小火騒動の影響もあって、暫く店を閉めている【ノート】は、この日もお客を招く準備はされていない。
 だが、単純に店を開けるだけなら、騒動の二日後にでも十分可能だった。
 今は『敢えて閉めている』状態にある。
 通常、小売店がまとまった期間、休業状態になってしまうと言うのは、致命的な事態だ。
 その分の損失を取り戻す事は困難だし、何よりそのお店の信頼が失われる。
 当然、他の同分野の店へ客は流れてしまうだろう。
 定休日として定めている期間以外に店を閉める事は、愚行の極みだ。
 しかしながら――――その愚行を一瞬で『起死回生の秘策』へと返える、魔法の言葉がある。

『本店は現在、来るエル・バタラ開催へ向けて、リニューアル中です。しばしお待ち下さい』

 リニューアル。
 それは、ジリ貧状態にある店にとって、一つの拠り所だ。
 と言うのも、個人経営の店は特にそうだが、人気のない店というのは、一度定着したイメージを
 払拭する事が出来ず、『この店は流行ってない』、『活気がない』、『品揃えが良くない』、『清潔感がない』
 等という負の空気を漂わせたまま、負け戦を続けてしまう傾向がある。
 人間も、店も同じ。
 ある日突然、何の脈絡もなく客が押し寄せるようになる、なんて奇跡は、起こり得ない。
 重要なのは、変える事。
 変わる事。
 だが、意思のある人間と違い、店は変わっただけでは意味がない。
 変わった事が、周囲にもわかるようにしなければならない。
 これらを一度に行えるのが、リニューアルだ。
「と言う訳で、リニューアル完成です」
 そんなファルシオンの宣言に、まばらな拍手が起こる。
 薬草店【ノート】は、生まれ変わっていた。
 それまでの、ごく平凡な内装から、入っただけで心が安まるような、癒やしの空間に。
 その協力者となったアニスとリッツは、拍手を終えると満足げに笑い合った。
「これで、少しでも罪滅ぼしが出来ましたかしら」
「勿論! ね、フェイル」
「うん。十分助かったよ。こう言う発想は、僕の中には全然ないから」
 苦笑しつつ、フェイルは淡黄色で彩られた店内を改めて見渡した。
 小火の一件のお詫びと言う事で、塗料の代金はリオグランテ(に出資する形でリッツ)が負担。
 その稲のような色は、どこか懐かしさすら想起させてくれる、まさに癒やしの色だ。
 しかも、薬草の緑との相性も抜群。
 更に、カウンターには花瓶と花を揃え、見栄えだけでなく香りも提供。
 これは、かつて花屋として繁盛した栄光の一日で得た経験則だ。
 そして、棚には商品名を赤色で記載した札が置かれ、より親切なレイアウトとなった。
「赤色はね、人間の本能に直接訴えるの。だから、購買意欲を向上させる効果もあるハズ」
 と、アニスが断言。
 それに伴い、全ての商品の陳列場所の見直しも行われていた。
 当然、そこには薬草店【ノート】がその命運を賭けて発売する予定の、即効性を重視した薬草も
 並べられている。
 試作を重ねた結果、最も早く効果が現れる処方が確定。
『ペパーミント』や『センテッドゼラニウムの花びら』など、実に24種類もの薬草、花、更には
 毒草が使われているその薬は、それぞれの副作用をそれぞれの効能で鎮める等、使用者に
 負担が掛からないような配慮がなされつつも、鎮痛効果と抗炎効果の即効性を重視した物に
 仕上がっている。
「ただ、相当お金掛かったから、値段設定が大変なんだよね」
「それは仕方ありません。寧ろ、高価な方が『これは効くかも』って思って貰える事もあります」
 ここ数日の間、フェイル以上に薬草店【ノート】を取り仕切っていたファルシオンが、
 自信満々の口調で言い切る。
 そこには、既に店の中心人物としての貫禄すらあった。
「気の所為か、店を乗っ取られてるような気分……」
「気の所為じゃないと思う。もう周りの人、前の経営者は逃げたとか、死んだとか、そんな噂流してるし」
 アニスの指摘は辛辣だった。
「ま、まあ……その誤解はおいおい解くとして。みんな、協力ありがとう。お陰でどうにか、
【エル・バタラ】開幕までには間に合いそうだ。後は、この切り札になる薬に、名前と料金をつけるだけ」
 フェイルは堂々と、小瓶に入った薬を掲げてみせた。
 処方された薬は、植物性の油を使って、粘着性のある液体に仕上げた物と、粉状になっている物がある。
 塗布と服用、両方に対応する為だ。
 深い傷を負った場合、単に出血や痛みだけではなく、熱も出る。
 体調面の回復を図る上では、塗布だけでは間に合わない。
 そう言う配慮も、フェイルはしっかり行っていた。
 薬草士として、これまでに培ってきた全てを、この薬にぶつけた――――そんな自負すらある。
「名前、ね……この中で、センスに自信ある人ーっ」
 アニスが挙手を募る。
 結果――――誰も挙げなかった。
「なら仕方ない。私が……」
「待って。やっぱり僕が決める」
 料理のセンスがない人間は、名前をつけるセンスもない――――という事はないが、フェイルは
 とても嫌な予感を覚え、自分で責任を全うする事にした。
 とは言え、基本的にフェイルは余りこう言う事が得意ではない。
 薬草店【ノート】と言う名称にも、その自信のなさが滲み出ている。
 だが、新商品の名称は、その売り上げを大きく左右する、重要な要素。
 才能がない、の一言で片付けて良い問題ではない。
 結果、フェイルは独断ではなく、少しずつ意見を募る事にした。
「……即効性って言うニュアンスは入れた方が良いよね」
「そうですね。わかりやすく、且つ印象に残る、それでいて冗長ではない、そんな名前が理想です。
 特に、薬のようなアイテムというのは、武器とは違ってそこにロマンは要りませんから」
 武器の名称にロマンが必要かどうかは兎も角。
「んー……」
 フェイルは暫し、思案に耽る。
 即効性。
 すなわち、速さ。
 それを表す、象徴的なモノと言えば――――
「オートルーリングです」
 突如、ファルシオンがポツリと呟いた。
 その目が、爛々と輝き出す。
「即効性、すなわち直ぐに効果が現れる事。まさにオートルーリングの技術そのものです」
「まあ、そうだけど……」
「と言う訳で、その薬は『オートルーリング薬』に決定しました」
「決定してない! 絶対嫌だよそんな名前!」
 自身の敬愛する弓矢のシェアを大きく揺るがした技術が、自身最高の処方薬の名前になる。
 これほど数奇な人生も珍しい。
「では、オートルーリング丸で」
「変える場所がおかしい!」
 だが、フェイルはそんな運命に徹底抗戦の構えを見せる。
「絶対、この名前は譲れません」
「こっちだって、絶対に嫌だ」
 今ここに、仁義なき魔術士と弓兵薬草士の闘いが切って落とされた。

 割 愛。

「と言う訳で、名前は開店前日まで保留って事で。わかった? 二人とも」
 呆れるアニスの前で、壮絶な舌戦を繰り広げた二名は、共に息切れを起こしていた。
「名前一つでここまでの死闘が繰り広げられるなんて……職人の皆様はここまでの拘りを
 持っているのですね」
「そういうのとは、ちょーっと違う気もするけど……ま、いっか」
 その後、アニスとリッツはそれぞれの家に帰宅。
 フェイルとファルシオンは、代書人に依頼して作って貰った宣伝用の紙を配り歩く為、
 アロンソ街へと繰り出した。
 リニューアルオープンを告知する為だ。
「本当は公示人への依頼も重ねて行う予定だったんですが、予算が尽きてしまいました」
「それ聞くと、本当に後がないんだって自覚するよ」
 心で苦笑しつつ、フェイルは通行人に対し、宣伝紙を満面の笑顔で配る。
 こう言った宣伝は普段余り行われない為、物珍しいと言う事もあり、殆どの人が受け取ってくれた。
 だが、薬草店に興味を持ってくれる人間がどれくらいいるかと言う事を考えれば、楽観視は出来ない。
「残りの分は、新しい薬を買ってくれる可能性の高い、【エル・バタラ】に参加してそうな人に
 配りましょう。ギルドにも行った方がいいですね」
「……ギルドか。そうだよね。一番宣伝効果ありそうだし」
 と言う訳で、【ラファイエット】へと移動。
「【ウォレス】には行かないんですか?」
「あそこはホラ、ハルに頼めば良いし」
 そんな話をしながら、受付へと向かう。
「すいません、お願いしたい事があるんですが」
「はいはい、なんでしょ……」
 そこには、やっぱりあの情報屋がいた。
「だーっ! 何でこっちにも来んのよ! うっわ、わかった! 今全ての謎が解けた!
 実はフェイフェイ、ストーカーね!? 私を付け狙ってるストーカーなのね!?」
「それはこっちの科白だから! なんで商売敵の受付まで掛け持ちしてんの!」
「しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 フェイルの口を、受付嬢がものすごい勢いで塞ぐ。
「そんなの、ここで言うんじゃありません! バレたら即刻クビなんだから! そしたらどう責任とって
 くれるってのよ! えー!? 私の一生全部受け止める覚悟があるっての!?」
「いやいやいや……それ以前にまず、こんな危ない橋渡ろうとする方がおかしいって」
「と言うか、バレないと思う方がおかしいと思いますが……」
 流石のファルシオンも、微かに瞼を落とし、心底呆れている。
 そんな二人の痛々しい視線を浴びつつ、悠久の情報屋ラディアンス=ルマーニュは
 周囲の視線から逃れるように、身を縮めまくった。
 そして、極限まで声を潜める。
「兎に角、私が【ウォレス】でも受付嬢やってるのは、ココだけの秘密。女の子の秘密をバラしちゃったら、
 七代先まで全身の毛穴から絶えず細い変な虫が出てくる呪いに掛かるんだからね」
「嫌な呪いだね……」
 どうせ他からバレる事は明白なのだが、全身細い虫だらけになるのは嫌なので、フェイルは
 世にも下らない約束を一つ増やす事にした。
「では、口止め料代わりに、これをギルド内に貼る許可を下さい」
 一方、ファルシオンは直ぐに交渉を展開。
 勇者一行の財布を握る女は抜け目がない。
「それくらいは良いけど……あれま、リニューアルするんだ、あのお店」
「来た事あったっけ?」
「遠巻きに眺めただけ。で、今度は花屋から何の店にするの?」
「花屋じゃない……薬草店です」
 黒歴史のみを知られていると言う、余りに報われない状況に、フェイルは落胆を隠せなかった。
「薬草店かー。それならウチは格好の宣伝会場ね。りょーかい。目立つトコロに貼ったげる。
 この才女過ぎる受付嬢ラディアンス=ルマーニュに任せておきなさいな」
「……多少不安ですが、お任せします」
 ファルシオンは一礼し、くるりと背を向け、先にギルドを後にした。
 その背中を追おうとするフェイルを、ラディアンスが右手一本で引き留める。
「で、彼女とはドコまで進んでんの? おねーさんに白状なさい、フェイフェイ」
「か、彼女じゃないよ! って言うか、さっきは放置したけど、その呼び方なんなの。
 普通に名前で呼ぶより長いし」
「ったく、ワガママだなー、フェイフェイは。じゃ、フェイきゅんで。フェイきゅん、さっきの
 そそくさと出て行くあの子の態度の意味、わかってる?」
「は?」
 たじろぐフェイルに、ラディアンスは不適な笑みを浮かべた。
「アレは……嫉妬よ!」
「……しっと?」
「そう、嫉妬。私と仲睦まじく話すフェイル君、フェイきゅんを……」
「言い直すくらいなら止めれば? その無意味な渾名」
「フェイきゅんを見てるのが、我慢ならなかったのよ! そーに違いない。この恋愛と言う分野を極めに
 極めた、恋愛師団長の私が言うんだから、間違いないの。だからてっきり彼女だと思ったんだけど。
 あっ、私に黙って彼女作ってるなんてどういう事!? なにさっ! 私とのあの夜の逢瀬は
 遊びだったの!?」
「仕事だよね」
 色々と面倒なので、フェイルは最後の一部分だけを是正した。
「まー、それは良いとして。彼女を怒らせたままじゃダメよ。女は怒りっぽいなんて言うバカがいるけど、
 本当は怒ってる事を敢えて表面に出してるだけ。そして意中の彼に『なんでそんなに怒ってんだよ……
 理由くらい言えよ。このままじゃワケわかんねーよ』とか言って欲しいの。そして自分の怒りを
 受け止めて欲しいの。両手を広げて受け止めて欲しいの。わかる? この繊細な乙女心が」
「全然わからない……」
「良いから、さっさと慰めに行く! ホラ早く!」
 中々に意味不明な理由で、フェイルは【ラファイエット】を追い出された。





  前へ                                                             次へ