格下が格上に勝つ為の方法は、存在する。
 当然、それには幾つかの条件が存在するが、その条件を全て満たす事が出来れば、
 運などの不確定要素が入り込む余地もなく、番狂わせは達成されるだろう。
 その条件とは――――格上に該当する者が事前に弱体化されている事。
『格』とは、立場や身分、或いは位と言ったものであって、対戦時の実力ではないのだから。
 よって、この方法は成立する。
 それを実現させる、戦闘力以外の何かしらの力さえあれば。
 例えば、権力。
 勝負の前に、その格上の相手に対し、『お前、負けろ』と命令し、それを従わせる
 だけの権力さえあれば、確実に勝てる。
 例えば、財力。
『負けてくれれば、これだけ支払うよ』と唆し、相手をその気にさせる金額を
 実際に支払う事が出来るならば、勝利はなんなく手中に収められる。
 結局のところ――――物事の勝敗と言うのは、そう言う事で決まるケースが多い。
 そしてそれは、【エル・バタラ】と言う大きな武闘大会であっても、
 例外ではない。
「……」
 そんなつまらない事を考えながら、フェイルは自室で標的となった三人の
 資料に目を通していた。
 一人目は――――クレウス=ガンソ。
 臨戦魔術士として、ここ二年程で急激にその名を広めた男だ。
 その最大の要因は、『オートルーリング』と言う技術の普及にある。
 ファルシオンが崇拝している魔術士、アウロス=エルガーデンが
 実用化に成功した、魔術の自動編綴。
 この技術によって、魔術士は瞬時に攻撃魔術を編綴できるようになった。
 それが戦闘において、どれ程の意味を持つか。
 そして、どれ程の価値を生み出したか。
 弓使いであるフェイルは、その事を嫌と言うほど理解している。
 弓矢の存在価値を一気に希薄にしたのは、紛れもなく『オートルーリング』なのだから。
 そう言う意味では、面識こそないものの、あながち無関係とは言い切れない標的でもある。
 ただ、厄介なのは、『オートルーリング』だけではない。
 この技術は、魔術士の多くが実用できるものなので、魔術士の中でのアドバンテージとはならない。
 その上で、他の臨戦魔術士より何歩も前に先んじた理由は、他にある。
 それは――――頭脳。
 元々は研究畑で育った人物で、その際に鍛えた分析力は、実戦においても有効利用されている。
 通常、頭でっかちの人間は、目まぐるしく変化する戦闘において臆病に
 なりがちだが、このクレウスは、緊張感の伴う中で、洞察、判断、行動を
 瞬時に行い、そして切り替える事が出来ると言う。
 当然、日常においても、その能力は活かされている。
 奇襲を行う上では、非常に厄介な相手だ。
 二人目は、プルガ=シュレール。
『蚤』と言う愛称の通り、非常に小さい身体が特徴的だが、それを寧ろ
 長所として活かしているところに、人間としての器の大きさを感じさせる。
 顔の作りも良く、性格も穏やかで生真面目。
 多くの人間に愛されている、騎士に相応しい人物だ。
 戦士としての最大の武器は、圧倒的な敏捷性。
 常識を無視するかのような、細かく俊敏な動きで、あらゆる攻撃を
 紙一重でかわし、体勢を整える前に距離を詰め、一撃で仕留める。
 その戦闘スタイルこそ、『蚤』の由来だ。
 そんな彼もまた、クレウスとは違う理由で、奇襲が困難な相手。
 広範囲の魔術で周囲ごと吹き飛ばすのであれば、その的の小ささも
 俊敏な動きも脅威ではないが、矢のような一点を撃つ武器との相性は、最悪と言えるだろう。
 そして、三人目のクラウ=ソラス。
 先の二人が、困難な標的であるならば、この人物は――――
「……無理難題だよな」
 思わず声に出てしまったその本音が、フェイルの頭上で膨らみ、重さを宿して
 圧し掛かってくる。
 一言で言えば、城壁や国境の壁を、弓矢で壊せと言われたようなもの。
 無茶な要求だった。
 しかも、既にフェイルへの依頼が筒抜けになっていると来た日には、
 もう手の施しようがない。
 ただ、それによって新たな選択肢が生まれたのも事実。
 契約の見直し、更には破棄に及んでも、誰からも文句を言われないような事態だ。
 断ってしまえば良い。
 報酬は、難易度を考えれば、決して格別と言う額でもない。
 フェイルは全ての資料に目を通した上で、唸りつつランプを眺めた。
 不意に、視界がぼやける。
 一度目を閉じ、暫くして開けると、今度は明瞭な炎が浮かび上がる。
 時間は有限。
 そして、現在もまた、有限。
 フェイルは大きく息を吐き、前髪をクシャッと握った。
「選り好みなんて、していられない……か」
 心の中に、目の前の炎と同じような、明るい光はもうない。
 だが、既に消えている筈なのに、どこかで燻っている匂いがするのも、確か。
 弓矢の可能性。
 自分の可能性。
 自分の――――証。
 それを実現する事が可能ならば、その可能性に賭けたいと言うこの思いは
 衝動なのか、それとも淡い夢なのか。
「……はは」
 フランベルジュに口を酸っぱくして指導した言葉が、自分自身に突き刺さる。
 夢を見る事は、とうに止めていなくてはならないのに。
 それでも、見てしまう。
 そんな自分に、惜しみない嘲笑を贈り、フェイルは資料を仕舞った。
 代わりに、安物の羊皮紙を一枚、取り出す。
 既に、【エル・バタラ】開催まで、残り10日。
 時は刻々と流れている。
 果たしてこの紙に、何を書き込めばいいのか。
 そう考えた瞬間、フェイルの頭の中には、契約破棄を告げる書類の文章ではなく、
 フランベルジュの鍛錬メニューが幾つも浮かんでいた。
 それは、現実逃避なのかもしれない。
 だが、事実、それを考えている時が一番、楽しかった。
「さて、明日は――――」


「……ギルド巡り?」
 既に日課となりつつある、【メトロ・ノーム】での朝練を終えたフランベルジュは、
 アルマ邸の居間でフェイルの告げたこの日の計画に対し、目を丸くしていた。
「そう。今日は店休みだから、僕も同行できるし、出場予定者の偵察も兼ねてね。
【ウォレス】と【ラファイエット】……後は、【ウエスト】にも顔出してみようか。
 最終的には、会場のヴァレロン総合闘技場まで行って、ついでに申請もしよう。
 お金はもう用意してるよね?」
「ちょ、ちょっと待って。【ウォレス】にも行くの?」
「当然」
 先日、恥をかいた場所とあって、フランベルジュの顔に不満の色が浮かぶ。
 とは言え、『それ』こそが主目的なのは明らか。
 フェイルの隣で剣の手入れをしているハルは、こっそりとほくそ笑んでいた。
「良いじゃねーか。またオスバルドと仕合ってみりゃ、ここ数日の
 特訓の成果がわかるってもんだ」
「特訓の成果も何も、全然強くなった実感なんてないんだけど?」
「まーな、実際、特に強くはなってねーし」
「〜〜〜っ!」
 思わず斬りかかりそうになるフランベルジュを、フェイルが目で制した。
「だ、大体、この朝の特訓は良いとしても、それ以降は毎日コロコロ
 やる事変わり過ぎなのよ! 森の中で置き去りにされたり、こんな広い場所の
 地図描かされたり……本当に、私を勝たせる気、あるの?」
「ある」
 最少言語による断言。
 フェイルの回答は、妙な迫力を生み、フランベルジュを引かせた。
「信じろ、とは言わないけどね。でも、引き受けたからには意地でも
 僕のやり方を押し付ける」
「それを跳ね返すも、吸収するも、お前さん次第ってこった。
 文句言う暇があったら考えな。何でフェイルが、こんなメニューを考えてんのか」
「え、偉そうに……場末剣士のクセに」
 そうは言いつつも、フランベルジュはそれ以上の不満を口にはせず、
 自分なりの考えを纏め始めていた。
 フェイルとハルが顔を見合わせて苦笑する中――――アルマがトレイを両手に抱え、現れる。
 トレイの上には、虹色のスープが三つ、乗っていた。
 最初にそれを目にしたハルが、ビクッと身体を震わせるのも、無理ない事。
「……こ、これって、大丈夫なのか? なんかスゲー色だぞ」
 コクコク。
「マジかよ。でもま、アルマの嬢ちゃんだって、連日手の込んだ物作って
 ちっとは腕上げてるハズだしな。ここは敢えて、一番に飲むぜ」
 下心をチラつかせながら、皿を手に取り、一口――――
「……」
 そのまま、喋らなくなった。
「は、ハル?」
 オロオロするアルマとは対照的に、フェイルの呼び声にも一切応えず、
 剣士は静かに真顔で皿を置く。
 そして、真顔のまま、特に目立った動きもなく、スッとアルマ邸を出て行った。
「あのリアクションは、どう取れば良いんだろう……」
「さあ……って言うか、毒とか入ってな……わっ、嘘!
 今のは失言……もとい、冗談! 冗談だから泣かないで! って言うか
 私が泣きたいくらいなんだからーーーっ!」
 涙目のアルマを囲みながら、二人は暫し、てんやわんやした。


「……一体、地下で何があったんですか?」 
 祈りの時間を終え、【ノート】の前で合流したファルシオンが怪訝な声色で尋ねる中、
 フェイルとフランベルジュ、そしてハルの三名は、全員真顔で首を左右に振り、
 それ以上の言及を封鎖した。
「それは兎も角、リオは今日も例の所に?」
「はい。と言うか、昨夜は宿にも戻っていません」
 フェイルはその事実に、若干の驚きを覚えた。
 それが何を意味するのかは、深く考えても仕方ない話。
 とは言え、それでも勇者一行にとってはちょっとした事件だったらしく、
 フランベルジュも顎に手を当て、ジト目で首を捻っていた。
「リオが単独行動に出るなんて、初めてのコトよね。雪でも降るんじゃない?」
「フランがフェイルさんを師事する事に比べれば、些事だと思いますよ」
「……確かに」
 自ら納得し、目を戻す。
 そんなやり取りを背後に、フェイルとハルは前方で別の話題を進めていた。
「にしても、あの冷徹剣士じゃねーけど、随分忙しないメニュー組んでんな。
 それ自体が、鍛錬の一つってコトか?」
「一応。状況への適応力を鍛えたいと思って。柔軟性にも繋がるし、何より勇者一行の
 一員として必要な能力だと思うしね。色々と不慮のイベントが起こる役回りだし」
 フェイルは――――そこまで視野に入れ、フランベルジュを鍛えようとしていた。
 彼女の希望は、【エル・バタラ】で結果を出す事。
 だが、師匠と言う立場になった以上、それだけを考える訳にはいかない。
 それはかつて、自分が師事した人間の行動や言動から学んだ事でもある。
「ほー……驚いたな。なんか先生とか出来そうじゃねーか。あんなヘボくれた
 店辞めて、教職に就けよお前」
「煩いな。大事なお店なの」
 結局、いつものやり取りに着地した所で――――到着。
 そこは、ハルの拠点であり、フランベルジュにとっては因縁の場所。
 傭兵ギルド【ウォレス】の前だ。
「……」
 フランベルジュの喉から、生唾を呑む音が聞こえてくる。
 屈辱は今、大きな緊張となって、その全身を包んでいた。
「フラン……」
「大丈夫。私は……負けないから」
 その声は微かに震えていた。
 それを確認し、フェイルは確証を得る。
 早めにここを訪れて正解だった――――と。
「それじゃ、早速入ろうぜ」
 そして、ハルのその言葉が号令となり、勇者一行を含む四人は
 それぞれの歩幅で【ウォレス】へと入って行った。





  前へ                                                             次へ