「喜び……ですか?」
 一種異様な雰囲気に包まれる会場の中で、ファルシオンはアリーナへの
 関心を示さず、フェイルとの会話を続行する。
 一方のフェイルは、トリシュの姿に『後任者』の存在を確信しながら、大きく頷いた。
「僕が宮廷弓兵だった事はもう話してるよね」
「はい」
「そこで、御前試合があって、僕はそれに出場する事になったんだ」
「……弓兵がですか?」
「そう。普通は後方からの支援攻撃に徹する筈の弓兵が」
 それは、弓矢という武器が魔術に凌駕された大きな理由。
 同じ立場だった魔術は、オートルーリングをいう技術を得て、
 そこから一歩前へ踏み出した。
「僕は、弓兵でも一人で闘えるってところを見せたかった。でも……
 その大会ではそれが叶わなかった」
「……」
 負けたわけではない。
 だが、目的を達成できなければ、勝とうが負けようが同じ事。
 フェイルは御前試合で目的を達成できなかった。
 それは、痛恨の極みだった。
 けれど、本当に深刻だったのは。
 本当に辛かったのは――――
「その後、師匠から暗殺技術を学ぶよう、促されたんだ」
「……師匠というと、デュランダル=カレイラの事ですか」
「うん。その時僕は、自分の目指していた事に引導を渡されたんだ。
 もう無理だって。だから、他の生きていく為の技術を学べって。
 言葉にはしなかったけど、そういう事だったんだと思う」
 フェイルはそれを受け入れた。
 受け入れたというより、当初はその事にも気付かず、ただ言われたままに
 暗殺技能を自分の戦闘スタイルの一部に取り入れた。
 だが、それが何を意味するのかは、次第にはっきりとわかっていった。
 つまりは――――死刑宣告だったのだと。
「結局、弓兵が近距離戦をこなしたとしても、それはこなしてるに過ぎない。
 宮廷弓兵団としては有用な事じゃないって判断されたんだと思う。
 でも、納得はしてるよ。誰より僕の考えを支持してくれた師匠が、自分で引導を
 渡してくれたんだから。だから、その事は寧ろありがたいって思ってる」
 それが本心かどうか――――実のところ、フェイル自身もわかっていない。
 ただ、そう納得させる事で、今日までやってきた。
 今更覆せない。
「だから、暗殺まがいの仕事をしてると、『これは僕が目指した技術じゃない』っていう
 困惑した気持ちと、『まだ僕には弓兵としての価値がある』っていう自負めいた気持ちが
 交錯してたんだ」
「そして、後者が僅かに優った……という事ですか」
「うん」
 別れの時、デュランダルは言った。

『ここまでやれるのなら、近距離戦をこなすと胸を張っても良い』

 それは、お世辞ではなく事実だったんだろうと確信している。
 デュランダルが、そういう気の使い方をする性格じゃない事は知っているからだ。
 
『暗殺技能を教えたのは……俺の為だ』

 こういう気の使い方をする人間だった。
 ただ、こなす事と役に立つ事は違う。 
 フェイルの夢は宙に浮いたまま、置き場を失い――――そして今に至る。
「暗殺まがいのお仕事をしていた、そしてそれを私に今打ち明けたという事は……
 フェイルさんに『間引き』の話が行った、という事ですね」
「本当に、話が早いよね」
 呆れ気味に、フェイルは頷く。
 間引き。
 それは以前、【メトロ・ノーム】で聞いた言葉。
 そして、フェイルがやらされた仕事の内容とも一致する。
 つまり――――
「もしかして、【メトロ・ノーム】の間引きっていうのも、勇者計画と関係あるの?」
「それはわかりません。少なくとも私は、あの地下街の事は知りませんでした」
 ファルシオンがそう否定する以上、憶測の域は出ない。
 小さく息を吐き、フェイルは少し頭の位置を下にずらした。
「フェイルさんが疑うのはよくわかります。疑ったままでも構いません。ただ……
 この件に関しては、私は嘘は言っていません。それは信じて欲しいと思っています」
「……」
「私達は、薬草店【ノート】を意図的に危機へ追い込んだ訳ではありません。そもそも、
 フランやリオはこの件については何も知りません。ただ……騒動後に、街に留まる理由
 として、フェイルさんを利用したのは事実です」
 それは――――スティレットが割り込む前の疑問に対する回答。
 ようやく、ファルシオンの口から出てきた。
「そっか。それが聞けてよかった」
 納得したフェイルは、その真偽については問わなかった。
 ある意味、それがフェイルの生き方でもあった。
「……私が今朝、握手を拒否した事を気にしていたんですね」
「うん。でも、もう納得したから大丈夫。信じるよ。ファルを」
「簡単に信じない方がいいですよ。私は、計算高い女ですから」
「そうかもね」
 苦笑いを浮かべるフェイルに、ファルシオンはジト目を向ける。
 それは、氷解だった。
 尤も、冷戦といえるような関係でもなかったが。
 ただ、お互いが少しスッキリした事は間違いなかった。
「試合、始まるみたいです」
 リオグランテとトリシュが共に一礼する。
 勝敗は明らかだ。
『間引き』によって襲撃されたと思われるトリシュには、勝ち目はない。
 ただ――――この準々決勝の流れは、余りにも露骨に見える。
 第二試合は不可解な『参った』。
 第三試合は不戦勝。
 第四試合は試合前からの深刻な負傷。
 1回戦とは明らかに質が違い、明白に『何者かの介入がある』とわかるような
 お粗末ぶりだ。
「……間引きしている人がまた変わったのか?」
 ポツリと、フェイルは呟く。
 そもそも、1回戦の時点であのクラウを間引いたとしたら、『間引き』を
 行った者は相当な実力者という事になる。
 というより、そんな人材がその辺に転がっているとは到底言えない。
 国内でも有数の実力者しか無理だ。
 だとしたら、この準々決勝のお粗末ぶりは余計に矛盾する。
「よくわからない事ばっかりだ」
 心中でそう呟きながら、フェイルは観戦モードへ入った。

 


 試合は――――片腕の動かせないトリシュの健闘が光ったものの、
 最終的には体力と身体能力がモノを言い、20分ほどの試合時間の後、
 リオグランテが勝利。
 ベスト4進出者が全員出揃った。

 


「おはようございます!」
 翌朝。
 1回戦と同じように、試合当日は【ノート】で休んだリオグランテだったが、
 起床して直ぐに外出の準備を始め、店の前に出ていた。
「……おはよ。またスコールズ家に行くの?」
 店の周囲を掃除していたフェイルは、欠伸を噛み殺しながら問う。
 朝一番に聞くリオグランテの甲高い大声は、少し手厳しかった。
「はい。直に勝利の報告をしたいんで」
「そっか。すっかり仲良くなったみたいだね。あの家の人達と」
「そうなんですよ。いい人達ばっかりで……旅してる時より、今の方が居心地がいいくらいなんです」
「……?」
 その言葉に――――フェイルは少し違和感を覚えた。
 遠回しに、ファルシオン、フランベルジュとの旅が居心地の悪いもの、と
 言っているように聞こえたからだ。
 とはいえ、リオグランテの性格上、単に感じたままを言っているだけの可能性が高い。
 フェイルは適当に流し、掃除を再開した。
「でも、まさかベスト4に残るなんてね。すごい事だよ」
「ありがとうございます! 僕もビックリですよ。でも、目指すは優勝! ですから」
「はは、すっかり目標が高くなったね」
「ここまで来たら、目指さないと勿体ないですから!」
 怒り笑いの顔で、リオグランテは天空を指差す。
 そのポーズの意味はよくわからなかったが、フェイルはそんな勇者の姿に
 以前とは違う『何か』と感じていたものが、単純な成長だったと認識を改めた。
 それなら、歓迎すべき事だ。
 フェイルも思わず顔を綻ばせる。
「疲れとか痛みとか残ってない? もしどこか悪い所があったら、言ってね」
「大丈夫です! だって、昨日は簡単な試合でしたから」
「……簡単」
 ――――改めたばかりの認識が揺れる。
「だって、相手がケガしてましたから。って言っても、ケガがなくても多分勝てたんじゃ
 ないかなーって思うんですけどね。だから、ケガしてたのはちょっと残念でした。
 どうせなら、五分五分の条件で闘いたかったです」
「でも、相手はフランを圧倒した人だよ? そう簡単には……」
「大丈夫ですよ。フランさんと今の僕は、違いますから」
 その言葉を発したリオグランテは――――明らかに異なっていた。
 明らかに、これまでの彼とは違う顔つきだった。
 まるで、自分の成長に酔っているような。
「あ、それじゃ僕、そろそろ行きますね。フェイルさん、明日も応援来て下さいねー!」
 一転、陽気な顔つきに戻り、リオグランテは一昨日と同じように走り去って行く。
 その後ろ姿も、これまでの彼と変わらない。
 だが――――
「……」
 フェイルは確信した。
『何か』とは、成長とは違う種類のものであるという事に。







  前へ                                                             次へ