予選会場となっているヴァレロン総合闘技場の地下複合闘技場は、広大な面積を
 誇っているにも拘らず、既に一種異様な熱気が籠っており、息苦しささえ感じさせる。
 その熱量は、人の命が燃え滾るからこそ生まれるもの。
 ここは紛れもなく、多くの人間にとっての分岐点となる場所だった。
【エル・バタラ】は、国内でも有数の巨大な大会。
 しかも今回は、王宮騎士も参加する豪華な陣容となっている。
 その予選会を勝ち抜き、決勝トーナメントに進出すれば、『国内有数の使い手』として
 多くの人間に顔を売る事が出来るだろう。
 実際、参加者の中には、ガラディーンやデュランダルの参加を『王宮へスカウトする
 人材を探す為』と見越している者も少なくない。
 場合によっては、街中の単なる破落戸が、騎士になれる事だってあり得る――――
 そんな野望が、この熱気を生み出していると言っても、決して過言ではない。
「おう、来たかフェイル」
 前日の抽選会同様、そこにはハルの姿もあった。
「そっちこそ、来てたんだ」
「一応、修行に付き合った身だからな」
 つまり――――フランベルジュの応援、と言う事。
 ファルシオンはそんな義理堅いフェイルの友人に、小さいながら会釈した。
「で、試合はいつから始まるの?」
「もうそろそろだな……と、言ってる傍からホレ」
 ハルが親指で指すその先――――四方をロープで取り囲まれた12の試合場の内、
 最も手前にあるエリアに、リオグランテが入っていた。
 対戦相手は――――
「ウフフウウウウウ、ウフフウウウウウ」
 ヨカーイ=ソラス。
 誰もがクラウ=ソラスの身内である事を想像すら出来ないような、
 おかっぱ頭と髭面の巨漢オカマは、何がそんなに可笑しいのか、最大サイズの槌を
 振り回しながら、終始笑っていた。
「さて……どれくらい成長したのかね、勇者君は」
 珍しく、ハルが半眼になって、その様子を興味深く眺めている。
 フェイルとファルシオンも、それに倣い、視線をそこへと向けた。
 尚、予選の試合場となっている複合闘技場は、ロープで仕切っているだけでなく、
 人が数人並べるくらいの空間を間に挟んでいる。
 更に、投擲用の武器や魔術の対策として、それぞれの会場の四方に一名、
 魔術士を配置している。
 結界で防ぐ為だ。
 武器が木製に限定されているのと同様に、魔術も強力過ぎるものに関しては
 使用を禁止されており、中級クラスのみの使用しか認められていない。
 だが、それでも周囲にそれが放たれれば、大事故になりかねない。
 その為、12試合場×4人=48名の壁代わりとなる魔術士が、審判とは別に用意されている。
 この【エル・バタラ】の格を示す、一つの指標と言ってもいいだろう。
 更に、彼等は反則行為に対する監視、判定に持ち込まれた際の審査などを行う
 副審も兼ねている。
 尚、全員が魔術士ギルドと教会から派遣された、確かな身分を持つ魔術士達だ。
 彼等の存在もまた、この会場の緊迫感を盛り上げる上で、一翼を担っている。
 そんな、重い空気に包まれる中、リオグランテは木製の防具を纏い、木剣を手に、
 8m四方の試合場の中央へとゆっくり歩を進めた。
 普段のリオグランテの印象とは程遠い、何処か堂に入った姿。
「ほう……落ち着いてるじゃねーか」
 口笛混じりに、ハルがその様子に感心を示した直後、主審が両手を掲げ、
 両者に礼を促した。
「それでは、第一ブロック、第一試合を開始する! 始め!」
 その合図と同時に――――頭を下げたまま、リオグランテが駆け出す。
 ヨカーイの反応は鈍重。
 その巨体の所為もあって、非常に緩慢な動きで槌を振り回すが、
 俊敏なリオグランテを捕まえる事は到底不可能だった。
「アラァアアアアアアアア?」
 空を切った槌と腕に振り回され、大きく体勢を崩したヨカーイに対し、懐に
 飛び込んだリオグランテは、その膝に足の裏を乗せ、その巨体を駆け上がるかのように
 飛び上がり――――その脳天へ向けて、真っ直ぐ木剣を振り下ろした!
「やあああああああああっ!」
 会場全体に響き渡るような、迫力ある掛け声。
 高い声ではあるが、腹の底から発したようなその声に、周囲で戦闘準備に入っていた
 参加者の多くが、視線をその試合場へと向ける。
 ヨカーイにその一撃を防ぐ手立てはなく――――
「ギヒいいいぃぃぃぃ!?」
 直撃。
 顔が縮まる程の衝撃を受け、その巨体が床へと崩れて行く。
「……野郎。どんな教育受けやがった?」
 ハルの顔から、笑みが消えた。
 それは、巨体を誇るヨカーイをあっと言う間に倒したから――――ではない。
「あの体勢じゃ下半身は使いようもないが、上体を傾ける事で、腰の横回転を
 そのまま振り下ろす力に連動させやがった。あんなの、感覚で出来る動きじゃねーぞ」
 そんなハルの言葉の通り、リオグランテは空中でありながら、力の入る
 剣の振り方を披露した。
 それは以前、【アルテタ】でカバジェロ相手に見せた攻撃とは、まるで別物。
 見る人間が見れば直ぐに違いがわかる程の、明確な成長だった。
「才能、だね」
「ああ。ま……それでもパワー不足は否めねーが」
 フェイルの呆れ気味の口調に同調しつつ、ハルがそう呟くのとほぼ同時に――――
「イヤァァァァァン。イタァァアアアアアアイ」
 身体をくねらせながら、ヨカーイが立ち上がる。
 無防備な状態で、振り下ろしを受けたにも拘らず、意識はハッキリしていた。
 ただ、その頭からは大量の血が流れ、その顔を深紅に染めている。
「上等ヨオオオオオオオ殺ス殺スヮヮヮヮヮヮヮヮワアアアアア」
 だが、それは果たして正気なのか――――目の焦点は合っている一方で、
 口を開けっ放しにしたまま、野生の熊のような所作でリオグランテへと迫る!
「わわっ!」
 その予想だにしていなかった反撃と、得体の知れない圧力に、勇者はバランスを崩し、
 後ろへと倒れ込んだ。
「……マズい」
 フェイルとファルシオンが顔色を変える中、ヨカーイの巨大な槌が振りかざされる。
 絶体絶命――――
「あ、アラァァァァアアアア?」
 誰もがそう確信したであろう、その刹那。
 身体をくねらせていたヨカーイが、更にブレる。
 そしてそのまま、グラグラと身体を揺らして――――真横へ倒れ込んだ。
 今度は、意識も途切れたらしく、白目を剥いている。
「今頃、意識が危機を感じて自動切断した、ってトコか」 
「鈍……」
 思わず半眼になるハルとフェイルの横で、ファルシオンが小さく息を吐く。
 斯くして――――
「勝者、リオグランテ・ラ・デル・レイ・フラなんとか!」
 勇者候補リオグランテは、予選一回戦を無事突破した。
「あ、危なかったあ……」
 冷や汗を掻くその姿は、以前のリオグランテそのもの。
 まだ、完全には成長しきっていない――――会場の誰もが、そう判断した事は
 想像に難くない、そんな一戦となった。
「ま、何にしても、勝ちゃ次に繋がる。特にあのガキは、この大会中にも成長するくらい
 今が伸び盛りみてーだからな。後は、運があるかどうか」
「運はあります。勇者ですから」
「成程な……違ぇねー」
 まだ候補の段階ではあるが――――そのファルシオンの言葉は、やたら説得力があった。


 そんなリオグランテの試合を皮切りに、各試合場で予選が次々に消化されて行く。
「てーてーとー」
 気の抜けた掛け声とは対照的に、まるで鞭のように木剣を操るトリシュをはじめ、
 アロンソ、オスバルドと言った傭兵ギルド【ウォレス】の強豪達が次々に
 勝利を収めていく。
 一方、その競合相手である【ラファイエット】の中隊長、ソルダードやデアルベルトも
 相手を寄せ付けず、順調に勝ち上がった。
 尚、予選も勝ち上がり戦。
 参加人数が少ない場合は総当たり戦になる事もあるが、今回は過去最多という事で、
 一度負ければ終戦という、厳しい状況下での試合と言う事になる。
 そんな中でも――――
「カリカ=エポンス選手の棄権により、クラウ=ソラス選手の不戦勝となります」
 対戦相手によっては戦意を喪失した者もおり、闘うまでもなく上へ進む者もいた。
 そして、入り口から一番遠い所にある、第12試合場では――――
「あ、あれってフランじゃない?」
「はい、間違いありません」
 金髪を揺らしながら、フランベルジュが緊張した面持ちで、試合場のロープを潜り、
 一試合目に挑もうとしていた。
 対戦相手は、バルムンク――――ではなく、傭兵と思しき人相の悪い男。
 木剣を握るその手に遊びはなく、鷲掴みしている事からも、大した使い手では
 ない事が直ぐにわかる。
 だが、そんな相手を前にしても、フランベルジュはカチコチになっていた。
「あのバカ、この後に及んで……」
「誰も彼も、直ぐに成長できる訳ではないと言う事です」
 その試合場へ向けて駆けるフェイルとファルシオンが、イヤな予感を覚えながらも
 中々その場へ辿り着けないのは、会場が本当に広いから。
 12会場を横3列、縦4列に配置しているこの空間は、40m×50mほどの広大さを誇っている。
 入り口から奥まで走るには、全力でも10秒以上は掛かってしまう。
 まして、会場には参加者や関係者などが犇めいている為、その間隙を縫って走るのは
 相当に時間が掛かる。
 そうこうしている間に、フランベルジュが中央へと歩み、一礼。
 試合が始まる。
「そんなに慌てなくても大丈夫だろ? あの相手、雑魚っぽいじゃねーか」
「あの子の場合、相手との闘いより前に、自分との闘いがありますから」 
「ったく、なんであんなエラそーなのに、そんなに精神弱ぇーんだ」
 呆れ気味に嘆息しながら走るハルに、フェイルは思わず立ち止まり、
 小さく首を横へと振った。
「弱いから……偉そうに、不敵になるんだよ。自分を大きく見せたいから」
 そして、先行する二人には聞こえない声で、そう呟く。
 それは――――かつて、自分が王宮内で見せていた姿そのもの。
 だからこそ、フェイルはフランベルジュの師となった。
 自分と同じ弱さを持っている、その脆く小さい剣士の。
 かつての自分を、重ねていた。
 だから、こんなところで負けさせる訳にはいかない。
「この臆病剣士! いつまでビクビクしてんの!」
 その想いが――――普段大声を出す事のないフェイルに、そう叫ばせた。
 周囲の試合場では既に白熱した闘いが始まっており、喧噪で満ちている。
 それでも、その咆哮は、あらゆる雑音を貫き、フランベルジュの所まで届いた。
「……誰が臆病剣士よ!」
「オメーだろ、冷徹臆病剣士」
 息を切らしながら、ハルがロープの傍まで到着。
 一方、ファルシオンは大きく後れていた。
「折角付き合ってやった俺らの労力、無駄にすんなよ」
「誰が……」
「始め!」
 集中力を欠いた状態で、合図の声が響く。
 傭兵と思しき対戦相手は、その瞬間に地面を蹴った。
 油断があれば、面食らうようなタイミングでの突進。
 傭兵の顔に、勝利を確信した笑みが浮かぶ。
「らあああああああああっ!」
 下品な叫び声と共に、力任せに振り下ろされた剣が、
 フランベルジュの頭を直撃――――
「あああ……ああああああ!?」
 する筈だった。
 少なくとも、その男の中では。
 しかし、現実は違った。
 視線を対戦相手へ戻したフランベルジュは、両手で持った剣を、横に寝かせた状態で
 頭上へ瞬時に掲げ、その剣を防ぐ。
 それだけではない。
 衝突の瞬間、手首を返し、左肩を引き、相手の攻撃を左側へと受け流す。
 傭兵の振り下ろしは、フランベルジュの身体を掠める事もなく、床へと
 叩き付けさせられた。
「何だと! 俺の『神の先手』が女ごときに防がれた!?」
「『神』なんて付ける時点で、終わってるのよ。神頼みは魔術士だけで……十分!」
 それを掛け声としたフランベルジュの薙ぎ払いが、相手の横腹へとめり込む!
「ゴホアッ!」
 肉を裂く事は出来なくとも、細い肋骨を砕くには十分な威力。
 呼吸困難に陥った男は、蹲って戦意喪失を露わにした。
「それまで! 勝者、フランベルジュ=ルーメイア!」
 その宣告の瞬間――――
「……ふーっ」
 フランベルジュの口から、大きな安堵の息が漏れた。
 そして、直ぐに視線をハル――――の後方にいる、フェイルの方へ向ける。
 フェイルは、苦笑しながら拳を小さく上げた。
 その前方では、俯き息を切らしながらも、同じく拳を上げるファルシオンの姿も見える。
「……ありがと」
 誰にも聞こえない声で、フランベルジュはそう呟いた。







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