一夜明け――――
【エル・バタラ】は一日おきに大会が進行する為、この日は完全に休養日。
 それでもリオグランテは宿へは戻らず、スコールズ家へと向かった。
 そのスコールズ家で指導を仰いだアロンソと対決、そして勝利するという、
 普通であれば気まずい状態の筈だったが――――
「……意気揚々と飛んでいったね」
 フェイルが呆れ気味に見送る中、疲労を感じさせない足取りで
 薬草店【ノート】を飛び出していった。
 その【ノート】には、この日も開店直後から多くの客が押し寄せている。
 売れ筋は勿論――――
「ナタルを200gですね。はい、20ユローになります」
 即効性の高い痛み止めとして売り出された『ナタル』。
 殆どの客が買い求めていく。
 売り出した直後は、【エル・バタラ】参加者が宣伝文句に流される格好で
 半信半疑での購入だったが、その第一次購入者が効き目を実証した事で、
 今では大会参加者だけではなく、傭兵や一般客も買い求めている。
 価格は通常の薬草より若干高めだが、それでも販売から1時間とかからずに
 完売する、紛れもないヒット商品となっていた。
「すいません、これでナタルは売り切れです。明日またお越し下さい」
 フェイルとファルシオン、そしてフランベルジュがお辞儀する中、
 買えなかった客は不満を呟きながらも、実際に売れまくっている商品だと
 確認できた事にある種の満足感を覚え、去って行く。
 明日また来て、こんどこそそれを手に入れるぞ、というモチベーションが、
 活気を生み出しているかのように。
「ふぅ……そろそろ在庫が尽きてきたね」 
 一気に消費され尽くさないよう、小出し小出しにしてきたものの、
 予想以上に勢いよく売れた事で、ナタルの材料は尽きかけていた。
 嬉しい悲鳴だが、フェイルにとっては結構厄介な問題でもある。
 ナタルの材料は、この【ノート】およびレカルテ商店街の周辺では手に入らない。
 なので取り寄せで郵送して貰う必要がある。
 既に二度目の注文は行っているが、いつ来るかは不明瞭。
 もし届かないようなら、機会損失になるのは間違いない。
「そうは言っても、ここで待っていても仕方ありません。
 商人ギルドに問い合わせてみては如何でしょう」
 ファルシオンの進言に頷き、フェイルは外出の準備を始めた。
 国家間の郵送物の流通には、『飛脚』という制度が採用されている。
 ただし、一つの組織、機関が郵送を請け負っている訳ではない。
 街と街、城と城、教会と教会など、それぞれのルートに応じた飛脚が存在する。
 広い意味で言えば、隣国に親書を届ける目的で旅をしている勇者一行も
 国家飛脚と言えるだろう。
 そして、薬草店である【ノート】の流通を請け負っているのは、
 商人ギルド内にある商人飛脚。
 世界中を旅する行商が、商品だけでなく郵便物、宅配物を預かり、
 それを目的地のある街まで届けるという制度だ。
 そこに届けられた荷物を、肉屋が預かり、街の届け先へと届けて回る事で、
 郵送という制度が成り立っている。
 ただ、いい加減な運用も多く、せっかく届いた荷物を何処かへやってしまったり、
 荷物を倉庫に置いたまま肉屋に預けずに眠らせるという事もある。
 怠けて何日もほったらかしにするケースだって少なくない。
 ファルシオンの指摘は、そんな事になっていないか確認しておいた方がいい、
 というものだ。
「じゃ、行ってくるよ。留守番お願いね」
「了解しました」
「お土産忘れないでよ?」
 ファルシオンとフランベルジュ、それぞれの笑顔に見送られ、フェイルは
 商人ギルド【ボナン】の本部へと向かった。
 

 ギルドというのは基本的に、特定の職業、技能者の組合であって、
 その存在目的は自分達の職、技術の社会的地位を守る為にある。
 なので、その一環として同業者に対して仕事を斡旋する訳だが、
 近年はこの斡旋業がピックアップされ、ギルド=職業斡旋所という認識が
 一般人の間に広がっている。
 しかし実際には、その職業がいかに社会の中でのポジションを保てるかという
 点を重要視している為、ゴリ押し的な面も多々ある。
 商人飛脚もその一つだ。
 本来、商業分野の郵送に関しては、街から街へと荷物を運ぶ民間の運送屋が
 あれば、それが一番安く済むし、早さ、確実性も期待できる。
 だが、商人ギルドにとって、商人飛脚はギルドの社会的必要性を訴える武器の一つ。
 民間の運送屋が商人、商店の荷物を運ぶようになれば、それを失いかねない。
 なので、強引に民間の運送屋が栄えないように圧力をかけている。
「あー? 確認? 知らねーよ知らねー。テキトーにやってんだから」
 そんな組織、部署という事もあって、商人飛脚の担当者は
 仕事に対しての誠実さが全くない。
 フェイルは何度か目の前の男性職員と話をしているが、まともな対応を
 受けた事が一度としてなかった。
「いや、知らないじゃ困るんだけど……届いてるかどうかの確認と、
 届いた時にいち早く肉屋さんに預けてくれって、それだけなんだからさ」
「メンドくせーなー。そんなんいちいち覚えてらんねーよ。仕事ってのはよー、
 感性が大事なんだよ感性が。思いつきでパッパってやんのが一番なんだよ」
「……職人の人がそれ言うならわかるけど、受付で感性とかパッパッとか
 言われても意味不明なんだけど」
「うっせ! 大体俺にとっちゃ仕事は特別じゃねーんだよ。仕事はテキトーで
 いいんだよ! 仕事なんかに神経使えっか!」
 商人飛脚の担当者は労働者にあるまじき発言を堂々と職場で言い放った。
「……ちゃんと仕事しろよ、いい大人が……」
 聞こえないくらいの音量で、フェイルは怒りに震えた声を漏らす。
 思わず額を射抜きたくなるくらいのやる気のなさだった。
 とはいえ――――フェイルの背中には、もう弓矢はない。
 尤も、街中で弓を持ち歩くような物騒な真似は元々していなかったが。
 ただし、持ち歩いているか否かの問題ではない。
 既にフェイルは、弓を壁に掛けている。
 手に取る事もない。
 そう決意していた。
「大体よー、こんなに街が盛り上がってる中、毎日毎日じーっとここで
 荷物が届くのを待つって仕事、要るか? その辺に置いときゃいーだろ?
 テキトーにさ。そしたらこっちもテキトーに仕分けして、テキトーに
 肉屋のあんちゃんに運んで貰うんだよ。な? それでよくね?」
「よくない」
「っかー! 話のわかんねーしっぽ野郎だなオイ。大体なー、俺だってなー、
 あのなんちゃらって大会見たいっつーの! 美少女が男にボロボロにされて
 アンアン言ってるのナマで見たいっつーの! チクショー!」
「そんな大会どこにもないから」
「あー、仕事したくねー。なー、仕事って人生の邪魔してね? 仕事しなかったら
 もっと楽しい人生送れるって思わね? この瞬間、俺人生無駄遣いしてね?」
「知らないよ……いいから、早く探してよ。『フェイル=ノート宛』の荷物がないか」
「うっかー、メンドくせーメンドくせー」
 ようやく重い腰を上げたヘンな職員は、ウダウダ独り言を言いながら
 荷物が山積みになっている奥へと向かって行った。
 実際にはもう届いているという可能性はゼロではないものの、高いとは言い難い。
 ただ仮に届いていたとしても、それをあのヘンな職員が見つけてくる可能性は
 相当に低いと思わざるを得ず、フェイルは反対方向を向き、大きく溜息を落とす。
 同時に、最近また溜息が増えている事を自覚した。
 勇者一行が転がり込んで以降、確実に疲労や呆れが増えている。
 そしてそれ以上に、心配事が増えている。
 ファルシオンの言葉が正しいなら――――リオグランテは明日以降も勝ち続けるだろう。
 自分が勝つという未来を知らないまま。
 それは、本人にとってはこの上ない爽快感を生む筈。
 何しろ、全ての対戦者が格上なのだから。
 今のリオグランテは、何も知らなければ『これぞ勇者』という生き様を直走っている。
 奇跡の連続。
 重なる番狂わせ。
 そして、頂点へ。
 過去最高、そして恐らく未来永劫ないであろう豪華な顔ぶれの【エル・バタラ】を
 制したとなれば、勇者までの道を着実に歩む事になるだろう。
 だが、それは作られた道。
 いや、道すらない。
 実力ではなく、運ですらなく、眠っている間に他人から運ばれ、知らない間に
 辿り着いていた――――そんなところだ。
 もし、リオグランテが全てを知った時、果たして何を思うのか。
 付き合いもそろそろ長くなっているにも拘わらず、フェイルには想像できなかった。
「……?」
 ふと。
 フェイルは視界にある種の『違和感』を覚えた。
 ここにいる筈のない存在。
 それが、何処かに映った。
 慌ててその『異物』を探す。
 しかし、何処にも見当たらない。
 気の所為という思いも頭を過ぎるが、それは散々探した後でもいい。
 鷹の目でも梟の目でもなく、二つの目で周囲を丹念に見渡す。
 特に変わった物も、特異な人物もいない。
 やはり、気の所為――――
「あ!」
 そう結論付ける一瞬前。
 出口に、微かに『その後ろ姿』が見えた。
「うーい、あったぞー」
「後で取りに来る!」
「あ? おいおい、奇跡的に見つけてやったのにそりゃ……」
 職員がブツブツ漏らす不平を背に。
 フェイルは、商人ギルド【ボナン】から全速力で飛び出した。







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