【エル・バタラ】準々決勝当日。
 運良くナタルの材料が届いていた事が幸いし、薬草店【ノート】にはこの日も多くの
 客が入り、僅か数日で開店以降最も多くの売り上げを記録する月になる事が確定した。
 そして――――
「では、契約書をお預かり致します。紆余曲折ありましたが、貴店と提携を
 結ぶ事ができ、とても嬉しく思います。これからも宜しくお願い致します」
 美辞麗句と事務的な口調を置き土産にして去って行く『ヴァレロン・サントラル医院』
 の使者を見送り、フェイルは大きく息を吐く。
 感情の入り乱れたその息は重く、直ぐに床へと落ちていった。
「契約、無事に終わったみたいですね」
 その息が、ファルシオンの扉を開けた際に生じた風に流され、霧散する。
 フェイルは足下に落としていた視線を上げ、苦笑いを浮かべた。
「こういうお堅い席って、どうにも気疲れするよね」
「でも、これでお店は安泰なんですよね? 契約年数はどのくらいを提示されました?」
「1年。自動更新だって。薬の納期が守られてれば、問題なく更新されるそうだよ」
「悪くない内容です」
 応接間の長椅子に腰掛けているフェイルの隣に、ファルシオンがちょこんと座る。
「それと、ファルが言ってた件だけど……『ヴァレロン・サントラル医院』に協力
 しているお店です、っていうのを表示しても良いんだって」
「それも朗報ですね。この街で一番大きな病院を後ろ盾にしている薬草店と
 認知されれば、今のブームのような現象が終わっても、安定した経営を望めると思います」
「そうなれば良いけどね」
 これまでの苦労がある為、フェイルは楽観視する気にはなれなかったが――――
 客観的な見方をするならば、この契約成立は明らかに躍進と言える。
 将来的な利益を計算すれば、勇者一行が出した損失など、補って余りあるくらいの。
 つまり――――
「本当は3人揃ったところで宣言しようって思ったんだけど……」
 フェイルはゆっくりと立ち上がる。
 そして、ファルシオンへ向けて、真顔でそれを告げた。
「今日をもって、薬草店【ノート】に対して【勇者とゆかいな仲間たち】が
 もたらした損失額18,754ユローは、全額返還されたものとみなします」
 借金で繋がった、両者の関係。
 それが今、静かに消えた。
「今までありがとう、ファル」
 フェイルは握手を求める。
 だが、ファルシオンは戸惑っていた。
「……私としては、私達がお金を返したという実感が全くないので、
 これで本当によかったのか、わかりかねます」
「勇者一行と出会わなかったら、『ヴァレロン・サントラル医院』との提携なんて
 これっぽっちも考えなかったし、カラドボルグさんとの出会いもなかった。
 だから、これでいいんだ」
 フェイルの後押しに、それでも数刻ほど悩んだ後。
 ファルシオンは、フェイルの手をペチンと軽く叩き、握手を――――
 縁が消えるのを拒否した。 
「あれ」
「やっぱり、まだ納得はできません。保留にしておいて下さい。
 ただ、【エル・バタラ】が終わった後にここを離れる許可は頂いておきます。
 勇者一行ですから、その役割は果たさないといけません」
「……了解」
 手を引っ込め、フェイルは破顔した。
「さて、と。それじゃリオの応援に行こうか。第四試合だから、まだ間に合うよね」
「はい。ただ、今日はフランは観戦しないそうです」
「え? 何で?」
 


 
 ヴァレロン総合闘技場――――アリーナ。
 既に第一試合を終え、会場は大いに盛り上がっている。
 勝者はデュランダル=カレイラ。
 エスピンドラ=クロウズの健闘を全く許さない、完勝だったらしく、
 試合開始時間から間もなくの決着となっていた。
 第二試合は、ヴァール=トイズトイズ vs バルムンク=キュピリエ。
 第三試合は、ハイト=トマーシュ vs ケープレル=トゥーレ。
 そして、第四試合は――――
「……確かに、フランにとっては複雑だよね」
 その組み合わせ表を見ながら、フェイルが思わずそう漏らす。
 トリシュ=ラブラドール vs リオグランテ。
 リオグランテはもちろん、トリシュもフランベルジュにとっては縁のある人物だ。
「フランは、嬉しかった筈です。トリシュという女性剣士に、ライバル宣言をされた事が」

『決勝トーナメントまで勝ち上がるのです』

 以前、予選会場でフランベルジュはトリシュにそう激励された。
 双方の実力差は、『ギルド巡り』の際に対決した時と、それほど変わってはいない。
 それでも、トリシュはフランベルジュに何かしら素質のようなものを認めたからこそ、
 鼓舞するような言葉をわざわざ届けに来た筈だ。
 結果として、フランベルジュは予選敗退となってしまったが――――
「あの子はずっと、女性剣士が軽んじられている事を憤っていましたから、
 ああいう存在がこの街にいた事を、喜んでいるみたいでした」
「それだけに、リオグランテとの試合は見たくないんだろうね」
「どちらが勝っても、複雑な心境になる事は間違いありません」
 ここ最近の出来事や訓練で、フランベルジュの精神力は確実に向上した。
 ただ、それとこの件とは無関係。
 誰でも、応援したい両者の対決は、見たくはない。
 どうしても敗者の気持ちがわかるだけに、尚更。
「でも……ファルと2人なら、その方がいいかもしれない」
「え……?」
 フェイルの突然の発言に、ファルシオンはクルンと顔を動かし、
 頭の二つの尻尾を揺らした。
「例の、誘導役の件。もっと詳しく知っておきたかったから」
「……ああ」
 珍しく、少し投げやりな口調で、ファルシオンは顔の方向を戻した。
「あんまり深くつっこんじゃダメだった?」
「そういう事ではありませんが……何が知りたいんですか?」 
「な、何か怒ってない?」
「理由がありません。それより、知りたい事を早く言って下さい」
 やや異様な雰囲気に怖々としつつ、フェイルは頭の中を整理した。
 そもそも――――何が聞きたいのか、自分でもハッキリとはしていない。
 漠然とした不安感が、少しでも手掛かりを探そうと、暴走に近い形で動いている。
 そんな感覚だった。
 念願の契約を勝ち取り、今まさに歓喜の最中でありながら。
 一番の要因は――――先日見かけたクラウの異常。
 あの時に見せた、まるで壊れたかのようなクラウは、フェイルの中に
 大きな不安要素を植え付けている。

『指定有害人種のお仲間として、貴公も他人事ではありませんぞ?』

 その通り。
 ただ、フェイルは指定有害人種という言葉の深い意味は知らない。
 王宮の隠し部屋にあった、自分を記載した書物にも、深くは言及していなかった。
 ただ、自分がこれからどうなるか、という点はわかっている。
 わかっているからこそ、恐れを抱いていた。
 それは――――自分だけの問題ではないから。
「僕が知りたいのは……勇者一行を巡る、この一連の騒動について」
「騒動、とは?」
「全部だよ。ファル達が僕の店に来た事が、そもそも偶然じゃないんだよね?」
 ファルシオンは誘導係。
 勇者一行の行動を全て管理している。
 つまり、薬草店【ノート】と勇者一行は、出会うべくして出会った事になる。
 それは、この街に留まる為、街の何処かと繋がりを持つ為に必要だったのか。
 それとも、フェイル自身に必然性があったのか。
 この違いは、天と地ほどの差がある。
「……確かに、重要な所見ですね」
 納得したのか、ファルシオンは剣呑とした雰囲気をしまい、普段の空気に戻った。
「第二試合、始まります」
「え? あ、ああ……本当だ」
 アリーナに、二人の戦士が集う。
 ヴァール=トイズトイズ。
 バルムンク=キュピリエ。
 いずれも、流通の皇女スティレットと縁の深い人物。
 フェイルは、その二人に関する背景を知らない。
 当然、観客席にいる殆どの人間がそうだ。
 その為、興味の大半は、単純に『どちらが勝ち上がるか』に集中している。
 女性がベスト4に残れば、それは紛れもない快挙。
 バルムンクという街の実力者が勝ち上がる事も、大きなトピックとなる。
 観客のボルテージが、徐々に上がってきた。
「あの2人も、恐らく演者の一員です」
「……演者か」
 突然呟いたファルシオンの言葉に、フェイルは直ぐにピンと来る。
 フェイル自身も使った言葉。
 この大会において、リオグランテ以外は全て、仕組まれたシナリオ通りに
 勝敗を決している事がわかっている以上、正しい表現と言える。
 一見、単純な思考の持ち主に見えるバルムンクも、実は思慮深く行動している事は、
 これまでの直接の対話や他人の評価から判明している事実。
 演者であっても、不思議ではない。
「人聞きが悪いわねん♪ あたしの大事な大事な従者を役者扱いだなんて♪」
 それは――――まるでその場から声だけが発生したかのような、特殊な感覚だった。
 フェイルは思わず肌を粟立たせ、振り向く。
 人の気配が全くしないまま、そこにはスティレットの姿があった。







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