【エル・バタラ】開催を二週間後に控え、レカルテ商店街には活気が満ち満ちている。
 以前、勇者一行が訪れると言う噂が流れ、浮足立っていた時とはまた少し違う、
 地に足を付けた上での熱気が充満した状態だ。
「当たり前ぇだバカ野郎。今度は、これまでの実績があっからな、この野郎。
 俺等みてぇな武器売る商売やってる店にとっちゃ、お祭りも同然だ。
 見ろ、この日の為に仕入れた特製のハルバード。全長3mの業物だぜ」
「スゴい武器ですね。こんなの振り回されたら、周囲は血の雨ですよ」
「そうだろ、そうだろ。この俺の店に相応しい一品だバカ野郎」
 武器屋『サドンデス』の店主、ウェズ=ブラウンの誇らしげな顔を背に、
 フェイルは巨大ハルバードを食い入るように眺めていた。
 尤も――――そんな巨大な武器を振り回せる人間は、まずいない。
 相当な仕入れ値であった事は想像に難くなく、置物としてずっと店に残り続ける
 事もやはり安易に予想できる――――のだが、商才のないフェイルは素直に見惚れていた。
「お前ントコの店も、ちゃんと仕入れやってんのか? この野郎」
「はい。今回はぬかりありません」
 この時期に新商品、特製品を仕入れるのはどの店も同じ。
 大会で市販の武器は使用できないが、大会で得た賞金で武器を新調すると言うケースや、
 大会の熱気に中てられて思わず購入すると言う戦士は少なくない。
 また、観光客が記念品代わりに買いに来るケースもある為、『サドンデス』の
 店の前には、模造品も数多く陳列されていた。
「にしても、最近お前、ランニングサボってんじゃねえか? 見掛けない日が結構あったぞ
 バカ野郎。継続は力なりだぞ、この野郎」
「ちょっと立て込んでたもので」
 実際には、ランニングよりも激しい運動をしていたので、体力は寧ろ増強されている。
 その疲労はまだ抜け切れていないが、フェイルは恒例の商店街マラソンを再開していた。
「あ。そう言えば……お礼言うの遅れてました。【パルファン】の紹介、ありがとうございました」
「いいってコトよ。ま、結局上手くいかなかったみてぇだけどな」
「面目ない」
「商売なんてのはよ、洗濯物干すみてぇなもんだ。いざ干してみたら、急にどしゃ降り
 になっちまうなんて、良くあるコトよ。気にしてたらキリがねえぜ。先の令嬢失踪事件
 みてえによ、なんか知らねえ間に事が良い方に転がるコトもあっからよ、この野郎」
 ウェズは、らしい激励の言葉をフェイルへと送った。
 きっと家事全般やらされてるんだろうな――――と言う感想は胸の奥にしまいつつ。
「ウェズさんって、スコールズ家の令嬢と知り合いって言ってましたよね。
 どう言う経緯で知り合ったんですか?」
 フェイルは少し気になっていた事を思い出し、問う。
 武器屋の強面主人と、貴族の少女。
 接点などありそうにないが――――
「貴族や富豪ってのは、事ある毎にパーティー開くだろ? パンが焼けたらパーティー、
 子供の背が伸びたらパーティー、ってな具合によ。ギャレスに付き合わされて、何度か
 連れて行かれてんだよ。そこでちょっと、な」
 ギャレスと言うのは、レカルテ商店街の道具屋『ユーティリティ』の店主で、元騎士。
 それならば、貴族のパーティーに呼ばれてもおかしくはない。
 妙な所に接点は転がっていた。
「割と懐かれちまってよ。カミさんも、ああ言う無邪気な女の子見てっと、そろそろ
 子供作ろうか、なんて言い出してよ。なんつーか、なあ。てめえこの野郎、
 何言わせんだバカ野郎!」
 ウェズは一人、妙に興奮し出した。
「そんなこんなあってな、スコールズ家とは何でもねえけど、あの子とはカミさん共々
 仲良くしてんだよ。特にカミさんが気に入っててなあ。もしあの子にヘンな虫でも
 つこうモンなら、死人出るぜ」
 結果として、フェイルはリオグランテへの脅迫情報を一つ得た。
 余り意味はないが。
「にしても……なんかお前、元気ねえな。疲れてんのか、この野郎」
「まあ、走ってると疲れます」
 実際――――人生において、走る時期と言うのは嫌でもやって来る。
 フェイルは今、その時期に差し掛かっていた。


「……襲われた?」
 その日の夜。
 予告通り再度【メトロ・ノーム】を訪れたフェイルを待っていたのは、
 うつ伏せになり、ピクリともしないフランベルジュを一生懸命介抱していた
 アルマが、コクリと頷く。
「突然、矢が飛んで来たって言ってたよ。当たらなかったらしいけどね」
 夜仕様なので、幸いにも状況の説明はスムーズに行われた。
 尚、フランベルジュが動かない理由は、単に疲労困憊な為。
 怪我をした訳ではない。
「そして、こんな矢文が」
「ちょっと拝見」
 アルマが広げたその手紙には、『シナウト参上』とだけ記されていた。
「こんな事、する人達じゃなかったんだけどね。どうしたのかな」
「い、威嚇じゃない? 次はこうはいかないぞ、的な」
 若干の冷や汗を滲ませつつ答えるフェイルとは対照的に――――
 フランベルジュの身体からは、一滴の汗も流れていない。
 既に水分も底を尽きているらしい。
 それもその筈。
 一日で地図を作る為、休憩も取らずに奔走していたと言う。
 負けず嫌いな性格が発動した事で、フェイルの思惑通り、相当鍛えられた格好となった。
「でも、完成してないからもう一度」
「……嘘、でしょ?」
 実際問題、一日で広大な【メトロ・ノーム】を全てマッピングするなど、不可能。
 それも踏まえた上で、どう解決策を探すか――――そこにこの無理難題のテーマがある。
 フェイルがフランベルジュに求めているのは、柔軟性。
 精神的な弱さは、男性に対する何らかの負の要素が大きな原因である事は確かだが、
 それもこれも、考えが頑なな点に由来すると分析していた。
 だからこそ、スケジュールを決めず、どんな意図でどんな特訓をする、とも告げずに
 かなり大雑把な指示だけを与え、『これじゃ不可能。なら、どうすれば良い?』と言う方向に
 思考を持って行くつもりでいた――――が、なにしろ時間がない。
「ま、それは冗談だよ。ちなみに僕は、『別に自分で一から作れ』とは言ってないよ。
 酒場のマスターあたりに書いて貰うとか、方法はあったでしょ?」
 結局、自ら答えを提示する事にした。
「……何それ。この一日何だったの。私の貴重な一日返してよ!」
「でも、今日一日で色々鍛えられたんじゃないかな。それに、色んな可能性を
 模索するのも、特訓の目的の一つだと思うよ。きっと、フェイル君はそこまで
 考えていたんじゃないかな」
 そんなフェイルの意図を――――アルマはしっかり汲み取っていた。
 フランベルジュの顔が、グググ……と緩やかに上がり、フェイルを睨む。
「ま、今日はしっかり食べて、飲んで、寝て、疲労を取る事。明日は別のメニューを
 用意してるから」
「私、本当にこれで強くなれるの……?」
「さあ? そもそも僕は、人に物を教えた事ないから」
 その保証はない――――それは、口を酸っぱくして言ってきた事だ。
 だが。
「でも、そうやって疑いを持つ事は、悪い事じゃない」
 何事に対しても、常に疑心暗鬼。
 それは時に、物事を進める上で邪魔になる事もある。
 重要なのは――――思考停止せず、そして囚われ過ぎない『バランス感覚』。
 身体面においては、それが最大の長所であるフランベルジュだが、精神面においては
 その点こそが課題だった。
 そんな、まだ未熟な剣士に対し、アルマは首を傾げる。
「フランベルジュさんは、強くなりたいのかな。それとも、大会で勝ちたいのかな」
「え?」
 突然の質問に、フランベルジュの目が泳ぐ。
 強さと、勝利。
 それは決して離れる事のない、親子のような密接な関係。
 だが、子はいずれ親から離れる。
 それもまた、節理。
 いずれ、この二つは乖離する事になる。
「……両方じゃダメなの?」
 当然のようにそう訴えるフランベルジュに、アルマは――――コクリと頷いて見せた。
「ダメだよ。一度に二羽の兎を追っても捕まえられないように、ね。
 一度捕まえれば、もう一羽の兎を捕まえる時、その経験が生きるんだよ」
 実際には、強さがなければ勝利はないし、勝利で得られる強さは確実に存在する。
 両者は常に、同時に追い求められる。
 ただ、そこには――――序列がある。
 人それぞれの。
 強さは勝利の為の保証ではないし、勝利は強さの証明とは限らない。
 欲しいのは、どちらなのか。
 優先すべきは、どっちか。
 それは、求道者ならば、形こそ変われど、必ず迫られる選択だ。
「……私は……」
 フランベルジュは。
「強くなりたい。誰よりも。女を虐げるのが当然って思ってる、どんな男よりも」
 ――――選択した。
「でも今は、勝ちたい。【エル・バタラ】で。いえ……【エル・バタラ】に」
「良かった。僕の思ってた通りで」
 その選択を、フェイルは歓迎した。


「ま……目的を具体的にするのは良いコトだけどよ」
 翌日――――早朝。
【ノート】を開店させるまでの時間を利用し、フェイルとフランベルジュ、
 そしてハルの三人は、【メトロ・ノーム】で実践訓練を行い、フランベルジュの
 技術指導に精を出した。
 過去形なのは、フランベルジュが疲弊し過ぎて倒れた為だ。
 現在、アルマが一生懸命介護中。
 地下水路が近くにあるので、幸いにも水は豊富だった。
「具体的には何処までを目指してんだ? やっぱ、予選突破か?」
「本人は、ベスト4を目指したいみたいだけどね」
「そりゃ無理難題だな。二週間しかねーのに」
「そうかもね。でも、まだマシだよ」
【ウォレス】の長を衰弱状態にしろ、と言う仕事を請け負ってしまった自分よりは――――
 そう心中で呟きつつ、フェイルは嘆息した。
 実際、それは明らかに無理難題。
 報酬額にも見合っていない。
「ま、優勝って言わなくなっただけ、確かにマシかもな」
 一方、ハルは全く異なる見解から、一人納得していた。
 とは言え、それも間違いではないので、フェイルは敢えて訂正せず、
 代わりにアルマ邸の方に視線を向ける。
 ハルもそれに続いた。
「なんか、毎日ぶっ倒れてねーか? あの冷徹剣士」
「虚弱なんだよ。そんなに大した特訓はしてないのに」
「……いや、俺も結構疲れてっけどな。とにかく攻めろっつーから。加減も難しいしよ」
 この日行われた特訓は、至ってシンプル。
 ハルとフランベルジュによる、木製の剣を使った模擬戦だけだ。
 ハルはフェイルの指示に従い、終始攻め続け、圧倒。
 技術面の指導など一切なく、ただ単に実力の差を見せつけるだけの一方的な展開で終わった。
「でも、ケガさせないでくれてるから、助かるよ」
「そりゃな。幾らなんでも、特訓中の怪我で出場辞退なんて顛末になったら、
 後で何言われるかわかったもんじゃねーし」
 嘆息するハルと、苦笑するフェイルに――――
「……」
 無口仕様のアルマが合流して来た。
 そして、何かを訴えるように、二人をじっと眺める。
「流石にちょっとやり過ぎ、って言いたいのかな」
 コクコク。
「でも、正直これでもかなり抑えてるんだ。二週間しかないから……それでもやり過ぎ?」
 コクコク。
「うーん……じゃ、少しメニューを変更しておくよ。あ、悪いけど暫く寝かせて
 あげてくれないかな。今日、施療院の人に来て貰って、マッサージしてくれるよう
 頼んでるからさ」 
 コクコク。
「……なんか、疎外感スゲーんだけど。俺、邪魔なんじゃね?」
 コクコク。
「頷くなあっ! 俺はなあ、仲間外れにされるのが一番嫌いなんだよおっ!」
 冗談だったらしいが、【メトロ・ノーム】の管理に魔力の大半を使っている
 アルマは笑う事が出来ず、真顔での対応となった為、ハルには一切その意図は通じなかった。
「じゃ、僕達はそろそろ地上に行くよ。アルマさん、フランを宜しく」
 小刻みに頷く管理人に手を振り、二人はアルマ邸を後にした。
 その帰り道の途中、不意にハルが呟く。
「にしても、随分とアルマの嬢ちゃんと親しくなったもんだな。俺なんて、結構前から
 来てんのに忘れられてたんだぜ? ったく……俺とお前、何が違うってんだ?」
「……髪型とか?」
「おおう、成程な。確かに個性的な髪型なら、直ぐ覚えられるな。よし、俺も尻尾作ろう!」
「壊滅的に似合わないと思うけど……」
 そんなやり取りをしつつ、【ノート】へと移動。
 既に店は開いていたが、朝一でくる客など皆無なこの店においては、
 全く支障はない――――筈だった。
「フェイルさん。お客様がお待ちです」
 入口で待っていたファルシオンが、そう告げるまでは。
「え? 嘘だよ。こんな時間に早くも一人目のお客様が来るなんて、そんな筈がないもの」
「尤もな見解ですけど、事実です。居間にお通ししています」
「ほ、本当に?」
 フランベルジュに弟子にしてと言われた時より動揺しつつ、フェイルは急いで
 奥の居間へと向かった。
 そして。
 扉を開けたそこには――――
「朝早くから申し訳ありませんな。失礼しております」
「……」
 傭兵ギルド【ウォレス】代表取締役。
 そして、現在のフェイルの標的の一人。
 クラウ=ソラス――――その人が、極めて美しい姿勢で腰掛けていた。






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