「……惚ける訳には、いかないんでしょうね」
 炎の光が揺らめく中、ファルシオンの小さい声が、作業場に響き渡る。
 薬草店【ノート】の作業場は、フェイル一人のみが使用する為、余り広くはない。
 その為、処方した薬草の香りが常に充満している。
 それは一つの匂いには留まらず、数多くの薬草の香りが混ざり合い、
 独特な匂い模様となっている。
 だから、フェイルは待ち合わせにここを選んだ。
 自分自身――――そしてファルシオン自身が、そうだと言うメッセージを添えて。
「知らないままでいても良かったんだ。遅かれ速かれ、アンタ等勇者候補一行とは
 離ればなれになって、その後は殆ど接点はなくなるからさ。だったら、
 別に真実は知らなくても、それでいいって思ってた。でも、そうは言っていられなくなった」
「何か、あったんですか? 心変わりするきっかけが」
「色々とね。ファルの責任もあるよ。意図は違ったのかもしれないけどね」
「……?」
 そのやり取りには余り意味がないと自覚し、フェイルは苦笑しながら肩を竦める。
 そして、ファルシオンから視線を外し、寝っ転がって見慣れた天井に目を向けた。
 話しやすくする為の、気配りだ。
「今回の【エル・バタラ】は、仕組まれた大会らしいね。特定の誰かが名声を得る為の」
「……そうです。誰に聞きました?」
「クラウだよ。亡霊なのか実体なのか、良くわからなかったけど」
 自分だけが嘘を吐くわけにはいかない。
 フェイルは、白昼自分が体験した事を、ファルシオンに話した。
「……消えた、んですか?」
「目の錯覚かもしれない。単純に、城の外に飛び降りたのかも。あの人なら、
 無事に着地できる方法を何か持ってたのかもしれないし」
「想像できませんけど、そうなのかもしれませんね」
 結果、疑う事なくファルシオンは受け入れた。
 そして――――話はより核心へと近づく。
「仮にこれが本当だとして……誰が、勝者になる予定なのか。もう1回戦は終わったから、
 8人に絞られる。2回戦に上がった誰かが、『選ばれし勝者』。逆に言えば、
 それに負けた人たちは『演者』って事になる。わざと負けた……という事になるから」
「誰だか、わかりますか?」
 その口ぶりは、『選ばれし勝者』が誰かも知っている事を意味していた。
 フェイルは暫し思案していた事を研磨し、言葉を選ぶ。
「最初は、師匠……デュランダルかと思った。あの人を、【エル・バタラ】って舞台で『剣聖越え』
 させる事で、世代交代をアピールするって」
「そうなれば、主導は王宮ですね。理に叶っています。あれほど大規模な大会を
 買収している訳ですから」
「うん。でも違うと思うんだ。あの2人は、そんな茶番に付き合う性格じゃない。
 何より……剣聖殿は、そんなに演技が上手くない」
「ここでの一幕を見る限り、そうみたいですね」
 大会前日にガラディーンが店の前で見せた『演技』を思いだし、
 ファルシオンは苦笑にも似た声で応える。
「だから、ボツ。次に考えられるのは、大会を買収できるだけの財力を持った
 人たちだ。つまり……貴族。貴族連中の後ろ盾がある参加者が、『選ばれし勝者』に
 該当する可能性が高い」
「妥当な考えです」
「となると、該当するのはエスピンドラ=クロウズ。次の試合で師匠まで倒すとなれば、確定する」
「自力で倒す可能性は?」
「ないよ」
 即答。
 ただ、その答えは別の意味も含んでいた。
「エスピンドラが『選ばれし勝者』の可能性も、多分ない」
「何故、そう思うのですか?」
「もしそうなら……というより、もし『エスピンドラの後ろ盾の貴族が【エル・バタラ】の
 買収を行ってて、全てのカードの勝敗を自在に操れる』のなら、第1試合の勝者を
 師匠じゃなくて剣聖殿にするさ。少なくとも、肩書きでは剣聖殿の方が上だから」
 つまり――――2回戦でデュランダルを下すより、ガラディーンを下す方が得という事だ。
「だとすれば、候補はいなくなりますよ?」
「うん。でも、貴族じゃなくてもお金持ちはいる」
「……流通の皇女、ですか」
 第3試合の勝者、ヴァール=トイズトイズ。
 彼女は、莫大な資産を持っていると噂されている、スティレットの護衛。
 護衛が頂点に立てば、自身の格上げにも繋がる。
 ただ――――
「結局は、同じ理由で却下なんだよね」
「それだと、デュランダル=カレイラ以外は該当しないという事になります」
 フェイルはムクリと状態を上げ、小さく首を横に振った。
「例えば、こういう可能性」
「聞きます」
「今回の件の黒幕は、ある人物に『【エル・バタラ】優勝』って実績を与えたい。
 でも同時に、『新旧交代』って印象も与えたい。その両方を満たす為に、
 今回の組み合わせと勝敗表を作った」
 それはつまり――――
「黒幕は王宮。そして、『選ばれし勝者』は……勇者候補リオグランテ」
 それ以外の結論を全て打ち消すものだった。
「勇者って称号は、国王が与えるモノだよね。なら、リオは王宮の後ろ盾が
 あるって事になる。経済的な支援は殆どないみたいだけど、逆に言えば印象はクリーンだ。
 だから、今回の件で一番可能性が高いのは、リオだと思う」
「……今日の戦いは、そう見えましたか?」
 ファルシオンは、気を悪くする事なく、変わらない語調で問う。
 フェイルは躊躇なく頷いた。
「多分、リオ自身はその事を知らない。でも、対戦相手のアロンソは、自分が負ける事を
 前提に闘っていた。だから、最後に足を負傷して、ホッとしてた」
 安堵の表情。
 フェイルはそれを見て、このシナリオを確信した。
 でなければ、あの場面であの顔はあり得ない。
 負ける材料がようやく見つかった――――そういう表情だった。
「で、ファルをここに呼んだ理由だけど……」
「わかっています。フェイルさんは、私を疑っているんでしょう」
 先回りは、ファルシオンの得意技。
 ただ、顔は俯いていた。
「私が、王宮の使いだと、そう思っていますね?」
「……うん。ファルが、リオ達をここに導いて、そして【エル・バタラ】参加までを
 誘導した。それ以外、考えられない」
 勇者候補リオグランテが、ヴァレロンで開催される武闘大会【エル・バタラ】で優勝する。
 この予定を現実とするまでには、まず大前提として【エル・バタラ】に参加する必要がある。
 それだけではない。
 まずは【エル・バタラ】の存在を知らなければならない。
 もっと言えば、【エル・バタラ】の開催される近隣に足を運ぶ必要がある。
 移動可能な距離で、尚且つ大会の存在を知らなければ、参加しようがない。
 だが、突然脈絡なく、例えば通りすがりの町の住民が
『ヴァレロンで武闘大会があります。参加しませんか?』と提案するのは、不自然を通り越して異常行動。
 普段脳天気なリオグランテでも、流石に納得させるのは無理がある。
 何の矛盾も違和感もなく、【エル・バタラ】に参加するまで勇者候補を誘導する――――
 そんな人物が必要だ。
「そうです。私は、『誘導役』として勇者候補一行に参加しました」
 ファルシオンの答えは、一切の言い淀みも迷いもなかった。
 最初から、隠す気は全くない。
 覚悟していた。
 そういう答え方だった。
「けれど、もしフェイルさんが『どうして私がそんな役回りを担ったのか』という
 理由に、過剰なドラマを期待しているのなら、残念ですが期待には応えられません。
 単に、そう命じられたからです」
「……」
 そして、その明瞭な態度は、『この役を担った本当の理由までは話せないから、
 ここまで素直に明かすので勘弁して下さい』という警告だと、フェイルは受け取っていた。
 今のファルシオンの言葉は、その証。
 そうなれば、フェイルは追求できない。
 フェイルのそんな性格を、ファルシオンは知っているから。
「じゃ、代わりに別の質問。ファルの『誘導役』は、この大会に限った事?」
「いえ。勇者候補リオグランテの行動は全て、私が管理しています。
 必要な街があれば、そこへ誘導します。必要な出来事があれば、参加するように持って行きます。
 倒すべき敵がいるなら、その敵と対峙するまで導きます。ここまでの旅は全て、そうやってきました」
「……これからも?」
「はい。リオが勇者になるまでのあらゆる『業績』は、私がきっかけを作ります」
 それはつまり――――勇者候補が勇者となるまでに起こる全てのイベントは、
 ファルシオン、ひいては王宮が裏で手を引き、管理しているという事。
 出来レース。
 それ以外の何ものでもない。
「何で、王宮はそんな事をするの?」
「勇者を生み出す為です」
 フェイルも半ばわかっていた回答を、ファルシオンは断言する。
「昔は、勇者になる為の様々な出来事は、用意するまでもなく自然に生まれていました。
 魔王、とまでは言いませんが……それに近い、国の害となる敵がいました。
 でも、今は和平の世です。待っていても、勇者は生まれません。だから、自発的に
 生み出す企画を考えた……という事です」
「企画、か」
「安っぽい響きでしょう?」
 何処か満足げに、ファルシオンは問い掛ける。
 フェイルは苦笑でそれに応えた。
「私達勇者候補一行は、既に用意されたイベントをこなして、実績を積み、最終的には
 この国の危機を救ったとして、王に称えられ、リオは勇者の称号を得ます。
 実際、リオには優れた才能がありますから。その成長に、一般市民は勇者の理想像を重ねる筈です」
「……そこまでして、勇者を生み出す意味は?」
「そこまでは、私も知りません。ただ、勇者が生まれれば、一般市民は喜びます。
 一種の娯楽提供と言えるのかもしれません。勇者は、彼らの憧れの象徴ですから」
 勇者――――エチェベリア国における、民間人に与えられる最高の栄誉。
 国内における最高の称号だ。
 事実、フェイルは目の当たりにしている。
 このレカルテ商店街において、勇者が現れると知った時の、住民の反応を。
 実際は候補だったが、もし本当に新たな勇者が誕生すれば、それは国にとって
 明るい材料となる事は間違いないだろう。
「政策の一環、か」
 かつて自分も少しの間、在籍していた王宮を思い、フェイルは嘆息する。
 そして、直ぐに視線を昔から現代に移した。
「……その事を、フランは?」
「知りません。『誘導役』は私だけです」
「そっか」
 目の前の女性、ファルシオン=レブロフ。
 オートルーリングの発明者、賢聖アウロス=エルガーデンに憧れる女性。
 だからこそ、誰よりも理解している。
 実績の生み出す、途方もない影響力を。
 そして――――実体なき実績の、その醜さを。
「辛いね」
 フェイルもまた、それを知る。
 オートルーリングによって、魔術が有効性を高めた時代。
 弓矢が再び過去の地位を得るには、『実績』が必要だった。
 だが、フェイルのそんな夢は、『実体なき実績』によって潰された。 
 勝つべくして勝てず。
 負けるべくして負けられず。
 フェイルはずっと、辛かった。
「……」
 ファルシオンは、何も応えなかった。
 応えなかったのは、泣いているからではない。
 そこまで弱くはない。
 ただ――――彼女もまた、辛かった。
 仲間にずっと嘘を吐き続けている、自分が。


 途方もなく――――辛かった。







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