【ウォレス】の内部は、傭兵ギルドとしては珍しく、来訪客に対して風通しを
 良くしようと言う創意工夫が、至る所に見受けられる。
 例えば、殺伐とした空気を視覚的に排除すべく、紋様もかなり洗練された
 美しいデザインにしている点。
 例えば、靴底を拭く為の布が何枚も用意されている点。
 例えば、受付の女性がとても愛想の良い笑顔を向けてくれる点――――
「いらっしゃいませ☆ どのような御用件でしょうかはっ」
 その笑顔が一瞬で凍る。
 そして電光石火で反転。
 しかし、元弓兵、現闇討ち職のフェイルの動体視力は、その一瞬で受付の顔を捉えていた。
「……ラディアンスさん?」
「さ、さあ、何の事だか。私は通りすがりの受付嬢なので、何言ってるのか
 さっぱりわかりませんですよ、はわわ、はにゃー」
 受付嬢は、掌で卑猥に目を隠しつつ、語尾辺りで別人格を演じている。
 フェイルはそれを受け、苦笑しつつ嘆息した。
「うぐ……そう言うリアクションも、それはそれでイヤよね」
 まるで、同じような事を以前に経験していたかのような物言いで、
 情報屋ラディアンス=ルマーニュは再び振り向いた。
 その身には、受付嬢らしい、白を基調とした清楚なブリオーが纏われている。
 フェイルはそれを受け、壊滅的に似合わないな、と心中で断言した。
「何か……破滅的に似合ってないって思われてる気が」
「大体合ってるかな」
「うぐっ」
 情報屋は心臓を射抜かれ、パタリと突っ伏した。
「って言うか、倒れたいのはこっちなんだけど……何でここにいるの?」
「フッ、愚問ね」
 しかしそこは情報屋、言葉で射抜かれた程度で怯んだりはせず、胸に手を当て、
 不敵に笑みを浮かべてみせた。
 額に見える、冷や汗らしき液体はご愛嬌だ。
「傭兵ギルドと情報屋は、切っても切れない関係なのよ。知らなかった?」
「それはわかるけど。だからって、受付に座る必要あるの?」
「これはその……ギルドの人の出入りを調査す……まあ、バイトなんだけど」
 途中で心が折れたのか、ラディアンスはあっさり観念した。
「つーか、お前ら知り合いなのかよ」
 二人のやり取りの間、ずっと沈黙を守っていたハルが、そこで割り込んで来る。
 フェイルはどう答えるか悩みつつ、勇者一行の二人に一瞬だけ視線を向け、
 右頬をポリポリと掻いた。
「お店やってる手前、情報は必要だからね。結構前から契約してるんだけど……
 話に出たりしなかった?」
「そりゃ、情報屋が顧客の事をペラペラ話すわきゃねーさ。いくらポンコツ情報屋でもな」
「なっ……テメこの! やさぐれ剣士のクセに、人の事ポンコツ呼ばわりたぁ
 どう言う了見だい! 大して活躍してもしないクセして!」
「うっせー! テメーなんざ、情報屋で食ってけねー半端モンじゃねーか!
 ポンコツをポンコツ呼ばわりして何が悪りいってんだ! つーか、俺はお前に
 ココ紹介した恩人だろーが! 付き合い長げーから懇意にしてやりゃ図に乗りやがって!」
「あーっ!? 頼んでもないのに話持ちかけたのはそっちじゃん! なーにを
 恩着せがましく! このラディアンス=ルマーニュの美貌と色気で【ウォレス】を
 潤して欲しいって顔で懇願するから、仕方なく引き受けてやったんでしょーっ!?」
「ぎゃーす!」
「うっきー!」
 最終的に獣のような声で言い争う二人を尻目に、フェイルは隣の受付嬢に
 見学の旨を伝え、許可を得た。
「……情報屋を雇っていたんですか?」
 取っ組み合いが始まり、大きな騒ぎに発展している中、特にそっちに目を向ける事なく、
 ファルシオンは問い掛けてくる。
 その質問は、ある意味拷問だった。
『情報屋がいるんなら、幾らでもやりようはあったんですけど』
『全く有効活用できていないじゃないですか。浪費です』
『黙っていると言うのは、非常に怪しいですね』
 そんな心の声が、視線に混じっているように思えてならず、フェイルは
 反射的に目を逸らす。
「やましい事があるみたいです」
「ふーん……それは、突いておかないとね」
 フランベルジュすら、先程までの緊迫感を何処かへ置いて、追随して来た。
 情報屋を雇う薬草店――――この時点では、それほど怪しい訳ではない。
 薬草と言う商品は、その性質上、情報と言うものが非常に大きな意味を持つ。
 あの薬草が何処ぞで群生している、この薬草が大流行中の伝染病に効果がある、
 等と言う情報があるからこそ、商売として成立できると言う面もあるからだ。
 武器屋や道具屋のように、黙っていても売れると言う商品ではない。
 需要をいち早く察知しなければ、あっと言う間に売り時は去って行く。
 そんなシビアな商品だ。
 ただ――――【ノート】のような、極めて規模の小さい、
 そして貧乏なお店となれば、話は別。
 そんな金何処にあるの、と言う疑問がまず沸いてくる。
 そして、そんな余裕何処にあるの、と言う追撃に、反撃の余地はない。
 当然、何かしら別の理由が存在すると言う推測が成り立つ訳で――――
「匂います」
「う……」
「そうね。私も匂うもの。とっても匂う。これは……女の匂い! 愛人ね?
 あのさっきの女は貴方の愛人なのね!?」
 結果、その推測は暴走を始めた。
「なんて穢れてるの……私、こんなのを師匠にしちゃった。人生の汚点……」
「フラン。フェイルさんも一人の男性です。仕方のない事なのでしょう。
 でも、黙っているのは、とってもいやらしいと思います」
「おちょくってるんだよね? 僕を苛めて楽しんでるんだよね?
 本当は違うってわかってて言ってるんだよね!」
 時間は有限。
 なのに、受付の前でそれぞれ悍ましい程に無駄な時間を使った。


 その後――――色々ありつつ、見学開始。
「……ったく、信じらんねーよ。何で職場紹介してキレられてんだ、俺」
「僕も酷い目に遭ったよ……」
 ギルド内の廊下を歩く男二人が徒労感を滲ませる中、フランベルジュは
 幾分リラックスした表情で、その後に続いて闊歩している。
 ファルシオンがその様子を横目で確認しているのを、フェイルは視界の隅で
 こっそり確認した。
「じゃ、俺はそろそろ仕事あっから、離れるぞ。後はテキトーに見て回りな。
 あんま騒動起こすんじゃねーぞ」
 釘を刺したのか、フリなのか、微妙な発言を残し、ハルが離別。
 既に目ぼしい場所はフェイルが聞いている為、案内役は必要ない。
「さて、と。それじゃ、まずはアロンソ隊の部屋に行こうか。顔見知りだし、
 挨拶はしておかないとね」
「……どうせ、副隊長が目的なんでしょう?」
 先日、フランベルジュが勝負を挑み、返り討ちに遭った相手。
 オスバルド=スレイブは、アロンソ隊の副隊長だ。
「そうだと言ったら?」
「上等よ。復讐してやるから……って言うのは、不正解なんでしょ、どうせ」
「驚きました。フランが成長しています。決して成長しないフランが」
「アンタはアンタで、どうせ私が緊張しないようにわざと茶化してるのよね!?」
 半ば自棄気味に叫ぶフランベルジュに、フェイルは苦笑を禁じ得なかった。
 同じ心境と思われる魔術士は、一切顔には出さないが。
「ま、今のままじゃ、仮に本番で対戦するとなった時に、無駄な力入っちゃうからね。
 一度そう言うのを初期化しておこうと思って」
 そう告げた刹那、フェイルの視界に【アロンソ隊作戦室】と記された
 プレートが入った。
 特に準備も抵抗もなく、早々にノック。
「うわっ、いきなり! 心の準備とか聞きもしないで!」
「大丈夫、って言ってましたが……」
 微妙に狼狽えるフランベルジュと、それをジト目で眺めるファルシオンを背に
 返答を待つフェイルの元に――――
「はーい、どーぞー」
 なんとも間延びした女声が届く。
 訝しげに思いつつも、開けたその先には、やはり女性の姿があった。
 円らな緑目と、赤茶色の髪の毛を束ねたポニーテールが印象的な剣士だ。
 その奥には、アロンソの姿もある。
 ただ、それ以外の人影は見当たらなかった。
「あれ? アロンソ隊長、見掛けない人達です。どうしましょう。斬りますか? ざくーって」
「斬るな……と言うか、僕の知り合いだ」
 疲れた様子でそう答え、アロンソが立ち上がる。
 アロンソの部下と思しき、自分と同じ髪型の女性の危ない言動に引きつつも、
 フェイルは小さく会釈した。
「この節はどうも。今日は何の用かな? 君達は確か、僕に余り良い感情を
 持っていなかったように思うけど」
 根に持たれていたらしく、言葉の節々に棘がある。
 ただ、それ以上に、やたら疲れ切っている様子が前面に出ていた。
「何か……すいません。疲れてる時に」
「いや。彼女といる時はいつも、こんな感じなんだ。気にしないで欲しい」
 彼女――――とは、頭に尻尾を作っている部下の事を指しているようだが、
 アロンソの視線は一切そっちへは向いていない。
「えっ、アロンソ隊長、疲れてるんですか? それならトリシュ、
 マッサージしますよマッサージ。こう、バキボキベキっと」
「折れてるな、僕の骨……」
「あれ? マッサージってそう言うものでしたよねー?」
 アロンソの疲労度が更に増した。
 つまり、彼女――――トリシュと言う部下の存在が、その理由らしい。
 フェイルは、なんとなくラディアンスが受付嬢として採用を許可された事に
 納得した。
 コレが居るのなら、許容範囲なのだろう、と。
「取り敢えず、用件を言いますと……副隊長のオスバルドさんに、お詫びをと
 思いまして。不躾な私闘を持ちかけてしまって」
「お詫び……? ああ、君か。奴と戦った女性剣士と言うのは」
 フェイルの横に並んでいたフランベルジュに、アロンソの視線が映る。
 既にその話は、隊長にまで及んでいたようだ。
「生憎、彼は遠征中だ。お詫びと言うのであれば、僕の方から伝えておこう」
「遠征中、ですか。彼は【エル・バタラ】には出る……出ないんですか?」
 思わず、ラディアンスから仕入れた情報を元に、『出るんですよね』と
 言ってしまうところを、フェイルはかろうじて回避した。
「それは……」
「出ますよー。ちなみにアロンソ隊長も、トリシュもズビッと参加です。
 優勝はアロンソ隊長、準優勝はトリシュが頂きですねー。副隊長は弱っちいから
 ベスト8くらいでしょう。わーかわいそー」
 情報はヘンテコ女傭兵の口から漏れた。
「……トリシュ。そう言う事は、余り他人に言うべきじゃない」
「え? あ、すいませんアロンソ隊長! でわでわ、トリシュが優勝で!」
「そうじゃない……謙遜するなとか、そう言うんじゃない……」
 ついには顔を覆い出したアロンソに、フェイルは若干の同情を覚えた。
「弱っちい……?」
 一方、フランベルジュはその一つ前の発言に衝撃を覚えていたらしく、
 血の気の引いた顔で、若干目を見開いている。
 自分が惨敗した相手を雑魚呼ばわりする女傭兵と、その視線が交錯した。
「そですよー。あの人、しつっっっこい攻撃しますけど、それだけですし。
 あ、そう言えば上司の事をこんなふうに言うなと、アロンソ隊長に言われた事
 思い出しました! うっわーどうしよ」
「遅い……致命的に……」
 アロンソは今にも倒れそうな顔で、頭を抱えた。
 対照的に、フランベルジュは目を鋭くして行く。
「貴女は、その副隊長よりも強いってコト?」
「そりゃもう。トリシュはアロンソ隊長の部下筆頭ですからねー。
 役職はありませんけど、そこはホラ、年功序列ですから」
「なら、私と仕合って。いえ……仕合って貰えないかしら」
 フランベルジュの好戦性に、火が点いた。
 同じ女性剣士。
 そして、恐らくは格上の相手。
 女性の頂点に立ち、男尊女卑の剣社会を変えたいと豪語するフランベルジュにとって、
 その存在を無視する訳にはいかない。
 トリシュは――――
「別にいいですよー。トリシュ、いつでも何処でも全力攻伐! うぉーりゃー」
 全く緊張感のない声で、剣を抜いた。
 殺る気満々だ。
「いやいやいや……ダメでしょ、こんな場所で殺し合いは!」
 暫し会話に参加するタイミングを逸していたフェイルが、思わず割って入る。
 余りにも自然に斬りかかろうとしていた為、勝負を挑んだ筈のフランベルジュすら
 全く身構えられていなかった。
「ここではダメなんですか、アロンソ隊長」
「当然だ……と言うか、真剣を使うな」
 微妙に涙声だった。
「わっかりました! やい、そこの金髪。訓練所に付き合え」
「……」
 こうして、フェイルの予定に反し、勇者一行の女性剣士と、傭兵ギルドの
 女性剣士の仕合が行われる運びとなった。






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