無様な事しないって。じゃなくて――――」
「俺から金借りるのがブザマって何だよっ! 俺の存在もっと丁寧に扱えよ!」
「――――ここに来たの、いつ?」
 フェイルはいきり立つハルの主張を無視し、問う。
 頭に血の上ったままのハルは唸りながら抵抗を見せていたが、
 やがて気を抜くかのように嘆息し、肩を落とした。
「……ったく。ついさっきだよ。エル・バタラの準決見てたからよ」
「どこから?」
「そりゃ、第一試合から……」
「じゃなくて! どの扉から来たの?」
 血相を変えるフェイルに驚いたハルは、上体を引きつつ眉間に皺を作った。
「【ウォレス】の地下だよ。俺ぁ、そこの鍵しか持ってねぇし」
「傭兵ギルド【ウォレス】だね。アルマさん、こっちの出入り口は?」
「ここからは遠いかな。歩いて二時間はかかるからね」
「そっか。それじゃ、方角だけ教えてよ。アルマさんはここで食事を――――」
「おい。何の話だよ」
 置き去りにされたハルが、にゅっとフェイルに詰め寄る。
「――――しててよ。普通に開いてるかもしれないし」
 そのハルの顔をグイッと押しのけ、会話は続行された。
「俺の存在……ぞんざい……」
 カウンターに戻って酒に逃げるハル。
 それでも相手にされる事はなかった。
「そんな事は気にしなくてもいいよ。此方がいかないと、二度手間になるかもしれないからね。
 もしかしたら、此方の解ける封術かもしれないよ」
「……でも、昨日今日歩きっぱなしで疲れてるでしょ?」
「さっきのお茶で回復したよ」
 そんな筈はない――――が、そんな気遣いを無碍にする訳にもいかない。
 フェイルは逡巡の後、アルマに小さく頭を下げた。
「無駄足になるかもしれないけど、お願い」
「大丈夫だよ。確認する事は決して無駄じゃないからね」
 その一言に救われた気がして、フェイルは小さく微笑む。
「じゃ、ハル。またね」
「……」
 無視するハルを無視し、フェイルはアルマと共に酒場をあとにした。
「納得いかねー! なんで無視した方が無視された感に苛まれんだよ!」
 そんなわめき散らす声が徐々に小さくなっていく――――事なく
 寧ろ大きくなっていた。
「と、ここでフェードアウトするのがいつもの俺だが、今日は一味違うぜ」
 ハルはフェイルの背中に寄りかかるようにして、ニッと笑う。
「ついて来てくれるの?」
「理由くらい聞かせろや。焦ってんのは見りゃわかるけどよ」
「うん……実は――――」
 歩きながら、掻い摘んで経緯を説明。
 勿論、アニスの事やクラウの変貌などは話せないが、
 それ以外の事はほぼ伝えた。
「……親父の失踪に加えて、薬草士の権威の失踪か。クラウの旦那も行方くらましてる
 らしいし、こりゃ無関係じゃねーな」
「ハルは、やっぱりガラディーンさんを探しに来たんだよね?」
 それに関しては、ハルを見た直後に確信していた。
 だから、余りこちらの事情に巻き込みたくないという意図もあり、ぞんざいに扱っていた。
 フェイルもガラディーンの行方を追ってはいるが、優先しているのは
 ビューグラスだからだ。
「まあな。もしかしたら、今回が今生の別れになっかもしれねーし、
 このままじゃ後味悪いしな」
「そんな強がり言って……大体、ガラディーンさんはそんな年齢じゃないでしょ」
「ああいうタイプはな、隠居すると一気に老け込むんだよ。
 ま、俺はあの人と接した事が殆どねーから、よくは知らねーけどよ」
「……そうなんだ」
 これ以上は込み入った家庭の事情と察し、フェイルは追及を控えた。
 その間、アルマが手持ち無沙汰にしているのを察し、ハルの事情を説明する。
「この人のお父さんが、剣聖?」
 結果、アルマはキョトンとした。
「そう。意外でしょ?」
「……そうだね。とっても意外だね。ビックリだよ」
 言葉とは裏腹に、どこか挙動不審なアルマの態度に、フェイルはピンと来る。
「剣聖の意味、よくわかってねーぞ。この嬢ちゃん」
 ハルも気づいていたらしい。
「そんな事ないよ。剣聖っていうくらいだから、とっても聖なる剣なんだよ」
「俺は剣の子息なのかよ! なんで金属の親持たなきゃなんねーんだよ!?」
「きっと突然変異なんだよ。よかったね」
「よかねーし違うわっ! ったく、その顔でボケボケたぁ、反則だろ」
 頭を抱えながら歩く速度を速めるハルに対し、フェイルは苦笑を禁じ得なかった。
 その後――――アルマも交えた雑談に花を咲かせながら、
 3人は目的地へと到着。
 だが、そこは――――
「……おっかしいな。さっきまで普通に通れたのによ」
 これまでの扉同様、封術によって閉ざされていた。
「さっきって、具体的には何時間前?」
「酒場にいたのが30分くれーだから、2時間半ってトコだ」
「……それで、封印されてるっていうのは妙だよね」
 だとしたら、余りに一貫性がない。
 既に昨日、フェイル達が調べた扉は全て封印がされていた。
 にも拘らず、ここだけは都合良く2時間半前に開いていて、この2時間半の間に
 何者かが封印したというのは考え難い。
 或いは、封印をしている誰かが常に見張っていて、特定の人物が出てきた扉を
 封印するようにしている――――という仮説も成り立ちはするが、
 そんな途方もない作業を行うのは、よほどの暇人か、この作業自体の
 重要性がとてつもないか。
 だが、その可能性を考慮するより、もっと現実的な可能性が存在する。
「……こっちからは地上へ行けないけど、地上からここへは来れるような
 封術って、出来るのかな」
 その可能性をアルマに問う。
 アルマは暫し考えた後――――
「此方は使えないけど、出来るかも知れないね。一方通行の封術っていうのかな」
「不可能じゃない、って事かよ。魔術ってなぁつくづく便利だな」
 ハルが感心したように――――というより、何故か誇らしげに呟く。
 まるで『俺はその魔術に勝ったぜ!』とでも言わんばかりに。
「ま、でもその可能性が大だな。俺が出てくるのを見張ってて、出てきた後に
 機を見て封印……なんて事やってるヤツがいるってよりはよっぽどな」
「うん……だとしたら、全ての扉にその封術を施している可能性が高いね」
「……待てよ」
 そこでようやく、ハルが気づく。
「もしかして俺、この地下に閉じ込められた?」
「僕もね」
「……マジかよ。って、待て。つまり……」
「うん」
 既にフェイルは気づいていた。
 このメトロ・ノームの状況に。
「地上での失踪事件……これが原因なのかもしれない」

 ――――荒野の牢獄

 かつて聞いたそんな別称が、現状を示す最もわかり易い表現となっている事に。









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