太陽が傾き、熱を運ぶ最中、【エル・バタラ】1回戦は後半へと差し掛かっていた。
 その最初の試合となる筈だった、第5試合は――――ハイト=トマーシュの不戦勝。
 当人であるクラウの言葉通りとなった。
 当然、観客席は騒然。
 クラウに賭けていた者も大勢いる為、第6試合が開始した後も、
 暴動に発展しかねない程に多くの野次が飛んでいたが――――
「勝者、ケープレル=トゥーレ!」
 審判によって決着が告げられる頃には、その野次全てが沈黙に塗り替えられていた。
 第6試合。
 試合時間――――56秒。
 デアルベルト=マヌエは、その56秒の殆どの時間で守勢に回り、
 一度も主導権を握る事なく、ケープレルの暴力に屈した。
 その拳には、鮮血がこびりついている。
【ラファイエット】中隊長デアルベルトは、徒手空拳の使い手。
 武器を使わない者同士の戦いだった。
 だから、噛み合った。
 噛み合いすぎてしまい、実力差が如実に出てしまった。
 デアルベルトの顔面は、最早原形を留めていない。
 ラファイエットのギルド員達が、大騒ぎで命の有無を確認する中、
 その様子を一瞥すらせず、ケープレルはアリーナから去って行く。
 戦慄。
 誰もが、それを覚える戦いとなった。
「見つかった?」
 凍り付くように静まり返った観客席に、フェイルとファルシオンが戻る。
 フェイルは少しすり切れた袖を気にしながら、首を横に振った。
「……なんで所々服が破れてるのよ」
「少しだけ、魔術の調整に失敗しました」
「?」
 それは、フェイルの着地を手伝う為に使った魔術。
 緑魔術で上昇気流を発生させ、浮力をある程度確保した上で、
 高所から飛び降りるフェイルの衝撃を最大限和らげるという試みだったが、
 上に持ち上げるより調整が難しく、やや失敗してしまった。
 ただ、説明すると長くなる為、それ以上は言及せず、フェイルは黙って席に着く。
「よくわからないんだけど、ファルが何かしでかして、こいつの機嫌を損ねたって事?」
「機嫌悪い訳じゃないよ。ちょっと、色々あって疲れただけ」
 それは、本心からの言葉。
 フェイルはかなり疲れていた。
「ふーん……ま、いいけど。で、これからどうするの?
 諦める訳じゃないんでしょ?」
「勿論。諜報ギルドに依頼して、探して貰う事にした。闘技場から離れたのなら、
 僕達が探すより、専門家に任せる方がずっと現実的だから」
 いずれにしても、クラウを発見した事はデルに報告しなければならない。
 尤も、余りに非現実的なあの場面を説明する事には、幾分の躊躇があるが――――
「……口惜しいけど」
 ポツリと、そう漏らしつつ、フェイルは再び立ち上がる。
 当然、この短時間着席しただけで、回復する訳ではない。
 何より、参っているのは肉体より精神。
 それでもフェイルは、次の行動の為に腰を上げる。
 弓を置いた事で、軽くなった分、動きやすくはあった。
「フラン、手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「力にはなれなかったけどね」
 ヒラヒラと手を振るフランベルジュに苦笑しつつ、フェイルは席から離れていく。
 その様子を、ファルシオンは黙って眺めていた。
「……で、本当のところはどうなの? 何かあったの?」
「いえ、そういう訳じゃ……」
 背後から聞こえるそんな2人の会話に少しの間だけ耳を傾けた後、
 観客席から通路へと移動。
 その通路の途中、壁に背を預けるようにして、デルはいた。
「修羅場なのかと思ってたケド、違ったみたいだネ。遠慮して待って損したかな?」
「……」
 デルの表情は、言葉ほど軽くはない。
 何かあった事を、如実に示している。
「クラウ氏捜索に進展があったから、キミには報告しておくべきだと思ってサ」
「見つかったの?」
「イヤ。ただ、あの控え室をクラウ氏が訪れていた事は、確かみたいだヨ。
 ハイトという司祭が証言してくれた」
 それは、考え得る限り、極めて確かな情報。
 司祭という身分の人間が、みだりに嘘を吐く事は許されないからだ。
「確証は持てないケド、これでかなり可能性は高まったと言えるネ。
 あの出血は、クラウ氏の可能性が極めて濃厚。そして、出血量から考えて、
 生きているとは考えられない。厄介なコトになったもんだヨ」
「そうとは限らないかもよ」
 肩を竦めて嘆息するデルに対し、フェイルは無表情で告げる。
 自分がつい先程見た光景の一端を。
「……どういう意味だい?」
「さっき、城壁の傍でクラウ=ソラスの姿を見た。亡霊か幻なのかもしれないけど」
 城壁の傍――――それは、嘘ではないが、特徴を著しく逸した表現。
 ただ、この状況で正しく情報を伝えるならば、それが最適と判断した。
「今は何処に?」
「それはわからない。あの人の身柄を確保するのは、ちょっと無理だから」
「そうだネ。となると……クラウ氏は生きている、と。寧ろ、あの血痕は
 彼に粛正された何者かという可能性もある、というコトになる」
 無論、それは普通なら最初に考えるべき可能性。
 ただ、クラウがセレモニーに出席しておらず、行方不明になっているという事実が、
 クラウが加害者ではなく被害者であるという疑念に傾かせていた。
「とはいえ、彼が大会を棄権した事も無視はできない。勿論、キミの証言も
 軽視するつもりもない。両面で調査しないといけないネ」
「僕の証言は無視してくれて構わないけど。僕が困る訳じゃないし」
「そう。キミには何の得もない。だから、信用に足るんだヨ」
 舌を出しながら、デルは目だけで笑う。
 そして、懐から革袋を取り出し、銀貨を4枚、フェイルに差し出した。
 4,000ユロー。
 目撃のみの情報料としては、かなり奮発した額だ。
「それじゃ、そのお金で調査を依頼したいんだけど」
「またそのパターンかい? キミはどうも、金銭欲に欠けるネ」
「剣聖ガラディーンの居場所を探って欲しい」
 呆れ気味に首を振っていたデルの顔が、フェイルのその一言で引き締まる。
「……剣聖まで行方不明、ってコトかい?」
「そういう事になるね。宿に帰ってるだけならいいんだけど、
 多分そうじゃない。後、彼じゃなくても、カラドボルグって医師でも構わない」
「へぇ……あのナンバー11の一員まで。これはちょっと、話が大きくなってきたヨ」
 デルの口元が綻んでいく。
 大きな仕事が舞い込んできた――――という笑みではない。
 心からの歓喜。
 現状という、刺激への。
 それを堪能したデルは、改めて金貨を差し出す。
「彼等が行方不明という情報だけで、十分報酬に値する。キミはこれを受け取るべきだ」
「そっちこそ、諜報ギルドにしては、随分お金に頓着がないんじゃないの?」
「諜報ギルドは、情報が最大の頓着物だからネ。キミは正統な報酬をボクから
 受け取っておかなければならない。この件、キミには深入りして貰うヨ」
 それは、決して思いやりや情けではない。
 デルは、代価を支払い、演者を雇った。
 相次ぐ有名人の失踪という、刺激的な舞台に役立つであろう、演者を。
「……元々、逃げるつもりはないよ」
 フェイルは今度こそ、それを受け取る。
 既に裏の世界からは身を引いた。
 だが、今回の件は、例え表だろうと裏だろうと、関係ない。
 恩人への献身。
 誰もが当たり前のように選ぶ道だ。
「今後、ボクから定期的にキミへ連絡を入れる。情報は共有。それでいいネ?」
 不意に、アリーナ側の方向から、大きなどよめきが起こる。
 それに目を向ける事もなく、フェイルはゆっくり、そして大きく頷いた。
 

 


【エル・バタラ】1回戦、第7試合。
 ラファイエット中隊長のソルダードと、ウォレス所属のトリシュの試合は、
 ある種の代理戦争だった。
 槍使いのソルダードは、一対一における重要な要素、リーチの面で断然有利。
 実際、距離を詰めさせずに相手を仕留める事が抜群に上手く、その技術には
 誰もが一目置いている。
 ただ――――
「ゲッゲッ」
 鳴き声のような奇妙な声と共に、その表情が曇る。
 ソルダードは易々と、トリシュに接近を許してしまっていた。
 何しろ、動きが全く読めない。
 槍という武器は、剣より長く重い為、どうしても機動性では不利。
 だからこそ、当てる為にはある程度の読み、駆け引き、勘が要る。
 馬上からの攻撃を想定している槍を、人だけの武器として扱うには、
 相応の力がなければならない。
 現にソルダードはその点で非常に優れた傭兵だったが、
 却ってそれが仇になっていた。
「しゅたたたた」
 トリシュの剣が、無造作に襲いかかる。
 リズムも力加減も不規則。
 木製の槍を寝かせて防ぐものの、いつ反撃していいか、全くわからない。
「やーとー」
 そして、全く何の前触れもなく、トリシュは突然、蹴りを繰り出す。
 槍を持つ手の、親指の付け根を狙った、正確な蹴り。
「うわうわ」
 ソルダードの槍が一瞬、宙に浮く。
 次の瞬間――――
「てりゃー」
 蹴り。
 連続での上段蹴りを女性剣士が放つなど、誰が予想できるだろうか。
 ソルダードの顔面がメキメキと音を立て、著しく歪む中、
 トリシュはシュタッと剣を構え、なんとなく体裁を整えた。
「無理無理。こんなのこんなの無理無理」
 沈み行くソルダードが白旗を上げる中、審判は高らかにトリシュの名を勝者に認定。
「ふっふっふ。トリシュの力を思い知りましたか。剣士は槍士に優る、ですよ」
 明らかに剣士としての勝利とは言い難い内容で、2回戦に進出した。






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