【エル・バタラ】の長い歴史の中でも、取り分け特異な熱気を帯びた
 今大会は、後半に入っても一向に衰えず、勢いそのままに消化されて行った。
「それまで! 勝者、デアルベルト=マヌエ!」
 そんな中、ついに最初の予選突破者が名乗りを上げる。
 傭兵ギルド【ラファイエット】の中隊長は、満足げに巨体を揺らし、
 自身の試合場を即座に出て行った。
 続いて――――
「勝者、アロンソ=カーライル!」
 傭兵ギルド【ウォレス】の隊長であり、元騎士の肩書きを持つアロンソも、
 苦労する事なく4度目の勝ち名乗りを受ける。
 つまりは、予選突破。
 特に顔を緩める事なく、無言で試合場を後にする。
 更に、クレウス=ガンソ、エスピンドラ=クロウズと言った、貴族推薦の
 面々も、全く苦戦する事なく、悠々と予選を通過した。
 そして、デアルベルトがそそくさと応援へと向かった試合場で戦っていた
 ソルダード=アロニカも、崩れ落ちる相手を見下ろしながら、小さく息を
 吐いていた。
 同時に、周囲を見渡し――――デアルベルトの姿を確認した瞬間、
 露骨に顔を歪め、頭を抱えた。
「うわうわ、最悪最悪」
 同じ中隊長に先を越された事に、まるで敗者のようなうめき声を上げる。
 そんな仲間の姿を視認したデアルベルトは、自らの胃をビシッと指し、
 ニヤリと笑った。
 賭けは俺の勝ちだ、今日の夕食は豪勢になりそうだな、と言うメッセージを込めて。
「浪費浪費」
 ソルダードは自分が今し方倒した相手を踏みつけながら、ブツブツと
 不満を呟いていた。
「てぃぃやーっ!」
 そんなソルダードが一瞬身をビクッと震わせる程の大声が、別の
 試合場から轟く。
 良く通るのは、女性特有の高い掛け声だから、と言うのもあるが、
 何よりその不機嫌極まりない、荒っぽい声の特異性が原因。
 繰り出す剣もメチャクチャだった。
 しかし、そんな不規則な攻撃も、連打、連打と連なっていけば、
 相手には為す術もない。
「そ、それまで! 止まれ! 良いから止まれーっ!」
 完全にグロッキー状態の対戦者を見かねた審判が制止するまで、トリシュは
 攻撃を続けた。
 これで彼女も予選突破。
 そして、隣では――――
「ちっ……ちくしょう! ちくしょおおおおーーーーーーっ!」
 自棄になって木剣を振り回す男の錯乱する姿を、氷のような視線で射る
 ヴァール=トイズトイズの姿があった。
 試合時間はかなり経つが、ヴァールは一度も魔術を使っていない。
 魔術士が、魔術を使わず、剣士の攻撃を全て避けていた。
 この上ない屈辱。
 それを植え付けた後――――ヴァールは人差し指をクルクル回すように
 ルーリングを行い、不用意に飛び込んで来た男の耳の裏側に、指を当てる。
「……!」
 刹那、男は足をもつれさせ、明らかに正気を失った顔で、グラリと
 全身を傾かせ――――倒れ込んだ。
「勝者、ヴァール=トイズトイズ! 予選突破決定!」
 その切れ長の目に、最後まで感情は宿らなかった。
 そんなヴァールの姿を、隣の試合場から横目で眺めている者が一人。
「相変わらず……強く、そして美しい女性」
 カバジェロ=トマーシュは、そう独りごち、既に試合を終えたその場で
 首を左右に振る。
 彼もまた、既に本戦出場を決めていた。
「それだけに……惜しい」
 祈りを捧げるような物言いで、カバジェロは念を天へと送った。




 予選免除のデュランダルとガラディーンを含み、これで10名の本戦出場が決定。
 そんな中、新たにそこへ加わる権利を賭けた戦いが、第12試合場で行われようとしていた。
「それでは、第一ブロック、第四試合を開始する! 始め!」
 その周囲には、数多くの見物人が集っている。
 注目を集めている参加者がそこにいる証拠。
 そして、その人だかりの中には――――ファルシオンの姿もあった。
「おう。一人か?」
 そんなファルシオンに、ハルが気さくに声を掛ける。
 だが、返事はない。
 その顔は、応援をする人間の顔ではなかった。
「おいおい、折角の予選決勝だろ? もっと気合い入れて見てやれよ」
「そうですね」
 肯定の言葉も、何処か空虚。
 心ここにあらず――――少し大きめのローブに身を包んだ勇者一行の頭脳は、
 そんな様子で試合場を眺めていた。
「……フェイルの野郎は?」
「恐らく、フランの所だと思います」
「そうか」
 言葉短に答えたファルシオンの隣で、ハルは腕を組む。
 その顔に、少しの苦みを加えて。
「ま……仕方ねーだろ。規則は規則だ。実戦には、試合時間なんてモンは
 存在しねーんだけど、生憎この大会は実戦じゃねーからな」
「そうですね」
「クラウの大将は、そこんトコに不満だったみてーだが。あの人が
 優勝したら、4年後はルール変わるかもな」
「……でも、その時は」
「そうだな。お前等勇者一行は、ここにはいねーわな」
 空論を嘲笑い、ハルは首筋をポリポリと掻く。
 それは、他人の癖だったが、いつの間にか移ってしまっていた。
「残念です」
「ああ。残念だ」
「いえ。貴方のその残念は、私の残念とは異なります」
「はぁ?」
「違うんです……貴方のとは」
 それが何を意味するのか、ハルにはわかる筈もなく。
 ファルシオンは静かに、奮闘する勇者――――リオグランテの戦いを
 眺めていた。




 この日、空は穏やかな顔を覗かせていた。
 街を走る風を追いかけるように、全力で駆ける子供達の顔は、無邪気そのもの。
 その五年後、十年後に待ち受けるであろう苦悩や挫折など、知る由もなければ、
 その必要もない。
 今を全力で生きる。
 それは、子供の頃だからこそ許される、ある種の特権だ。
 しかし、誰もがそれを放棄する。
 明日を生きる為に、今に犠牲を強いる。
 今を生きる為に、過去に甘える。
 そうやって、後ろ向きになりながら、いつしか人は全力で走る事を諦める。
 夢を追いかける事を、諦める。
 それは、自然な事だった。
 自然だからこそ――――フェイルはそんな子供達を、どこか憧憬の眼差しで
 眺めていた。
 ヴァレロン総合闘技場から30分ほど北西に歩いた所に存在する、
 広く、そして荒れ果てた草原。
 フェイルは一度だけ、薬草がないか調査にここを訪れた事があった。
 一度だけ、と言う事は、つまりはそう言う事。
 既に活動範囲外となっている。
 そんな無意味な筈の場所に入り、そして――――膝を抱えて座っている
 一人の女性を視界へ収めた。
 周囲の草の背は決して高くはないが、それらの緑に埋もれそうなほど、
 小さく、小さく見える。
 その女性――――フランベルジュは、背を向けたまま、じっとそこにいた。
 フェイルはその姿を暫し眺めた後、少し離れた場所に腰掛ける。
 草の匂いは、薬草士にとって日常の香り。
 何ら違和感はない。
 その匂いを感じながら、ゆっくりと空を仰ぐ。
 雲を動かし、僅かながらも時の流れを描写しているその景色は、
 本来ならば心を穏やかにする情景だった。
 それを視界から外し、フェイルはふと、足下にいる奇妙な虫を手に取る。
 名前は知らないし、興味もない。
 取り立てて特徴もない、平凡な黒色の甲虫類。
 握り潰そうと思えば、指の力だけで容易に出来る。
 当然、逃がす事も。
 フェイルはごく自然に後者を選択した。
 だが、そこに明確な理由はない。
 生命の尊さを、草原に生息する小さな虫に感じる事は、ない。
 それは、人間として生まれ、育った事の証。
 人間の業だ。
 草の中に消えて行く虫から目を離し、今度は傍にあるトゲの生えた草花に
 目を移した。
 そのトゲは、自分を守る為のもの。
 自分の生命を全うする為のもの。
 例え動けなくても、声を出せなくても、植物は主張する。
 命を、存在を主張する。
 子孫を残すと言う欲求を主張する。
 薬草士であるフェイルは、幾度となくそれを目の当たりにしてきた。
 小さく息を吐き、ちょっとした覚悟を噛み締め、トゲに触れる。
 チクリ、と言う鋭い痛みと共に、指からほんの少しだけ、赤い液体が滲んだ。
 痛みは、命を守る為の合図。
 このトゲと本質的には同じだ。
 フェイルは息吹を感じ、血を舐めた。
 不意に、風が草原を揺らす。
 滑らかに。
 軽やかに。
 緑が揺れる音は、心地よく耳を擽る。
 そんな自然の歌は、いつだって人を慰めてきた。
 フェイルもまた、その流れの中に身を置いた。
 そうする事で、何が起こるでもない。
 何を起こすでもない。
 ただ、そこにいる。
 そこにいて、そこにいる。
 本当にただ、それだけ。
 声もなければ、視線の交換もない。
 草原の中に、二人がいる。
 それだけの時間が、穏やかに、緩やかに流れて行く。
 遠くから聞こえる、子供達の歓喜の声や、鳥達の囀りも、
 その中に溶け込んで行く。
 そして、河の中に沈んだ石のように、そこで眠る。
 じっと。
 じっと――――そこに。
 瞬きも、呼吸も、あるがままに。
 二人はずっと、そこにいた。




「勝者、バルムンク=キュピリエ! 予選通過!」
 審判の言葉に耳を傾けるでもなく、バルムンクは終始不機嫌な顔で、
 手にした木剣を投げ捨てた。
 その足下には、折れた剣と、血を吐き失神しているフライ=エンロールの
 姿があるが、その両方に目もくれず、『精密破壊者』の異名を持つ男は
 試合場から離れる。
 そんな彼の試合を見守る面々は、やはり【ラファイエット】のギルド員が中心だった。
 勝ち残ったのは、バルムンク、ソルダード、デアルベルトの3人のみ。
 他のギルド員は皆、敗北を喫したか、最初から参加していないかのどちらか。
 ギルドとしての成果は、上々とは言い難い。
 尤も――――最大の競合相手である【ウォレス】も、オスバルドの敗退によって、
 クラウ、アロンソ、トリシュの3人のみの突破となっており、五分の結果となっている。
 ただ、バルムンクの機嫌が悪いのは、それが原因ではない。
 観衆の中で一人、異彩を放っている女性の存在だ。
「あらぁん、怖い顔しちゃって♪ そんなに、あたしのコトが嫌いなのかしら、
 バルちゃんは♪」
 世界広しと言えど、バルムンクをそう呼べるのは、このの女性ただ一人。
『流通の皇女』スティレット=キュピリエ、ただ一人だ。
 尤も、そう呼べるからと言って、親しい訳ではない。
 実の姉弟と言う間柄。
 それが親和を保証するものではないと言うのは、身内を持つ人間であれば
 誰しもが知っている事だ。
「俺は別に、嫌ってなんかいねぇよ」
「ンまあ、嬉しい♪」
「死人を悪く言うほど、落ちぶれちゃいねぇからな」
「……アラ、そう?」
 スティレットの口が、不自然に歪む。
 それは、笑顔に分類される表情の筈だったが、バルムンクはそう認識する事を拒否した。
「とっとと消えな。『姉貴だったモノ』」
「あら、ヒドぉい。お姉ちゃまをモノ扱いなんて」
 それに対する返答はせず、バルムンクは通常通りの歩調で、控え室へと向かって行った。
 一方――――その隣の試合場では、既に決勝進出を決めているハイト=トマーシュが、
 一人の男に熱視線を送っていた。
「怪物……ですね」
 それは、誰に対しての言葉でもない。
 思わずそう呟くほど、目の前の試合は圧倒的だった。
 一瞬の攻防すら存在しない。
 ただ、巨体を揺らした一人の男が、対峙するもう一人の男に突進しただけ。
 他には何もない。
 単なる体当たりだけで、その男――――ケープレル=トゥーレは予選を突破した。
 自分の勝利に関心がないのか、その長身の男は無言、無表情のままロープを跨ぎ、
 会場から離れて行く。
 これで、シード2名を含む14人の予選突破が決定。
 15人目は――――
「リーダーぁぁあぁぁぁあ、やれすとおぉぉぉぉぉ!」
「イヤぁぁん、ステキぃぃ! やっぱりアタシの運命の人はアナタよぉぉ!」
 化物と妖怪の声援が響く中、既に決定しようとしている。
 ハイトはその試合場から視線を外し、残り僅かとなった試合へと目を移した。
 それは、異色の組み合わせ。
 アドゥリス=クライドール。
 土賊のリーダー。
 ウェズ=ブラウン。
 元傭兵で、現武器屋『サドン★デス』の店主。
 強面同士の争いは、アドゥリスが速度と技術で終始ウェズのパワーを
 押さえ込む展開となっていた。
「チッ……せっかくココまで勝ち上がったってのに、カミさんは応援にも
 来てやしねぇ。決勝まで残れって事かよ、この野郎」
 しかし、それも難しい事を、ウェズは悟っていた。
 アドゥリスの攻撃は、精度こそ欠いているが、その手数は圧倒的。
 ウェズの身体は、至る所が赤く腫れ上がっていた。
 追い込まれたウェズは、一発逆転を狙い、相打ち覚悟で突進する。
 しかし、それは悪手だった。
 アドゥリスは瞬時に体勢を低く屈め――――喉へめがけ、垂直に木製の短剣を一閃。
「ゥガッ……!」
 対応に遅れたウェズは、その衝撃と激痛に為す術なく倒れ込む。
 呼吸が一切出来ない状態。
 ウェズが口をパクパクさせて身をよじる中、アドゥリスはその姿に一瞥もくれず、
 唾棄しながらその場を後にした。
 これで――――15名。
 残り一人を決める試合は、元々はその他の試合より早く始まっていた。
 だが、膠着状態が続き、結果的には最後の試合となってしまった。
「あーあ。このままじゃ、判定に入ると負けるぞ。さっきの冷徹剣士みたく」
「そう言う無神経な事を言わないで下さい」
「いいじゃねーか。本人いねーし」
 悪びれる様子のないハルを、ファルシオンはジト目で見上げ、
 同時に足を全力で踏む。
「……!?」
 翻筋斗を打って倒れる無神経男に背を向け、ファルシオンは祈る。
 先程、祈りは届かなかった。
 負けを宣告されたフランベルジュの顔が、まだその脳裏には浮かび続けている。
 ファルシオンは、フランベルジュの努力を知っていた。
 毎日、素振りを繰り返し、自分なりの強さを追求している姿を知っていた。
 だからこそ――――敗戦のショックも大きい。
 決勝どころか、予選の決勝にすら届かなかったと言う事実が、彼女を
 どれほど苦しめているか、と言う事を想像しただけでも、胸が痛む。
 しかし、もう結果は出てしまった。
 受け入れるしかない。
 そして、まだ出ていない結果を祈るしかない。
「はーっ、はーっ」
 リオグランテは、明らかに気負っていた。
 それが、フランベルジュの敗戦によるモノなのか、スコールズ家の
 期待がもたらしているモノなのかは、ファルシオンにはわからない。
 確かなのは、空回りしている現実。
 対戦相手は、決して強くはないし、身軽でもないが、リオグランテの
 攻撃は悉く外れていた。
「あ、あと何分……」
 そして、時間ばかりを気にしている為、集中力も散漫。
 敗色濃厚。
 そう言う空気が漂い始めて来た。
「ま、ここで負けるようなら、そこまでの男だった、って事だ」
「……」
 復活したハルの軽口には耳を傾けず、ファルシオンは祈り続ける。
 目を閉じて、胸に手を当てて。
「祈り……か。その必要が果たしてあんのかね? この試合に」
 それに対し、ハルが再び呟いた、その時――――試合は動いた。
「やああああああああっ!」
 半ば自棄になったリオグランテの特攻。
 上段構えのまま、突進を始めた。
 当然、これまでの斬撃を捌いてきた対戦相手にとっては、
 何と言う事のない攻撃。
 得物である、木製の槍をコンパクトに握り、リオグランテの
 突進に合わせ突き出す――――
「……?」
 その刹那、リオグランテが『消えた』。
 混乱。
 焦燥。
 生じるのは、そう言った負の感情。
 これまで、完璧な試合運びをしてきた事で、逆に神経質になりすぎていた。
 リオグランテは、意図的に消えたわけではないのに。
 単に、足をもつれさせて転んだだけ。
 だから、視界から消えた後は、低空の突進に切り替わっており――――
「あうっ」
「い……ぎゃっ!?」
 結果、下腹部にリオグランテの木剣の柄部分が直撃。
「う……おうお、おう……」
 肉の薄い部分だった事もあり、悶絶。
 倒れ込んだリオグランテの傍で、声にならない悲鳴を上げていた。
 そんな対戦者の首に、立ち上がったリオグランテは木剣を当てる。
「それまでっ! リオグランテ、予選通過!」
「や……やったーーーーーーーーーーーっ!」
 他の参加者には見られなかった、全力での歓喜に、観客が今日一番の
 盛り上がりを見せる。
 その中にいたファルシオンは――――
「……」
 祈りを解き、それでも尚、硬い表情のままだった。






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