様々な『興行』が繰り広げられた予選抽選会は無事に終わりを迎え、
 会場は現在、閑散とした空気に包まれている。
 その中に、居残った人物が一人。
 この抽選会の中でも、特に大きな注目を集めた人物だ。
「どうなさいましたか? クラウ様」
 そこに、新たに一人加わる。
 アランテス教会の使徒である証、ローブを身にまとったその男は、
 少し疲れた様子でその視線の先を追った。
「何か、組み合わせに不満でも……? 貴方であれば、どの組になろうと
 何ら問題はない、と思いますが?」
「自分自身の位置には、特に興味はありませんな」
「成程。関心事は別にある、と……」
 揺蕩う視線が定まった先に記されていたのは、一つの余白。
 参加を予定していながら、抽選を行いに来なかった人物が一名、いた。
 代理人を立てたと言う訳でもない。
 よって、この時点で不参加確定と言う事になる。
「本来なら、ここに入るべき名前がない。しかも、この一名と言うのが
 我々の同胞。確かに、由々しき事態と言わざるを得ません」
「ええ。由々しき事態でしたな」
 クラウのその返事に、教会の使徒――――ハイト=トマーシュは
 自分の言葉とは違う響きを感じ取った。
 それを踏まえ、温和な微笑を消す。
「これは、さるお方から聞いた話ですが……『彼』を退場させたそうですね」
 責めるような語調ではなく、ただ平坦に唱える。
 クラウの顔が、ゆっくりとハイトへ向けられた。
「貴方は随分前の段階で、自分が『彼』に狙われている事を知っていた。
 直接、『彼』の住む所へ出向いたとも聞いています。それなのに何故、今になって
 そのような行動を起こしたのか、少々気になりまして」
「何か裏がある、とでも?」
「違うのですか?」
 ハイトは好奇心を覗かせたその顔に陰影をまとい、答えを待った。
 クラウの表情に、変化はない。
 その代わり、視線は虚空へと逸れた。
「生憎、そのような意図はありませんな。極めて単純な、好奇心の浮き沈みの問題
 なのですから」
「好奇心で貴方が動くとは、考え難いですね」
「貴公が思う程、私は複雑怪奇な人間ではありませんからな」
 その視線が、果たして誰を、何を捉えているのか――――ハイトにはわからない。
「もし、この場に名前がない人物が、『蚤』ではなく『臨戦軍師』だとしたら、
 現在とは違う『今』が待っていた事でしょうな。私は、それを望んでいましたが」
「……それはつまり、狙撃者としての『彼』に失望した、と?」
「そのような奢りは些かも。ただ、残念ながら、居場所を違えたと言う事ですな」
 そこまで唱え、クラウは視線を前方の巨大木板に向けた。
「果たしてこの中に何人、贄がいるのか」
「贄、ですか」
 ハイトもその方へと向く。
 このヴァレロンをはじめ、その周囲の都市から集った猛者の名前が多数並んでいる
 その木板は、謂わば『名簿』。
 そこから少しずつ、間引きされて行く事になる。 
「いずれにせよ、時間は止まってはくれませんからな。厄介ながら」
「ええ。既に動き出したものを止める事は叶わない。後はそれを待つのみ。そして、殉ずるのみ」
 二人の見解は――――微妙に異なっていた。
 だが、それすらも、やはり収束する事は叶わない。
 その見解は一致していた。
「これは、純粋な好奇心なのですが……」
 そんな中、ハイトがポツリとそんな前置きを告げる。
「貴方は、何処まで進むつもりですか?」
「さて、どうでしょうな。私よりも強い者と戦うまで、とでも言っておきましょう。では、また後ほど」
 最後まで折り合う事なく、そこで会話は途切れた。
 去り行くその背中に向け、ローブの袖を少し捲りながら――――ハイト=トマーシュは
 静かに呟く。
「それでは困るんですよ。貴方は我々シナウトのリーダーなのですから」
 ――――と。
「我々は、忘れ去られる訳には行かないんです。それがわかっているのでしょうかね……」
 捲った袖から露見する、緑と橙を斑に混ぜたような色の痣。
 それを、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も、摩りながら。
「貴方がたには」
 ハイトは徐々に顔を歪めて行った。


「へぇ。驚いたネ。まさか……こうなるとは」
 数枚の報告書に目を通したデル=グランラインの表情は、好奇心に支配されて尽くしていた。
 理由は単純。
 その報告書に、興味深い記述が含まれていたからだ。
 一つは、【ウォレス】の代表、クラウ=ソラスからの告発。

『プルガ=シュレール、クレウス=ガンソ、そして自分を闇討ちしようとしている実行犯は
 薬草店【ノート】の主人、フェイル=ノートであり、その依頼人は宝石商
 キースリング=カメインである』

 そう言う内容だった。
 エル・バタラ参加者3名、それも有力な人物ばかりを狙っているこの行為が真実ならば、
 それは大会運営において重大な支障を及ぼす背徳行為。
 本大会に関わる全ての組織、委員、勢力に対しての背信でもある。
 その中には、情報ギルド【ウエスト】も当然含まれており、この告発を無視する訳にはいかない。
 しかも、既にこの中の1人、プルガに被害が及んでいるのだから。
 そして、もう一つ。

『フェイル=ノートが、キースリングからの依頼を正式に解約。契約不履行となった』

 と言う内容も記されていた。
 ただ、これ等の報告自体は、特段驚きには値しない。
 デルにとっても、予想の範疇だ。
 問題は――――この二つが同時に報告された事。
 普通ならば、クラウがフェイルを脅し、手を引かせたと考えるのが自然だが、
 クラウを良く知るデルは、それはあり得ない事と断定している。
 何故なら、脅す必要はないからだ。
 殺せば良いだけの事。
 そして、クラウはそれを何の躊躇いもなく行える人物なのだから。
 だが、現実はそうはなっていない。
 つまり、二人は接点を持っていない、若しくは何らかの協定を結ぶに至った、
 と言う事になる。
 後者なら、クラウが告発を行う必要はない。
 フェイルが解約すれば、それで事は終わりだ。
 よって、あり得ない。
 つまりは、前者。
 そしてそれが意味するところは――――フェイルが『自分の意思』で
 依頼を破棄した、と言う事実だ。
 尤も、それ自体は不可解ではない。
 デルの元には、既にキースリングに関する情報は山程入っている。
 己の保身の為に、自身の依頼を湾曲した上で、他者に漏洩していると言う事実。
 つまりは、失敗させる為に依頼したと言う事。
 その状況下で、三人もの猛者を闇討ちするのは、事実上不可能だ。
 そうでなくても、クラウ=ソラスから自由を奪うのは、誰であっても困難を極める。
 問題は――――その依頼を断った理由だ。
 一切、何も明記されていない。
 これはつまり、降参を意味する。
 この依頼は自分には無理でした。
 能力が足りませんでした。
 荷が重すぎました。
 そう言う意味を持つ。
 そして、それをした闇討人が今後、どんな評価を下されるか――――
 それは他の誰より、本人がわかっている事だ。

 廃業。

 その一択となる。
 つまりは、二度とその道で生計を立てる事は出来ない、と言う事だ。
 依頼を失敗する例は、例え闇の住人であっても、決して珍しくはない。
 誰も彼も、自分が十割成功すると言う依頼だけを受ける訳ではないのだから。
 ただ、失敗した場合は、必ず何かしらの理由が必要となる。
 そして、今回のケースにおいては、その理由は間違いなくあった。
『依頼人の情報漏洩があった』と記せば、その時点でこの依頼は破棄扱い出来る。
 仮に、キースリングが不平を訴えても、【ウエスト】が介入し、
『穏便に』事を進める事になっただろう。
 実際、デルはそのつもりでいた。
 依頼自体は、ギルドを介して行っていた訳ではないが、キースリングに
 フェイルを紹介――――吐露したのは、他ならぬ【ウエスト】だった。
 キースリングの行為は、【ウエスト】の顔に泥を塗ったようなもの。
 場合によっては、始末すると言う選択肢すら発生する程の背徳行為だ。
 それだけに、この空欄には疑問を抱かざるを得ない。
 いずれにしても、クラウの告発によって、この依頼は破棄される事になったのだから、
 フェイルの行動は単なる自滅とすら言える。
「何か弱味でも握られた……ってのも、おかしな話だネ。元々、その弱味から
 請け負った依頼のハズだ」
 数度頭を捻り、その中で導いた答えに説得力がない事を嘆き、
 デルは報告書を高く掲げた。
「折角、面白い素材に巡り会えたんだケド……残念。闇からも消えて、キミは何処へ
 行くんだろうネ。フェイル=ノート君。ビューグラス殿も悲しむだろうに」
 そして、報告書は宙へと舞う。
 それはそのまま、漂う事はなく。
 さもそれが自然であるかのように――――僅かな時間の後、床へと落ちた。


 ヴァレロンの街中に、まるで浮かび上がっているかのような存在感を示し続けている
 ヴァレロン・サントラル医院は基本、貴族や富豪が利用する病院として知られている。
 無論、貴族や富豪ばかりで病室のベッドが埋まると言う事はないが、
 金持ちから出来る限りお金を搾り取ると言うのが、病院の経営において重要な事。
 なるべく入院期間を引き延ばして、取れるだけ取ると言うのが、基本理念だ。
 尤も、その理念には異を唱える者も少なくない。
 例えば――――
「そう言う所だけ正義感が強いって言うのは、人としてどうなのかしらん? ボルグちゃん」
 その中の一人、カラドボルグ=エーコード。
 24歳にして、医師会のナンバー11に属する『凡庸ならぬ天才』は、目の前の流通の皇女に
 思わず笑みを零した。
「その呼び方、止めて欲しいだけどねえ。ガキじゃないんだから」
「あら、良く似合っててよん♪ リジルちゃんもそう思うでしょ?」
 リジル――――そう呼ばれた生物学の権威も、返すのは苦笑。
 幼い容姿が更に幼く見える。
「ま、呼び方は人それぞれ自由ですからね。僕にしても、この年齢でリジルちゃんは
 正直余りピンとは来ませんよ」
「あらまあ、まさかの大不評♪」
 特に凹んだ様子もなく、スティレットは楽しそうに笑っていた。
「で……それは兎も角、プルガ=シュレールの容体は?」
「ああ。全治三週間ってトコだな。頑張っても一週間は何も出来ねー。上手に調整してら」
「医学の権威にそこまで言わせるのですから、大したものですね」
 感心しつつ、リジルはスティレットへと視線を向ける。
「で、どうするんです? 末端を使って、シナウトである彼を襲って……当然、
 そうなると報復の連鎖ですよね?」
「やーね、リジルちゃん。これは私がした事じゃないのよん? あくまでも、
 あの子が勝手にやった事。私の所為にされても困るん♪」
「年増のブリッ子ほど気味の悪いモンはねーな……」
 自分以外には決して聞こえない音量で、カラドボルグは悪態を呟いた。
「にしてもリジルちゃんはやっぱり、シナウトに肩入れするのん? ってコトは
 私たち、敵同士になっちゃうってコトかしらん?」
「いえ。僕はあくまでも中立ですよ。彼等には縁があるとは言っても、貴女との
 関係も大事ですしね。そもそも僕はもう、何かに属する気はありませんので」
「耳の痛てー言葉だコト」
 医学会のホープと呼ばれて久しいカラドボルグは、冗談交じりに笑い声を上げた。
「ま、何にしても、いよいよってワケだ。とうとう『あの場所』以外で三人も
 揃っちまったけど、仕方ねーよな? ここが『現場』だからな」
「そう言うコトね♪ 実際、もう全員がこの地に集まってるワケだし?」
 薬草学。
 医学。
 魔術学。
 生物学。
 経済学。
 兵学。
 これ等の学問の最先端を行く六人は、いずれも現在、ヴァレロンにいる。
 そしてそれは――――証でもあった。
「ようやく……大量に看取るコトが出来そうだな。『高稀なる死』を」
 その証の未来を、カラドボルグは大いに歓迎した。
 一方、スティレットもまた、同じような表情を浮かべる。
「そう言えば、リジルちゃんはあの計画の名前、イマイチ気に入ってなかったわね♪
 今もそうなのん?」
「いえ。何気にあれ、実はスゴく意味深だってコトがわかったんで、今はお気に入りです」
 一方、リジルはと言うと、特に表情は変えず、淡々と――――淡々と、
 狂気に染めていた。
「勇者計画。これこそが最高の名前です。勇者とは、驚異、困難に対し勇猛果敢に
 挑む者を指す。まさにこの計画は、その名に相応しい。実に勇敢ですよ。この国の王は」
「いやねん、性格が歪んでる人は。もっと素直に受け取れないのかしらん?」
「貴女にだけは言われたくないですね」
「お前さんだけには言われたくねーよなー」
「あら、二人とも酷ーい♪ 花葬計画の時に、一緒に間引いて貰おうかしらん?」
 不敵な笑みは、相変わらず。
 ただ、その言葉を聞いた二人の顔からは、笑みが消えた。
「……やれますかね? あの人に」
「あの爺ちゃん、何気にメンバーの中で一番甘いからなあ……」
 そして、一つ残った笑みは、静かにその形を変えていった。
「やれないのなら、やらせれば良いだけ……でしょ?」
 決して、常人とは相容れない、そんな形へと。







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