フェイルの目に飛び込んで来たのは――――息も絶え絶えのリオグランテの背中。
 ついに、アロンソが反撃に出た。
 それはつまり、リオグランテの体力が尽きたという判断が下された事を意味する。
 事実、壁にもたれかかったリオグランテは、中々次の行動を起こせずにいる。
 いよいよ、追い込まれていた。
「リオ! 集中しなさいよ! まとめに来るつもりよ!」
 フランベルジュの助言が聞こえる距離。
 だが、リオグランテの耳に届いている様子はない。
 背中越しに、追い込まれている顔が見えるようだった。
「こら、リオ! 聞いてるの!?」
「そんな余裕、リオにはないです」
 冷静に告げるファルシオンの声も、フランベルジュには届いていない。
 勇者一行は、意思の疎通を著しく欠いていた。
 それが原因という訳ではないが――――アロンソが躊躇なく突進して行く。
 歯を食いしばる音が聞こえそうなほど、リオグランテは全身に力を込め、
 迎撃態勢を作るも、底をついた体力では防御すらままならない。
「あ……う……が……っ」
 突き、払い、打ち払い突き、突き流し。
 無言で連撃を浴びせるアロンソに、為す術がないままに打たれ続ける。
 木剣でなければ、既に事切れているのは間違いない。
 だが、その仮定は無意味。
 これは殺し合いではなく、『試合』の技量を図る闘いだ。
 つまり――――リオグランテにはまだ勝利する可能性がある。
「リオ! くっついて! 早く!」
 フランベルジュの指示は的確だった。
 距離を詰めて攻撃を無効化すれば、取り敢えず一時は逃れられる。
 それが聞こえている状態とは思えないが、リオグランテはアロンソへもたれかかるように
 接近し、一旦攻撃の波は引いた。
「待て! 両者離れなさい!」
 審判が全速力で近付き、両者を引き離す。
 だが、状況が改善しているとは言い難い。
 アロンソの攻撃で、リオグランテは瞬く間にボロボロにされてしまった。
 左上腕部、右手の甲は目に見えて赤く腫れ上がり、頭部からは血が滴り落ちている。
 折れている可能性も十分にあり、その激痛は傍目にも明らか。
 体力は底をつき、脚は疲労で震えている。
 限界――――誰もがそう思う状況だった。
「……上手く行かないものね」
 ポツリと、フランベルジュが漏らす。
「私達は、勇者一行に相応しくない……って事なのかしら」
 力なく席に座りながら呟く言葉は、敗北宣言に等しいもの。
 実際問題、参加者2人の内、1人が予選落ち、1人が本戦一回戦敗退となれば、
 何も残す事が出来なかったと言える。
 それは、勇者の旅としては、余りにも相応しくない。
 例え候補であってもだ。
 勇者は、必ず痕跡を残す。
 未熟であっても、行き着いた場所で何かを残す。
 だからこそ、勇者は一般人の憧れとなり、記憶に残る。
 それが出来ないならば、勇者一行とはなり得ない。
 目指すからこそ、現実の過酷さを知っている。
 フランベルジュの言葉は正論だった。
「まだ終わってはいません」
 だが、勇者一行は三人。
 その中の一人が、明確に否定を呈する。
「審判が正式に勝者を告げるまでは、何があるかわからない。それが『試合』の筈です」
「それはそうだけど、もう……」
「信じて、見守りましょう」
 ファルシオンの凛とした声に、フランベルジュは俯きつつ、小さく頷く。
 二人のそんなやり取りに、フェイルは――――

 違和感を覚えていた。

 まるで、普段とは真逆のやり取り。
 現実主義を謳うのは、ファルシオンの役割の筈だった。
 この状況では、今の彼女の言葉は希望的観測に等しい。
 フランベルジュへの優しさが、理想主義的な言葉を生み出したのか。
 本当にリオグランテの起こす奇跡を信じているのか。
 それとも――――
「リオは、空気を読まない子ですから」
 紡がれるファルシオンの言葉は、仮説を立証するには至らない。
 これ以上悩む事は無意味だと言われたようで、フェイルは思わず眉尻を落とす。
 だが、周囲に気を配るのも、そこまでだった。
「始めっ!」
 審判の掛け声と同時に、アロンソが攻勢に出る。
 僅かの間休めたとはいえ、回復に繋がる時間ではなく、リオグランテは再び窮地に追込まれた。
 劣勢は明らか。
 何故、こうなってしまったのか。
 無論、初っ端のアロンソの一撃が誘因である事は間違いない。
 しかしながら、原因はそれ以前にあった。
 最初からリオグランテは気負っていた。
 この大会が始まる前と、始まる直前では、まるで別人のように。

 どうして――――?

『ああ。素晴らしい素質の持ち主だ。日に日に上達するその姿を見ているだけで、
 気分が高揚してしまう。その所為で、つい要求が高くなってしまうよ』
 
 そう楽しそうに話していた、アロンソの為?

『えっと……スコールズのお家で、一悶着ありまして。リッツのお父さんと、
 ずっと仲良くしてた宝石のお店の人とがケンカになって、勝負をするとか
 言う事になって。で、エル・バタラにそれぞれ「この人は」って人を出場させて……』
『その出場者がより上位に進出した方が勝ち。で、スコールズ家の代表として
 出場する事になった、と言う事ですね』

 スコールズ家のメンツの為?

『勇者一行って言っても、私達は候補に過ぎないのよ? まして、まだ何も成してない。
 親書を届けるって言っても、それを達成したところで、子供がお使いを上手く出来たって
 褒められる程度の評価しか貰えないんだから。今回、この大会って相当注目集めてる
 んでしょ? リオと私が上位に食い込めば、それなりの評価はして貰える筈よ』

 勇者一行のステータスの為?

 全てがあり得る。
 そして、全てが『植え付けられた重圧』。
 意図的なのか、そうでないのか。
 もし意図的ならば――――その相手こそが『偉大な功績を残す人物』、とも言える。 
 リオグランテを気負わせ、本来の力が発揮できない状態にして、確実に倒す。
 そうなれば、クラウの示唆していた人物は、アロンソという事になる。
 そしてアロンソは、スコールズ家にリオグランテの指導者として招かれた。
 それはつまり、スコールズ家がこの大会を動かしている、という事。
 ならば、こういう可能性がある。

 スコールズ家推挙の本命は、リオグランテではなく、アロンソ。

 だとしたら――――
 リオグランテを介入させたのは、アロンソの為の捨て駒として利用する為?
「……」
 確証はない。
 だが、フェイルは思わず立ち上がった。
 そして――――
「リオっ!」
 普段は決して出さない大声を、何の躊躇もなくあげる。
 隣にいたファルシオンが、思わず身を細動させるほど。
「『いつもみたいに』闘って! 『いつもみたいに』!」
 ひねり出すような声は、少しノイズを有していた。
 それが幸いだったのか――――リオグランテは、明らかに異質なその声を
 認識したらしく、アロンソの攻撃をよろけ気味に避けながら、反応を示した。
 肩の力が抜けていく。
 無論、それは意識だけで出来る事ではない。
 闘いの最中、緊張状態を緩和させるというのは、長年の実戦経験を積んだ
 優秀な戦士でなければ不可能。
 リオグランテは、極地の局地にあった。
 だから、フェイルの言葉と相成って、それが出来た。
「いつもみたい、って……今更力を抜いても、もう意味ないじゃない」
「それが大ありなんだ」
 顔をしかめるフランベルジュに、フェイルは語気を強める。
「アロンソは……リオの指導者だ。だから、リオに自分の闘いやすいような
 技術を教え込んだ可能性がある」
「え……? どういう事?」
「仕組まれていたのかもしれないし、偶然の組み合わせなのかもしれない。
 でも、もしそうなら、『いつもみたい』じゃないと勝ち目はないんだ」
 フェイルの書き殴るような物言いに、フランベルジュは首を捻る。
 理解できないのは当然だった。
 フェイルは大前提を口にしていない。
 それには理由がある。
「……」
 ファルシオンは、何も発しない。
 フェイルはそれを見ながら、この状況の複雑さを悟った。
 様々な可能性がある。
 様々な帰結が予見される。
 ならば、何をすべきか。
 何を望むべきか。
 フェイルに迷いはなかった。
「何も考えないで、あるがままに! 感じるままに!」
 それは抽象的とも言える助言。
 傾聴に値するかというと、決してそんな内容じゃない。
 だが、抽象的でありながら、酷く単純明快でもある。
 リオグランテは、頷きこそしなかったが、それまでの構えを崩し、
 ぶらんと腕を下げる。
 攻め疲れから一旦攻撃の手を緩めていたアロンソは、その変化に
 驚きこそしなかったが、表情を引き締め、警戒を示した。
 それは――――隙だった。
 瞬間、リオグランテの身体が沈む。
 前のめりに倒れる、と誰もが思った。
 勇者一行と、フェイル――――そして、この闘いを別の場所で見ていた『もう一人』以外は。






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