オスバルドの敗北と言う番狂わせがあったものの、それ以外は概ね順当に
 有力者が勝利を重ね、二回戦が終了。
 勝ち上がった者達は、束の間の休息を取るべく、控え室へ向かったり、
 闘技場の傍にある飲食店へ向かったりと、それぞれの時間を過ごしている。
 そんな中、リオグランテは――――
「こちらから仕掛ける分には良いが、受け身になった時にはまだ雑さが残っている。
 どんな時にも冷静さを保って、常に全身を使うイメージを保つんだ」
「はい!」
 休む事なく、アロンソからの指導を熱心に受けていた。
 薬草店【ノート】では見せた事のない真剣な表情は、その幼い顔を年相応、或いは
 それ以上に見せるくらいの鬼気迫る迫力を感じさせる。
 そこまでリオグランテがこの大会に賭ける理由は――――
「リオ、少し休んだらどう?」
 その傍らにいるリッツ=スコールズの存在に他ならない。
 それが愛なのか恋なのか、はたまた友情なのか義理なのかは、フェイル達に知る由もないが。
「って言うか……仲間の知らない所で女の子と仲良くなる勇者って、どうなのよ」
 そんなリオグランテの様子を、フランベルジュは半眼で眺めていた。
「良いじゃないですか。リオにとっては初恋……と思いますし。素直に応援すべきです」
「それはそうなんだけど……なんか腑に落ちない気分って言うか」
 右手で金髪を掻き毟る一方、左手はぶらんと下げたまま。
 そんなフランベルジュの様子を、フェイルとハルは遠巻きに観察していた。
「ま、大丈夫そうだな。不安材料ってコトに変わりはねーが」
「うん」
 険しい顔で頷いたフェイルは、その場を離れ、視線を試合場の方へと散らす。
 地下と言う特殊な舞台で行われるこの予選には、独特の空気感が存在する。
 木製の武器を使用しているとは言え、流血する者も少なくはなく、
 血生臭さも漂っている一方、何処か初々しい緊張感にも包まれている。
 だがそこには、そんな空気を無視するかのように、普段通りの様相で
 練り歩く者も存在する。
「よう、小僧。何で出場してねぇんだ?」
 その中の一人――――バルムンクの接近は、唐突だった。
 二度に亘って戦り合った経験から、フェイルは思わず身構える。
「……出る理由なんてないよ。僕は薬草売りなんだから」
「ほう。この俺と互角に渡り合った男が、そんな事言いやがるか」
「何が互角だよ。露骨に手を抜いておいて」
「それでも、あの時お前の矢に毒が塗ってたら、俺は今頃地獄で昼寝中だ」
 何処まで本気なのか。
 バルムンクの顔は、常に朗らかだった。
「そう言えば、そっちの女剣士、勝ち上がってるみたいだな。次辺り、当たるかもしれねぇぜ」
「そうだね。本人、それを楽しみにしてるみたいだよ」
「悪い事は言わねぇ。棄権するように言いな」
 その顔のまま――――バルムンクはさりげにそう告げた。
「……それは無理だよ。この大会で、アンタに勝つつもりだから」
「それが悪いとは言わねぇ。相手が誰でも、自分が勝つって信念を持つ事を滑稽とはしねぇさ。
 だが、それはな小僧。理想の状態で挑んでこそ説得力があるんだよ」
 その言葉は――――左肩の怪我を見抜かれている事を意味していた。
「俺は、手加減が下手でな。最悪、壊しかねねぇ。あの女だって、何かの目標があって
 勇者一行に加わってんだろうよ。こんなトコで壊れても無意味だと思わねぇか?」
「それは……」
 フェイルがずっと、懸念している事だった。
 自分の薬草店に大打撃を与えた、忌々しい勇者一行。
 だが――――現在におけるフェイルの認識の中に、負の感情はない。
 それだけに、懸念は心配に、同情は期待に変換される。
 それは今でも変わらない。
「ま、それも人生っちゃ人生だ。当人が納得してんのなら、俺がどうこう言う意味もねぇさ。
 ただ、容赦はしねぇぞ?」
「それは、当人も望んでるよ」
「そうかい。ま、俺と当たるまで生き残ってりゃ、って話だけどな」 
 そこまで告げ、バルムンクは踵を返し、ヒラヒラと手を振った。
 フランベルジュの未来を案じての忠告。
 案外、良い人なのかなとフェイルがその背中を目で追っていると――――
 不自然な挙動でその背中が迫ってきた。
「おっと、忘れてたぜ。ついでの話だが……テメェ、管理人ちゃんとあれ以上
 親しくなってやしないだろうな。どうなんだ、オイどうなんだコラ」
「ついでって言う割に、明らかに執拗なんだけど……」
「うるせぇ! 良いか、管理人ちゃんは俺が必ず幸せにすんだよ!
 勝手に夢見るまでは許すが、それ以上を勘違いしやがったらブッ殺してやっからな!」
 勝手にヒートアップしたバルムンクの声に、周囲の目が向く。
「ま、その内管理人ちゃんも俺の魅力に気付くのは間違いねぇんだけどよ」
「あっそう」
「……気付くよな? って言うか、管理人ちゃん、俺の事眼中にあるよな? きっとあるよな?」
「知らないよ。自分で聞けば?」
「それが出来るくれぇなら苦労しねぇんだよ! わかってねぇな! テメェはちっともわかってねぇ!」
 最後に良くわからない憤怒を見せた後、バルムンクは離れていった。
 残されたフェイルの周囲から、コソコソ話が聞こえてくる。
 内容は容易に想像できる為、耳を澄ませる必要もなく、フェイルはハルの所へと戻った。
「何だ? 疲れた顔して」
「ちょっと、面倒な人と会ってね……で、三回戦の組み合わせ、まだ決まってないの?」
「まだです。遅し。遅しなのです。トリシュ超暇。暇過ぎて通行人ブン殴りそうなり」
 先程以上の唐突感で、トリシュ=ラブラドールが現れた。
「な、何? いきなり」
「うい。そちらサマのお知り合いの女性剣士に用事がありにけり。とっとと呼べ。
 若しくは連れて行け」
 相変わらずの不躾な物言いに、フェイルは多大な疲労感を覚えた。
「飼い主は……勇者を指導中か。ったく、放し飼いしやがって」
 ハルが嘆息する中、フェイルは特に拒む理由も思いつかず、仕方なく
 フランベルジュの方にその危険人物を連れて行く。
 一体何を言い出すつもりなのかと、この上ない不安を覚えながら。
「ケケケケケ。大丈夫です。トリシュ良い子良い子なので、ヘンなコトはしません」
「何だろう。犯罪者が詩でも朗読してるようなこの違和感は」
 そんなこんなで、フランベルジュのいる所に到着。
「……な、何?」
 突然の訪問に驚きを隠せないフランベルジュに対し、トリシュはズイッと
 人差し指を突き出した。
「決勝トーナメントまで勝ち上がるのです」
 そして、要求。
 この上なく唐突な。
「女剣士は嘗められたら終わり。負けたら終わり。男をボッコボコにしてこそ
 存在意義があるのです。わかりますか? わかりますかコラ」
「わ、わかってるけど」
「トリシュ、今回の大会が昇進のチャンスなの。上司がコケた所為で、
 大出世時代到来。この波に乗り遅れるつもりはないのです!
 そんな中で『やっぱり女って弱えーぺーぺー』とか思われたら最悪過ぎます。
 最低でも予選は勝ち抜きやがれ、わかったか」
 完全なる私情で、トリシュはフランベルジュを激励した。
「……生憎、そっちの事情なんてどうでも良いけど、その出世とやらは
 私が阻止する事になるんじゃないの? 決勝トーナメントで、私が勝つから」
「ギルドでボッコボコにされたの、忘れたのウケケケケ」
「あの時の私と思わない事ね。今度は勝つ」
 女性同士、火花が散る。
 殺伐としているようで、そのやり取りは、どこか楽しそうだった。
「と言う訳で、ライバルを激励したトリシュは優雅に帰ります。せいぜい
 気合いを入れて臨む事です。ケケ」
「フン」
 フランベルジュにしても、その激励とやらは悪い気はしなかったのか――――
 見送る顔には笑顔すら漏れていた。
 そして、その直後。
「予選三回戦の組み合わせが決定しました。速やかに確認をお願いします」
 そんなアナウンスが運営側から行われ、勝ち上がっている56名はそれぞれの
 歩幅で、試合会場の壁に設置された木板のある方へと向かう。
「みなさーん!」
 その中にはリオグランテの姿もあり、駆け足でフェイル達に合流した。
「フランさん、あと二つですね。肩は大丈夫ですか?」
「問題なしよ。そっちも順調みたいね」
「全然です。怒られてばっかりで……このままじゃダメです」
 それは、フェイルがスコールズ家の屋敷に潜入した際、偶然見かけた時に
 連呼していた言葉。
 リオグランテがこの大会に賭けているのは、以前のフェイルの上でのやり取りの
 通りならば、結果を出してリッツの父親に認めて貰う必要がある、と言う思いが
 あるらしい。
 だが、それだけでは片付けられないような、切迫感が今のリオグランテにはある。
「……」
 それをいち早く察知していたファルシオンが、神妙な面持ちで勇者の方に
 視線を向けていた。
 そんな中、前方で木板を眺めていた面々が立ち去り、フェイル達の前が
 少しずつ空いて行く。
「さーて、次は誰が来るんだ?」
 特に深い関わりはない筈のハルが、誰より早く前へ詰めて行った。
 その背中を、フランベルジュとリオグランテが追う。
 一方――――フェイルには、その必要がなかった。
 既に、その鷹の目には、木板に書かれている対戦カードが入っている。
 リオグランテは、特に聞いた事のない名前の相手。
 そして、フランベルジュの隣には――――フェイルも知っている名前があった。
「……フライ=エンロール」
 その名を、フランベルジュが呟く。
 そう。
 彼もまた、同じブロックにいた。
「よう」
 そのフライが、背中越しにフランベルジュの左肩を叩く。
 フランベルジュは思わず身を竦ませ、跳ねるようにしてその手を払った。
「おっと、驚かせて申し訳ない」
「別に……」
 フライの顔は、穏やかだった。
 その意図するところは、何なのか――――
「あの時の言葉、覚えてるかな?」
「一応は、ね」

『機会があれば、一度剣を合わせよう』

 それは、現実のものとなった。
「お互い、【メトロ・ノーム】では辛酸を舐めた身だ。お手柔らかに宜しく」
「こちらこそ……と言いたいところだけど、全力でどうぞ。私はそれを上回るだけ」
「相も変わらず強気だな。では、遠慮なく全力を尽くそう、全力を……な」
 薄ら笑いを浮かべ、フライは離れて行った。


 そして、一時間後――――
「フランベルジュ=ルーメイア、フライ=エンロール両名、第九試合場へ移動して下さい」
 そのアナウンスと同時に、壁際で寝ていたフランベルジュが、左肩の布を解く。
 そして、ピシャリと右手でその部位を叩いた。
「……どう?」
 不安げに、フェイルが問う。
 その隣では、ファルシオンとリオグランテも、心配そうに視線を向けていた。
「良い仕事してくれるじゃない」
 口の端を釣り上げ、革鎧を着用。
 その姿に、フェイルは一先ず安堵の息を吐いた。
 準備は完了。
 後は、試合場で決着を付けるのみ。
「それじゃフランさん、頑張って!」
 そんな激励と共に出したリオグランテの掌を、フランベルジュはパシンと叩いた。
「無理はしないようにして下さい。先は長いんですから」
「しっかりね」
 ファルシオン、フェイルもそれに続き、渇いた音が小気味よく響き渡る。
「あの野郎、ちっと油断ならねーぞ。気ー抜くなよ」
 そして、ハルの差し出した掌が、空気以外に触れる事なくプルプルし始める中――――
「始めっ!」
 フランベルジュの予選三回戦が始まった。







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