「保守派と急進派。良くある構図ですね」
 閉まった扉を眺めながら、ファルシオンが呟く。
 その声は、明らかに疲労を灯していた。
「自由だからこそ、思想はぶつかり合う。結局のところ、自由と言うものなど、
 この世にはないのかもしれません」
「そうかもね」
 そして、フェイルもまた、嘆息交じりに腰を落とす。
 バルムンクと対峙するのは、それ程にエネルギーを必要とした。
「恐らく、その双方の抗争と言う、典型的な構図なのでしょう。
 元々あったその争いに、今回の令嬢失踪事件が大きく影響を及ぼした、と。
 フェイルさんはどう言う関連性を思い付きます?」
「……あんまり言いたくないけど、駆け落ちって言う推測をそのまま運用するなら、
 保守派の資金繰りって言う線が濃厚じゃないかな」
 フェイルの推論は、こうだ。
 ギルドと違い、保守派であるシナウトには、資金が不足している。
 そこで、保守派の一人が貴族令嬢であるリッツに取り入り、スコールズ家から
 資金を調達しようとしていた。
 もし結婚でもすれば、スコールズ家の財産を運用可能となる。
 が、そこに齟齬が生まれた。
 前提が『駆け落ち』である以上、当人同士の関係は破綻していないのだから、
 考えられるのは、スコールズ家と男との軋轢。
 良くある『身分の違い』による反対、なのかもしれない。
 そこで――――駆け落ち。
 人質となると、完全な悪役となり、他の勢力すべてを敵に回す。
 教会や官憲も。
 だが、駆け落ちとなれば、そう言う訳には行かない。
 色恋沙汰でそれらの勢力は動かない。
 だからこそ、失踪事件として、ギルドや官憲等へ依頼している。
 が、それは表向き。
 実際には、人質も当然だ。
 例えリッツ本人が、そのような認識はなくても。
 もし、失踪事件として捜査している面々が見つけられなければ、
 娘を取り返す為にスコールズ家が下す決断は、二つに一つ。
 二人の仲を認め、婚約関係とするか。
 多額の手切れ金と言う名の身代金を渡すか――――
「同じ意見です」
 フェイルの推論を、ファルシオンは肯定した。
「急進派にとっては、保守派……シナウトの資金調達は阻止したい。
 そこに対立構造が生まれます」
 そして、自身の荷物から羊皮紙の束で作ったノートを取り出し、
 羽根ペンと共にテーブルに向かう。
「以前、アルマさんや酒場のマスターの意見を参考に作った相関図です。
 ここに、今判明した勢力図を加えます」
「なんか、メチャクチャややこしくなったね……」
 自分が今、どの勢力と協力体制を築いているかもわかり辛い状況だった。
 だが、まとめてみると、ある程度わかってくる。
 何故、アロンソがギルドに拘らないのか。
「それはつまり、彼が保守派の一員だから、と言う事なのでしょう。
 ギルドとシナウトの抗争だからと言って、急進派が全員ギルドの所属とは限らない」
「それが、このメトロ・ノームの面倒なところだね」
 つまり――――フェイル達が協力を仰いだ相手は、何の事はない。
 令嬢を匿っている可能性がある勢力、という事だ。
 バルムンクが最後に敵意を示したのも、その所為。
 同時に、アロンソへ会いに来たのは――――
「拠点を突き止め、リッツ嬢の居場所を吐かせに来た……?」
 ファルシオンの独白に、フェイルは目を見開いた。
 繋がる。
 あのメッセージと。
「言う機会がなかったけど、二階に『依頼人、施療院にて待機』って書置きがあったんだ」
「……困りましたね」
 そう。
 同時に、二人は困惑した。
「その依頼人と言うのは、リッツ嬢の駆け落ち相手かもしれません」
「保守派のアロンソに、自分達を匿うように依頼した。と、なると……」
 バルムンクが施療院へ向かっている現状は、最悪。
 彼がそこへ着けば、その時点で事件はあっと言う間に解決へと向かうだろう。
 同時に、勇者一行は謝礼を失う。
 一方、フェイルは――――『アロンソの居場所を教えた』と言う協力事由があり、
 事件を解決に導いたとして、【ウエスト】の提示した条件はクリアできる。
 そうなれば、フェイルは目的を達成できるが、勇者一行は残念無念――――
 と言う結果が待っている。
 ここに来て、捻れが生じてしまった。
 正直に、裏の依頼の事を言うべきか。
 しかしそれを言えば、一介の薬草士と縁のある筈もない【ウエスト】に
 依頼をされた事を詰め寄られる。
 見逃すほど、この女性魔術士は甘くはない。
 フェイルの『裏の仕事』は、決して悪ではない。
 が――――多くの財界人を痛めて来た手前、それを知られるのは問題がある。
 勇者一行は、国王の名の下に活動している。
 もし、裏の仕事が国に対して明るみになれば、薬草店【ノート】が営業停止になる
 可能性も、否定は出来ない。
「……」
 このままでいるべきか。
 現状を打破すべきか――――
「追うにしても、施療院の場所がわからない現状では、先回りは不可能です。
 フェイルさんの知り合いの剣士の方を追いましょう。こちらはアルマさんの
 家へ向かっている筈ですから、方角はわかりますし、走れば直ぐ追いつけます」
 フェイルの逡巡を他所に、ファルシオンは瞬時に建設的な筋道を立てていた。
 確かに、それが最も合理的な方法。
 バルムンクが走って向かっている場合はどうやっても届かないが、ゆっくりと
 歩行していれば、回り道して道を聞いて駆けつけても、間に合う可能性はある。
 ただ、ここで迷っている時間を作れば、それも叶わなくなるだろう。
 決断は、一瞬。
 フェイルはその一瞬だけ、瞑目した。
「……いや、それじゃ間に合わない」
 そして、自身の考えを告げる。
 それは、それなりの覚悟を必要とした。
「確かにそうかもしれません。ですが、他に方法は……」
「あるよ。酷く乱暴な方法だけど」
 フェイルは――――自分達で令嬢の身柄を確保する方向性を選択した。
 バルムンクと敵対するリスクは大きい。
 当然、命の危険もある。
 当人が言う『殺さない』など、信用には値しない。
 が、ここで『仕方ない。諦めよう』と恍けて、裏で【ウエスト】からコッソリ
 報酬を貰って終了――――と言う方法では、まずファルシオンは謀れないし、
 最悪の場合は薬草士としての生命の危機に繋がる。
 その二つのリスクを天秤にかけた結果、フェイルは後者を嫌った。
 バルムンクに先んじ、アロンソ隊と合流し、事の真相を暴いた後、
 リッツ嬢をスコールズ家へ帰す。
 目的が明瞭なものとなった事で、フェイルから迷いは消えた。
「ただ、仮に追いついたとして……あの化物を力で足止めするのは不可能に近い。
 何か手立てはある?」
「あります」
 今度は、ファルシオンが断言する。
 彼女にしても、以前バルムンクの殺気を浴びている。
 それでも尚、淀みなく言い切った。
「オートルーリングによる制縛系封術を使用します。対人封印です」
「そんな魔術あるの?」
「はい。建物に対して行う封印と違い、魔力の消費が激しいので、それ程
 長期間縛り続ける事は出来ませんが」
 魔術は、その魔術を使用する人間の魔力を使用し、施行する。
 その魔力が魔術として力を有し続ける時間は、使用する魔力量と魔力そのものの
 威力や硬度が関連してくる。
 そしてもう一つ――――抵抗力。
 魔力を有さない建築物と違い、人に対して放たれる魔術は、その人と接した瞬間に
 魔力同士がぶつかり、大量に消費する。
 魔力を全く持たない人間であればそれは起こり得ないが、例え魔術士ではなくても
 人間は魔力は有している。
 その為、魔術が命中したと単に立ち消えるのだが――――
「ある程度は効果は持続できると思います」
 ファルシオンは、強い目でそう訴えた。
 ならば、信じるしかない。
 フェイルは一つ頷き――――
「僕の目を使う」
 覚悟を決め、答えを唱える。
 鷹の目、梟の目の事を進んで他人に話す事は、本意ではない。
 しかしながら、それを話さなければ、これから行う『方法』の説明がつかない。
 嘆息したい心境で、己の身を削った。
「目……?」
「僕の目は、遠くまで見渡せるんだ。その目を使って、この建物の屋根の上から
 周囲を見渡してみる。施療院らしき建物か、バルムンク当人を見つけられるかもしれない」
 フェイルのその言葉は、普通の感覚であれば、瞬時に切り捨てられるような
 無謀な意見ではあった。
 ただ、ファルシオンの顔に、非難の色や呆気に取られた様子はない。
「……その目は、どの程度の距離まで見えますか?」
 寧ろ、落ち着いた様子で訪ねる。
 そんな魔術士の佇まいに、もう一つ嘆息を心の中で重ね、フェイルは事実を述べた。
「限界を試した事はないんだ」
「……わかりました。私が風を起こして、貴方を屋根へ運びます」
 ファルシオンはそれだけを告げ、リオグランテを起こし、一足先に外へ出て行く。
 先に行った自分の提案は、勝算が薄いと言う事を自覚し、藁にも縋る思いなのか。
 フェイルを全面的に信頼しているのか。
 間違いなく前者であると確信し、寝ぼけ眼のリオグランテと共に
 フェイルはロッジの扉を潜った。
 そして――――次の瞬間。
「うわっ!?」
 リオグランテ共々、突然舞い起こった【風巻】によって、屋根の上まで運ばれた。
「時間がありません。直ぐに捜索を」
 距離が離れているにも拘らず、ファルシオンは声を張らずに急かす。
 殆ど聞き取れないくらいの音量だったが、何かを話している時点でそう言う内容だろうと
 推考し、フェイルは左目を閉じた。
「きゅ〜」
 尚、巻き込まれたリオグランテは、屋根にしこたま頭をぶつけ、気絶していた。
 その姿に同情を覚えつつ――――捜索開始。
「……」
 二階建てのロッジは然程高い建物ではないが、地理的に標高が高い場所だった事が
 幸いし、捜索する上で支障はない。
 建築物が少ないのも幸いだった。
 広大な街の中から、特定の建物や人間を探すのは困難を極めるが、
 このメトロ・ノームにおいては、不可能ではない――――その心証を胸に、
 フェイルは神経を尖らせ、右目に集中させた。
 一点を明瞭にするこの鷹の目は、広範囲を一度に探すのには不向きだが、
 時間の経過で標的の姿が隠れる心配が少ない状況では、然程問題はない。
 順番に、懇切丁寧に、視界内の建物と動くモノを捜す。
 程なくして――――二人の女性を見つけた。
 フランベルジュとアルマ。
 今のところ、何者かに襲われている気配はない。
 間引きの対象となる可能性を有しているフランベルジュは、余り緊張感のない様子で
 アルマの指の細さに関心を示しているのか、ジロジロ手を眺めながら歩いている。
 剣士である以上、指の美しさはどうしても放棄しなければならない。
 或いは、羨望や憧憬よりも、懐古に近い感覚なのかもしれない――――等と
 考えた時点で、二人から視線を少し引く。
「……あ」
 その直ぐ手前に、人影を視認。
 が、それがハルである事は明白で、ソロソロと近付き、脅かそうとしている様子が窺える。
 その後の展開に興味がない事もなかったが――――切羽詰っている現状でそれを楽しむ余裕はなく、
 フェイルは視点を別の方向へ移した。
 歩行者は、然程多くない。
 寧ろ、殆どいないと言ってもいい状況。
 元々、住人はかなり少ないのだから、当然と言えば当然だった。
 建築物から施療院であると判断するのは難しく、看板等がある保証もないので、
 フェイルは人物に捜索物を絞り、動くモノを捜す。
 精神がより鋭利に尖って行く。
 集中する事で、視界が広がる事はなかったが、視線を素早く動かす中でも、
 より鮮明にその線内の光景を視認する事が出来る。
 そして――――
「……いた」
 ポツリと、フェイルは思わずそう呟いた。
 明らかに常人より体の厚みが違うその人間は、相応に分厚い剣を腰に下げている。
 紛れもなく、バルムンク。
 方角は――――不明。
 ロッジの入り口の扉から右へ40°程の方向だった。
 まだ、その先に施療院と思しき建物はない。
 建物自体、殆どまばらだった。
「ファルシオン! 風を!」
 リオグランテを起こしつつ、飛び降りる為の風が発生するのを待つ。
 返事はなかったものの――――即座に先程同様の、小規模の竜巻が下から
 発生した。
「あ、あの……何がなにやらわからないんですけど、僕が寝てる間に一体何が?」
「移動しながら話すよ。今から、バルムンクを止めに行く」
 一足先に飛び降りながら、フェイルは以前狙撃したその標的を思い浮かべていた。
 先程ロッジを訪れたのは、バルムンクであって、そうでない人物。
 フェイルの脳裏に焼きついているのは、膨大な殺気を一束にまとめ、
 信じ難い速度で迫り来る、あの姿。
 もう、言葉での足止めは通用しない。
 一戦交える事になるかもしれない。
 そう考えると、自然と湧いてくる感情が、フェイルの中にはあった。
「見つかったんですね?」
 気付けば、直ぐ傍にファルシオンの姿があった。
 フェイルは一瞬驚き、直ぐに頷く。
 いつの間にか、地に足は付いていた。
「こっちの方角。距離は、1kmもなかったと思う。走ってはいなかった」
「好都合です。行きましょう」
 躊躇なく、ファルシオンはフェイルの指した方へ走り出す。
 フェイルとリオグランテも、それに続いた。
 が――――女性の、それも魔術士の体力が、フェイル達のそれを上回る筈もなく。
「……うう」
 程なく失速し、みるみる差が開いていく。
 一方、リオグランテは苦もなくフェイルと同じ速度で走りつつ、そのフェイルから
 こうなるに到った経緯を聞いていた。
「はー。つまり、アロンソさんが黒幕を匿っているかもしれない、って事なんですねー」
「あくまでも、可能性だけど。正直、ここまで勢力が入り乱れてると、本当は誰が
 どの勢力に属してるのかも、良くわからないよね」
 嘆息しつつ、フェイルは速度を緩めずに足を動かす。
 走りながら話をすると言うのは、結構な体力を使う。
 だが、リオグランテには余り疲労している様子はない。
 やはり、基礎体力と身体能力は相当なもの。
 勇者と呼ばれる人間の潜在能力を実感し、今度は苦笑を漏らした。
「いました!」
 そんな駆けっこが5分ほど続いた後――――リオグランテの目が、バルムンクの姿を捉えた。





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