アロンソ隊――――実際にはそう言った名称の部隊はなく、便宜上そう呼んでいる
 だけなのだが、この部隊に所属している人間は、総勢4名。
 アロンソ=カーライル、コロット=ブランバーレン、アランスビア=ウォーノック、
 そしてハル。
 コロットとアランスビアはギルドの人間ではなく、剣一本で世を渡り歩く傭兵。
 ただ、戦争がなくなり、内戦も殆ど見られなくなった平和な時代に突入した事で、
 彼らのような存在は徐々に淘汰されつつある。
 そんな中で、今回のような名を売り富を得る好機に対しては、ギルドに所属する
 比較的安定した生活を送る面々よりも、遥かに飢餓感を持って臨んでいる。
 少数精鋭の部隊で活動するには、腕や知識はさる事ながら、モチベーションも
 同じくらいに必要とされる。
 それだけに、コロットの離脱が与える影響は大きい。
 少数人数である以上、一人一人の担う役割は多く、戦力の比率も自然と高くなる。
 そして、その一人を失った際の士気の低下も、言わずもがな。
 更に頭の痛い事に、コロットを戦闘不能に追い込んだ敵の存在も解析しなくてはならない。
 いつ競合相手に先んじられるか、と言う焦りの中で、この状況は致命的とも
 言える『傷』となっていた。
 当然、その傷は癒さなければならない。
 血が止まらないのであれば、何かで塞がなければならない。
 そこに、勇者一行と言うピースが綺麗に収まった。
「恐らく、怪しんでいるでしょう。少なくともアロンソさんは」
 外へ続くロッジの入り口を眺めながら、ファルシオンは静かにそう告げた。
 現在、アロンソ、アランスビアの両名は、ファオ=リレーの施療院へ
 コロットを運びに行っている。
 現在この場にいるのは、勇者一行、フェイル、アルマ、そしてハルの6人。
 外は薄暗さを帯びているものの、朝よりはずっと明るくなっている。
 その様子を窓から眺めていたフェイルは、視線をロッジ内へと戻した。
「アロンソはそんな狭量なヤツじゃねーぞ。実際、感謝してただろ」
 ハルの反論に、ファルシオンは視線ではなく唇だけ動かす。
「私達を注意深く見ていました。観察するように、ちょっとした動揺も見逃さないように。
 でも、それが当たり前だと思います。実際、私達にとって都合の良すぎる展開が
 続いている事ですし……」
「確かにね。偶々酒場で関係者を掴まえて、偶々欠員が出て……
 出来過ぎてるって思われるのも無理ない話だし」
 フランベルジュが皮肉げに微笑む。
 その視線は、リオグランテに向けられていた。
「? 何ですか?」
「ですが、私達にとってはこれが当たり前なんです。それが勇者の特性ですし、
 勇者一行として活動する上で、この状況は決して珍しい事ではありません」
「実際、もう何度もご都合展開を経験してるものね」
 更に、他の面々の目も勇者へと向かう。
 その中で、アルマだけは特に興味がないのか、虚空に視線を泳がせていた。
「勇者ならではの特性、か。確かにそう言う星の元に生まれた人間ってのはいるな」
「その事をアロンソさんにお話頂ければ、ありがたいのですが」
 最初からそれを懇願するつもりだったのか――――ファルシオンの言葉は
 全く淀みがなかった。
「……本人に直接言えばいいじゃねーか。もう協力要請は通ったんだぜ?」
「私達は彼の信頼を得ていません。そのような人物の言葉は響かないでしょう。
 それに、この隊の中心人物は、アロンソさんではなく、貴方のように思えます」
「……」
 ハルは否定せず、眉を潜めておどけた顔を作った。
「ま、それくらいは別に良いけどよ。こっちとしても、見返りは欲しいもんだ。
 宿屋で見かけたって言う貴族の嬢ちゃんに関する情報、当然くれるんだろうな?」
「はい」
 キッパリと肯定したファルシオンは――――その黒目だけをフェイルへ向けた。
 その目は、こう訴えている。
『話を合わせて下さい』
 フェイルはそれを感じ取り、頬に滲む冷や汗を親指で弾いた。
「ハッキリ言いますが、直接話をした訳ではありません。ただ、宿屋の主人から
 彼女の当時の様子を聞いています」
「多少は参考になりそうな話なんだろうな?」
「はい。彼女は……とても焦っていたそうです。まるで、何かに追われているかのように」
 ファルシオンのその発言が真実か否かは、その場に居合わせていないフェイルには判断出来ない。
 そんなフェイルに、ハルの視線が向く。
 それに対し、フェイルは静かに首肯した。
「……となると、自発的に外出してる可能性が高い、って事か。大方、退屈な日常を
 抜け出して、自由に飛び回れる場所を求めて外に飛び出した所を誘拐された、
 ってトコじゃねーのか?」
「身代金目的で小悪党が世間知らずな女の子を誘拐したら、偶々貴族の令嬢で、
 大捜査網が敷かれている事にビビッて、表に出られない……そんなところ?」
 フランベルジュの補足に、ハルが自信あり気に頷く。
 実際、身代金の請求がなされていない事も、これで説明はつく。
 が――――
「いえ。その可能性は低いと思います」
 ファルシオンは、そう断言した。
「貴族令嬢失踪事件と言えば、大抵の人間が身代金目的の誘拐である事を
 想像するし、実際私達もずっとその線を追っていました。ですが、これだけの
 人間が捜していながら未だに見つけきれていない事を考えると、
 その線は薄いと思います。既に少女を誘拐しそうな悪党には、相応のチェックが
 なされているでしょう」
「確かに」
 顎を摩りながら納得するハルが、思案顔のまま固まる。
 余り色々考える事は得意ではないらしい。
「……何か他に、思い当たる状況があるのか?」
「はい。私達が、アロンソ隊に対して提示出来るのは、この推論です」
 実際には、勇者一行の相違ではなくファルシオンの独断なのだが――――
 フランベルジュもリオグランテも、特に反論はしない。
 勇者一行の頭脳、ファルシオン。
 その役割は、既に徹底されていた。
「リッツ=スコールズは、自分の意思で身を隠しています」
 その言葉と同時に――――扉が開く音が室内に響いた。
 全員の視線がそちらへ向く。
 そこには、アロンソの姿があった。
「アランスビアは夜まで施療院に残るそうだ」
「そうか。容態は?」
「……ノート君、だったか。彼の言った通りだった」
 微かな間の後、アロンソは呟く。
 その間の意味を何となく察したフェイルは、小さく嘆息した。
「で、今の話はどう言う事か、説明願えるかな。レブロフさん」
 扉を閉め、アロンソは少し疲れた様子で最寄の椅子に腰掛ける。
 プレートアーマーも、腰に掛けた剣もそのままにして。
「……まだ年端も行かない少女が、安全で何でもある家を自発的に飛び出す
 理由は、そう多くはないでしょう。外の世界に憧れて……と言うのが
 最も在り来たりな構図ですが、それなら私達が泊まっている宿に
 足を運ぶ筈がないんです」
「何故?」
 アロンソの言葉に、ファルシオンは一拍の後、口を開いた。
「表向きは鍛冶屋となっているからです」
 ファルシオンのその発言を――――フェイルは感心しながら聞いていた。
 実際、その通り。
 普通ならば、そんな場所に貴族令嬢が来る訳がない。
 その事は、フェイルもとっくに気付いていた。
 感心しているのは、彼女の話術に関して。
 一度、ファルシオンは宿に関する詳細を全く明かさずにいた。
 それを、この推論を正当化する為、上手く小出しにしている。
『余り話したくなかった真相』を明かしているように感じさせ、話に信憑性を
 持たせている。
 思わず苦笑したくなるほど、勇者一行の頭脳は弁に長けていた。
「その宿に訪れた理由は、一つしかないでしょう。彼女の外出を手筈した何者かが
 その場所を訪れるように言ったんです。それ以外はあり得ません。
 焦っていたのは、恐らく指定された時間に遅れていたから。家から脱出するのに
 手間取ったのではないでしょうか」
 推論をスラスラと述べるファルシオンの姿を、アロンソとハルは凝視している。
 引き込まれている。
 まるで、見た事のない魔法を見ているかのように。
「ただ、そうなってくると、その手筈をした人間が何者なのか、と言う点が
 焦点となってきます」
「逆に言えば、それがわかれば、貴族令嬢の居場所も特定出来る、か」
 アロンソの言葉に、ファルシオンは一つ頷いた。
「……興味深い推論だ。参考にさせて貰うよ」
 これで――――協力体制は完全に築かれた。
 ファルシオンの推論を支持するにしても否定するにしても、
 力となった事は確か。
 報酬を得る資格を得る事に、勇者一行は成功した。 
「一晩考えて、明日今後の行動方針を決める。このロッジは好きに使ってくれ。
 自分達の拠点があるのなら、戻っても良い。明日の朝、ここを再度訪れてくれ」
「わかりました。お言葉に甘えさせて頂きます」
 例によって表情を一切変えず、ファルシオンが頭を下げる。
 それを確認し、アロンソは二階へと向かった。
「大したモンじゃねーか。こりゃ、マジで見つけられっかもな」
 そんな笑言を残し、ハルもそれに続く。
 その二人の背中が階段から消えたのを確認し、ファルシオンは小さく息を吐いた。
 少し珍しい光景に、フランベルジュが破顔する。
「偉い偉い。いつもながら、口だけは達者ねー。魔術よりそっちの方が
 才能あるんじゃない?」
「……」
 ムッとしつつも、ファルシオンは素直に頭を撫でられていた。
「にしても、そっちは随分と無口だったじゃない? 流石に、口を挟む
 余地はなかった?」
 そして、フランベルジュの視線がフェイルに向く。
 それは、小馬鹿にしていると言うものではなく、『私達の頭脳担当はどう?』
 と言う、誇らしさのようなものを有していた。
「いえ。フェイルさんはあえて傍観してくれていました。私の意図を汲んで」
「……そうなの?」
「はい。恐らく、フェイルさんはこう思っていたと思います。『リッツ=スコールズを
 外へと導いた犯人は、既に目星が付いているんじゃないの?』と」
「今の、もしかして僕の真似?」
 半眼で指摘するフェイルに、ファルシオンは肯定も否定もせず、
 無表情のままで別の答えを待っている。
 そんな中、アルマは感心したように拍手をしていた。
 アルマ的には、かなり似ていたらしい。
 不本意な思いを噛み潰しつつ、フェイルは待たれている答えを紡いだ。
「ま、そうだけど……」
「そしてそれは、フェイルさんも何となく予想が付いている。違いますか?」
「……」
『そうなの?』と言う顔で、アルマがフェイルの顔を見つめる。
 その無駄にキラキラした顔に妙な居心地の悪さを覚えつつ、フェイルは
 嘆息交じりに首肯した。
 ちなみに、例によって勇者は話の途中でぐーぐー寝だした。
「え? って言うか、ちょっと待ってよ。確か、貴族令嬢は自分で
 家を出た、って事なのよね? で、その逃亡劇を手助けした奴がいる、
 ってコトでいいのよね、ここまでは」
「はい」
 混乱しながら問うフランベルジュに、ファルシオンが首肯する。
「ってコトは、当然二人は顔見知りよね。でないと成立しないし」
 そして、その発言に――――ファルシオンとフェイルは同時に
 怯えたような様子で後退った。
 その様子を暫し眺めていたアルマは、真似するように後退る。
 一応、空気を読むべきと思ったらしい。
「……何のつもりよ」
「いや、何の突然変異なのかな、って思って」
「私は前から信じていました。フランはやれば出来るだって」
「煩っさい! どうしてアンタ等はそうやって私を頭の出来が良くない剣士に
 仕立て上げようとすんのよ! あとそっちの美少女! 真似しない!」
 大声で怒られたアルマは、ショボーンと肩を落として、いじけ出した。 
 余り怒られなれていないらしい。
「フランの言う通りです。リッツ=スコールズを外へと導いた人間は、
 彼女の顔見知りでしょう。それも、彼女が絶対的な信用を置いている人間。
 もし、彼女が自分だけで家出していたり、余り心を開いていない相手と
 逃亡しているのなら、今の大騒動の最中、隠れ続ける事はできないでしょう。
 精神的に参ってしまいますから」
「恐らくは何か目的があって、身を隠している。そしてその目的は、
 令嬢とその逃亡の手助けをしている人の共通するところ」
 ファルシオンとフランベルジュは、それぞれの椅子で天井を
 見上げながら、推論を繋ぎ合わせる。
 特に示し合わせた訳でもないのにそれが出来るのは、同じ結論を出しているから。
「……恋」
 ポツリと、アルマが呟く。
 殆ど言葉を発する事が出来ない今の彼女の声は、音量とは反比例して、
 非常に大きな存在感を有していた。
「こ、恋? え、ってコトは……」
「アルマさんの言う通りだと思います」
 ポカンと口を空けるフランベルジュに、ファルシオンは力強く頷いた。
「あくまで推論ですが、リッツ=スコールズは恋人、或いはそれに限りなく
 近い関係の男性と、逃亡を図っていると思われます。恐らく、家の人間。
 使用人でしょうか」
「それが一番、可能性が高いだろうね」
 フェイルの言葉が、その推論を後押しする。
 フランベルジュは顔を引きつらせ、その後に思いっきり机に突っ伏した。
「……大手ギルドが総出で、女の子の駆け落ちに振り回されてるっての? 嘘でしょ?」
「せめてそこは愛の逃避行と言ってあげてください」
「どっちでも一緒よ! ったく……コレ、本当に謝礼出るんでしょうね」
 がなるファルシオンに怯えるアルマを落ち着かせつつ、フェイルは
 大きく息を落とした。
 真相はまだ定かではないし、これはあくまでも推論。
 ただ、仮にそれが真実だったとしても――――茶番や子供の微笑ましい背伸びでは
 最早済みそうにない。
 実際、コロットと言う傭兵は、この件に首を突っ込み、その結果何者かに
 射抜かれ、壊された。
 既にこのメトロ・ノームで二人の弓使いを目にしたが、クロイツと名乗った
 男が、あの獰猛な毒を持っているとは、フェイルには思えなかった。
 戦闘能力を奪う毒を使うのは、弓使いには珍しい事ではない。
 ただ、効果の高い毒は、それだけ高価となる。
 コロットに刺さった矢の毒は、フェイルが逆立ちしても購入出来ないような
 非常に値の張る毒が含まれていた。
 そして、もう一つ。
 人間の筋肉を溶かすその毒は、明らかな残虐性の証。
 アロンソ隊を狙い撃ちした事実を考えれば、その対抗勢力の牽制のように思われるが、
 だが、牽制にしては明らかに度を過ぎている。
 戦力の低下だけでなく、私怨や、ギルド間の闘争を持ち込んだ可能性も
 視野に入れる必要がある。
 コロット自身は非ギルド員でも、アロンソに被害を与える目的があれば、
 今回の狙撃は十分有効的だった。
 もし、そうなら――――このロッジが安全と言う保証もない。
「……アルマさんは、家に返そう」
「そうね。それが良いと思う。もう十分協力して貰えたし、ね」
 フェイルの言葉に、フランベルジュが素早く反応を見せた。
 どうやら、以前からアルマの身の安全に関しては考えてたようだ。
「……」
 当のアルマは、少し嫌そうにしている。
 外泊する事を楽しみにしていた子供が、やっぱり家に帰ろうと言われたかのように。
 実際、そう言う心境だったのかもしれないと苦笑しつつ、フェイルは
 そのアルマに対し、首を横に振った。
「ありがとう。お陰で凄く助かった」
「感謝しています。今度、あらためてお礼に行きますので」
 フェイルに続き、ファルシオンにもお別れの言葉を言われ、アルマは
 小さく項垂れてしまった。
「……何があるかわからないし、私が送ってくる。アンタ等は、今後の事を考えといて」
「うん。頼むね」
 フランベルジュに促され、ロッジを出て行くアルマは、何度も
 振り向き、とても寂しそうな顔を見せていた。
 そんな様子を、フェイルは複雑な心境で眺めていた――――





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