犯人を捜す――――といっても、人に出会うことすら困難なメトロ・ノームに
 おいてそれを実行するのは決して容易ではない。
 住人が少ないから犯人は特定しやすいが、その犯人を捕えることが極めて難しい。
 そもそも、特定する材料もない現状では、雲をも掴むような話だ。
「手がかりはなし……か」
 犯行現場となったアルマ邸の居間を懸命に捜査してみたものの、犯人の痕跡はなし。
 フェイルは磨り減らした神経を回復すべく、ゴロンと寝転がった。
「あ……ごめん」
 だが、他人の家で無造作に転がる無神経さに気付き、すぐ起き上がる。
「何がかな?」
「いや、思わず自分の家みたいに寛いじゃって」
「此方は構わないよ。好きに寝転がってくれて」
「う、うーん……それじゃ、お言葉に甘えよっかな」
 様々な出来事が続き、疲労の極地にあったフェイルは、余り深く考えず
 再度パタリと倒れ、大きく息を吐いた。
 ヴァレロン・サントラル医院との提携。
 クラウ・ソラスの失踪と異変。
 ガラディーンの失踪。
 リオグランテの準決勝進出と変容。
 アニスの凶行と憔悴。
 ビューグラスの失踪。
 トライデントの登場と謎の行動。
 そして、今回の盗難騒動。
 いずれも、フェイルの頭を悩ませる出来事ばかりだ。
 短期間にこれだけの変化があるとなると、自分に原因があるんじゃないかと
 疑いたくなるくらい。
「……」
 ふと、その可能性を頭の片隅で模索する。
 この中の全部とは言わないまでも、いくつかは自分に原因があるのでは――――?
 例えば、リオグランテ。
 彼が徐々に変わりつつあるのは、自分と接してきた時間の中に
 そうなる要因があったのかもしれない。
 例えば、ガラディーン。
 彼の敗退後に話した言葉の中に、彼を追い込むような言動があったのかもしれない。
「……考えすぎか」
 そう呟きながらも、フェイルはどこか重々しいものを感じていた。
「疲れてるみたいだね」
 いつの間にか、自分を見下ろすアルマの顔が間近にある事に気付き、
 フェイルは思わず身体を顫動させた。
「うん……いろいろあって」
「それなら、とっておきの料理を作るよ。疲労回復用の食材をもらったばかりだからね」
「……なんか、イヤな予感がするんだけど」
「そんなわけないよ」
 どこから湧いてくるのか、自信満々の顔でアルマは調理場へと引っ込む。
 若干血の気が引いていく自分の身体を自覚しつつ、フェイルは
 上体を起こしてため息を落とした。
 実は、犯人の候補に一人、心当たりがある。

 アドゥリス=クライドール。

 土賊と名乗り、このメトロ・ノームを荒らしている人物だ。
 同時に、カバジェロらと共に、流通の皇女スティレットの下で動いている人物でもある。
 彼は以前、フェイルを迎えにこの家を訪れた事があった。
 勿論、それだけで即犯人という訳にはいかないが、盗賊まがいの行動をしていた
 彼であれば、手がかりを残さずに帳簿を持ち去るのは簡単だ。
 なにより、このメトロ・ノームを買収しようとしているスティレットにとって、
 帳簿は魅力的なアイテムでもある。
 協力を仰ぐにしろ、了承を得るにしろ、リストがあれば円滑に事が運ぶのだから。
 とはいえ、彼らが何処にいるのかはわからない。
 アドゥリスも、カバジェロも、スティレットの右腕であるヴァールも、
 エル・バタラで既に敗退している為、会場であるヴァレロン総合闘技場に
 留まっている可能性は薄い。
「それでも……行ってみる価値はあるか」
 心中でそう独りごち、フェイルは次の行動を決めた。
 ビューグラスの居場所を突き止めることなく、メトロ・ノームを離れるのは
 不本意だが、出入り自体はいつでもできる。
 ビューグラスの家、シュロスベリー邸からここに通じる扉は常に開かれているのだから。
「あの、アルマさん。俺、一旦地上に戻……」
 その旨を告げようと調理場を覗くと、そこには――――
「〜♪」
 鼻歌交じりに何かをすり下ろしているアルマの後ろ姿があった。
 余りにも美しいその顔ばかりが目に留るアルマだが、後ろ姿であってもやはり美しい。
 気品の中にもどこか童のような無邪気さが漂っている。
 内面も外見も、飾りっ気は一切ない彼女。
 だからこそ、より美しい。
 フェイルはしばらくその姿を眺めた後、黙って居間へと戻った。


 しばらく経って――――


「……」
 フェイルの元に、料理と称したナニカが並べられた。
 陶器に乗せられているのは、泥のような物質。
 火を通したり湯煎した形跡はない。
 紫と緑が入り交じったような色合いも不気味だ。
 盛りつけだけは妙に達者で、まるで紋様のように美しい。
「とっても活力がつく食べ物なんだよ。遠慮せずに食べるといいよ」 
「……遠慮はしてないんだけど」
 しているのは警戒のみ。
 フェイルは今、かなりの危機に晒されていた。
 ここで倒れる訳にはいかない。
 やる事は山ほどあるのだから。
 だが、機嫌よさげにフェイルを見つめているアルマの期待を
 踏みにじる事もできない。
 ――――逃げ道は、ない。
「……そ、それじゃ、頂こうかな」
 滲み出る冷たい汗を拭き取りつつ、フェイルは決意をした。
 まずは口の中に入れて、舌で転がす。
 そこで強力な刺激を感じるようなら、血を吐くフリをして吐き出す。
 微妙なラインなら、口内に留めてあとで外で吐き出す。
 幸いにも量は少ないから、どうにかなる。
 そこまで青写真を描いた後、フェイルは細い息を数度吐いて――――
「んっ!」
 泥のようなモノを口の中に入れた。
 結果――――
「……味がない」
 単に食材をすりつぶしネバネバした泥状のモノに変え、味付けせずに出したらしい。
「そんな事あるはずないよ。貴重な調味料を使って味付けしたよ」
「そ、そう? だとしたら、奇跡的にいろんな味が相殺し合って透明化したのかな」
「……そんな事あるはずないよ」
 不満なのか、アルマは拗ねてしまった。
 一方、フェイルは安堵しつつ食材を口に入れる。
 すると――――
「気の所為か、身体が火照ってきたような」
「活力がついたんだね」
「そうかなあ……? なんとなくシャキッとはしてるけど」
 そう恍けつつ、フェイルは自分が食べた物の正体をなんとなく理解し始めていた。
 薬草士ゆえに、この感覚は何となくわかる。
 精力がつく食材の中でも、余りに効力が高すぎるので市場では販売禁止令が
 出ている、そんな食材だった。
 ちなみに名称は『自然薯もどき』。
 裏ではかなり高額で取引されている高級食材だ。
「どうかな。力が湧いてきたりしたかな」
「なんとなく生命力が増した気がする。ありがとう」
 間違った事は言っていないものの、若干後ろ暗い心持ちになりつつ、
 フェイルはアルマに微笑みを返し、完食。
 やたら火照る身体を持て余しながら、アルマ邸をあとにした。
 が――――
「地上に戻るのなら、お見送りするよ」
「え? い、いいよそんな。またすぐ来る事になるだろうし」
「散歩がてら、だよ。言っておくけど、太ってる訳じゃないよ。
 ちょっと太ってるかもって気にしてるから歩く訳じゃないよ」
 アルマ、譲らず。
 フェイルはいろんな意味で、ガマンを強いられる移動を強制された。
「……ふぅ」
 ピリピリするような感覚を瞼の先の方に感じつつ、アルマと並んで歩く。
 妙に五感が研ぎ澄まされていて、頭がしっかりと回らない。
 宮廷弓兵の時代、ムリヤリ酒を飲まされた時のような感覚だった。
「フェイル君のお店は、上手くいってるのかな?」
「え? あ、うん。大きな取引先が見つかって……」
 突然話しかけられ、思わず身体がビクッと反応を示す。
「……でも、ちょっと複雑なんだよね。達成感がないっていうか、
 なんかスッキリしないっていうか」
「難しいんだね」
「うん。でも、それなりに楽しくやってるよ」
「……」
 微笑むフェイルに対し、アルマは思案顔で少し俯く。
 そうこうしている内に、無数ある出入り口の中の一つに辿り着いた。
 こことシュロスベリー邸を繋ぐルートの入り口だ。
「そ、それじゃ」
 なんとなく居たたまれなくなり、慌てて扉を開こうとするフェイルに対し――――
「……此方も、お店できるかな」
 余りに突拍子もない、アルマの発言。
 だがそれを聞くのと同時に、フェイルはある異変のほうに意識を奪われていた。
「あれ?」
 それは――――
「扉が……開かない?」







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