「フェイルさん、これを見て下さい」
 翌日――――相変わらず客足の異常に鈍い薬草店【ノート】の麗らかな午後にて。
 目を血走らせたファルシオンが、カウンターの上に紙の束をドッサリと置き、
 身を乗り出してきた。
「……な、何?」
「私なりに纏めた、薬草店【ノート】の今後の方針です。これで確実に
 売り上げは上がります」
 表情そのものは普段と変わらないが、圧は比べ物にならない。
 ファルシオンは更に目を血走らせ、顔を寄せて来た。
 その顔には、こう書いてある。
『今直ぐ見なければ魔術でこの店を潰す』と。
「わ、わかったよ、見るからそんなに脅さないで」
「……脅しているつもりはなかったんですけど。寝不足で目が霞んでいまして」
 とてもそう言う解釈は出来ない圧をまだ肩に感じつつ、フェイルは
 積まれた紙の山を手に取った。
 そこには、いつぞやの紙芝居と同じタッチの絵で、【ノート】の未来予想図が
 克明に描かれている。
 確かにわかり易いが、絵を入れる意味は余り感じられず、フェイルは
 頭を掻いた。
 それは兎も角として――――ファルシオンが考えた方針は、非常にシンプルだった。
 まず、現在の薬草店としてのあらゆる自己同一性を排除。
 その説明の為に、これまでの数々の失態や、閑散とした店内の様子を
 実に20枚の紙を費やし、鮮明に描いていた。
「……だから、この苛めは一体なんなの?」
「わかり易くしているだけで、特に精神攻撃のつもりでは」
 その割には、影絵まで使って内面の機微を表現するなど、凝りに凝っていた。
 そして、その説明地獄が終わった後に、今度は『エル・バタラ』の文字が現れる。
「成程。この大会をきっかけに、新しい【ノート】を作ろう、って事か」
「そう言う事です。薬草の本分は、闘いの中にある筈ですから」
 国内でも屈指の規模を誇る武闘大会。
 当然、数多くの参加者が訪れる。
 その中には、早めに到着し、調整の為の稽古を行う戦士も多数いるだろう。
 場合によっては、激しい特訓で負傷する者もいるかもしれない。
 また、試合中に負傷し、次の試合に出られるかどうか微妙な状況が生まれるかもしれない。
 そこで、薬草店の出番。
 仮に、優勝候補の人間が試合で負傷し、その負傷をあっと言う間に直す
 薬草を提供できたとしたら?
 そして、その戦士が優勝でもしたら?
 その店の名は、一気に国内全土へと知れ渡る事になるだろう。
 無論、これはあくまでも極端な例。
 フェイルにとっても、そこまで有名になられては困ると言う事情がある。
 だが、方向性としては、シンプルであると同時に、本分。
 薬草とは、戦いにおいて負傷した人物を癒す為の物。
 劇的な効果はなくても、適切な配合と処置を行えば、自然治癒を大きく
 促進し、驚くべき回復力を発揮させる事は十分可能だ。
 まさに、好機。
 薬草と言う商品と、薬草士と言う職業、そして薬草店と言う施設の
 存在感を大々的にアピールする絶好の機会に他ならない。
「……でも、薬草店はここだけじゃないからなあ」
 当然、フェイルもその事は頭に入っていた。
 だが、お世辞にも大型店とは言えない【ノート】は、まともに薬草店として
 他の競合店と戦っても、勝ち目はない。
「そこで、こうします」
 ファルシオンは更に床に置いていたらしき紙の束をカウンターに積んだ。
 先程の倍の厚さに、フェイルの目が大きく見開かれる。
「御一読願います」
「う、うん……まさかこれ作る為に徹夜した?」
 その質問に対する返答はなかったが、それを半ば確信しつつ、
 フェイルは言われた通りに目を通した。
 今度は、一転してかなり手の込んだ戦略が記されていた。
 まず、近隣の薬草店全店のリサーチ。
 市場調査は既にやっているが、それを特定の分野に絞って行うと言う
 これまでやった事のない試みが記されていた。
 その分野とは――――薬草の即効性。
 各店で扱っている薬草の中で、最も効果が速く出るものを調査すると言う事だ。
「……成程ね。速さを売りにするのか」
「そうです。大会前、そして大会中に、参加者が最も欲するのは、一日でも、
 一時間でも早く、負傷を軽減させる事。完治は出来なくても、痛みを抑えたり、
 出血を止めたり出来れば、それで良いと言う状況が多々生まれます。
 この一点に賭ける……そう言う戦略は、有効だと思いますか?」
 ファルシオンは断言せず、フェイルに判断を仰いだ。
 自信はある。
 だが、店主の顔を立てる。
 いかにも、勇者一行の頭脳らしい、筋の通った提案だった。
「問題は、即効性の高い薬草の入手、そして処方……か。つまり、
 僕の腕に掛かってるって事だね」
「そう言う事になります」
「……了解。薬草店【ノート】はこれから『エル・バタラ』開催へ向けて、
 即効性を重視した商品揃えを徹底してやって行く」
 店主として、フェイルは方針を決定、そして宣言した。
「ただいまでーす!」
「今日も見事に無人店ね」
 それとほぼ時を同じくして、リオグランテとフランベルジュが来店。
 フランベルジュは訓練帰りらしく、美しい金色の髪の毛が
 少し乱れている。
「余計な事は言わなくて良いの。って言うか、この時間に訓練切り上げるんなら、
 お店手伝ってよ。掃除とか」
「入り口の風通しが悪いから、埃が溜まってるのね。でも私は疲れてるから却下。
 あーあ、誰かさんが香水店との提携話を纏めてれば、汗の臭い消せるのに」
 皮肉めいたフェイルの要求は、三倍にして返された。
「ったく、悪態だけは一流だね……打たれ弱い癖に」
「病気にも弱いですしね」
「乗り物にも弱いですよ、フランさんは」
「うっさい!」
 ガントレットを外しながら叫ぶ金髪の剣士に、残りの三人は
 含み笑いを浮かべて茶化す。
 そんな中――――入り口の扉が静かに開いた。
「ま、乗り物に弱いくらいなら、別に問題ないんだろうけどな」
「あっ、ハルさんだ」
 唯一、歓迎ムードで笑顔を見せるリオグランテとは対照的に、
 残りの面子の表情は冴えない。
 ハルはそんな対応に辟易しつつも、革製のブーツでツカツカと入店し、
 カウンターに肘を乗せた。
 そして、その視線の先にあるのは――――フランベルジュの顔。
「エル・バタラに参加するんだよな? 冷徹剣士」
「……誰に聞いたのよ」
「聞かなくても、この時期にギルドに顔出して修練場使う部外者は全員そうだ。
 悪い事は言わねー。止めとけ」
 笑顔で、ハルは通告を述べた。
 無論――――冷徹剣士は、それを黙って受け入れるような性格ではない。
 その猫のような目を細め、こめかみを引きつらせる。
「それは、どう言う意味?」
「言わなきゃわからねー程、自覚がないとは思えねーけどな。ま、ハッキリ
 言っちまえば、通用しねー、って事だ」
 例えるなら、雷のような宣告。
 貫かれたフランベルジュは、一瞬にしてその顔を狼のように変貌させる。
 歯を食いしばったその口元は、今にも絶叫を発しそうに、小刻みに震えていた。
 が――――
「普段のエル・バタラなら、俺もここまでは言わねーよ。けどな、今回は
 チト事情が違う。特別だ。運が悪かったな」
 それを制するように、ハルは不敵に笑みながら、告げた。
 エル・バタラは四年に一度の開催。
 これまでに、幾度となく開かれてきた、歴史ある大会だ。
 その中には、何人もの伝説に残る優勝者が生まれ、多くの猛者が誕生してきた。
 ただの力自慢や血気盛んな若者ばかりではなく、各ギルドの新鋭、流離の
 冒険者、貴族お抱えの傭兵――――時期によっては、騎士の参加もあったくらいだ。
 その大会の歴史の中にあって、ハルは『特別』と称した。
 エル・バタラに関して、その開催を知って以降、自身の足と目で調べて来た
 フランベルジュは、更に険を濃くする。
「……どう言う事?」
 今や他人事ではないフェイルも、怪訝な顔を浮かべ、問う。
 それに対し、ハルは満足げに微笑んだ。
「おう。例の御嬢様失踪事件があったろ? スコールズ家が色んなトコロに
 声かけて、結果的にはそこにいる勇者君が連れ帰ってきた。
 これで、ウチも含めて、各ギルドがメンツ潰された格好になったワケだ」
「え? 僕はただ付き添っただけで、僕が連れて来たわけじゃ……」
「誰もそうは思ってねーの。実際お前さん、最近スコールズ家に
 何度も足運んでんだろ? 勇者が街の権力者と懇意になったって、
 ギルド界隈じゃ持ちきりだぜ」
 ハルのその物言いは、理に適ってはいる。
 が――――その令嬢失踪事件自体、裏があると言う事を信じて疑わない
 フェイルとファルシオンは、それを鵜呑みにする事は出来ず、神妙な
 顔つきで、続きに耳を傾ける。
「余所者から手柄を奪われたってんで、殺気立ってんだよ。名声を欲しがってる。
 スゲー面子が顔を揃えるみてーだぜ」
「ハルは参加しないの?」
「生憎、お祭りとは相性悪ーんだ。あんま目立てねーんだよ、俺」
「自信がないだけじゃないの?」
 半眼で腐すフランベルジュにも、まるで動じず。
 寧ろ、その目を涼しく整え、口元を更に緩めた。
「ま、優勝って意味なら、そうかもな。面子見れば、お前さんも嫌でも理解するだろうよ。
 自分がどんな立ち位置にいて、どんな惨めな思いをするか……な」
「……上等。より一層やる気が出た、って言っておく」
 鼻息荒く、フランベルジュは店を出て行く。
 その様子を、フェイルは嘆息交じりに見送り、ハルへ視線を動かす。
「そんなに、凄い連中が集まるの?」
「おう。正式にエントリーするまでは喋れねーけど、シャレになんねーぞ。
 あの冷徹剣士じゃ、予選通過も怪しいぜ。虚勢張るのは、精神が弱い証拠。 
 あの手のタイプは本番弱ーんだよな」
「あの……」
 真面目な顔で分析するハルに、リオグランテがおずおずと手を挙げる。
「リオ、どうしたの?」
「わっ! フェイルさんが急にフレンドリーに!? 何事ですか!?」
「……」
 ファルシオンとの約束を一つ果たしたフェイルは、次に待っている相手の
 反応を想像し、何となく肩を落とした。
「良いから、話続けて」
「あ、はい。えっと、実は僕も参加する事になりました。エル・バタラ」
「それは決定事項では?」
 首を捻るファルシオンに、リオグランテは眉尻を下げる。
「そうなんですけど、少し事情が変わって。スコールズ家の代表として
 出場する事になっちゃいました」
 それは、余りに唐突な宣言だった。
 が――――
「……まあ、勇者だしね」
「勇者ですから」
「勇者だなー」
「え? え? え?」
 特に意外性はなかったので、大して盛り上がらなかった!
「えっと……スコールズのお家で、一悶着ありまして。リッツのお父さんと、
 ずっと仲良くしてた宝石のお店の人とがケンカになって、勝負をするとか
 言う事になって。で、エル・バタラにそれぞれ『この人は』って人を出場させて……」
「その出場者がより上位に進出した方が勝ち。で、スコールズ家の代表として
 出場する事になった、と言う事ですね」
 ファルシオンの言葉に、リオグランテはコクリと頷いた。
「全く、本当に勇者だよね」
「勇者ですね。これだから勇者は」
「勇者だ。呆れるくれー勇者だ」
「ううう」
 良くわからない非難を受け、リオグランテは頭を抱えた。
「と言う訳で、僕は暫くスコールズ家で特訓を受ける事になりました。
 暫くお店は手伝えません」
「本当、借金してる自覚ないよね……ま、仕方ないけど」
 賞金を獲得して、借金を返済すると言う方向で話が纏まっている以上、
 ダメだとは言えない。
 こうして、エル・バタラ開催を前に、薬草店【ノート】は最小限の人数で
 運営して行く事となった。






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