ヴァレロン新市街地において、スコールズ家は良家の象徴的存在として
 圧倒的な存在感を放っていた。
 だが、その誇らしい事実は、必ずしも全ての人間を幸せにする訳ではない。
 その犠牲になったのは、スコールズ家の一人娘、リッツ=スコールズだった。
 徹底した箱入り戦略で育てられた彼女は、家から出る事すら殆どなく、
 館と言う名の檻の中で、『何不自由ない』と教え込まれた生活を強いられていた。
 だが、幾ら壁で遮っても、全ての情報が遮断される訳ではない。
 まして、人間は『知る生物』。
 リッツは生を受けてから然程年月を要せず、自分が不自由である事を知った。
 同時に、特に恋愛方面に対しては相当に融通が利かない、と言う事も。
 時代錯誤と言われ続けても尚、貴族社会には必ず潜む、政略結婚。
 一人娘として生まれ、育てられたリッツには、選択の余地はなかった。
 だが、周囲から抑え付けられれば抑え付けられるほど、反発するお年頃。
 リッツはそれがさも当然であるかのように、使用人の一人に恋をした。
 身分違いの恋――――それが叶う事はないと知りつつ、そんな自分に酔う。
 恋に恋する少女に、罪はない。
 ただ、その少女が行動的である場合、周囲は非常に大きな迷惑を被る。
 そして実際、被っていた。
「……令嬢の方が首謀者だった、って事?」
 メトロ・ノームに点在している施療院の一つ【ヴァレロン・サントラル医院 地下支部】
 と言う非常に怪しげな名称の建築物内部で、フェイルは打ち身に良く利くアルニカを
 処方しつつ、今回の『令嬢失踪事件』の経緯と顛末を聞いていた。
 話しているのは、スコールズ家使用人、ウォーレン。
 フェイルの推論では、彼は保守派――――即ちシナウトの一員で、資金繰りの為に
 御嬢様であるリッツを誑かしたのでは、と言うものだったが、彼はその意見に対し、
 首を縦には振らなかった。
 代わりに発せられたのは、ムチャな要求を次々に繰り出してくるワガママお嬢の
 とんでもない行動の数々だ。
 まずは、自己顕示欲。
 まだ12歳でありながら、事ある毎に太腿を露出し、女性である事をアピール。
 だが、その年齢に加え、御嬢様としての英才教育の一環で常にプロポーションには
 目を光らせている母親の手前、非常に細くしなやかに育っている為、余り色気はないらしい。
 それを指摘されると大激怒。
 的確に急所を射抜く蹴りが飛んでくると言う。
 しかも、倒れても執拗に蹴る念の入れよう。
 照れ隠しの域を越えているとは、ウォーレン談。
 その他、庭で入手した名称不明の蟲を突然ウォーレンの耳や口に入れたり、
 首に巻きついて頚動脈を狙って噛み付いたりと、まるで動物のような
 生態を見せる――――そんな愛嬌のある御嬢様との事だ。
「そして、あの日……御嬢様は、こう言ったんです。『お勉強も、ダイエットも、
 お父様の口臭も、もうウンザリです! メトロ・ノームと言う地下にある世界へ連れ去りなさい。
 このわたくしを連れて逃げなさい。おやつは1000ユロー分持って行きます』と」
 尚、1000ユローとはフェイルの食費数ヶ月分に匹敵する金額だが、
 それはこの際どうでも良い事。
 重要なのは、【メトロ・ノーム】の存在を、リッツ嬢が知っていたと言う事だ。
 ある程度の期間を、この真上にあるレカルテ商店街で過ごしていた
 フェイルですら、その存在は今まで知る事のなかった地下世界。
 その情報源はと言うと――――
「それは秘密です……と、そう彼女が固く口を閉ざしました。それだけは
 話してくれなかったのです。兎に角、この度はお騒がせしてすいません」
「僕からもお詫びする。出来れば穏便に事を運びたかったんだけど、
 結果的にギルド総出の大騒動に発展してしまった」
 ウォーレンと共に、施療院にいたアロンソまで深々と一礼した。
 このアロンソとウォーレンは、なんでも騎士時代の友人らしい。
 一人はギルドへ、一人は貴族の使用人へと職場を変えても、親交は続いており、
 今回の件でウォーレンは真っ先にアロンソを頼ったと言う。
 だが、令嬢が失踪した時点で、当然スコールズ家としては誘拐を軸に
 様々な最悪の事態を想定する。
 駆け落ち紛いの家出ゴッコ等と、誰も思いはしない。
 結果として、アロンソだけではなく、数多くのギルド、その他の機関に捜索を
 依頼する運びとなり、このような事態を招いた。
 一方、ただのありふれた家出のつもりで出て行った当人は、アロンソ等から
 現状を聞かされ、当初こそお嬢笑いをしていたが、その後は事の重大さに気付き、
 尻込みして、出て行く事を頑なに拒否し始めた。
 ――――それが、ウォーレンの語る経緯だった。
「これだけ騒ぎになると、『実は家出でした。てへっ』とは出て行けず……
 御嬢様はすっかり、地上へ戻る事を拒否なさってしまっています。
 怖いのです。周囲の大人の冷めた目が恐ろしいのです。どうか、心を開いてあげて下さい。
 それが出来るのは、勇者である貴方だけです」
「わかりました! やってみます!」
 そんな、ウォーレンの願いに応えるべく、勇者リオグランテは
 リッツが閉じ篭っている奥の部屋へと向かった。
 その様子を、フェイルは苦笑しながら眺め――――そして、その目を
 隣で壁に寄りかかっているファルシオンへと向けた。
 視線が一瞬だけ合い、その時点で相互に理解する。
 意見は一致した、と。
「上手く行くと良いな」
「行くでしょう。確実に」
 アロンソの希望的観測に基づく発言に対し――――ファルシオンは、少し早い口調で
 キッパリと断言した。
「そう言う風になっているのでしょうから」
「……どう言う意味だ?」
「わざわざ説明が必要ですか? このような茶番に」
 変化のない表情とは対照的に、ファルシオンの言葉は明らかに苛立っていた。
 フェイルも、似たような心境だった。
「真実を明かす必要がないのであれば、それはそれで一向に構いません。ただ、
 延々と稚拙な脚本を聞かされるのは、正直言って、苦痛極まりないです」
「ど、どうされたんですか? 何が何やら……何故そんなに怒っているのでしょう」
 ウォーレンは、蝶ネクタイをつけている胸元に手を置き、不安げな顔を見せている。
 それもまた、不快な気分を誘った。
「別に良いよ。ここで僕達が何を言っても、本当の事は話されない。それはわかってる。
 ただ、僕達は今、酷く疲れてる。虫の居所が悪い。察して貰えると、助かるんだけど」
 思わず口を挟んだフェイルに、視線が集中する。
 ウォーレンは特に変化はなかったが、アロンソの目の色は明らかにファルシオンを見る
 時とは異なっていた。
 その理由は一つ。
『あのバルムンクを追い返した男』
 それが、アロンソに警戒心を与えていた。
 フェイルは、あの闘いにおける経緯に関しては、何一つ語っていない。
 ただ、バルムンクと対峙し、それを退散させた事実は、助けを求めに来たリオグランテや
 ファルシオンの必死な姿や、フェイルがいた地点に生まれていた幾つもの
『踏み込み』によって出来た大地の痕からも、明らか。
 バルムンクは確かにそこにいて、駆け付けた時には居なかった。
 それが、必ずしも実力行使によって退散に追い込んだとは限らないが、
 少なくとも、【ラファイエット】の大隊長が撤退したのは確かだ――――
 そう言う認識が、アロンソの顔色を変えている。
「……僕は、元騎士だ。今はギルドの人間だけど、騎士道精神を棄てた訳じゃない。
 僕が君達を陥れるような姦計を働かせていると誤解しているのなら、それは解いておきたい」
「元騎士にも色々いるって事は、覚えておくよ」 
 フェイルはそれだけを告げ、アロンソから視線を外した。
 その後、リオグランテの勇者ならではの正義感溢れるスピーチに、世間知らずの
 御嬢様は大感動。
 自ら地上へと戻り、両親に謝ると言う事を約束した。
 条件は、リオグランテが付いてくる、と言う事。
 当然それは了承され、ヴァレロン全土を揺るがした『令嬢失踪事件』は、その幕を下ろす事となった。
 ただ、結果として自分で戻ると言う事になった為、勇者一行が連れて行く事にはならないらしく、
 報酬の支給はなし。
 薬草店【ノート】への弁償代、および路銀の確保は露と消えた。

 そして――――

「全部、嘘? その使用人の言ってる事が?」
 リオグランテが一足先に地上へと戻っている最中、フェイルとファルシオンは
【メトロ・ノーム】管理人、アルマ=ローラン宅を訪ねていた。
 現在、この地下世界は夜を迎えている。
 そして、深淵に囲まれたアルマの家には、フランベルジュとハルも滞在しており、
 合計五人が犇く事となった。
「うん。もう、苛々したよ。聞いてて。まるで整合性がない」
 フェイルの答えに対して、フランベルジュは首を捻る。 
 そして同時に、アルマの淹れたお茶を口に含んで――――微かに眉を引きつらせた。
「……またダメだったんだね」
「そ、そんな事はないのよ。結構、その、独創的って言うか、体験する機会が中々ない
 個性的なお茶だから、損はしてないって気になれると言うか」
 上達したのは、アルマのお茶淹れの技術ではなく、フランベルジュの心遣いスキルだった。
 だが、それも余り意味を成さず、アルマは肩を落としてすごすご奥へ引っ込む。
 その様子を複雑な心境で眺めつつ、フランベルジュとフェイルは話を続けた。
「色々辻褄の合わない部分はあったけど、一番あり得ないのは、【メトロ・ノーム】に
 実際にお嬢様が立ち入った事」
「そうなの? でも、貴族の家に情報通が出入りするのは珍しくないし、そこから
 お嬢様にココの情報が漏れるくらい、普通にあり得るんじゃない?」
「問題はそこじゃありません」
 その会話に、ファルシオンが割り込んで来た。
「まず、この地下世界はその構造上、紹介制に近い状態です。封術がなされているので、
 仮に存在を知ったとしても、おいそれとは立ち入る事が出来ません。ですよね?
 アルマさん」
「そうだね。此方の知る限り、『鍵』を持たずに入って来れた人はいないかな」
 戻って来たアルマのその回答に、フェイルもゆっくり頷いた。
 この【メトロ・ノーム】に入るには、アルマが施してる封術を一部解除しなければならない。
 フェイルもまた、マロウが用意した鍵を使い、ここへ来た。
「そう言えば……あんた等は一体誰の紹介でここに来たのさ」
 そんなふと湧いた疑問を、フェイルは半眼で呟く。
「いえ、紹介ではありません。鍵は入手しましたが」
「苦労したのよね、これでも。酒場たらい回しにされて、最終的には倉庫の中の 
 隠し部屋のタルの中からリオが発見したんだっけ」
「……相変わらず、勇者の素養満点なんだね、彼」
 ある意味、超一流のトレジャーハンターだった。
「過去に118人いるって言う、ここへ立ち入った事のあった人間の誰かが棄てた……
 と言うより、意図的に隠した、と考えるべきか?」
「此方もそう思うかな。棄てるような場所とも思えないからね」
 アルマの発言の通り、酒場の倉庫にわざわざ鍵を棄てる理由はない。
 誰かが、そこへ隠した。
 そして、勇者一行はそれを見つける権利を得た――――そう言う事になる。
「ま、細かい事は良いじゃない。それより、問題ってのは何処のコトなの?」
「答えは簡単です」
 小難しい話が好みでないフランベルジュの話題転換に、ファルシオンが乗る。
「リッツ嬢が『偶々』聞いた【メトロ・ノーム】と言う地下世界に、スコールズ家の
 使用人が『偶々』入れる鍵を持っていた、若しくはそのツテを知っていた……
 取り敢えず、百歩譲ってここまではあり得るとしましょう」
「だけど、一つ大きな問題がある」
 今度はフェイルが割り込む形で話を紡ぐ。
 そして、神妙な面持ちでその『問題』を呟いた。





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