情報屋というのは、徒党を組むことによるメリットを得やすい職業。
 だから、諜報ギルドにおける横の繋がりは他のギルドと比べ、かなり色濃い。
 情報という商品を扱う行商が犇めいているようなもので、情報屋同士が
 売買するケースも多く、それによって情報の鮮度が落ちてしまうことも少なくない。
 そういった不合理をなくすため、ギルド内における情報の売買を禁止するような
 規律は一応あるにはあるが、機能してないのが実状だ。
 そんな事情もあり、情報屋はギルドに属している方が有利。
 個人経営の情報屋は信用面でも難しい為、どうしても後手後手になってしまっている。
「……あ〜ら、【ウエスト】の支隊長代理様がなんのご用?」
 半眼で背後を向くラディアンスは、殺気にも近い空気をまとい、デルに睨みを利かせた。
 彼女にとって、ギルド所属、しかも役職持ちの人間は敵も当然。
 商売敵というだけではなく、元【ウエスト】という肩書きがあるだけに、
 対決姿勢剥き出しになるのは不思議ではない。
 だが、デルは意にも介さずにラディアンスの真後ろに隣の席のイスを引っ張ってくる。
「キミのことはよく知らないケド、情報屋なのはわかる。だから、キミが彼を
 相手に商売しているコトに対して口を挟むのがマナー違反だってコトもネ。
 ケド、こっちもこっちで事情があるし、今の話に関してはボクが彼に話さないと
 契約に関わってくるんだヨ。悪いけど、引いてもらえるかな?」
「ンなことできるわけないでしょう? もうお代は頂いてんの。
 つまり、契約は成立してるわけ。お呼びじゃないってことよね」
 シッシッ、と追い返すジェスチャーを見せ、ラディアンスは振り向き、
 デルから視線を外す。
 相手にしないという態度で諦めさせようという魂胆だが、当然それで
 海千山千の情報屋、デルが引くはずがない。
「契約の話で言えば、ボクが先なんだよね。そこの顧客に聞いて貰えば
 話は早い。そこのキミ、どうかな?」
 話の矛先はフェイルへと向けられた。
 正直に話すとなれば、デルとの契約が先と言うことになる。
 そうなれば、ラディアンスは面目丸潰れ。
 情報屋としての『縄張り争い』での敗北を喫すことになる。
 当然、そうなればラディアンスにとってフェイルという存在は
 格落ちせざるを得ないだろう。
『格上』となった情報屋と懇意にしている相手に、積極的に情報を流すことはやりにくい。
 一方、デルとの契約をこの場で反故にすれば、ラディアンスの面目は保てる。
 当然、そうなればデルとは今後疎遠になるばかりか、敵対視されてもおかしくない。
 個人経営の情報屋ラディアンスと、【ウエスト】の支隊長代理デル。
 フェイルにとって、どちらを優先すべきか――――
「それじゃ、たった今アンタとの契約を破棄するよ。違約金も払う」
 その言葉は、デルに向けられたものだった。
「……つまり、ボクより彼女を取る、と?」
「契約はそっちが先。でも、僕との付き合いが長いのは彼女の方なんだ」
 フェイルに迷いはない。
 単純にこれからの事やビューグラスの情報を得るというだけなら、
 デルと組んだ方が得かも知れない。
 そしてフェイルにとって、ビューグラスに関する情報を知るというのは
 最優先事項に近い重要案件。
 それでも、フェイルは人間関係を優先した。
 それが――――王宮で学んだ事の一つ。
 フェイル=ノートが行き着いた一つの答え。
「フェイりゅん……! あんた男だ! しっぽからフェイりゅんに格上げしちゃう!」
 一瞬で後悔という名の荷物を背負うことになったが。
「……そのわけわかんない愛称にランクがあったことにも驚きだけど、
 僕はいつどのタイミングで格下げされてたの? 何かしたっけ?」
「私の秘密を知ったからよん。乙女の隠し事は、知るだけで罪なのさ!」
「秘密……ああ、傭兵ギルドでのアルバイトのこと?」
「言うな! ここで言うな! あーーーしまったーーーやっちまったーーー!
 本名がバレた時以来の大失態だーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 ラディアンスが両手で頭を抱え、悶えに悶える。
 もちろん、フェイルは間違ってそれをポロッと漏らしたわけではない。
「……ってわけだから、生活の苦しい彼女に花を持たせるよ」
 デルへのこの発言も、本心ではない。
「へェ。ボクに気を遣ってくれたのかい?」
 そしてデルは、フェイルの本心を見抜いていた。
 デルとの契約を破棄する理由をフェイルが告げたところで、
 フェイルにはメリットはない。
 どんな理由だろうと、デルにとっては契約を反故にした不良顧客。
 個人の信条とは関係なく、それに応じた対応を今後考えていくだろう。
 組織に身を置く以上、私情を挟む余地はない。
 だが、フェイルが理由を告げることで、デル自身の誇りは傷つかずに済む。
 こんな小娘に顧客を奪われた――――と思わずに済む。
 フェイルの同情が理由ならば。
「了承したよ。契約は破棄。これから【ウエスト】は今後一切、キミとの
 関わりを拒絶する。場合によっては報復もあると考えて欲しいネ」
 店を持つフェイルにとって、情報屋の組織を敵に回すのは致命的。
 風評被害などで打撃を与えることも容易に行えるからだ。
 そこまで見越してもなお、フェイルはラディアンスとの関係を優先した。
「うん、わかった」
 迷いなく。
 個人経営と、組織。
 どちらに肩入れしたいかは、明白だった。
「だけど、今【ウエスト】は忙しい。クラウ氏も見つからないし、
 剣聖様の行方も掴めていないしネ。それに加えて、今度はビューグラス氏まで
 行方不明とキタ。だから、報復なんてしてる暇はないんだよネ」
「……え?」
 掌を天井に向けて肩をすくめるデルに、フェイルは思わず聞き返す。
 報復はしないヨ、と暗に言っていることに関してではない。
「ビューグラスさんが、行方不明……?」
「あーっ! 私の情報先に言いやがった!」
 牙を剥く勢いで立ち上がるラディアンスに、デルは不敵に微笑む。
「今のは、ボクのメンツの問題だから、キミは気にしなくていいヨ。
 それと、これも個人的な意見であって、【ウエスト】の総意じゃないから
 聞き流して欲しいんだけど……」
 デルはラディアンスの怒号を無視し、踵を返す。
「情報屋にとって、正直者は正義の味方と同じくらい愛すべき存在なんだよネ。
 だからボクは、キミみたいな人間は大事にされるべきだと思うヨ」
「……」
「それじゃ、サヨウナラ。正直者クン」
 ヒラヒラと手を振り、デルは店を出て行った。
「よかったんですか? 彼ではなく彼女を選んで」
 あえてずっと沈黙を守っていたファルシオンが、重いトーンで疑問を口にする。
「そうよね……私本人が言うのもなんだけど、あっちの方が情報屋としては
 格上だし、向こうと組んだ方がよかったんじゃない?」
「本人に言われると後悔しそうだなあ」 
 苦笑しながら、心配する女性2人にフェイルは思わず後頭部を掻く。
「そもそも、彼らみたいな大手は僕みたいなのを相手にしてても旨みはないよ。
 だから、切られる時はバッサリ切られる。情報屋は信用が大事だけど、
 彼らの信用の大半はお金で作られてるから」
「そこには、暗殺者を雇うお金も含まれている。そういうことですか」
「うん。そして、今の僕を取り巻く状況は、そういう事態に発展しても
 おかしくないような、深い闇がある気がする」
 ここに到るまでの理由を、フェイルは淡々と解説した。
「……あれ? 私との絆を優先したとか、そういう人情的な話じゃなかったの?」
「あー。それもあるそれもある」
「うっわ、投げやり! ほとんどないって言ってるようなもんじゃん!
 感動して損した! 感動を返せ! お金で返せ!」
 いきり立つラディアンスを、フェイルは困り顔でまあまあ、と宥める。
 とは言いながらも――――実際にはラディアンスの言う『人情』が第一の理由。
 残りの打算的な理由は、照れ隠しの為の隠れ蓑だった。
 そして、相手への気遣いはここまで。
「で……ラディアンスさん」
 利己的になるべく、フェイルは声のトーンを変える。
 ここからは、自分の為に動く時間だ。
「ビューグラスさんが行方不明って本当?」
「ええ。ただし、どうしていなくなったかは不明。ただ、いついなくなったかは
 わかってるけどね」
「いつ?」
「3日前。【エル・バタラ】の1回戦があった日ね。、ビューグラス氏は
 薬草学の権威で、毎日いろんな取引先の人達と会ってるんだけど、この日以降の
 あらゆる会合や取引を事前に打ち切っているから、わかりやすいのよ」
 フェイルの変化にラディアンスも対応。
 情報屋モードで淡々と情報を告げる。
「計画的な失踪、と見るべきですね」
 ファルシオンの見解に、フェイルは同意すると共に、席を立った。
「ありがとう、ラディアンスさん。ここの支払いは僕がしとくね」
「どうすんの? ビューグラス氏の動向を探る気?」
「居場所を探すだけだよ」
 ビューグラスとスティレットの関係――――それは今、フェイルにとっては
 どうでもいいことだった。
「僕にとって、あの人は特別だから」
 だから、探す。
 それだけだった。







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