晴天に見守られる事なく、地下で繰り広げられる【エル・バタラ】の予選は
 ハイペースで消化されて行く。
 予選一回戦を終え、有力視されていた面々は全員が順当に勝利。
 そして、二回戦――――
「わっ! わっ!」
 魔術士と対戦する事になったリオグランテは、当初その遠距離攻撃に苦戦を強いられる
 ものの――――
「くっ……このっ!」
 その類い稀な身体能力を駆使し、【炎の球体】の飛び交う中、地面を這うような
 高さで推進し、接近に成功。
「うぐ……」
 オートルーリングを使用していないその魔術士は、接近を許した時点でお手上げ状態。
 若干の苦労はあったものの、リオグランテは無傷で三回戦へ進んだ。

 一方――――

「はっ!」
 体術を駆使する拳闘士との勝負となったフランベルジュは、身体能力で上回る
 相手に幾度となく接近を許し、鍛え抜かれたその拳を腹や肩に受ける。
「痛……っ!」
 フランベルジュの防御術は、対剣に特化している為、勝手の違う相手に対しては
 中々成果を発揮できない。
 厳しい闘いになると思われたが――――
「俺はこの拳一つで大会を獲る! そしてこの名を王宮に知らしめ――――がはっ!?」
 拳闘士特有の、自意識過剰な熱血語りが発動した事で、隙が発生。
 フランベルジュは躊躇なく剣を投げつけ、その頬に綺麗にぶつけた。
「ば、バカな……この俺が……拳一つで世界を救う英雄になるこのヴァンアレンドルフが、
 女なんかに……」
「闘いの途中に油断するヤツと、女って理由だけで見下してるヤツに、そんな未来は
 ないのよ。覚えておきなさい」
 決して綺麗な勝ち方ではないものの、二回戦突破。
 打たれた箇所も、大した傷にはなっていない。
 だが――――
「左肩、大丈夫?」
 剣を投げると言う行為は、剣士にとっては御法度。
 焦りがあった事を窺わせるには十分な攻撃だ。
 フェイルはそれを察知し、笑顔で試合場のロープを跨ぐフランベルジュに
 駆け寄り、不安を口にする。
「全然。何かおかしなトコあった?」
「あったから言ってんの」
「だとしたら、その目は節穴ね。何も問題はないから」
 そうは言いつつ――――フランベルジュは左肩を敢えて上げたり回したり
 して見せようとはしない。
 彼女の性格上、本当に問題がないなら、それくらいはする。
「もう大会は始まってるんだよ?」
 そう確信したフェイルは、声のトーンを一つ落とした。
「だから僕は、もう謝らない。そっちも、本当の事だけを言って」
 そして、鋭い目でフランベルジュを睨むかのように、諭す。
 暫しの沈黙の後――――
「……少し、ピリッてする。かも」
「鋭敏な方の痛みだね」
 それを聞いたフェイルは、即座に持参していた革袋から【ナタル】の小瓶を取り出す。
 今日、店で売る分は完売しているが、二人に使用する分、明日以降売る分は
 別に確保していた。
「肩出して」
「こ、ここで?」
「控え室は参加者以外立ち入り禁止でしょ? あっちだって人の目もあるし」
「……」
 フランベルジュは眉を釣り上げながら赤面するも、覚悟を決めて革鎧を脱ぎ出した。
「って言うか、そこの場末剣士! こっち見ないでよね!」
「あ、ああ……って、フェイルは良くて俺はダメなのかよ」
 グチグチと文句を言うハルが背中を向ける中、フランベルジュは
 布製の服の首元を引っ張り、左肩を露見させた。
 それが周囲に見えないよう、ファルシオンが接近し、死角を作る。
「……大丈夫そうですか?」
 それは、フェイルに対しての声。
 だが、それには答えず、小瓶の中の軟膏状の薬を塗りながら、指で肩の至る所を
 グイグイと押す。
「痛っ! 痛……」
 思わず声が出た場所には、特に念入りに。
 そしてその後、薄い布で肩を巻き、応急処置は完成した。
「なるべく左肩は動かさないように。炎症は大した事ないから、このまま安静に
 してれば、次の試合までには大分痛みは引く筈」
「……ん」
 そのフェイルの言葉を聞いた直後、フランベルジュは直ぐに服を整え出した。
 幸い、次の試合はかなり後。
 予選会場は12しかなく、14のブロックに分かれている今回の大会においては、
 一度に全てのブロックの試合を行える訳ではない。
 また、試合が重なるに連れ、進行に支障も生まれている。
 均衡状態が続く試合もあれば、判定に不服を唱え、試合場を後にしようとしない
 者も出てくる。
 そう言った事情もあって、事前にある程度の『調整時間』を設けており、
 予選二回戦が終了した時点で、休憩も兼ねて一時間ほど間を置いている。
 リオグランテとフランベルジュのブロックは円滑に進んでいる為、他のブロックより
 早く二回戦が消化されたものの、他のブロックの中には、まだ試合の途中という
 所も幾つかある。
「終わったか? んじゃ、治療の時間を使って、余所の強豪でも偵察に行こうぜ。
 勝ち残る気があるんなら、損はねー筈だ」
「言われなくても、最初からそのつもりよ」
 不敵に言い放つフランベルジュに、ハルは一瞬顔をひきつらせるも、
 苦笑混じりに息を吐いた。
 尚、リオグランテの姿はない。
 試合が終わった後、それを見守っていたフェイル達に挨拶をした後、
 何処かへと消えてしまった。
 その為、フェイル、フランベルジュ、ファルシオン、ハルの四人で
 別のブロックの偵察を行う事になった。
「まずは……おっ、あっちなんてどーだ。面白れーヤツがやってるぜ」
 ハルが指差す先には――――テュラム家推薦の魔術士、クレウス=ガンソの姿が。
「向こうにも興味深い方がいますが」
 ファルシオンが指差す先には――――カメイン家に推され出場した騎士、
 エスピンドラ=クロウズの姿が。
 いずれも、予選突破を確実視されている強者だ。
「参考になりそうなのはこっちね」
 フランベルジュは特に迷う事なく、ファルシオンの指の方へ向かった。
「……あっそ。俺はアレだな、一生をこんな感じで流されて流されて過ごしていく
 流木みてーな存在なんだな」
「そこまで自嘲しなくても……偶々だよ」
 何か心的外傷でもあるのか、ドロンとした目でブツブツ呟くハルを尻目に、
 フランベルジュの目はエスピンドラへ向けられていた。
 攻防一体の武器『ディフェンサー』を操るその騎士は、常に守備を念頭に置いた
 闘いに終始しており、今のフランベルジュにとってはお手本のような存在。
 その『ディフェンサー』は大会規定により使用できないが、木剣であっても
 まるで自身の得物を操っているかのような自然さで、相手剣士の攻撃を
 全て軽く捌いている。
 対戦相手は、決して弱くはない。
 少なくとも、フランベルジュが対戦した二人よりは遥かに格上。
 同じ攻撃を二度繰り返す事なく、手首を返しながら斬り落としを変化させたり、
 巻き打ちを見せたりと、優れた技術を持っている事は傍目からでもわかる。
 それでも――――エスピンドラは一本の剣で、それ等全てを難なく防いでいた。
「……」
 その技術を見極めようと、フランベルジュの目が細まる。
 だが、幾ら集中して見ても、その動きに特別な物は見当たらない。
 上手く防いでいるが、『どうして上手く防げているのか』がわからない。
「指だ」
 そんなフランベルジュに向けてそう呟いたのは――――ついさっきまで拗ねていたハルだった。
「指を見てみろ。やたら複雑に動かしてるぜ」
「指……?」
 半信半疑でそのハルの言葉通りに目を凝らしたフランベルジュの視界に、
 エスピンドラの指が映る。
 長く、そして太い。
 その指が、まるで楽器を演奏している音楽家のように、忙しなく動いている。
「普通、剣を握る指はある程度遊びを作る為に、人差し指と中指は添える程度だ。
 その遊びを使って、剣にしなやかさを作る。だが、あの野郎はそれをしてねー。
 しねーで、瞬間的に遊びを生み出してやがる。しかも、微調整までしながらな」
 そのハルの言葉の全てを、フランベルジュは理解できてはいなかった。
 何より――――自分にそれと同じ事が出来るとは、到底思えなかった。
「それまで! 勝者、エスピンドラ=クロウズ!」
 銀髪の角刈り、鋭い眼光、そして異常なまでの器用さを備えたその騎士は、
 一切の笑顔を見せる事なく、試合場に背を向ける。
 騎士とはこう言うもの、と言う強さを見せつけた試合だった。
「……今更だが、化物がゴロゴロいるな。ここには」
 ハルの頬に、一筋の汗が滲む。
 それ程の技術、強さと言う事。
 フェイルもまた、呆れ気味に小さく息を吐いた。
「ま、上ばっかり見てても仕方ないよ。今できる事をしよう」
「ええ。わかってる」
 自分に言い聞かせるように、フランベルジュがそう返事をしたその時――――
 試合場の一つから、大きな歓声が上がった。
「何だ? 番狂わせでもあったか?」
「行ってみましょう」
 ハルより先に、ファルシオンが駆け出す――――が、直ぐに抜かれて行く。
「ううっ……」
「魔術士なんだから、体力がないのを気にしても仕方ないよ」
 そんなフォローをするフェイルも、あっさりと抜き去って行った。
 気の毒に思いつつも、やはり気になる。
 果たして、何が起こったのか。
「ここは……誰がいるブロックだったっけな」
 最初に到着したハルが首を傾げ、フェイルもそれに続く中――――
「お! 君は確か、あの時の……」
 その試合場の周囲にいた一人の剣士が、フェイルに近付いてくる。
 その人物は以前、【メトロ・ノーム】の酒場で共に【土賊】と闘った、あの剣士だった。
「俺を覚えているかな?」
「うん。確か……フライ=エンロールさん、だったっけ」
「お、ありがたいね。君みたいな実力者に覚えて貰っているのは、嬉しい限りだ」
 フライと名乗ったその剣士は、言葉の通り、爽やかに破顔した。
 フェイルが彼の名を覚えていたのには、理由がある。
 正確には、思い出したのには――――だが。
「で、フライさんよ。この騒ぎは一体何事なんだい?」
 そんなフェイルの隣で、視線を試合場の方に向けながら、ハルが問う。
 既にそこには審判の姿しかなく、対戦カードを窺い知る事は出来ない。
 そこでフランベルジュも到着。
 息を切らしながら、状況を把握しようと視線を散らせる。
 その視界に――――
「【ウォレス】のオスバルド=スレイブが負けた」
 かつて、手も足も出ず完敗を喫した男の、横たわっている姿が映った。
 身動き一つせず、手足は伸びきったまま、硬直しているようにすら見える。
 明らかに、単なる失神ではない。
 ある種の危険を感じさせる、そう言う姿だった。
「……嘘だろ? アイツのいたブロックに、そんな強敵がいたか?」
「だから、こうして騒ぎになっている」
 フライの言葉は正論だった。
 そして、その勝者であり強者は――――
「あの人、だね」
 周囲の視線を一身に集めている、一人の人物。
 フェイルの視線の先には、その丸刈りの頭が周りより二つほど抜きん出ている、
 際立った長身の男がいた。
 バモケノやヨカーイではない。
 連中より遥かに洗練され、極限まで研磨したような褐色の筋肉。
 それは背中越しでも、一種の圧を感じさせる。
「何者……なの?」
 フランベルジュの声が、震える。
 無理もない話だった。
 彼女にとって、オスバルドはバルムンク同様、屈辱を晴らすべき相手。
 同時に、高い壁でもあった。
 その壁が、いとも容易く崩壊してしまったのだから。
「ケープレル=トゥーレ」
 息を切らしながらのその声は、ようやく到着したファルシオンによるもの。
「……だそうです。ここに来るまでに、何人かがそう言っていたのを聞きました」
「遅い足も偶には役立つな」
 日頃の怨みを晴らすべく発したと思われるハルの不用意な一言は、ファルシオンの
 指輪を光らせたが、それすら気にも留めず、フランベルジュは口元で
 その名をポツリと呟いた。
 
 ケープレル=トゥーレ。

 この【エル・バタラ】にまた一人、強豪が名乗りを上げた。







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