ヴァレロン総合闘技場の観客席に、まるで血が通い始めるかのように、
 少しずつ椅子が埋まって行く。
 その光景の一部として、フェイル、ファルシオン、そしてフランベルジュも
 溶け込んで行った。
「凄い熱気ね……人酔いしそう」
 しかめっ面を隠しもせず、フランベルジュは歩きながら嘆息する。
 今日は、剣も鎧も持ってきていない。
 にも拘らず、軽装である事を自覚できないほど、闘技場内は熱気が密集していた。
「四年に一度とは言え、これほどの大会は世界的に見ても余りないでしょう。
 その中でも、今回は特別な大会だったみたいですが」
 観客席の通路が人混みで密集し、中々前に進まない中、ファルシオンは一人
 涼しい顔で解説じみた事を呟く。
 昨日のような、切羽詰まった表情は、もうない。
 二人とも、通常の姿に戻っていた。
 一方――――フェイルは、左目を瞑り、両翼、そして遥か彼方に見える
 反対側の観客席をくまなく眺めていた。
 取り立てて、理由があった訳ではない。
 知り合いがいれば、それはそれで一つの確認になる。
 そう、自分に言い聞かせながら。
「誰か探してるの?」
「え?」
 だから、フランベルジュからそんな指摘を受けた事に、フェイルは
 珍しく過剰な反応を示した。
「そんなに驚かなくても良いじゃない。知り合いがいないか、くらい
 誰でも思うことでしょ? これだけ人がいれば」
「ま、まあ、そうなんだけど……」
 首の後ろをポリポリかき、フェイルは思わず苦笑した。
 

 

【エル・バタラ】の本戦は、予選とは異なり、制限時間が設けられていない。
 その為、この時間に終わる、という確かな基準が存在しない。
 予選を過密日程で消化する理由の一つに、それがある。
 観客が見る事を前提としている為、試合は日没まで。
 場合によっては、翌日に試合が持ち越しとなる事も考えられる。
 そういう事もあって、ここまではかなり駆け足での進行となっている。
 だが、本戦に関しては、じっくりと堪能できるような日程が設けられている。
 特に今回は、注目度の高さもあってか、例年以上に余裕を持って日程が組まれた。
 まず、今日は予選1回戦の前半、四試合のみ。
 明日、後半の四試合が行われる。
 それから一日空いて、2回戦の四試合。
 そこから二日空けて、準決勝二試合。
 そして、決勝はまた二日空けてから行うと、大会運営委員から昨日、発表された。
 よって、全日程が終了するのは、今から9日後という事になる。
 これまでの大会より遥かに参加人数が多かった事を考えると、妥当な日数ではあるが――――
「だったら、予選にもう一日割いて欲しかったところですが……」
 ファルシオンは、誰にともなく怨み節を呟いていた。
 ある程度、気持ちに区切りを付け、現実を受け入れている当のフランベルジュ
 とは違い、まだ何処か納得出来ていないその姿に、フェイルは少し違和感を覚え、
 心中で首を捻る。
「そんなに、フランに勝ち残って欲しかったんだ」
「それは……」
 滅多に感情論で会話をしないその魔術士の、意外な一面。
 言い淀むその姿も、何処か新鮮だった。
「貴方には意外に見えるかもしれないけど、この子の本当の性格は、
 大体こんな感じよ。勇者一行っていう集団の中で、自分の役割を考えて
 行動してるから、冷たい感じになってるだけ」
「……そういう見方をされているのは、少し心外です」
「別に照れなくても良いじゃない」
 フランベルジュがファルシオンを弄っていた。
 更に珍しい光景。
 フェイルの顔にも、自然と綻びが生まれる。
 程なくして――――三人はようやく、自分達が座るべき客席に腰を下ろした。
 収容人数の多さもあって、席の指定はなく、奥から順番に詰めて座るという
 方式の為、希望する場所で観戦することは出来ないが、幸いにも三人の席は
 アリーナ側から三列目という、かなり見やすい席だった。
 後方では、前方より遥かに多くの人数が、まだゾロゾロと列を作って
 少しずつ席を埋めている状態。
 本戦を一日に何試合も消化できないのは、午前中はこの客入れだけで
 かなり時間を割いてしまうからだ。
 当然、中には客席の位置に不満を訴える者もいる。
 そのクレームを処理するだけでも、相当な時間を要してしまう。
 特にトラブルなく座れたフェイル達は、かなり幸運だった。
 ただ――――試合開始までは、かなり間が空く事になるだろう。
 毎年かなり長い客入れの時間を必要としている為、本戦の組み合わせは
 この時間を利用して行われる。
 つまり、今まさに、本戦のカードが抽選で決定している最中だ。
「リオ、誰と当たるかしらね」
 喧噪が渦巻く中、フランベルジュがポツリと呟く。
 トーナメントにおける組み合わせの重要性は、言うまでもない。
 1回戦、誰と当たるか――――それは、勝ち進む上で非常に大きな意味を持つ。
 一般的に、最初に当たるのはなるべく弱い相手である事が好ましい、
 と思われているが、実際には寧ろここで強豪と当たっておいた方が、
 何かと都合が良い。
 尤も、ベスト16に勝ち残っている面々は、いずれも強豪。
 リオグランテより弱い相手――――を見つける方が難しい。
「誰だったら、一番良いと思う?」
 沈黙を続けるフェイルとファルシオンに、フランベルジュから話を振ってきた。
 それに対して応えたのは――――
「そんな事もあろうかと、用意してきましたよ。本戦出場者の情報」
 左からファルシオン、フェイル、フランベルジュの順に並ぶ三人の丁度
 真上の通路に仁王立ちしている女だった。
「ラディアンスさん……?」
「ふっふふふっふふ。驚いた? 私のこのさり気ない登場に震えた?」
「と言うか、あの忙しい最中、手伝いをほっぽって逃げ出したのに、よく
 おめおめと姿を見せられたものですね」
 したり顔で胸を張るラディアンスに、ファルシオンの言葉の暴力が炸裂。
「あう。す、すいません。あれは、その……勢いと言うか」
「いや、手伝ってくれてたんだから、そんなに恐縮されても……ファル、言い過ぎだよ」
「ただの冗談です」
 その割に、ファルシオンの顔は、余り冗談を言っているようには見えない。
 いつも通りではあるが。
「と、とにかく! そのお詫びもかねて、こんなの用意したから」
 気を持ち直し、ラディアンスは目の粗い紙の束を、三人に配布した。
 その表紙には『いよいよ開幕! エル・バタラ本戦の見所を凝縮した完全ガイドブック』
 と記されている。
 完全に売り物だった。
「こんな物、いつの間に作ったの?」
「元々、有力な参加者にはインタビューとか決行して、準備はしてたのよ。
 ホラ、何時だったか、資料見せたでしょ?」
 そう言えば、そんな事もあったっけ――――と回想するフェイルの隣で、
 フランベルジュの目が半眼になっていた。
「私、インタビューなんてされてないんだけど」
「とと、とにかく! それあげるから、それで昨日の件はチャラにして! ね!」
「はい。問題ありません」
 色々と問題発言はあったものの、受け取った紙の束を流し読みしていたファルシオンは
 その資料的価値に満足したのか、特に皮肉を言うでもなく、受理した。
「じゃ、私はこれ、全部売りさばかないといけないから。またねー」
 風のように去るラディアンスの姿に、フェイルは情報屋の逞しさを見た。
 それはそれとして――――本戦出場者の16名の資料に、改めて目を向ける。


 有識者100人に聞いた、【エル・バタラ】優勝予想!

◎ガラディーン=ヴォルス

 34人が優勝、61人が決勝進出、94人がベスト4入りを予想。
 エチェベリア最高の栄誉である称号【剣聖】を持つ唯一の存在であり、
 王宮騎士団の中心である彼の力はやはり圧倒的。
 年齢的に、身体能力はピークを越えているものの、その剣技は熟練を越え
 神業の域に達している。完全なる本命。


◎デュランダル=カレイラ

 27人が優勝、56人が決勝進出、91人がベスト4入りを予想。
 王宮騎士団【銀朱】の副師団長を務めるその実力は、今やガラディーンに
 匹敵するとさえ言われている。
 経験と言う意味では、歴戦の騎士である彼に一歩劣るが、身体能力の高さ、
 技術、そして何事にも動じない『銀仮面』ならではの精神力をもってすれば、
 優勝の可能性は十分にある。もう一人の本命。


○バルムンク=キュピリエ

 18人が優勝、30人が決勝進出、70人がベスト4入りを予想。
 傭兵ギルド【ラファイエット】大隊長。通称『精密破壊者』。
 当初は優勝候補の筆頭だったが、王宮騎士団の二人が参加した事で三番手に降格。
 それでも、ヴァレロンを代表する二大ギルドの絶対的エースとしての底力は
 優勝を狙うには十分なもの。


○クラウ=ソラス

 16人が優勝、26人が決勝進出、74人がベスト4入りを予想。
 傭兵ギルド【ウォレス】代表取締役。通称『サリエル(天駆ける死神)』。
 一線を退き、ギルド運営に尽力していると言う噂もあるが、
 ギルド員なら誰もが知るその冷徹無比なまでの戦闘能力に陰りは見られない。
 その一方で、相手によってはアッサリ身を引く計算も出来る男、との声も。


▲エスピンドラ=クロウズ

 10人が決勝進出、22人がベスト4入りを予想。
 富豪【カメイン家】推薦の騎士。通称『真の宝石』。
 凄まじいまでの守備能力を持つ彼の総合力は、バルムンクやクラウにも匹敵。
 だが、普段使い慣れている武器『ディフェンダー』を使用できない分、
 その両名ほどの力を発揮できない可能性も。


▲クレウス=ガンソ
 2人が優勝、8人が決勝進出、18人がベスト4入りを予想。
 貴族【テュラム家】推薦の宮廷魔術士。通称『臨戦軍師』。
 一対一に強いとは言え、魔術士がこの過酷な大会を勝ち抜く事は難しい。
 ただ、魔術士対策を上位陣が怠っていれば、上位進出の可能性はある。


▲アロンソ=カーライル
 5人が決勝進出、14人がベスト4入りを予想。
 傭兵ギルド【ウォレス】隊長。通称『孤高の紅蓮』。
 元騎士の肩書きに偽りなし。その卓越した技術は【ウォレス】随一。
 クラウ越えも期待される将来の看板傭兵。


△ケープレル=トゥーレ
 2人が優勝、2人が決勝進出、4人がベスト4入りを予想。
 前評判では全くの無名だったが、予選会での戦い振りが評価され、大穴に。
 その恵まれた体格から放たれる圧力は、本命の面々にも通用するかもしれない。


△トリシュ=ラブラドール
 1人が優勝、2人が決勝進出、6人がベスト4入りを予想。
 傭兵ギルド【ウォレス】の問題児。
 その無軌道な戦闘スタイルは人格にまで及んでおり、誰も彼女を
 予測する事は出来そうにない。


△ソルダード=アロニカ
 4人がベスト4入りを予想。
 傭兵ギルド【ラファイエット】中隊長。通称『トール(雷神)』。
 槍使いは少ない為、上手くハマれば上位進出の可能性あり。


△デアルベルト=マヌエ
 3人がベスト4入りを予想。
 傭兵ギルド【ラファイエット】中隊長。通称『華麗なる武人』。
 徒手空拳はリーチの面で不利だが、武器の違いを気にする必要が無い強みもある。


×カバジェロ=トマーシュ
 アルテタの警吏。
 予選では渋い戦いに終始しており、目立った特徴は見受けられず。


×ヴァール=トイズトイズ
 魔術士としての腕は確かだが、用心棒という職業柄、こういった大会には
 慣れていないと思われる。


×アドゥリス=クライドール
 予選での戦いは、光るモノも多かったが、粗も目立った。
 単純な戦闘能力という点では、上位陣には及ばない。


×ハイト=トマーシュ
 司祭という職業上、無慈悲に相手を痛めつける事は難しいのでは。
 実力は未知数。


×リオグランテ・ラ・デル・レイ・フライブール・クストディオ・パパドプーロス・ディ・コンスタンティン=レイネル
 勇者候補としてこの地を訪れた、未完の大器。
 将来性は豊かだが、現時点では一回戦突破が最大の目標か。


「……これが現実、ですね」
 最後の欄に目を通したフェイルは、そんなファルシオンの言葉に
 頷くでもなく、口元に手を添える。
 特に意味のある仕草ではなかったが、何処か自分の感情が出ている事は、
 自覚していた。


 そして――――割と的確だと思われたその資料が、実際には的外れなものだと
 知るのに、それ程時間は掛からなかった。






  前へ                                                             次へ