世界各国で、頻繁に行われている武闘大会。
 その最大の要因は当然、需要の高さにある。
 まず、参加者となる、兵の需要。
 戦争が終結した事で、働き場所が少なくなった傭兵や、鍛えに鍛えた自分が
 どれくらい強くなったのかを試してみたい冒険者など、闘いの場に飢えている
 戦士は大勢いる。
 次に、観戦客の需要。
 普段、余り娯楽と縁のない生活をしている、刺激に飢えた一般庶民や、
 かつて腕一つで世界を獲ろうとしていた元戦士、更には騎士やギルド長を目指す
 子供達など、他者同士の闘いを観戦したいと言う人は、非常に多い。
 更に、興行としての需要。
 ある程度高額な金銭を支払ってでも、闘いを見たいと言う客が多ければ、
 その大会を開き、膨大な収益を得ようとする興行師が多数生まれる。
 そして、事業としての需要。
 大会を開き、大きな利益を生むには、多くの観客を動員できる巨大な
 闘技場が必要となる。
 それを建設するのは、その街に住む職人達。
 彼等に仕事を提供すると言う事は、街の活性化、発展にも繋がる。
 また、町興しとしての需要も大きい。
 武闘大会の規模が大きくなれば、参加者や観戦客が他の地域からも
 多数訪れ、観光客の増加にも繋がる。
 武器や防具が普段より売れる事も確実。
 宿も客で埋まる。
 大会期間には露店も多く出され、一種のお祭り状態になる為、
 参加者だけでなく、地元の人間も開放感から、消費を増やす傾向が強まる。
 加えて、国力向上の手段としての需要もある。
 武闘大会と言うモチベーションがあれば、多くの猛者がそれぞれの理由を胸に
 修行に明け暮れる。
 当然、それは国全体の武力の底上げに繋がる。
 つまり――――良い事ずくめ。
 ただ、必ずしも全ての大会が成功を収めるとは限らない。
 幾ら闘技場が立派でも、無名の参加者ばかりでは客は集まらない。
 どれだけ豪華な参加者が揃っても、観客席が少なければ、大きな利益は生み出せない。
 規模が小さいままの大会には、著名な戦士は出場する意味を見出せないし、
 出資者の数も限られてくる。
 重要なのは、需要と供給の均衡。
 そして――――宣伝。
 どんなに優れた大会でも、知らなければ足の運びようがない。
 ただ、知名度が一定の基準を超えれば、後は勝手に広まってくれる。
 少しずつ、着実に観戦客を増やし、興行規模を大きくし、大会の格を上げ、
 参加者や支援者の数が増えて行き、闘技場を建て替えるまでになれば、
 その大会はもうただの興行や事業ではなく、文化となる。
 そう言う意味では、【エル・バタラ】と言う大会は、間違いなく
【エチェベリア】の文化の一部だった。
「と言う訳で、前回大会に当たる四年前には、このレカルテ商店街に訪れた
 観光客の数が、普段のおよそ10倍に膨れ上がったそうです」
 薬草店【ノート】は、本日臨時休業。
 フェイルとファルシオンは現在、レカルテ商店街を離れ、『アロンソ通り』を
 二人並んで歩いている。
 ちなみに、以前二人が【メトロ・ノーム】で対峙したあのアロンソとは
 特に関連性はない。
 この大通りは、【ヴァレロン】新市街地の中心的な道路で、綺麗に整備されているが、
 特に【エル・バタラ】開催が間近とあって、現在も多くの職人が念入りに確認を行っている。
 そんな様子を眺めつつ、フェイルは小さい溜息を漏らした。
「その四年前には、僕はまだここにいなかったからな……10倍って凄いよね」
 朝一で訪問した商人ギルド【ボナン】で書き写してきた資料を眺め、
 改めてその大会の存在感を確認する。
「今回は、その前回以上の観光客が期待できると言われています。
 ただ、このお店が観光客向けかと言うと、とても首肯できません。
 私達が目を向けるべきは、あくまでも大会参加者。彼らにまとめ買いを
 して貰う事が、第一の目標です」
「出来るだけ強い人に買って貰うのが、第二目標だね」
「はい。そして、フランやリオの負担を出来る限り軽くしてあげられれば、
 私達勇者一行にとっても、大きな利になります」
【エル・バタラ】の日程は、他の大会と比較し、過密と言われている。
 参加者の人数である程度調整されるので、現時点ではまだ日程の詳細は
 わかっていないが、前回大会の際には、総勢56名の参加者が僅か九日の間で
 優勝者を決定した。
 予選から決勝まで、全て中一日で行われており、もし少しでも
 深手の傷を負ったり、病気で体調を崩したりすれば、それが致命打となる。
 ただ、大会期間は長い方が地域の利益にとっても、運営側にとっても
 良いと言う意見が出ており、この日程は見直しされるとも言われている。
 ただ、試合日程が中一日だろうと中二日だろうと、或いはそれ以上になっても、
 即効性が重要視される事は変わりない。
 もし、フランベルジュとリオグランテが勝ち進んで行くならば、
 怪我の治療や疲労回復の効果を持つ薬草が、大いに役立つだろう。
 尤も、その利点はお金さえ払えば、対戦者にも与えられるもの。
 二人だけの利点にしてあげられないのが、店を構える者の宿命だ。
「でも、そう簡単に即効性の高い薬草なんて、手に入らないんだよね。
 大体は大手が独占的に仕入れていくから」
「それは仕方ありません。隙間産業らしく、その大手が置いていない薬草に
 焦点を絞りましょう」
 と言う訳で――――二人が向かったのは、その大手薬草店の一つ【スルハナ】。
 女性ばかりが働くこの店は、つい先日、香水店【パルファン】と提携を果たし、
 早くも合同開発の香水【天使の吐息】が売りに出され――――品切れ状態になっている。
 薬草店【ノート】の全陳列棚と然程変わらない面積が、全て空白となっている様は、
 壮観の一言。
 これが大手。
 貧弱な店とは、まるで圧が違う。
 圧倒的戦力差の前に、フェイルは思わず床に突っ伏しそうになった。
「ここで挫けていては、先がもちませんよ」
「ああ……そうだね」
 更にその後、丸一日を消費し、幾つかの大手薬草店を回った結果――――
 取り敢えず、収穫を得た。
【エル・バタラ】を控え、各店が特別な品揃えをしているのは間違いない。
 中には露骨に【エル・バタラ】特設コーナーを構えている所もあった。
 ただ、特殊な品揃えの店はなく、単に普段から店で出している薬草を
 普段より多めに宣伝しているだけ。
 大手ならではの余裕が窺えるが、付け入る隙は見えた。
「揃えておくべき商品は、纏まりましたか?」
 夕日が漂う中、緩やかな歩調で隣を進むファルシオンに、
 フェイルは首肯してみせる。
「一応ね。痛み止め効果の高い薬草を2、3と、疲労回復の薬草を5種くらい。
 血止め効果の高いのも、1つ仕入れておこうと思う」
「どの程度の時間で効果が出ます?」
「薬草の種類で大分違ってくるね。一番効果が出易いのは、直接患部に摩り込む
 痛み止め。加工して、あらかじめ軟膏状にした物なら、数時間で効果が出る。
 でも、煎じて飲む疲労回復系の物は、丸一日くらい掛かるかもしれない」
「一日では、厳しいです。半日に縮められませんか?」
「……やってみるよ」
 歩きながらの本格的な打ち合わせが、佳境を迎えたその時――――
 二人は思わず、立ち止まった。
 そこは、アロンソ通りから少し東の位置にある、傭兵ギルド【ウォレス】の傍。
 フランベルジュが訓練の為に通っているギルドだ。
 そこに、彼女の姿があった訳ではない。
 数人のギルド員が、建物の前で雑談を交わしている、良くある光景。
 ただ――――漏れ聞えるその言葉の中に、『あの金髪女』と言うフレーズが
 含まれていた事が、足を止める原因となった。
 フェイルは眉を潜めつつ、その雑談に耳を傾ける。
 すると――――
「つーか、あんなイイ女が何で剣士なんてやってんだ? 大した腕でもねーのによ」
「目立ちたいんじゃねえの? よくいるじゃん。周りよりちょっと剣が振れる
 もんだから、煽てられて勘違いするヤツ」
「ああ、そんな感じだな。今日なんて、オスバルド副隊長に実践訓練の直訴だぜ。
 うわ、何コイツ身のほど知らず過ぎるだろ、女が何調子乗ってんの? って感じだよな」
「惨敗だったな、アレ。無様だよなあ。あー笑えた」
 聞えてくるのは、中傷の嵐。
 潜めていたフェイルの眉が、次第に角度を変えた。
「……」
 一方、ファルシオンの顔に変化はない。
 変化はないが――――明らかに、その右手は何らかの所作をしようと動いていた。
「こんな所で騒ぎを起こすのは、らしくないんじゃない?」
「そうですね。そう言う行動は、私らしくありません」
 思わず釘を刺すフェイルに、普段と同じ声で答えるその姿は、
 完全に怒っている人間のそれだった。
 顔も声も、憤怒を表現する為の必須要素ではない。
 フェイルはこの日、そんな事を知った。
「言わせておけばいいよ。あの連中は、そうする事でしか『誰かの上にいる自分』を
 表現できないだけなんだから」
 とは言え――――実際にその怒りをここで顕にされたら、損をするのは
 他ならぬ勇者一行。
 既に来訪から結構な日にちが経過しているので、今更その存在が
 明るみに出たところで、レカルテ商店街の面々が【ノート】に殴り込みに
 やってくる事はないだろう。
 ただ、【ウォレス】と言う大きなギルド相手に、ケンカを売るような真似をすれば、
 単にこの街に居場所がなくなると言うだけでは済まない。
【ウォレス】はエチェベリア全土にあるギルドだ。
 まして、魔術士が街中で『悪口の報復』と言う動機で魔術を使用する事は、
 アランテス教の教えにも背く事になる。
「……わかっています」
 ファルシオンは、納得と不服の狭間で揺れながらも、指から力を抜いた。
 そして、どちらからともなく、その場を離れる。
「私達は、まだ駆け出しの勇者一行『候補』ですから、あの手の誹謗中傷は
 影で散々言われているんでしょう。それに逐一反応していては、身が持ちません」
「その割に、まだ腑に落ちないみたいだね。僕も似たようなものだけど」
 歩く速度が、先程より明らかに速い。
 フェイルは苦笑を浮かべるでもなく、それを踏まえた指摘をした。
「フランも、口は悪いです。ですが、決して身のほど知らずではありません。誰よりも
 自分の現状を知っています。知った上で、格上の相手に好戦的な態度を取ったり、
 斜に構えて見せたりします。そうする事で……必死に『勇者一行』の旗を掲げてるんです」
「見栄、って言って良いのかな」
「はい。でも、その動機は、虚栄心の充足ではありません。それを知っているので、
 彼らの言葉には、正直苛立ちを覚えます」
 珍しく、ファルシオンは自己の感情を口に出した。
 思わずフェイルは、そんな魔術士の顔を凝視する。
「……何でしょうか」
「いや、別に」
 一度――――フェイルは、攻撃性を有したファルシオンの表情を視認した事がある。
 流通の皇女スティレットの隣にいた、ヴァールと言う女性と対峙した際。
 理由は、アウロス=エルガーデンの作ったと言う、オートルーリングと言う技術を
 貶されたから。
 その時のような激情ではないが、一瞬魔術で実力行使を試みようとしたのは同じ。
「意外と、怒りやすいのかなと思って」
 そんな素直なフェイルの感想に、ファルシオンは若干目を細めた。
「……」
 だが、特に何を言うでもなく、微かに歩幅を広くし、進んで行く。
 フェイルは苦笑しながら、それを追った。
 その後は、無言でアロンソ通りを移動。
 特に気分を害したと言う訳ではなく、単純に二人とも疲れていた。
 そして――――
「……フラン?」
 薬草店【ノート】に着いた二人の視界に、腰まで伸びた金髪を風に棚引かせた
 女性剣士が映る。
 その姿に、負傷している様子はない。
 先程のギルド員の話通りなら、オスバルドと言う名の副隊長に挑み、
 あしらわれてしまった筈。
 つまり――――負傷する程の攻撃すら、引き出す事が出来なかった事になる。
「ファル。悪いけど先に帰ってて。私はそいつと話があるから」
 その顔は、思わず悲壮感を覚えてしまう程に、切羽詰っていた。





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