準々決勝第二試合が今まさに開始しようとする最中――――
 フェイルとファルシオンは、共に訝しい顔をしながら傍に立っている
 スティレットの顔に目を向けた。
 流通の皇女の名に相応しく、明らかに服の素材は一般市民と縁のない高価なもの。
 しかしそれすらも、彼女の派手で整った美しい容姿の前では前座に過ぎない。
「私達に一体、何の用でしょうか」
 痺れを切らしたというより、心底不可解な様子でファルシオンが問うも、
 スティレットは応えない。
 その視線は、フェイルにのみ向けられていた。
「薬草屋ちゃんに聞きたい事があって来たのん♪」
「僕に?」
「そ♪ とっても大事なことなのよん」
 不意に――――スティレットの目が、大きく見開かれる。
 生理的に嫌悪を覚えるほど、極端に。
「『ヴァレロン・サントラル医院』と提携したって、本当かしらん?」
 それは、ある意味真っ当な質問だった。
 無名の薬草店が、この街で最も大きな医院と契約を交わす。
 流通の皇女なら、興味を持ってもおかしくないほどのニュースだ。
「ええ、まあ」
 嘘を吐いたところで意味はないし、既に事実確認をした上で聞いている事が
 想像に難くない為、フェイルは直ぐに頷いた。
「あらん……残念。薬草屋ちゃんには目を付けてたのにん。あの変態医者に
 借りを作っちゃったのねん」
 まるで言葉を弄ぶかのように、スティレットは舌足らずな声で
 ゆったりと話す。
 その姿は、まるで蛇。
 音もなく動き、、舌を出して獲物を察知する。
 そして、ジワジワと動き――――突然牙を剥く。
 そんなイメージが、フェイルの脳裏を過ぎった。
「ま、いいわん。本当のお楽しみはこれからだし♪」
「本当のお楽しみ……ですか」
「これからこの街は面白い事になるわよん♪ とっても良い匂いがするわん♪」
 妖艶な笑みを浮かべるスティレットの目が、アリーナに向く。
 既に試合は始まっていた。
 だが、バルムンク、ヴァール共に、その場を動かない。
 何かを探っている様子もない。
 フェイルの目には、どちらがどんな思惑でその場に佇んでいるのか、
 全くわからなかった。
「ファルシオンちゃん、さっき貴女、あの子達を『演者』って言ってたわよねん」
「ええ」
 元々注意深いファルシオンが、更に警戒色を強める。
 スティレットの持つ一種異様な空気を察して。
「あの子達は違うわよん。この大会の参加者全員が演技をしていると思ったら、
 大間違いなのん♪」
「……」
「あらん、そんなに胡散臭いって顔しないでん♪ あたし、傷付きやすいんだからん♪」
「貴女は……どこまで御存知なんですか?」
 いよいよ瞼を深く落とし、ファルシオンは率直に問う。
 勿論、それで明確な答えが返ってくるとは期待せず。
 一方、フェイルはというと――――バルムンクの姿を目で追っていた。
 追う、といっても、動いている訳ではない。
 ただ、バルムンクの表情は、これまでフェイルが見てきたものとは
 明らかに異なり、まるで何かから逃れるかのような、逆に追いすがろうとしているような、
 判別の難しい色を帯びている。
 追いかけるという表現が正しいほど、遠くに、近くに揺れ動く。
 また、時折話をしている。
 それが、ヴァールとの舌戦なのか、単純な雑談に過ぎないのか、ここからではわからないが。
「勇者計画、って言葉、御存知かしらん?」
「……勇者計画?」
 不意に告げられた聞き慣れない言葉が、フェイルの意識をアリーナの外に向けた。
 片や、ファルシオンは明らかに知っている様子で、スティレットの次の科白を待っている。
「あら、薬草屋ちゃんは知らなかったのねん。まずかったかしら……ま、いいわん」
 特に反省する様子はなく、緩慢な動きでフェイルの隣に座っている男性へと近付き――――
「この席、これで買い取るわん」
 金貨を3枚、握らせる。
 男性は信じられないという面持ちで何度も頷き、即座にその席を立った。
「よっこいしょ……あらん、こんな言葉が自然に出ちゃうって、あたしオバさんなのかしらん?」
 応えなき質問を宙に放り投げた後、そこへと座る。
 その間にも、アリーナではまだ睨み合いが続いたまま。
 観客席から徐々にどよめきがあがっていた。
「勇者計画ってのはねん。簡単に言ったら、勇者ちゃんを祭り上げる計画。
 わかり易くていいでしょ?」
「……ああ、そういう事ですか」
 結局は、そういう名前というだけで、内容はファルシオンの話したものと同一。
 つまり、この大会を『勇者が勝ち上がる為の大会』にするという計画の事。
 フェイルはそう解釈した。
「でもん、ただ祭り上げるだけじゃダメなのん。勇者ちゃんには勇者ちゃんらしく
 ちゃんと変わっていってもらわないとダメだからん」
「……変わっていくとは、どういう意味ですか?」
「大事なこと。子供から大人に変わる……ってことなのよん」
 それは、とても言葉通りには捉えられず、ファルシオンもフェイルも困惑する。
「ファルシオンちゃんは、勇者ちゃんのお仲間さんだものねん。知らされてない事も
 いっぱいあると思うのん。例えばん、誰が演者で、誰がそうじゃないかん」
「貴女は……全て知っているんですね?」
「全部じゃないわよん♪ 神様でもない限り、それは無理♪ ただ……」 
 その瞬間――――ヴァールが動く。
 観客の殆どが、その初動に気付かない程の速度で。
「貴女の知らない事を知っているみたいねん。勇者ちゃんの案内役ちゃん」
 それは、威嚇。
 ヴァールの身体はバルムンクへと向かわず、その遥か前方で止まり、
 再び動きを止める。
 だがその攪乱は、バルムンクには通じない。
 ヴァールが動いた直後も、今も、変わらない顔で睨み続けている。
 どうにも煮え切らない、やりきれない――――フェイルの目には、そう映った。
「で、結局……貴女は僕達に何を言いに来たんですか?
 挑発するにしても、その理由が全然わからないし……」
「薬草屋ちゃんに提携の事実を確かめに来ただけよん♪ 後は雑談。
 だから、これから話す事も、ただの雑談ねん♪」
 再び、ヴァールが動く。
 今度はようやく、明らかな攻撃態勢。
 ルーンを綴り、魔術士としての正攻法で攻める。
 オートルーリングは使わずとも、そのルーリングの所作はムダを一切省いた
 美しさすら漂わせるほどの円滑さ。
 バルムンクはその作業を平然と見守り、魔術の発現を待っていた。
「薬草屋ちゃんは、『死』についてどう考えてるのん?」
「死……って、死ぬって事をですか?」
「そ♪ 薬草屋って、人を治す薬草を採って、お薬を作るのがお仕事でしょん?
 そんな職業に就いた人間がどう死を捉えているか、興味があるのよん♪」
 軽薄な言葉遣いで、やけに重い内容。
 スティレットの本質を表しているかのような問いに、フェイルは暫し沈黙する。
 困惑といってもよかった。
 死――――誰にでも訪れる、絶対の結末。
 そしてフェイル自身、それについて常に頭の中に入れている。
 だから、それをそのまま吐き出せば、答えにはなる。
「どうなのん?」
「恐怖ですね」
 少し迷った後、フェイルは現在ではなく、過去の自分の思慮を思い起こして答えた。
「誰もが持ってる共通の恐怖だと思います。だから、誰もが共感できる恐怖って
 言えるのかもしれません」
「あらん、中々深いわねん」
 満足したのか、或いはそうでないのか、わかり辛い顔でスティレットは小首を傾げた。
 そして、その目をドロリと濁らせる。
 余りにも自然に――――唐突に。
「……あたしは、一般論じゃなくて貴方の言葉を聞きたかったんだけれど」
 果たしてそれは、誰に対しての言葉なのか。
 沈黙を続けるファルシオンも、息苦しいような感覚を覚えてスティレットから
 目を逸らしたフェイルも、真意は掴みかねた。
「でも、自分の要求を押しつけてたら、本当の事なんてわからないものねん。
 中々上手くいかないわん」
 その言葉の直後――――観客席が大きく沸く。
 ヴァールの生み出した黄魔術が、バルムンクを直撃した。
 雷がバルムンクを包み込み、放電し、会場中に炸裂音が響き渡る。
 ただ、バルムンクがそれだけで倒れる筈がないと、会場の誰もが思っていた。
 歴戦の覇者。
 傭兵ギルド【ラファイエット】大隊長。
 この大会でも、優勝候補の一人。
 それが、魔術一つでどうこうなる筈がない、と。
「薬草屋ちゃん。死ぬ事はね、とっても難しいのよん」
 そのバルムンクが、片膝をつく。
 それは――――誰も見た事のない光景。
 観客席からは、悲鳴すらあがる。
 ただ、倒れた訳ではない。
 何より、バルムンクの顔は、魔術を受けてもなお、ずっと変わらないまま。
 変わらず、やりきれなさを滲ませている。
 フェイルはなんとなく、左目を閉じた。
 鷹の目が発動し、バルムンクの顔をクリアに映し出す。

『これで、気が済んだか?』

 その口は、確かにそう告げていた。
 直後――――審判が驚いたような顔をし、暫し狼狽え。
「ヴァ、ヴァール・トイズトイズが負けを認めた為、バルムンク=キュピリエの勝利とする!」
 そうアナウンスした。
 同時に、観客席から大きなブーイングがあがる。
 バルムンクを応援していた観客からも。
 実際、明らかにおかしなこの結末に、納得できる筈もない。
 怒号すら飛び交うその中で――――
「覚えておいてねん。薬草屋ちゃん」
 静かにスティレットはそう告げ、喧噪に紛れるように、気配も音もなく姿を消した。







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