期間にして、ほんの三日。
 フェイルが地上から姿を消したその三日間で、レカルテ商店街は
 驚くほどに様変わりしていた。
『フェイル=ノートを見かけましたら、薬草店【ノート】まで御一報を』
『人気のない薬草店の店主が姿を消しました。情報求む』
『←を見かけましたら、薬草店【ノート】にご連絡下さい』
 このような、フェイルを尋ね人として扱っているビラが、あちこちに張られていた。
 ちないに、最後の『←』の先はフェイルの似顔絵が描かれているが、
 髪を束ねた『しっぽ』以外は特徴らしい特徴はなく、それ以前に人間の輪郭を
 形成していない為、判別は不可能に近い。
「……連絡してなかったの? あいつ」
「そうみたいですね」
 流石に三日不在となれば、尋ね人扱いされて当然。
 迂闊な店主に、フランベルジュは呆れ顔、ファルシオンはいつもの顔で
 商店街を闊歩し、【ノート】へと向かう。
 その途中――――
「こんのダメ亭主! 折角の一攫千金のチャンスを不意にして! てゅりゃ! てゅーりゃ!」
「ひーっ! カミさん勘弁ーっ!」
 武器屋【サドンデス】の前で、そんな声が響くのを聞いたが、二人は特に
 気に止める事なく、歩を進め、進め、進め――――目的地へと辿り着いた。
 未だ、負債額を支払えずにいるこの場所に、負い目がない訳ではない。
 一刻も早く度を再開しなければならない事情もある。
 それでも――――何故か、この店に入ると言う行為が馴染んできている事に、
 二人は嘆息を禁じえなかった。
「いらっしゃいませー! お二人様ですか?」
 そして、突然接客された事に、同時に驚きを禁じえなかった。
 トコトコと現れたのは、近所に住む少女、ノノ。
「うなー」
 その頭上には、飼い猫のクルルもいる。
 ノノはちっさな身体にエプロンをまとい、ペコリとお辞儀した時点で、
 顔見知りである事に気付いた。
「あら、ノノちゃん。何してるの?」
「はう……えっと、えっと……」
 ジリジリと後退。
 完全に怖がられている体勢と確信し、フランベルジュはこっそり傷付いた。
「ファル……私、性格変えた方が良い?」
「そのままで良いと思いますよ。幼女に懐かれるフランを見ても、
 誰もフランとは思えませんし」
「くっ……悔しいけど確かに」
 己を知るフランベルジュは、無念の表情を浮かべつつ、膝を屈めて
 ノノと視線を並べた。
「えっと……ウェイトレスをしてます」
「ウェイトレス? ここ、薬草店よね?」
「どうやら、そうではないみたいですよ」
 ファルシオンの呟きに、フランベルジュは周囲を見渡し――――硬直する。
「いやあ、何と言う珍味。ネズミ臭さがハーブによってしっかり消えている」
「こっちのコウモリも行けるぜ。こんなゲテモノ料理、他では食えないよなあ」
 薬草店【ノート】は、食事処になっていた。
 商品陳列棚は済みに追いやられ、代わりに白いクロスを重ねたテーブルが
 規則的に並べられている。
 椅子も、決して高くはないが、上品で新しい物が搬入されていた。
 何より、テーブル上に並ぶ料理と、それを嬉しそうに食す客に
 おぞましさを感じ、フランベルジュは肌を泡立てていた。
「一応、説明をして貰えると助かります」
「えっと、フェイル兄様が帰って来るまで、このお店を守り立てよう作戦
 パート2、です」
「そう言えと、言われた相手はどちらに?」
「シェフは、あちらになります」
 ノノが指差す店の奥に、ファルシオンは視線を移した。
 アニスの声が遠くから聞こえて来る――――
「こら! バタバタしない! ちょっと血を抜くだけだから! コラ、馬!」
「ぶひひひひひひひひひひひひひひひひ!」
 ファルシオンは視線を戻した。
「……取り敢えず、このレストランは本日限りのスペシャルデーと言う事にしておきましょう」
「流石に、ゲテモノ料理屋になった我が店を見たら、卒倒するでしょうしね、あのバカ店主」
 二人して、溜息。
 勇者一行は、気付けば【ノート】の良心となっていた。
 ちなみに、その冠である筈のリオグランテは、現在スコールズ家の食事に呼ばれている。
 着々と親睦を深めている様子。
 今回、報酬は得られなかったが、貴族と懇意にしておけば、別件で臨時収入と言う
 可能性もあるだけに、ある意味では勇者が最も頑張っている。
「あ、あの」
「何?」
「す、すいません何でもないです」
 珍しく話しかけて来たノノに、フランベルジュはつい普段のような口調で
 返してしまい、口を押さえた時にはもう遅かった。
「……私、やっぱり性格ちょっと矯正した方が良いのかも」
「止めはしませんけど、無駄な努力に終わると思いますよ。
 ノノちゃん、どうしました?」
 特に表情を変えずに問うファルシオンに対し、ノノは怖がる事なく
 視線をそちらに向けた。
「フェイル兄様は、今どこに?」
「うなー」
 クルルも問う。
「フェイルさんは、ちょっと用事があって街に出ています。直ぐに戻ってくると思いますよ」
「そして、この有様を見て愕然とするのね」
「手馴れたものです」
 愕然芸が板に付いて来た哀れな店主の言われように、ノノとクルルは
 キョトンと首を傾げていた。


「……これは、何?」
 目の前に差し出された金貨の山を眼前に、フェイルは顔をしかめ、首を傾げた。
 諜報ギルド【ウエスト】ヴァレロン支部、支隊長室の窓からは、風は一切
 入り込まず、室内は淀んだ空気で覆われている。
 その空気を生み出している張本人――――フェイルを前に、部屋の主ではないが
 その代理を勤めているデル=グランラインは、顔色一つ変えずに微笑んだ。
「何って、モチロン報酬だヨ。スコールズ家御令嬢失踪事件のネ」
 リッツが自分の家に戻ったのは、自分の意思。
 そして、それに同行したのは、勇者リオグランテ。
 その為、この事件を解決に導いたのは、リオグランテと言う事に巷ではなっている。
 だが、【ウエスト】の見解はそうではないらしい。
「もう情報が伝わってるの? 早過ぎるね」
「これくらいじゃないと、諜報ギルドなんて名乗れないってコト。
 と言うワケで、これは正当な成功報酬。どうぞ収めてくれ給え。あ、例の
 こっちのメンツに関しても、これで果たせるコトになるから安心していいヨ。
【ウエスト】の影響力は、キミの活躍で保たれた。結構噂になってるヨ、キミ」
 それは――――【メトロ・ノーム】の酒場での一幕や、アルマ=ローランと
 暫く行動を共にしていた点、そして何よりあのバルムンクと一戦交えた事
 全てを差してのものだった。
 フェイルはそれを理解し、小さく息を落とす。
 改めて、諜報ギルドの恐ろしさを知った――――そんな感想を抱いて。
「さて、わざわざ御足労頂いて恐縮だケド、これでも少々忙しい身でネ。
 ここらでお暇して貰えると助かるんだケド」
「その前に、依頼したい事がある、って言ったら?」
 そんな――――フェイルの言葉に、デルの眉毛がピクリと動く。
「お客様なら、どんな時でも大歓迎だヨ。話を聞こうじゃない」
「封術士、って知ってるよね」
 そんなデルの目を睨むように眺めつつ、フェイルは問うた。
 そして――――暫くそのまま、お互いの目にお互いの目を移し込む。
「……モチロン。アルマちゃんと知り合いだしネ。それが何か?」
「そのアルマ=ローランの代わりが出来る封術士を一人、用意して欲しい。
 一日だけでも構わないから」
「それは……結構、難題だネ。お値段、張るよ?」
「これで足りるかな?」
 フェイルは身動き一つせず、そう聞き返した。
 デルは、目の前に積まれた金貨に一瞬目を向け、そして口元を緩める。
「了解。確かに引き受けたヨ。【ウエスト】が総力を挙げて見つけよう」
「お願いします」
 フェイルは小さく頭を下げ、踵を返し――――目を押さえ、暫し俯いた。
「眩暈でもしたのかナ?」
「……ちょっと、疲れてるんだ。色々あって」
「無理もないヨ。あのバケモノと戦り合って、大したケガもなく生還するなんて
 それだけでも信じられないコトだもんネ。暫く養生しなヨ」
「御厚意に感謝を」
 フェイルは押さえていた手を離し、そのまま部屋を――――
「……」
「どうしたの?」
 出る直前、部屋の左側の壁をじっと眺める。
 そこには、様々な書物を収納した本棚が並んでいた。
「古い手だね」
「……」
「それじゃ、失礼します」
 そして、今度こそ支隊長室を後にした。
 暫し、沈黙が流れ――――鼻から息が漏れる音が室内の空気を揺らす。
「大したものだネ。それとも、似たような仕掛けを見たコトがあるのかな?」
 その後、そう独りごち、デルは金貨もそのままに、腰を上げて
 本棚の並ぶその場所へと移動した。
 そこで、手前から数えて二番目に並んだ本棚の、上から二段目の棚にある
 書物を抜き取り、その一頁を開く。
 デルは、魔術士ではない。
 だが、その書物を開いて直ぐ、彼の周囲にルーンが生まれた。
「封術士、か。久々に聞いたネ、その言葉」
 そのルーンによって放たれた光が、本を失った棚に流れ込むように移動し――――
 本棚全てが瞬時に崩れ落ちる。
 代わりに、扉が現れた。
「第二級幻覚指定、解除……っと」
 デルはそれを開き、隣の部屋へと移動する。
 その部屋の廊下側には、扉はない。
 窓もない。
 だが、光源のない筈のその部屋は、隣の部屋と同じ明るさを保っていた。
 そんな空間に、既に二人の先客が座っている。
「用事はもう、宜しいのですか?」
 香水店【パルファン】主任、マロウ=フローライト。
 そして――――
「ええ。流石に、これ以上貴方がたを待たせるワケにはいきませんしネ。
 特に、そちらの方は」
「……」
 デルの視線の先で腰を下ろす、薬草学の権威、ビューグラス=シュロスベリー。
 こちらは、マロウの温和な表情とは対照的に、険しい顔つきで虚空を眺めている。
「これで『依頼』は果たしましたヨ、ビューグラス殿」
「……ああ。わかっている」
 その顔のまま、ビューグラスは足元に置いていた布袋をテーブルへ置いた。
 中身は、金貨。
 デルの机に積まれたままになっているそれの、10倍以上の重さの。
「それにしても、面倒なコトしてますネ。口実作りから、誘導まで……
 上手く行っているウチはイイですケド、ボロが出たらこの上なう滑稽ですヨ、我々」
「それは大丈夫だと思います。少なくとも、今のところは」
 マロウの断言に、デルは破顔し、その女性の隣に腰掛けた。
「フェイル=ノートが【メトロ・ノーム】の存在を知り、実際そこへ赴く。
 これで、貴公が提唱していた『例の計画』の発動条件はクリアしましたヨネ」
「そうだ。ただ、今直ぐと言う訳にはいかぬ」
「もう一つの計画との兼ね合いもありますから。少々歯痒いですが……」
 マロウは心底残念そうに呟き、その顔をビューグラスへと向ける。
「改めて御礼を言わせて頂きますね。事前にお報せ頂き、ありがとうございます。
 歴史的瞬間を、生きて目撃できる喜び……私は今、それを感じています」
「【パルファン】とは、君の父上の代からの付き合いだ。それを無碍にする事はない」
「美しき友情、と言ったトコロですか。それなら、こちらはさしずめお金のカンケイ、ですネ」
「そうでもない。『彼』の口添えあってこそ、だ。でなければ、我々のこの関係性は
 あり得んだろう?」
 間者を送り込み、それを亡き者にされた街の権力者。
 諜報団体としてのメンツを潰された、ギルドの権力者。
 相容れる筈のない二人だが、現実にはこうして契約を全うし、報酬を支払っている。
 或いは、ここもまた――――【メトロ・ノーム】だった。
「では、私はお先に失礼します。【花葬計画】実行の折には、改めてお報せ下さい」
 丁寧な所作で、マロウが立ち上がる。
 その目には、この街を牛耳る支配層の二人に決して見劣りしない光が宿っていた。
 表すならば――――妖艶。
 誰よりも艶やかで、そして妖しい。
「何か用事でも?」
「明日、デートなんです。先程、隣にお越しになっていた殿方と。その用意を」
「それはそれは」
 微笑むマロウに、デルは目を細めて笑い返す。
 そして――――口元で小さく囁いた。
「相変わらず、食えない女だネ」
 その声が微かに聞こえる位置にいたビューグラスもまた、口元だけで笑んだ。


 翌日――――
「では、契約は不成立と言う事で。御縁がなく、残念に思います。またお声を掛けて下さいませ」
 薬草店【ノート】は、成立した筈の契約がものの見事に破談し、空っ風に蹂躙されていた。
【パルファン】の主任が颯爽と去っていく中、フェイルは応接室代わりの茶の間で
 呆然と、唖然と、そして愕然としていた。
「見て下さい。あれが一流の愕然芸です」
「ふええ……フェイル兄様、かわいそう」
 ファルシオンとノノがその様子を覗く中、店外ではレストランの突然の休業に
 怒り心頭の客達が建物を取り囲んでいる。
 ちなみに、破談となった理由もこれ。
 コロコロ店を変えるような相手と、契約は出来ない――――至極尤もな意見だった。
「どうして……こうなっちゃうんだろう……」
 遠くを、と言うか死後の世界を見つめているフェイルを他所に、店内は
 改装――――と言うより元に戻す作業を行う屈強な男達が淡々と作業している。
「まさか、一日で廃業になるなんて思ってなかったから、食材買い込んじゃったのよ。
 改装の人件費もバカにならないし……大赤字。可哀想なフェイル」
「大変ですねー。僕は今日もお呼ばれされてるんで、手伝えないですし」
 そして中庭では、他人事のように話すアニスとリオグランテ、その二人を背に
 黙々と剣を振るフランベルジュが、それぞれの思惑を胸に、新鮮な空気を
 吸い込んでいた。


 その後、着々と店内改装は進み、あっと言う間に薬草店【ノート】は元通り。
 客足も同様に、元通り。
 閑散とする店内には、もう直ぐ開幕を迎える『エル・バタラ』の参加者を募る
 張り紙が余り意味なく貼られ、一応は時の移ろいを感じさせた。
 そして――――
「……本当に良いの? 貰っても」
「ノノは頑張ってくれてたらしいからね。そのお礼」
「わーい! ありがと、フェイル兄様!」
「うなーっ」
 パタパタと店を出て行くノノの手には、店頭の隅に置かれている
 小さなガラスケースにずっと入ったままになっていた指輪があった。
 長らく、非売品として展示されていた指輪。
 それは、とうに輝きも本来の目的も失っていたが、少しだけ長い時を経て、
 今日のこの日、小さな役割を得た。
「……」
 空になったケースを暫し眺め、フェイルは天井を仰ぐ。
 とうに潰えた夢の、最後の残り香を惜しむかのように。
 そして。


 ――――限りある景色を、焼き付けるかのように。 









 the place without fine and rain either.

the world without dream and hope either.

and , a life lost in the future and the past.

still, there is a certain role there, and someone is providing that it is accomplished.

is it a crime?

or, the punishment?

...and others to ――――






"αμαρτια"

#3

the end.





 

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