「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしております!」
 店主の景気の良い声が、薬草店【ノート】の売り場に響き渡る。
 この日用意していた【ナタル】は、これで完売。
 店を出て行く客の背中を暫し眺めた後、ファルシオンは空になった棚の一角に
『品切中』と記した札を置いた。
 それでも尚、店内には数名の客が他の商品を見回っている為、活気に満ちている。
 淡黄色の柔らかい雰囲気が好評を博したのか、女性の客も多い。
【ナタル】は、現在【エル・バタラ】に参加中の面々が、友人や知人に頼んで
 購入していると言うケースが多いらしく、『直ぐに効く薬草を買って来いって
 頼まれてるんですが……』と言った問い合わせが多い。
 一方、それ以外の商品を目的としている人は、殆どが一見の客。
 オープン時は数少ない馴染みの客が足を運んでくれていた為、寧ろ今の方が
 緊張感や初々しさに包まれており、初日であるかのような雰囲気が漂っている。
 だが、張り詰めた感じはなく、カウンターや店の入り口に並べた花の匂いが
 癒やしを与え、程よく空気が解れている為、改装直後の店舗としては
 理想的な状態だ。
「にゃっほー。お元気? 改装したって言うんで来てやったぜー!」
 その絶妙なバランスで構築された空気が、一人の来客によって乱れる。
 その客――――ラディアンス=ルマーニュの満面の笑顔は、明らかに浮いていた。
「……まあ、お客様は選べないからね。いらっしゃいませ」
「うっわ、折角お店の雰囲気を明るくしてやろうって意気込んできたこの私に
 なんて暴言。アレですか、もう有頂天ですか。ちょっと盛況だからってもう勘違いですか。
 全く、これだから商才のない人間は。良い? どんな店だって開店直後とか改装直後には
 お客さんは来るものなの。それをどう繋いでいくか、つまりはリピーターの獲得こそが
 重要なのよ? まだ道の途中で頂点極めた気になっても、タダの間抜け。
 ヘボ店主なのですことよっ!」
「今まさに、アンタの所為でリピーター候補の皆様を失いつつあるんだが」
 一人の客と長話をする店が、良い雰囲気を保てる筈もなく。
 程なくして、店内にいた客は全員、何も買わずに出て行った。
 祭は、終わったのだ。
「……あれ?」
「あれ、じゃありません。貴女は何なんですか? ライバル店に妨害を頼まれたのであれば、
 反撃する準備は出来ていますよ?」
 珍しく、感情の起伏を露わにした声で、ファルシオンが指輪を光らせる。
「ちょっ、違うってば! 私は純粋に、このお店の繁栄とかそんな感じのを
 願って来ただけなの! 信じて! 私のこの清らかな目を見て!」
「……ま、冗談ですが」
 ふう、と溜息を吐き、その指でルーリング。
「って、魔術使ってるじゃん! ルーリングってヤツでしょそれ!?」
 だが、それは当然攻撃用ではなく――――ファルシオンの放った風が、
 床に落ちていたゴミを隅へと追いやる。
「あんだい、掃除か……ってゆーか、掃除くらい魔術じゃなくて普通にやれば良いのに。
 魔術士ってみんなそうなの?」
「お客様のいる前で、店内の掃除は余りしたくないので。魔術なら『オートルーリング
 と言う至宝の技術』を使えば、隙を見てサッと出来ます」
 今やすっかり店員の思考となったファルシオンは、一箇所をやけに強調して答えた。
 そして――――
「あー、あれか。ロス君が作ったって言う、なんか魔術が早く出せるって言うヤツね」
 そんなラディアンスの何気ない呟きが、新たな空気を呼び込んだ。
「ロス……君?」
 ゆらりと。
 ファルシオンの首が、妙な方向に傾く。
 そしてその周囲には、雷のような何らかの気が漂い始めた。
「あ……あれ? 私なんか変なコト言った?」
「さ、さあ……僕に言われても」
 ただならぬ雰囲気に、フェイルまでも怯え始める。
 つい先刻まで理想の空気だった筈の店内は、気付けば嵐のような状況と化していた。
「何故……貴女が、かの賢聖アウロス=エルガーデン様を、ロス君呼ばわり出来るのですか」
 ドロリ、と言う擬音が似合う動きで、ファルシオンが一歩、また一歩と
 ラディアンスへと近寄る。
 その顔が無表情だけに、恐怖感が一層上乗せされていた。
「さ、様って……アイツまだ20とかそこらの年でしょ? そんなに敬うようなヤツじゃ
 ないような……って、怖! この人怖っ! ちょっ、フェイゆん! ボーッと見てないで
 助けなさいよ! いたいけな美人情報屋がピンチよ!?」
「フェイゆんって誰」
「うっわ、我関せずですかこの野郎! ってか、ホント勘弁して! こんなトコに
 ロス君の知り合いがいるなんて思わないじゃんさーっ!」
「……」
 ピタリと、ファルシオンの動きが止まった。
「あれ? また私なんかやらかしちゃった?」
「知り合い……では、ありません」
「へ? ロス君の知人とか友達だから、私のコト怪しんでるんじゃないの?」
 混乱するラディアンスに対し、フェイルは後頭部を掻きながら近づき、耳に顔を近付けた。
「ひゃっ! 耳ダメ、私耳弱いんだって!」
「面倒臭い人だな、もう」
 耳打ち失敗。
 仕方なく、顔を離した。
「彼女、アウロスって魔術士を崇拝してるんだって。伝説の魔術士なんでしょ?」
「あー、そう言うコトね。ま、一応賢聖だしねえ……アレを崇拝するってのもアレだけど」
「アレとは何ですか! 良いですか、彼は――――」
 いつものように、アウロス=エルガーデンに関する饒舌且つ冗長な説明を始めようと
 目を見開いたファルシオンだったが、突如口を閉ざす。
「……滑稽ですね。彼の知り合いに、彼と会った事もない私が、彼の事を語るなんて……」
 更には自嘲し始めた。
 場は混沌とし、最早『雰囲気の良い薬草店』の名残は微塵もない。
 あっと言う間に、元通り。
 フェイルは空笑いしつつも、微妙に居心地の良さを感じていた。
「で、結局、ラディアンスさんはそのアウロスって魔術士とどう言う知り合いなの?」
「アイツが大学の研究員してた頃に、仕事の関係でちょっとね。その後もちょこちょこ……
 要するに、今のフェイゆんとおんなじ感じよ」
「へえ……って言うか、伝説の魔術士のお抱え情報屋だったの?」
 余りに意外なその過去に、フェイルは思わず顔を引きつらせた。
「まーね。別に意外でもなんでもないけど。当時のアイツは単なる研究員だったし。
 一方の私は、情報ギルド【ウエスト】の高嶺の花。その頃は私の方が遥かに格上だったのよ?
 ま、今では向こうも頑張って、大分追いついて来たけどね〜」
「ここまで胡散臭い過去語り、初めてだ……」
 思わず一歩下がるフェイルとは対照的に――――落ち込んでいたファルシオンが
 突然、再起動する。
「あの、ラディアンス情報屋さん」
「その呼び方、なんかちょっとヤだ」
「私に、情報を売って下さい」
 ラディアンスの言葉を無視し、ファルシオンは真摯な瞳を向ける。
「今の貴女の発言、アウロス様が生きていると取れます。彼は死んでいないのですか?」
「あー……そう言うコトね」
 バツの悪そうな顔で、今度はラディアンスが後頭部を掻いた。
「まあ、情報屋だから、売れる情報は何でも売るけど……これは取扱商品の範囲外。
 だから、幾ら積まれても、ダメ。ゴメンね」
「全財産出す覚悟ですけど、それでも?」
「それでも」
 フェイルにとっては初めて見る、ラディアンスの真剣な顔。
 その様子に、彼女のアウロス=エルガーデンに対する特別な意識を感じた。
「……そうですか」
 それはファルシオンも同様だったらしく、意外と素直に引く。
 だが、その語調に失望の色はない。
 ファルシオンなりに、ある程度の確信を得ていると言う証だった。
「って言うか、全財産って言っても、殆ど無一文なんだよね?」
「それでも全財産には変わりありませんから」
「お、恐ろしい子……」
 しれっとしたファルシオンの顔は、ラディアンスに『こいつは敵にするべきじゃねーな』
 と言う認識を植え付けた。
 尚、そんなやり取りの間、客の立ち入る気配は全くない。
 その後、ラディアンスが店を去った後も、状況は変わらず。
 尤も、【ナタル】が売り切れた時点で予測できる事ではあった。
 後は、この切り札が好評を博す未来を待つのみ。
「それじゃ、ちょっと早いけど今日は閉めようか」
「そうですね」
 入り口の扉に下がる札を『閉店』に変え、外出の準備を着々と開始。
 フェイルは、自室で店用の若干高品質の服から普段着に着替え、
 そして――――壁に掛けている弓に目を向けた。
「……」
 暫しそれを眺めた後、その弓を手に取る事なく、部屋を後にした。


 外に出た二人は、朝よりも高い位置で輝く太陽の下、並んで歩く。
 それは、トリシュに伸されたフランベルジュをフェイルが担いで
 店に帰った、あの日以来の事。
 暫しの間、沈黙が続く。
「……予選、どうなるかな」
 それをフェイルが破ったのは、闘技場に着く直前だった。
「私としては、二人とも突破してくれるに越した事はありませんが……
 正直言って、フランは厳しいと思います」
「まさか、バルムンクとはなあ……」
 予選では、先日行われた抽選によって各ブロックに配属された者の中同士で
 対戦カードが決定される。
 そして、そのカードが発表されるのは、当日――――つまり今日。
 トーナメントと言う訳ではなく、一回戦のカードのみが発表され、
 勝ち残った者だけで新たな対戦カードが組まれて行く、と言う方式を採用している。
 対戦相手同士による口裏合わせを防ぐ為だ。
 その為、ブロック内で勝ち進めば、フランベルジュはいつかはバルムンクと
 試合をする事になるが、それが一回戦なのか、予選決勝なのかはわからない。
「せめて、予選決勝で当たる事を祈るしかありませんね」
「いや、当たるなら早い方が良い。出来れば緒戦で」
「そうなんですか?」
 フランベルジュの体調が万全であれば、何処で当たっても大差はない。
 だが、肩に不安がある状態では、後々になって強敵との対戦が組まれるのは厳しい。
 一方、例え百戦錬磨の猛者でも、緒戦は少なからず身体が動かないもの。
 そう言う意味でも、どうせ当たるなら早い方が有利だ。
 だが、組み合わせに関しては、どうする事も出来ない。
 天命を待つのみだ。
 人事は尽くした。
 師匠と呼ばれる事には未だに抵抗があるものの、自分の中にある師匠として
 教えるべき事は、全てフランベルジュへ伝えた。
 それでも、余りに険しい山。
『信じる』や『期待する』と言った感情すら、入り込む余地がない程に。
「今から慰めの言葉、考えておいた方がいいかもしれません」
「それも優しさなのかなあ」
 再び、会話は途切れる。
 まるで雨音のような足音がポツリ、ポツリと小さい音を立てる中――――
「……アウロスって人、生きてるみたいだね」
 それより更に小さい声で、フェイルはそう呟いた。
「良かったね」
「私は、最初からそう信じていました」
「そっか」
 再び――――
「彼は、魔術士の救世主なんです」
 沈黙が続くとフェイルが予見したその瞬間、ファルシオンは自然な声で言葉を編む。
「私達魔術士は、この国との戦争で【デ・ラ・ペーニャ】が敗れた事で、敗残者となりました。
 それでも、生きていかなくてはいけない。しかも、強くある必要があります。
 魔術と言うのは、攻撃性に特化した技術ですから。弱ければ、居場所はありません」
「そんな極端な……」
「元宮廷弓兵の貴方なら、わかってくれると思います」
 そんなファルシオンの発言は、フェイルの胸を静かに貫いた。
 実際、弓もまた、敵を打倒する為だけの武器。
 だからこそ、居場所を失った。
「彼の作った技術は、そんな魔術士を、滅びる寸前で救ってくれたんです。
 これは決して、大げさな話ではありません」
「そうだね」
 フェイルは、一つ悟った。
 アウロス=エルガーデンと言う存在は――――自分がなりたかった存在そのものなのだと。
 弓矢の必要性をこの世に知らしめたいと、息巻いていた頃の自分が見た夢そのものなのだと。
「偉いと思うよ。僕は……なれなかったから」
 何気なく呟いたつもりだったが、自然と足が止まっていた。
「……すいません」
「謝らなくて良いよ。口惜しさや無念さはあるけど、諦めた事に後悔はないから」
「そう言える貴方が、私は偉いと思います」
 ファルシオンはそう告げると同時に、微かに視線を上げ、フェイルと目を合わせる。
 それは、常に二歩、三歩先の未来を見据える目。
 同時に――――ここにはない何かに視界を奪われている眼。
 そう言う意味で、フェイルと少し似ていた。
「……止めよっか。今日の主役は僕等じゃないんだし」
「そうですね」
 目的を思い出し、二人は再び歩き出す。
 視界には、既に闘技場の入り口が入っていた。
 参加者は既に中で待機しており、予選には客入れも行われない為、
 その周囲は閑散としている。
 だが。
「……!」
 一人だけ、そこにいた。
 その人物は、腕組みをしながら、壁に寄りかかる事もなく、ただ立っている。
 まるで、誰かを待っているかのように。
 そしてそれは、実際にそうだったらしく――――フェイル達を視認するまでもなく、
 虚空を見ていた筈の視線をそのままに、歩み出す。
 フェイルの方へ。

「あの人は……」

 その人物に見覚えがあるのか、ファルシオンは絶句しながらその接近を呆然と眺めていた。
 一方、フェイルは驚く事もなく、ただ若干身を竦ませ、そのまま歩行を続ける。

「フェイルさん、その人は」

 二人の距離はみるみる内に縮まり。

「【銀朱】の副師団長、デュランダル=カレイ……」

 ファルシオンの声をかき消すような速度で――――

「目はまだ見えているか」
「今のところは、なんとか」

 交錯し、そして離れた。

「ならば見届けろ。これから起こる事、総てを」


 まるで、弓と矢のように。









chapter 5.


- interplay of shadow and shadow -








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