日が一番高い所へと昇り、そして少しずつ傾き始める中――――

「大変お待たせ致しました! これより、【エル・バタラ】本戦の
 組み合わせを発表致します!」
 
 凄まじい声量のスタッフが、アリーナの中央部で高らかに
 そう宣言した瞬間、観客席から怒号のような歓声が沸き上がる。
 フェイル達は思わず耳を塞ぎ、顔をしかめながらその様子を体感していた。
「うわ、凄……」
「頭がおかしくなりそうだね……」
 そんなフランベルジュとフェイルの声も、自分にさえ聞こえない。
 まるで嵐の中に身を放り込まれたかのように、一種異様な雰囲気が
 闘技場全体に渦巻いていた。
 そんな中――――
「それでは、本戦出場者16名、入場!」
 その歓声すら突き抜けるような鋭い声が、再度響き渡る。
 そして、それを合図に、歓声は更に大きくなった。
 ファルシオンの顔が、僅かに苦痛で歪む。
 そんな珍しい表情に目を向ける余裕もなく、フェイルも気の遠くなりそうな
 意識をなんとか繋ぎ止め、アリーナへと現れる面々の顔を確認した。
 先頭は――――ガラディーン。
 年長者であり、本命視されている人物が、そのままの順番で現れた格好だ。
「頼むぞ剣聖〜! アンタに俺等家族の運命が掛かってるんだからな〜!」
 その姿を確認した観客から、そんな悲鳴にも似た声が飛ぶ。
 この手の大会において、優勝者を的中させるギャンブルは一種の付き物。
 ラディアンスがあんな資料を作ったのも、その賭け事の資料として
 売れると判断した為だ。
「……ん」
 そんな事を頭に浮かべていたフェイルの目に、次に飛び込んで来たのは――――
 カメイン家に推薦を受けた騎士、エスピンドラ=クロウズだった。
 フェイルにとって、カメイン家は因縁の相手――――と言う程ではないにしても、
 無関係ではない。
 ただ、その看板を背負う彼とは、特に面識もなかった。
「……」
 そんなフェイルとは対照的に、彼に熱い視線を向けるのが、フランベルジュ。
 自身の新たな戦闘スタイルの完成形に近い彼の動向は、気に留めざるを得ない。
 フェイルはその様子に、微かに口元を綻ばせた。
 そして――――

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 突然、歓声が更に増す。
 ガラディーンの入場の時以上の音量。
 まるで、背後から人が雪崩落ちてくるかのような圧力を感じ、
 フェイルは思わず前のめりになった。
 その視界に収まるのは――――
「……成程ね」
 王宮騎士団【銀朱】副師団長、デュランダル=カレイラ。
 その人気は、今や剣聖をも凌ぐものになっているらしい。
 明らかに、この国の未来を背負って行く、エチェベリアの希望。
 誰もがその人物に、夢を投影する――――そんな存在。
 フェイルはその光景に、肌が粟立つのを感じていた。
 そんな中、フェイルの袖がくいくい、と引っ張られる。
 ファルシオンの仕業だった。
「フェイルさんは、あの人と知り合いなんですよね?」
「え? 何?」
「デュランダル=カレイラと旧知の仲、なんですよね?」
 彼女にしては、大きめの声。
 そこまでして聞きたい事なのか、と心中で苦笑しながら
 フェイルは首肯した。
「宮廷弓兵団に所属してた頃に、ちょっとね」
「でも、所属違うでしょ? 何処で接点持ったのよ」
 王宮の話題に興味があるのか、フランベルジュも食いついてきた。
 その間にも、次々と本戦出場者がアリーナに足を踏み入れて行く。
 だが、デュランダル以上の歓声が上がる事はなかった。
「ま、ちょっと指南を仰ごうかな……と」
「剣士に? アンタ、弓兵だったんでしょ?」
「何処かで聞いたような話ですね」
 そんなファルシオンの尤もな指摘に、発言の主は開いた口をそのままに
 バツの悪そうな顔を作っていた。
「……歴史は繰り返す、って事だよね」
 剣士から指南を受けた弓兵が、剣士に指南をする。
 とても回りくどい循環だった。
「って事は、私にした指導って、あの銀仮面の指南そのまんまなの?」
「いんや。僕が受けた特訓をそのままフランがやっても、意味がないからね。
 だから、間接的にあの人の指導を受けた、なんて自慢は出来ないよ」
「そんな自慢、最初っからする気はないけど……にしても、ヘンな縁よね」
 全くだ、と口には出さず、フェイルは顎を手に乗せた。
 ふと視線をアリーナに向けると、最後の出場者として、リオグランテが
 緊張した面持ちで入場してくる姿が飛び込んで来た。
「あ、リオじゃない。リオーっ、勇者らしくシャキッとしなさいよ!」
「緊張しすぎて、手足の動きが異様にぎこちないですね……」
 明らかに気負い過ぎているその姿は、初々しくもあり、
 微笑ましくもあり、それまでと全く違う種類の歓声があがっていた。
「……なんか、こっちまで恥ずかしくなってくるんだけど」
「確かに」
 勇者一行という訳でもないフェイルまで赤面する、残念な入場となった。
 そんな混沌とした空気の中――――
「それでは、第一試合から順に、組み合わせを発表致します!」
 再び、猛烈なまでの歓声。
 しかし、今回は直ぐに静寂へと移行する。
 誰もが、次のスタッフの声に耳を傾けた。
 フェイル達も、同じように集中する。
 大きな深呼吸の後、それは発せられた。

「第一試合――――ガラディーン=ヴォルス 対 デュランダル=カレイラ!」

 その宣言と同時に、観客からは一切の声が途絶える。
 誰もが、顔を見合わせ、この現実を確認していた。
 フランベルジュ、そしてファルシオンすらも、驚きを露わにしている。
 だが、フェイルだけは、周囲の反応とは全く異なる、別の感情を表していた。
「……らしい話だ」
 思わず呟くその声は、誰に届くでもなく、自身の中にいる二人へと向けられる。
 一方、今の世界を生きる二人は、それぞれに真顔で虚空を眺めていた。
「尚、この組み合わせは、お二人の申し出によって実現したものです!
 予選を免除した参加者と、予選を戦い抜いた参加者が試合を行う事で
 生じる不公平感を危惧し、このような形を進言下さいました!」
 その瞬間――――盛大な拍手が沸き上がる。
 しかし、同時に声にはならない不満も数多く生まれた事は、明白だった。
 優勝候補の本命二人。
 予選も免除されたこの両者が、一回戦で当たる事など、誰も予想はしていなかった。
 同じブロックになる事すら、あり得ないという風潮だった。
 だからこそ、優勝候補の両頭となり得た。
 だが、この二人が戦えば、接戦、そして大苦戦となる可能性が高くなる。
 二回戦を五体満足で戦える保証はない。
 勝者でも、次に進めないほどの重傷を負うケースもあり得る。
 この瞬間、本大会の制覇者は完全に読めなくなった。
「静粛にお願いします! 静粛に!」
 鳴り止まない拍手と喧噪を、スタッフの大声が制する。
 それでも、完全に静寂が訪れる事はなかった。
 それ程の反響。
「……驚きましたね」
 ファルシオンのその言葉が、全てを物語っていた。
「では、改めて第二試合から発表して行きます! 第二試合――――」
 その言葉が紡がれて行く間でも、中々喧噪は止まない。

「エスピンドラ=クロウズ 対 カバジェロ=トマーシュ!」

 その二人の名が呼ばれても、その状況は変わらなかった。
 無理もない話ではある。
 エスピンドラは、この街とは余り縁のない騎士。
 カバジェロに至っては、別の街の警吏。
 第一試合の組み合わせとは、求心力では比較にならない。
 だが――――フェイル達にとっては、馴染みのある名前が含まれていた。
「カバジェロ……というと、あの【アルテタ】の方、ですよね」
 ファルシオンのその言葉に、負の響きはない。
 彼女にとって、またフランベルジュにとって、カバジェロは
『勇者候補リオグランテの素養を試した人物』として記憶に残っている。
 そこに、悪い印象が含まれないのは当然だった。
 一方、フェイルは彼の別の顔を覗いている。
 ただ、彼がどういう人間なのかも、ある程度把握している。
 複雑な心境だった。
 しかし、個人の気持ちの整理を待つ筈もなく、組み合わせの発表は
 次々に行われていく。

 第三試合、クレウス=ガンソ 対 ヴァール=トイズトイズ。
 第四試合、アドゥリス=クライドール 対 バルムンク=キュピリエ。
 第五試合、クラウ=ソラス 対 ハイト=トマーシュ。
 第六試合、デアルベルト=マヌエ 対 ケープレル=トゥーレ。

 中々リオグランテの名前は呼ばれない。
 そして――――

「第七試合、ソルダード=アロニカ 対 トリシュ=ラブラドール!」
「……」
 その組み合わせに、フランベルジュが思わず反応を示す。
 当然、視線の先にあるのは、トリシュ。
 同じ女性剣士。
 しかも、激励を受けたにも拘わらず、自分はその場へ立てなかった。
 そんな劣等感が、小さい歯軋りとなって表れる。
「彼女の戦闘形式は特殊だね」
 それを見透かし、フェイルは敢えて穏やかに話を振った。
「参考にする必要はないけど、ああ言うタイプがどう攻めて、実はどう守ってるのか
 見ておくと、自分自身の幅も広がって行くと思うよ。考え方とかさ」
「守る? あの女が?」
「一見、攻めに特化してるように見えるけど、上手く休憩点を見つけて
 攻撃の手を緩めながら様子見てるよ。そういう所は実戦派だね」
 以前、ギルドでフランベルジュを打ちのめしていたトリシュの姿を
 フェイルは思い返していた。
「フランは、そういう狡さが足りないかもしれませんね。性格的にも」
「狡さ……か。とても、あの女にそれがあるようには見ないけど……」
 集中力なさげに虚空をキョロキョロ眺めているトリシュの姿を、
 フランベルジュは疲れた顔で眺めていた。
 そして、肝心のリオグランテはというと――――
「第八試合! リオグランテ・ラ・デル・レイ・フラ…… 対 アロンソ=カーライル!」
 途中で端折られていたが、最後の試合にその名が組み込まれていた。
 だが、問題なのは、リオグランテの名前ではない。
 その対戦相手だ。
「アロンソ……って、あの?」
「ええ。リオを指導している、あの方です」
 そう。
 アロンソ――――傭兵ギルド【ウォレス】アロンソ隊・隊長にして、
 スコールズ家にてリオグランテの指導を行っている人物。
 つまり、師弟対決という事になる。
 一回戦でいきなり、師匠越えを果たさなければならなくなった。
「ある意味……最高の相手かも知れませんね。リオを誰より知っていて、
 誰より先入観を持っている相手ですから」
「戦いの中で進化できれば、そのギャップについて行けなくなるかも……か」
「はい。そしてリオには、その期待感があります」
 とは言え、決して簡単な相手ではない事も事実。
 観客席で見守る三人は、同時に俯き、溜息を吐いた。
「さて……と。リオは今日試合ないみたいだけど、これからどうする?」
 その中でいち早く顔を上げたフランベルジュが、ファルシオンに問い掛ける。
「そうですね……折角ですし、見て行きましょう。特に一回戦は、世界最高峰の
 戦いと言っても、過言ではなさそうですし」
 本戦前のセレモニーが行われているアリーナに目を向けた後、
 ファルシオンはフェイルの方に視線を向けた。
「幸い、解説が出来る人もいますし」
「しないよ。そんな面倒なの」
「良いじゃないですか。どちらとも知り合いなんでしょう?」
「考えてみたら、異常よね……【銀朱】の師団長と副師団長、両方と知り合いって」
 そう呟くフランベルジュの顔には、尊敬ではないものの、
 何処かフェイルを特別視するようなニュアンスが含まれていた。
 一目置く、と言う言葉がピッタリの。
「……そんなの、異常でもなんでもないよ」
 偶々、そうなっただけの事。
 フェイルにとって、彼等の存在は決して軽視できないものではあるが、
 彼等が自分と近い場所にいる事に、違和感はなかった。
 そうこうしている内に、セレモニーは終了。
 参加者全員が、一旦奥へと引っ込んで行く。
 しかし、観客席に渦巻いた熱気は、収まりそうにない。
 これから始まる第一試合は、先程のファルシオンの言葉通り、
 世界最高峰の戦いになるのだから。
 その目撃者になる事が、どれだけ幸運な事か。
 そういう期待感が、霧のように立ち込めていた。
 だが、そんな中、フェイルは全く別の事に、意識を向けていた。
 セレモニーに参加し、そして今、アリーナを後にした面々は、
 スタッフを除くと、15人しかいなかった。
 尤も、セレモニーへの出席が義務づけられているとは限らないので、
 そこに何かしらの意味があるとは限らないが――――
「……」
 奇妙な違和感が、その右目の瞼を僅かに下げていた。






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