かつてないほどの豪華な参戦者で埋め尽くされた、【エル・バタラ】決勝トーナメント。
 だが、その一方で、2回戦の試合に関しては、様々な邪推が生まれていた。
 意味不明な決着、不戦勝、そして対戦前の負傷。
 4つの内、3つがすっきりしない試合となれば、そこに何かあると勘ぐらない方が変だ。
 案の定、休みとなっているこの日、街はその話題で持ちきりとなっていた。
 特に騒がしいのは、酒場。
 賭けを主催していた人物に、体型も性別もバラバラな集団が詰め寄っている。
 殆どが、賭けの無効を主張していた。
 実際、作為的に試合の勝敗がコントロールされていると見なされても
 何ら不思議ではない状況だけに、主催者も困惑を禁じ得ない様子。
 実際には――――彼等には何の落ち度もない。
 作為的なのは確かだが、それを行っているのは『王宮』なのだから。
「……にしては、妙にお粗末じゃないかな?」
 フェイルの言葉に、小さい口でスープを啜っていたファルシオンは
 眉尻を下げ、暫くの間固まっていた。
 適切な回答を探しているらしい。
 それを待たず、フェイルは続ける。
「バルムンクと……あのスティレットさんの付き人との試合も妙だったし、
 不戦勝はなるべくしないような感じだったのに、あっさりやっちゃってたし、
 トリシュさん、だったっけ。あの人の怪我も、余りにも露骨だ。
 1回戦で彼女が負傷した様子は一切なかったんだから」
 もし全てが作為的だとしたら、まるでツギハギだらけのシナリオ。
 とても王宮主導のものとは思えない荒っぽさだ。
「私も、そう思います」
 結局、気の利いた言葉は思いつかなかったのか、ファルシオンは
 ごく普通の返答をして、スプーンを置く。
 酒場の喧噪に少し苛立ちを覚えているのか、やや声色が堅い。
 この日、薬草店【ノート】は新たに仕入れた材料で『ナタル』を生成する
 事に終始していた為、お店は休業。
 それが一段落した夕方、夕食をとりにフェイル、ファルシオンの2人は酒場を訪れていた。
 フランベルジュは用事があるといって、帯同していない。
 足早に出かけたその方角は、傭兵ギルド【ウォレス】へと続く道。
 トリシュのいるそこへ向かったんだろうと、フェイルは推測していた。
「ただ、私自身、どこまでこの計画について把握できているかわかりません。
 私は誘導役以上の存在ではありませんから」
 隠し事をしているかどうかは、ファルシオンの表情からは読み取れない。
 常に、そうやって生きているから。
 誘導役という役柄は、思考は勿論、感情を読み取られる事も許されない。
 それが、元々の性格を認められての抜擢なのか、役割に合わせて自分を
 変えたのかは、フェイルに知る由もないが――――
「何にしても、すっきりしないよね」
 リオグランテの変貌を目の当たりにしたフェイルは、モヤモヤした気持ちを
 引きずったまま、この日を過ごしていた。
『勇者を生み出す為のデキレース』
 それ自体、余り感心できるものではないが、政策として王宮が打ち出している
 以上、一般人のフェイルがどうこう言える事でもない。
 ただ、本当にそれだけなのか――――という疑念も尽きない。
 余りにお粗末な経過もその理由の一つ。
 そして、勇者となる予定のリオグランテが、余り良い方向に進んでいない
 というのも、その一つ。
 更に――――

『我々は試される。近い将来……将来という言葉も不適当ですな。近く、「それ」は起こる故』

 リオグランテ以上に不気味な変貌を見せた、クラウの言葉。
 フェイルにとって、それは決して他人事ではない。
 最早、問題は【エル・バタラ】だけに留まらず、この街で何が起こっているのか、
 というスケールにまで発展していた。
「で、さっきからずーっと食べてないみたいだけど、もしかして要らない?
 そのジューシーで柔らかそうで肉厚タップリのお肉、食べる気ない?
 って事は、そのお肉は今自由契約? ならはーい! 立候補! 私立候補!」
「……そういえば、酒場だったっけ、ここ」
 酒場には、常に情報屋の姿がある。
 ラディアンス=ルマーニュもまた、その一人。
 フェイルの背後で、返事を待ちながら涎を垂らす女性の姿を眼前にした
 ファルシオンは、瞼を8割落としてスープを飲み干した。
「で、どうなの? そのお肉はフリーなの?」
「食べるよ。食べる為に頼んだんだから」
 そう告げると同時に、フェイルはナイフを使って肉を切り刻む。
 鶏肉を香ばしく焼き上げた料理が、みるみる内に小さくなり、フェイルの
 お腹の中へと吸い込まれていった。
「ぐっ……せっかくタダメシにありつけると思ったのにーっ」
「そんな事しなくても、十分稼いでるでしょ? 傭兵ギルドの受付までやってるんだし」
「バカ言いなさんな。レディは美貌を保つだけでも大量のお金を消費するの。
 男とは違うのよ、男とは」
 その割には、全く飾り気のない衣装。
 ラディアンスの笑顔は、満面の割に何処か陰があった。
 そう気付きながらも、フェイルは敢えて指摘せず、代わりに別の疑問を投げかける。
「ラディアンスさんは、【エル・バタラ】のスキャンダルについて何か知ってるの?
 結構今、話題になってるみたいだけど」
 雑談以上、情報収集未満といった問い掛け。
 それに対し、悠久の情報屋は――――
「モチのロンよ。情報屋は新鮮な情報に飛びつかないとやってらんないからねー。
 これだけで結構なお金になったのよん。むふふー。で、そちら様も欲しいの?
 私の握ってる正確無比で痒いトコに手が届くラディさん情報、欲しいの?」
「……いつそんな名前がついたの」
 呆れつつ、フェイルは視線をファルシオンに向ける。
 特に肯定も否定もなし。
 判断を委ねる、という意思表示だと解釈し、フェイルは革袋から数枚の銅貨を
 取り出して、ラディアンスに渡した。
「まいどー。実は一枚足りないんだけど、ま、いーでしょう。私としっぽの仲だし」
「……結局、フェイきゅんとかフェイりゅんって何だったんだか」
 最終的には外見の特徴に特化した呼び名となった事に辟易しつつ、
 フェイルはもう一枚銅貨を投げつけた。
「催促したみたいで悪いねー。じゃ、オマケして結構大事な情報をお教えしましょう」
 空いた席にドカッと座り、ラディアンスはテーブルに両肘をついた。
 そして、手を組み、その上に顎を乗せる。
 雰囲気作りらしい。
「【エル・バタラ】のスキャンダル……って話だったっけ。それにまつわる
 重大な事実を一つ、お教えしましょう」
「勿体振らずに、早く言って下さい。お金払ったんですから」
 ラディアンスには妙に厳しいファルシオンの突き放したような物言いに、
 悠久の情報屋は思わず怯む。
 実はかなり打たれ弱い。
「う、わ、わかったからそうカリカリしないでくれたまえよ」
「語尾だけ権力者っぽくしても無意味だと思うけど……」
「うっさいうっさい! だから、これから話すのは権力者のお話なんだってば!」
 権力者。
 その範囲はかなり広いだけに、必ずしも欲しい情報とは限らないが――――
 フェイルは軽口を止め、ラディアンスの言葉に耳を傾けた。
「どうもね、今回の【エル・バタラ】は……いろんな権力者が絡んでるみたいなのよ」
「いろんな? 複数の、って事?」
「そ。ホラ、デュランダルとかガラディーンとか、王宮のお偉い騎士が参加してるでしょ?
 だから、王宮が絡んでるってのは誰でも想像がつくけど、どーもそれだけじゃないみたい」
 ラディアンスの情報に、ファルシオンの目の色も変わる。
「まず、この街の貴族連中。これも別に真新しい情報じゃないか。
 コイツ等に関しては、王宮が出てきた時点で尻込みしたって話だけど」
 この情報も、フェイルの耳には既に届いている。
 スコールズ家と懇意にしているリオグランテも、この範疇に入るだろう。
「で、このラディアンス=ルマーニュちゃんが悠久の情報屋たる所以は、
 ここで留まらない事。もう一つの勢力について、調べてみたのですよ」
「もう一つの……勢力」
 フェイルとファルシオンは、お互いに目を合わせ、声ならぬ会話をする。
 だが、そこに明確な答えは出てこない。
 再び二人同時にラディアンスへ視線を向けると、悠久の情報屋は
 ニマーっと笑ってみせた。
「【エル・バタラ】を裏で操ってる勢力は、王宮、貴族……そして、流通の皇女」
 したり顔で告げられた声に、フェイルは――――
「あ、ああ。そっか」
 特に驚いた様子もなく、納得した。
 これまでの経緯からすれば、特に意外でもなんでもない。
「ちょっ! これって結構なニュースよ!? なんでそんな薄っすいリアクションなんだよう!」
「いや、特に驚く事でもなかったんで」
「きーっ、これだから今時の若者は! 無感動が正義か! 無感情がカッコ良いってか!
 クールと無感情は違うんだぞバカヤローっ!」
「殆ど年変わらないよね、多分だけど」
「ったく……よーしわかった。それはこの情報屋ラディアンシュ=リュマーリュへの
 挑戦と受け取ったかんね! もっとビッグな情報をお届けしてやる!」
 自分の名前を噛むほどに誇りを傷付けられたのか、ラディアンスは
 激高しながら立ち上がった。
「他のお客さんの迷惑になります。着席を」
「あ、すんません」
 何故かファルシオンには逆らえないのか、直ぐに鎮火。
 着席しつつ、ラディアンスはいそいそとメモ帳を取り出した。
「えーっと、確かここにここに……あ、あった。よし、聞いて驚け」
「寧ろ驚かして欲しいんだけど」
「おう、やったるよ! 流通の皇女スティレット=キュピリエの交友録に関する情報!」
 妙なテンションで、ラディアンスは叫び倒す。
 半ば呆れ気味にそれを聞いていたフェイルだったが――――
「どうやら彼女は、薬草の権威ビューグラス=シュロスベリーと繋がっている模様!
 今回の【エル・バタラ】の件にも一枚噛んでるかもね!」
「え?」
「で、そのビューグラス氏についての耳より情報が一つ!」
「……」
 どうしても無視できない人物の名前に、思わず顔が強張っていくのを自覚しながら
 フェイルは話の続きに耳を傾けた。
 刹那――――
「その話に関しては、ボクにさせてヨ」
 ラディアンスの背後に迫る、黒い影。
 デル=グランラインの突然の出現に、場の空気が重みを宿した。







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