「お待たせしました。特製ハーブティーです」
 運ばれて来た、酒場に似つかわしくない注文の一品で口の中を潤し、
 鼻孔を擽るレモンバームの香りを堪能した後、フェイルは改めて眼前の情報屋に目を向けた。
 外見年齢はかなり幼く、右目の真上に分け目を作ったブラウンのセミショートヘアは、
 お世辞にも綺麗に整っているとは言い難い為、更にその印象を濃くしている。
 その一方で、プロポーションは決して悪くない。
 もし、優雅に紅茶でも啜っていれば、それに見合った色気が伝わって来るだろう。
 だが、派手な色合いの割に露出の極端に少ない服装と、ビールを浴びるように口内へと
 流し込むその姿は、それを完全に妨害している。
「……あんまり飲まない方が良いよ? 身体にも良くないし、
 そんなに仕事入ってないんでしょ?」
「うるさいよ、君。そんなつまんないコト言うなら、もう気の利いた情報流さないからね」
 発言も子供じみているが、これは酒の所為という訳ではない。
 平常時から、概ねこう言う口調だった。
「それは業務提携の決裂と受け取っていいの?」 
「あれ? フェイル君、なんか疲れてる? いつもなら、もっと爽やかに避わすのに」
 疑問に疑問で返されたフェイルは、怪訝な顔で嘆息した。
「ま……否定は出来ないかな。最近、色々あって」
 最近の気苦労は、それなりに波乱に富んだ生涯の中でも、かなり異質な部類に入る。
 普段は使わない筋肉を酷使するような感覚で、フェイルは疲弊し切っていた。
「ったくもー、週に一回のデートなんだから、もっとシャキっとしなさいよね」
「デート、ね……」
 無論、そんな華やかな集いではない。
 フェイルは週に一度、こうして全般的な情報を彼女から収集している。
 それは、薬草の流通ルートや市場の流行と言った、【ノート】の運営に関連するものも
 あれば、裏の仕事の為に必要な情報を集める事もある。
 全く商才のないフェイルが、かろうじて薬草店を維持できているのも、こう言った
 影の部分で奔走しているからだ。
「そ、デエト。フェイル君もそろそろ、女を優しくエスコートできる甲斐性くらい
 身に付けないとね。その点私、模範だから。百戦錬磨だから。見てこの色気。
 大人の女性だからこそ、自覚なくても漏れ出すこのピンクの空気。ついさっきも、
 君は罪作りな女だね、僕を一目で虜にするなんて、って愛の告白食らったばっかなのですよ。
 勿論ソデにしてやったけどね。私、そんな軽い女じゃないし。勿論、身体は軽いけどね。
 心はドッシリ、重量級。どう? そんな私を専属で抱える気分は。なんなら、愛の情報屋って
 呼んで貰っても良いですよ? って……聞いてる?」
『甲斐性』の辺りで、フェイルは隣に座る顔見知りの常連客と談笑を始めていた。
「って言うか、尋常じゃないくらい耳が赤いけど……照れるくらいなら、
 そんな嘘言わなきゃいいのに」
「うぐ……そ、そんなコトないってばよ。私、メチャクチャ人気あるんだからね。
 モテモテのモテモテで、そりゃもう毎日女を磨きに磨いて……」
「あ、そっか。女情報屋って、そう言うイメージがあった方が、顧客付きやすいのか」
 そんなフェイルの指摘に、情報屋は二の句を繋げず、苦虫を噛み散らすように
 苦悶の顔を浮かべた。
「ったく、生意気なコだねー。そんな見透かしたような良い方してるとモテないよー?」
「それより、いい加減本題に入らせてよ。毎回毎回、無駄話が多過ぎるよね。まるで日頃、
 友達がいなくて会話に飢えてるかのように」
「ヒドっ!」
 情報屋はヨヨヨと崩れ、テーブルに突っ伏した。
 その様子を冷めた目で眺めつつ、フェイルはハーブティーを優雅に飲み干す。
 完全に嘘泣きであると言う事に、なんら疑いのない瞳で。
「で、頼んでおいた情報は?」
「あいよ、ちょっとお待ち」
 悪びれもせず、一切濡れていないその顔を上げ、
 表紙に【スターダスト・メモリー6 〜愛とは時に鈍器を振りかざす事〜】と記されている
 メモ帳を懐から取り出す。
 フェイルはそれに対し、一度も言及した事はなく、今回も軽やかに放置した。
 そんな奇妙なメモ帳を持つ情報屋と、フェイルが出会ったのは、一年半ほど前の事。
 この【レカルテ商店街】に身を落ち着けた後、様々な情報屋とコンタクトを取り、
 その数だけ失望の溜息を漏らした末に、ハルから紹介を受ける形で知り合った。
 情報屋を探していた理由は、単に探し物を見つける為。
 結果として、この女性情報屋の網にも、その探し物は引っかからなかったが、
 その時の縁が今もこうして続いている。
 と言うより、半ば押し売りに近い形で、専属契約を結ばれていた。
 情報屋と言う職業は、その名の通り、情報を売る仕事。
 だが、基本的には店を構える事はなく、諜報ギルドと契約を交わし、情報を必要とする
 顧客を斡旋して貰ったり、特定の顧客と個人契約を交わして専属の情報屋として雇って
 貰うなど、それぞれの持つ情報網の広さに応じた方法で商売を行う。
 元々は諜報ギルド【ウエスト】の一員だった彼女だが、現在はフリー。
 仕事の腕は確かだが、大半の男客が期待する方面の『おいしい話』に対しては一切
 拒絶の姿勢を示している。
 強引にそれを持ち掛けた者もいたが、全員漏れなく酒場裏のゴミ置き場行き。
 その武勇伝が、彼女から客を遠ざけた。
 現在は、どうにか自分のイメージを変えようと努力しているようだが、実る気配はない。
「えっと、確か……エチェベリア国内の薬草店売り上げランキングを知りたい、だったっけ」
「絶対知りたくないよね、そんなランキング」
「あれ? 知名度ランキングの方だったっけ?」
「……わざとか」
 仕返しのつもりらしく、ニヤニヤ笑う情報屋の顔に、フェイルは思わず殺意を覚えた。
「【エル・バタラ】の出場予定者の資料! とっとと出してよ!」
「へいへい。わかってますって」
 にゃはは、と笑いつつ、情報屋はメモ帳をしまい、代わりに封蝋で密閉した包みを取り出した。
「やー、なんかスゴいコトになってるみたいよ。私は四年前の前回大会の時には
 ここにいなかったけど、もう何年もこの国を根城にしてる情報屋が目玉飛ばしてたもん」
「……そんなに?」
 期待半分、不安半分と言った面持ちで、フェイルは包みの中の資料に目を通した。
「正式発表は、エントリー期間終了翌日だけど、そこに書いてる連中は内定。
 間違いなく出ると思うぜい」
 情報屋のニヒルな笑みを無視――――と言うより、資料から目を離さず、フェイルは
 何度も目を擦った。


・クラウ=ソラス
 傭兵ギルド【ウォレス】代表取締役。通称『サリエル(天駆ける死神)』。
 常に血に染まった大鎌と、人類最速とも言われる凶悪なスピードで敵を狩るその姿は、
 戦場に憑く死神の如し。その実力に疑問を投げかける者はいない。

・アロンソ=カーライル
 傭兵ギルド【ウォレス】隊長。通称『孤高の紅蓮』。
 元王宮騎士団だからこそ持ち得るカリスマ性で、人望の厚さは随一。
 誰もが舌を巻く技術の高さで、代表越えを狙う。

・オスバルド=スレイブ
 傭兵ギルド【ウォレス】副隊長。通称『スコール(断続の雨)』。
 矢継ぎ早に繰り出されるその連撃は、持続性と重さを兼ね備えた驚異の攻撃。
 一度後手に回ったら、打つ手なし。

・バルムンク=キュピリエ
 傭兵ギルド【ラファイエット】大隊長。通称『精密破壊者』。
 強靭な身体が生み出す凶悪な破壊力は、鬼神の如き。その一方で、卓越した技術も
 持ち合わせる、伝説級の達人。誰もが認める優勝候補。

・ソルダード=アロニカ
 傭兵ギルド【ラファイエット】中隊長。通称『トール(雷神)』。
『穿』に特化した、超攻撃的槍術を操る槍使い。
 一切の防御をしてた、捨て身とも言うべきその一撃には、誰もが恐怖を覚えると言う。

・デアルベルト=マヌエ
 傭兵ギルド【ラファイエット】中隊長。通称『華麗なる武人』。
 武器は一切扱わず、拳一つで中隊長の座を勝ち取った、誇り高き武人。
 その身体能力は、バルムンクにも匹敵するとさえ言われている。

・クレウス=ガンソ
 貴族【テュラム家】推薦の宮廷魔術士。通称『臨戦軍師』。
 一対一であっても、一流の戦士を葬る力を持った臨戦魔術士。
 オートルーリングを駆使した高速編綴だけでなく、あらゆる戦局でも臨機応変に
 対応する頭脳を持ち合わせた天才。

・エスピンドラ=クロウズ
 富豪【カメイン家】推薦の騎士。通称『真の宝石』。
 剣と盾が一体化した武器『ディフェンサー』を使用する、防御に特化した騎士。
 自分の武器を使えないエル・バタラでも、その守備技能は十分発揮されるだろう。
 
・プルガ=シュレール
 貴族【コスタクルタ家】推薦の騎士。通称『蚤』。
 かなり低い身長を逆に武器へと特化した努力家。
 その敏捷性の高さで、敵をかき回し、勝利を狙う。


「……何? この紹介文。通称って言われても、こんな呼称全然聞いた事ないし……」
 そこには、読んだ人間を恥ずかしい気分にさせる文章が並んでいた。
「い、引用よ! 色々な所からの引用! 私が考えたんじゃないからねっ!」
 そう涙ぐみながら訴える情報屋に対し、流石に罪悪感の沸いたフェイルは、それ以上は
 敢えて触れない事にした。
「うう……と、とにかく! ちょっと異常なくらい豪華でしょ? 現役の騎士も出るし。
 これって何か裏でもあるんじゃないかな……って勘繰るには十分なくらい」
「確かにね」
 フェイルは既に、過去の大会の出場者に関しては調べている。
 それなりに有名な人物も出てはいるし、騎士の出場もあるにはあった。
 だが――――同一大会において、各ギルドが代表を参加させたり、複数の貴族が
 お抱えの騎士を送り込むと言うのは、例がない。
 異常と言う意見は、まさに的確だった。
「しかも、噂では他にも有力な参加者がいるみたいよ。流通の皇女も動いてるみたいだし、
 国からの派遣まであるかもだって。【銀朱】の誰かが参加するとなったら、いよいよ
 国民的行事よねー」
「【銀朱】、ね……」
 そのトップ二人の顔を思い浮かべ、フェイルは思わず苦笑した。
 そして、思い出す。
 今の自分の立場を。
「……こりゃ、ベスト8に入るのも大変だ」
「え? フェイル君、参加すんの?」
「いや。知り合いがちょっと、ね」
 その答えと同時に、フェイルは革袋から数枚の金貨を取り出し、テーブルに置いた。
「はーい、毎度ー。ひーふー……あれ? ちょっと少ないよ? このビール代は?
 デートの費用を女に出させるとか、男として最低じゃない?」
「当方にゆとりなし。あと、デートは好きな人とした方が良いよ」
 頭の尻尾を揺らしつつ、フェイルはテーブルに背を向けた。
「……それが出来れば、苦労しないっつーの」
 そんな、酔っ払い――――ラディアンス=ルマーニュのか弱い声を無視しながら。





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