達人同士の戦いというのは、得てしてつまらなくなるもの。
 何故なら、彼等は無駄を省くからだ。
 百戦錬磨とも言われる程の実力者は、相手を一目見ただけで、その力量がわかる。
 一度得物を合わせただけで、相手の行動パターンが読める。
 一つの攻防が終わる頃には、思考まで把握できる。
 つまり、ああすればこうなる、こうすればああなる――――という
 未来予測まで出来る、という事だ。
 その為、自分にとって有益でない行動はしない。
 逆に、相手にとって有利となるような行動もしない。
 その結果、動きが少なくなる。
 両者そのような状態になれば、必然的に試合そのものの動きもなくなる。
 結果、沈黙したまま牽制し合う、凡戦となる。
 そしてそれは、見ている分にはつまらない。
 どのような高度な駆け引きが行われても、だ。
 にも拘らず。
 ガラディーンとデュランダルの試合は、そんな常識を嘲笑うかのように、
 技術と技術を擦り合うような、刺激的な一戦となった。
「フン!」
 風を巻き込むような、ガラディーンの振り下ろし。
 上段構えからの攻撃は通常、多くの隙を生む。
 特に、下半身はガラ空き。
 だが、その突進速度と圧力が突き抜けている場合は、例外となる。
 デュランダルであっても、迎撃できる余裕はない。
 結果、躱しながらの反撃となる。
「……」
 気合いを声に乗せる、昔ながらのスタイルのガラディーンとは違い、
 デュランダルは常に無音で、常に最短距離を滑らせるような鋭い攻撃を放つ。
 振り下ろしを身体の移動ではなく、左足を軸とした回転だけで回避。
 同時に、後ろ側に回った剣を、自分の身体を死角にする形で隠し、
 そこから予備動作なく突く。
「フッ!」
 腰の辺りから突然現れる木剣――――を、ガラディーンはなんなく『柄』で防いだ。
 その攻防どちらも、実行できる人間はこの世にそうはいない。
 そんな高等技術が、次々と披露されて行く。
 とはいえ、それを理解できる、視認できる人間は、観客席の中にはごく僅かしかいない。
 無論、それはデュランダルにとっても、ガラディーンにとっても、
 どうでも良い事だった。
 見せる為の戦いではない。
 魅せる為の戦いなのだから。
「セイッ!」
 ガラディーンの胴薙ぎが空を切る。
 美しい一直線を描くその軌跡は、次の瞬間、全く同じ軌道の木剣によって
 塗り替えられる。
 デュランダルのその一撃もまた、捉えたのは空気のみ。
 鋭く向きを変え、加減を変え、両者の剣は舞い続けた。
「ヌウッ!」
「……」
 再度、両者の剣が中央で重なり――――同時に折れる。
 これで、八本目。
 既に、大量の木剣を予めアリーナの隅に積んでいるスタッフが、
 即座にそれを届けに行く。
 その中断の度、観客席から猛烈な歓声が沸き上がった。
「気付いてるか? フェイルちゃんよ」
 長らく沈黙していたハルが、突然震えるような声を投げかけてくる。
 フェイルはその意図がわからず、首を左右に振った。
「アイツ等、遊んでやがる。本気でな。実践とは違う意味で、
 本気で競い合ってやがる」
「そうだね」
「ンだよ、気付いてたんじゃねーか」
「どういう疑問なのか、わからなかったからさ」
 フェイルは手短にそう答え、再び意識を中央の二人に映した。
 幾度となく指導を受け、そして何度も地面を這わされた、師匠。
 指導された回数は少ないものの、何度も気にかけて貰った、恩人。
 だからこそ、フェイルにはわかる。
 二人が、競い合っている訳ではない、という事が。
 二人は明らかに――――潰し合っていた。
 殺し合っている訳ではない。
 大会の規律に則り、また観客に魅せる事を意識し、派手に戦っている。
 そういう意味では、禁欲的に勝利を目指している訳ではない。
 だが、それらの制約を加味した上で、相手を潰しに掛かっている。
 なあなあな戦いではない。
 どちらが上かを競っている訳でもない。
 剣聖とその後継者は、お互いの未来を奪おうと、全力で戦っている。
 この試合に負けた方は、現在の立場、そして約束された将来を失うだろう。
 ガラディーンが敗れれば、国内最強という立場を。
 デュランダルが敗れれば、次世代の希望という期待を。
 しかし、二人ともそれを守ろうとはしていない。
 そのような意識はまるで感じられない程、攻めている。
 木剣の性質上、一撃で身体が割かれるいう事はないが、二人の剣は
 何度かお互いの身体を捉えており、革鎧の継ぎ目や顔に幾つかの傷痕を
 残している。
 フェイルはその姿に、ひたすら感心した。
 そして同時に、才能に恵まれた人間だからこそ、これだけの自由を
 満喫できる、という事も確信した。
 誰だって、戦士であれば、攻めたい。
 その方が圧倒的にスカッとする。
 でも、そうする事で、隙が出来てしまうのが、普通の人間。
 それを消す事が最優先事項となってしまう。
 フランベルジュはまさに、そうだった。
 そして彼女の場合、そうする事で、精神的な安定を生み出し、戦いに
 ゆとりを持たせる事が出来る。
 それは決して間違ってはいない。
 だからこそ――――葛藤が生じる。
 どうせ負けてしまうのだったら、思いっきり攻めるスタイルで
 戦わせた方がよかった、と。
 国内最高の戦いを前に、フェイルはそんな事を考えていた。
「……?」
 不意に、ガラディーンが横を向く。
 それに合わせ、デュランダルも同じ方向を向く。
 二人は、何かを話していた。
 そして、その視線の先には――――
「……何だぁ? 俺の方見て何喋ってんだよ。ったく……」
 ハルが何故か嬉しそうに呟いていたが、それは事実ではない。
 二人は明らかに、フェイルを見ていた。
 そして――――語り合っていた。
 鷹の目でその様子を目視していたから、断定できる。
 唇の動きで、その内容もわかる。
 

 懐かしいな。

 ええ、あの時と立場は逆ですが。

 楽しかったんじゃないのか? あの子と過ごした時間は。

 少なくとも、特別ではありました。


 そう、言っていた。
 フェイルは不覚にも、こみ上げてくる感情を制御する事に失敗した。
 何が悪かった訳でもない。
 弱点を突かれた訳でもない。
 ただ――――あの頃の事を共有したその瞬間が、途方もなく心を揺さぶった。
 フェイルにとって。
 かつて『弓矢の復権』という夢を追って、大きな舞台まで上り詰めた
 その日々は、何物にも代え難い、至福の時間だった。
 それを肯定された。
 それを受け入れられた。
 その事が、歓喜とはまた違う、説明できない情感を生んだ。
「……どした?」
 そんなフェイルの様子に、ハルは驚きを隠せずにいた。
 だが、一切事情を知らない筈なのに、何かしら感じ入るところがあったのか――――
 茶化す事はせず、その後は特に何も聞かなかった
「さて……そろそろ均衡が破れる頃合いだな」
 代わりに、そんな事を呟く。
 二人は新たな剣を受け取り、再び中央に集っている。
 特に新しい展開が見られる訳ではなかったが――――
「技術と経験は、お……ガラディーンが上だ。けど、年齢を考えれば、
 長期戦に有利なのは、言うまでもねー」
「……体力」
 落ち着きを取り戻したフェイルの言葉に、ハルは真顔で頷く。
「つっても、これくらいでバテる程、落ちちゃいねー。だが、体力ってのは
 集中力の源でもある。少しでも削られれば、そこからは一気だ」
 これ程の頂上決戦。
 これ程の接戦。
 集中力が切れれば、そこからあっと言う間に力関係は傾く。
 ハルは、デュランダル有利と見ていた。 
 そして、フェイルもまた。
 ただ、見解は少し異なる。
 ほんの僅かの差だが、デュランダルが押している――――フェイルの
 右目には、そう映っていた。
 一つ一つの動きに無駄がないのは、寧ろガラディーン。
 その洗練された攻防の技術には、ただただ舌を巻くばかり。
 しかも、相手に一切合わせる事も、釣られる事もなく、自分のペースで
 攻め、守っている。
 無駄に体力を消耗する要素は一つもない。
 が――――それでも尚、デュランダルの方が踏み込んでいる。
 その差は半歩、或いはそれ以下。
 僅かな差だが、デュランダルの方がより、近い位置で攻撃を仕掛けている。
 その差は、そのまま崩しの差に繋がる。
 先に相手を崩すのは――――
「はじめっ!」
 五度目のその合図と同時に、ガラディーンは身体を捻り、デュランダルの
 袈裟斬りを躱す。
 その読みは見事。
 だが、避ける事を前提にしている動きが目立ってきた。
 それは決して悪手ではないし、形勢不利を示す要素でもない。
 しかし、それが重なっていくと、少しずつ、状況が変わってくる。
「むうっ!」
 ガラディーンは、その巨体からは想像できないような、柔らかい動きで
 直ぐに攻撃へと転じる。
 身体の戻しが早いのは、体幹が鍛えられている証拠。
 傾いたまま、薙ぎ払いを仕掛ける。
 その攻撃は、デュランダルの追撃を防ぐ効果もあった。
 
 ――――これまでは。

「ぬ……!」
 突然だった。
 それまで晴れ晴れとしていた青空が、積乱雲によって支配されていく、
 嵐の経緯のような変化。
 デュランダルはその薙ぎ払いを、強引に木剣で払い落とした。
 格下相手なら、何ら問題のない防御。
 しかし、自分と同等の相手に仕掛けるとなると、かなりのリスクが生じる。
 まず、上手く払い落とす事自体、相当に難しい。
 角度を誤れば、まず失敗に終わる。
 しかも、かなりの近距離。
 賭けに近い仕掛けだった。
「ここでかよ……!」
 ハルが思わず息を呑む。
 フェイルも、その賭けには目を丸くした。
 このままで行けば、着実にデュランダルの優位性は増していたというのに。
 先に仕掛ける必要性はない――――そう思っていただけに、驚きは倍増した。
「破っ!」
 それでも、ガラディーンは動じない。
 払われた剣を直ぐに立て直し、返しながら斬り上げる。
 まだ衰えを魅せない剣速。
 タイミングも完璧。
 デュランダルは頭を屈め、回避するしかない――――筈だった。
 次の瞬間、デュランダルの右腕が『消える』までは。
「……!?」
 その動きは、フェイルの右目をもってしても、追えなかった。
 見えなかった。
 最早、速度と言っていいのかさえわからない現象。
 何が起きているのか――――それすらも、観客の誰一人として
 把握できる事はなく。
「あ……」
 フェイルのそんな呟きが、事の終わりを告げる第一声となった。
 ガラディーンは動かない。
 大の字になって、地に伏している。
 崩れゆく様すら、殆どの人間が視認できなかった。
 それ程の、一撃。
 それ程の――――デュランダルの速度。
 反応すら出来なかったガラディーンの頭部は、木剣の直撃を受けた。
 そのどちらも、フェイルが一度も見た事のない姿だった。
「え……あ……しょ、勝負あ……」
「……待て」
 更に、そこにもう一つの絵が加わる。
 頭から夥しい量の血を流し、苦悶の表情を浮かべ、立ち上がる剣聖の姿。
 フェイルだけでなく、この世の誰も見た事のない姿だった。
「今のは……『今のが』、我が国の希望、と思って……いいの……か?」
「不本意ながら」
「そうか……『完成』したのか……なら、これで……」
 その姿が、再び崩れ落ちる。
「ようやく……休める……な……」
 その最後の呟きを聞いたのは、二人だけ。
 意味を理解したのは、一人だけだった。
「しょ、勝負あり! デュランダル=カレイラ様が二回戦進出となりました!」
 勝者を告げるコールと同時に、観客は知る。
 この国で一番強い人物を。
 それを称える今日一番の歓声が、闘技場を埋め尽くす。
 フェイルはそれを――――ただ、聞いていた。







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