「……ここもダメみたいだ」
 この日――――地上でエル・バタラの準決勝が行われている最中、
 フェイルはアルマと共に扉巡りをしていた。
 だが、全ての扉が封印されており、かつアルマの解術では開く事が出来ない状況。
 歩行での移動が可能な範囲を片端から確認してみたものの、
 開いている扉は見つからなかった。
「……」
 日中の為、例によってアルマは話をする事が出来ない。
 なので声には出さないが、昨日から歩き詰めだった事もあり、
 まだ昼前だというのに、疲労の色が見えていた。
 そればかりか、自分の解術が効果を成さない事に失望しているらしく、
 全く元気がない。
 しょぼーん、としていた。
「でも、これってアルマさんにはいい事なのかもしれない」
 不意にそんな事を呟き出すフェイルに、アルマは懐疑的な視線を向ける。
「だってさ、この封印を施した人って、かなり優秀な封術士の可能性が
 高い訳だよね? 僕が知ってるっクレウスて人かどうかはわからないけど、
 取り合えずアルマさんの代理を一日でも務める事はできそうだ」
 もし、その張本人と会って、その願いを聞き入れて貰えるとしたら。
 アルマは地上を見る事が出来る。
 地上を体験する事が出来る。
 しかし――――アルマは複雑な顔を浮かべていた。
「……」
「まあ、気持ちはわかるけど」
 代わりをして貰えるのはありがたいけど、自分より優れた封術士がいるのは
 ちょっぴり悔しい。
 アルマの心情を理解し、フェイルは苦笑いを浮かべた。
「そろそろ疲れたね。お昼にしよっか」
 そのままの表情での提案に、アルマはコクコクと頷く。
 空腹らしい。
「でも、何処で食べる? あの酒場?」
 ブルブル――――と首を振り、アルマは異を唱える。
「……アルマさんの家」
 コクコク。
「手料理……ですか」
 コクコク。
 自信をもって頷くアルマに、フェイルはしばし首を傾ける。
「……お昼だし、簡単な物にしよう。果物とか。素材を活かした、料理不要の物」
 ブルブル。
「いや、ホラ、アルマさん疲れてるし。果物って、疲れを取る働きがあるんだよ。
 だから……」
 ブルブル。
「…………おもてなしの心は、今日のところは置いといていいんだよ?」
 ブルブル。
「……………………じゃ、行こうか」
 コクコク。
 結果、フェイルは惨敗を喫す。
 心なしか、無言のアルマは話が出来る時より頑固だった。
「アルマさん。一旦家に戻ったら、パピルスの巻物か何かを持って行こう。
 やっぱり筆談できる方がいいよ」
 少しでもその頑なさを和らげるべく、そんな提案をしたものの――――
「……?」
 アルマにはまるで通じていなかった。

 


 そんなこんなで、昼食――――
「そ、素材がわからない……」
 出された小さめの丸い容器に、薄くスライスされた肌色の何かが入っている。
 だが、その見た目からは一体何の料理なのかはわからない。
 香りはなく、加熱した様子もない。
「果物……じゃないみたいだけど」
 様子を窺いつつ、フェイルはアルマからこの正体不明の物質の情報を
 聞き出そうとするが、アルマは応えようとはせず、何やらワクワクしている。
 食べてみてのお楽しみ、という事らしい。
 一回やってみたかった的な顔で、フェイルの挙動に熱い視線を向けている。
「……わかったよ。食べてみるよ」
 根負けしたフェイルは、恐る恐る容器の中の物をスプーンで取り、
 口に運んでみる。
 味は――――
「う……」
 辛くも甘くも苦くも酸っぱくもない。
 ただ、なんとなーく嫌な味。
 しかも無駄に濃厚。
 食べていると地味に具合が悪くなるが、かといって刺激もないので
 のたうち回ったり転げ回ったりして食べるのを反射的に遮断する事すらできない。
 ジワジワと、ジワジワと苦しめられる――――そんな料理だった。
「……」
 アルマはフェイルの感想を待っている。
 これまでの付き合いの中で、アルマとの間の距離はそれなりに縮まってはいた。
 忌憚ない感想を言えるくらいの間柄にはなっている――――と、フェイルは
 分析している。
 言えばガッカリするだろうが、フォローすれば少し拗ねておしまい。
 それくらいのやり取りで終われる。
 ならば、食べるのを即座に中断して、素直に『美味しくない、というか不味い』と
 ハッキリ言うのが最善。
「……中々、個性的な味だよね……はは……」
 しかしフェイルにはできなかった。
「……」
 そして、アルマも『個性的な味』という感想が美味とは対極にある料理へ
 向けられるものだと知っていたのか、しゅんとしてしまった。
 結果、誰も特をしない昼食となった。
「い、いや、落ち込む事ないって! 料理を出してくれてありがとう。
 あ、もしかしたらスゴく栄養価の高い食事だったかもしれない。
 なんか力が湧いてきた気がする」
「……」
 アルマの身体が更に小さくなる。
 高くない食材だったらしい。
「あー……そ、そうだ。お礼に僕、お茶を煎れるよ」
 居たたまれなくなったフェイルは、容器を持ってそそくさと
 調理場へと移動した。
 アルマ邸の調理場には、火打ち石と火打ち金、格子のある炉があり、
 火を焚くのは問題なく行える。
 地下水路がベースになっている世界だけあって、水も桶にたっぷりとある。
 鉄瓶も立派な物があった。
 フェイルは慣れた手つきで火をくべ、鉄瓶の中に水を入れ、お湯を沸かす。
 待っている間、荷物の革袋にいつも入れている紙に包んだ乾燥した葉を
 取り出し、香りを確認。
 問題ないと判断し、それを容器の中に適量入れ、沸いたお湯を指にかける。
「……もう少しか」
 火傷しそうなほどの熱さだが、フェイルは気にも留めずに温度調整を行い、
 最適な温度になったところでお湯を注いだ。
「さ、どうぞ」
 フェイルの入れたお茶を受け取り、アルマは少し驚いた様子で
 フェイルと容器を交互に見やる。
 暫くその動作を続け――――1分後、ようやく口にお茶を含んだ。
「……」
 思わず容器を落としそうになるほどの驚愕。
 アルマは、身体に雷が落ちたかのように目を丸くし、全身を震わせた。
 そして、その反応に驚くフェイルを余所に、バタバタと部屋を駆け回り、
 紙と羽根ペンを見つけ、文字を書き殴る。

『こんなにおいしいお茶は初めてだよ』

 かなり荒々しい字で、そう書かれていた。
 興奮気味の感情がそのまま文字に現れている。
「そ、それはよかった。一応、薬草士の端くれだから、美味しいお茶を
 煎れるのは得意なんだ。一度、御馳走したかったんだ」
 そんなフェイルの発言の途中にも、アルマは一心不乱に文字を連ね――――
 
『フェイル君のお店では、このお茶を出してるのかな?』

 ずいっと見せてくる。 
 ものすごく食いつきがいい事への歓びより、驚きの方が大きいフェイルは
 思わず仰け反りつつも首を横に振った。
「葉を売ってるだけで、お茶を煎れて出すってのはやってないよ」
『その葉っぱは此方も買えるのかな?』
 食い気味でずいっと、紙がフェイルの眼前に突き出された。
「いや、これくらいあげるよ。お世話になりっぱなしだし」
『それはよくないよ。お店では、貰うんじゃなく買うものだからね』
 そこまで羽根ペンを走らせたアルマは、書いた文字に下線を引き
 ペン先をフェイルへ向け、二度ほど頷いた。
 カッコつけたつもりらしい。
「は、はあ……にしても、そんなに食いついて貰えるとは思わなかったなあ」
「……」
 期待した反応と違ったらしく、微妙にガッカリしているアルマを余所に、
 フェイルは革袋から携帯している薬草類を全て取り出してみる。
 頭痛用、腹痛用、怪我用、歯痛用、不眠用――――様々な薬草の乾葉に加え、
 お茶用の乾葉もいくつか揃えている。
 何気に営業用だ。
「……」
 アルマはそれらの葉とフェイルの説明を、とても興味深そうに見聞きしていた。
 

 

 そんなやり取りを交えつつ、2人は筆を交えつつ会話を続けた。
 アルマは、フェイルの薬草店に興味津々といった様子で、店の事を終始聞き続けた。
 フェイルにしても、長らく店以外の事でバタバタしていた為、どこか
 懐かしさすら覚え、懇切丁寧に説明をした。
 そうこうしている間に、時間は流れ――――
「……」
 ふと、アルマはランプ時計の刻む時間に気付き、慌てて杖と共に
 外へと飛び出していく。
「もう夜なのか……」
 呟きつつ、フェイルも後を追った。
 初めてアルマと会った時の事を思い出しながら。
 あの日と同じように、アルマはの石畳の山を上って、杖を使い宙にルーンを綴った。
 暫くすると、周囲の景色が徐々に闇を帯び始める。
 メトロ・ノームに夜が訪れる。
「……危なかった」
 あの時と同じ科白を、アルマは呟いた。
「フェイル君、ごめんね」
 だが、続く言葉は謝罪。
 フェイルは思わず眉をひそめる。
「此方が色々と聞いちゃったせいで、予定が狂っちゃったね」
「ああ、そういう事か……いいよ、そんなの。多分、開いてる扉は
 ないんじゃないかなって思うし」
 近隣の扉は、ある程度調べ尽くした。
 それでも開いている扉が見つからないのだから、
 調査を続けるよりは、扉を開ける方法を模索した方が早そうだ。
「酒場に戻ろっか。夜になったから、人が来るかもしれない。
 マスターが新しい情報を仕入れてる可能性もあるし」
「フェイル君は、怒らない人なんだね」
 酒場ヴァンの方向を指したフェイルに、アルマはそんな意味深な言葉を呟いた。
「でも此方は、怒られるのが怖い訳じゃないんだよ。だから、怒ってもいいんだよ」
「でも、すぐ拗ねるよね」
「……それは違うよ。すぐ拗ねないよ」
「いや、拗ねるよ」
「拗ねないよ。此方の心はこのメトロ・ノームより広いんだよ」
 そんな水掛け論に興じつつ、2人は酒場への道を並んで歩んだ。







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