薬草士と言う職業に課せられる役割の種類は、決して多くはない。
 薬草に関する知識全般の網羅と、処方の仕方、そして群生地の把握。
 それさえ出来ていれば、基本的に薬草士としては問題なく活動出来る。
 ただ、それはあくまでも、薬草士である為の定義のようなもの。
 実際に、薬草士として生きて行くには、それだけでは足りない。
 薬草を探して、それを使えると言うだけでは、糧は得られないからだ。
 その為、薬草士の多くは、薬草を一定量、一定以上の価格で買い取ってくれる
 施設や店を探したり、自ら店を営んだりして、生計を立てる術を得る。
 その際に必要となってくる能力は、その薬草をどう使えば、薬として
 どのような効果が得られるか、また薬以外にも飲み物として、或いは香草や香水など、
 香りを活かす商品として利用出来るかと言う点を上手く説明し、
 それを自ら実践する力と説明する能力が求められる。
 が、それだけでも、まだ足りない。
 重要なのは、応用力。
 単に、その素材を既成概念に基づいた処方で商品化しても、それでは
 他の薬草士と何ら変わらない。
 そうなれば、当然ながら既に実績を積んでおり、信頼、信用を得ている
 経験豊かな薬草士の方が当然有利となる。
 薬草士の数は、決して多くはない。
 だが、薬草の需要もまた、決して多い訳ではない。
 その中で、若い薬草士が生計を立てて行くには、他の薬草士が真似出来ないような
 特殊な技能やレシピ、そして経験を有している必要がある。
「……!」
 室内に入ったフェイルは、その入り口の直ぐ手前で壁にもたれかかっていた男に
 視線を送り、その流血の源を探した。
 そして、それは一瞬で見つかる。
 レザーアーマーの範囲外、右上腕部に、矢が突き刺さっていた。
「な、何だ……?」
「静かに」
 フェイルの小さな声に、コロットと思われる男性のしかめた顔が更に険しくなる。
 だが、抵抗する気力はないのか、或いは瞬時に状況を把握したのか、それ以上の
 開口はなかった。
「コロット! 無事か!?」
 一拍遅れて、ハルが入室。
 その様子に、ようやくコロットが顔のしわを半分ほど取り除いた。
「ああ。不覚を取っちまったが……見ての通り、ただ腕に矢が刺さっただけだ。
 心配は要らねーよ」
「そうか。血痕の量が少なかったから、そんなに心配はしてなかったけどよ」
 安堵するハルを尻目に、フェイルは一層顔を曇らせ、傷口付近の
 皮膚の変色や腕全体の腫れ具合に目を配っていた。
 そして――――結論を出す。
「……遅かった」
 刺すようなフェイルの声。
 今度は懸念を隠せず、コロットはフェイルに困惑の視線を向ける。
「ど、どうしたと言うんだ?」
 同時に、ハルの背後にいる男――――今しがたそのハル達を迎えた
 アロンソ部隊の一員と思しき男も、驚きを隠せない。
 だが、唯一それに対する解答を持ち合わせているフェイルは、口を開く事はせず、
 自身の腰から皮袋を外して、中に入れている小瓶を幾つか取り出した。
「どう言うコトだ? そろそろ説明しろよ。皆困ってるぜ」
 そんな友人の様子に、それでも焦りは抑えた様子で、普段通りの語調で
 ハルは問い掛けた。
 不安を煽らない為の心配り。
 それに対し――――振り向いたフェイルは、その意図を理解しつつも
 打ち砕くような、厳しい表情をせざるを得なかった。
「筋肉毒。恐らく……蛇の毒を使ってる」
「な、何だよソレ。この矢に毒が塗ってた、ってのか?」
「そう言う事です」
 やるせない顔を隠せないまま、フェイルは頷いた。
 筋肉毒――――幾つかの種類に毒を大別した場合、主に筋肉を溶かす等の
 作用がある毒を、そう呼ぶ。
「今、腕は動きますか?」
 半ば、確信めいたものを抱きつつ、敢えてフェイルはそう聞いた。
「った、たりめーだ。たかがコレくらいで……あ、あれ」
 その確信通り。
 コロット矢の刺さった腕を上げようとして――――上がらない事に
 明らかな狼狽を覚えてた。
「麻痺が進行してます。今のままだと、全身に及ぶ危険もある。
 動かずに、静かにしていて下さい。難しいかもしれませんが、それが
 今、貴方に出来る唯一の抵抗です」
 抵抗――――その言葉が、或いは最も辛辣だったのかもしれない。
 自身の現状を理解したコロットは、蒼褪めた顔で、項垂れてしまった。
 そして――――暫く、フェイルの作業を行う音だけが、室内に響き渡る。
 ビンの中に入った、幾つかの粉を陶器に入れ、混ぜる。
 傍から見れば、それだけの作業。
 だが、実際には全神経を集中させ、その『粉』の分量を目分量で量りながら
 陶器の中へ投じると言う、非常に困難な処方を行っている。
 目分量と言っても、適当に計っている訳ではない。
 極めて微小な単位の量を、目視によって制御している。
 それは、鷹の目でも、梟の目でもない。
 フェイルがこれまでの人生の中で積んできた、薬草士の目だ。
「……取り敢えず、これを水で飲んで下さい。口内に残さないよう、
 しっかりと全部喉を通して。そして、その後は医者の指示に従って下さい」
「水は僕が持ってます!」
 ハルの後ろでずっと沈黙を守っていた勇者一行の中から、リオグランテが
 ようやく一声を上げる。
 そして、水筒の栓を取り、横たわるコロットに差し出した。
「あ、ありがとよ」
 コロットは、右手で――――それを受け取ろうとしたが、直ぐにそれが無理と
 わかり、左手を伸ばす。
 そして、一旦水筒を置き、フェイルの渡した陶器の中の、粉状にした薬草の
 配合品を一気に口へと運んだ。
「……アラン。アロンソは何処に?」
 その様子を眺めつつ、ハルが問う。
 勇者一行は、自分達を迎えた男がアロンソと判断していたらしく、
 三人揃ってその視線で驚きを示していた。
 その中で、アルマは一人、静かに様子を見守っている。
「施療院へ。私が行くと言ったのだが、自分が走った方が早い、と」
「らしい話だ。フェイル! もう直ぐ医者が来るらしいぜ!」
「了解。説明は僕がするよ」
 その言葉を最後に、再び重い空気が室内を支配した。

 ――――20分後。

「……」
「来たみたいです」 
 一階から届いた、扉の開く微かな音をアルマが察知し、ファルシオンの
 ローブの袖を引っ張る。
 程なく、ハルが部屋を飛び出し、手招きを始めた。
「アロンソ! こっちだ! 早く来てくれ!」
 直後――――プレートアーマーに身を包んだ赤毛の男が、その重量を感じさせない
 身体の運びで、階段を駆け上がって来る。
 それだけの動作に、ハルの後ろでその様子を眺めていたフランベルジュの顔色が変わった。
「……【ウォレス】の隊長、だったっけ」
 そう呟きつつ、道を開けるべく奥へと戻った。
「ハル、戻って来ていたのか」
「ああ。俺がいない間に、ヤバいコトになっちまったな」
「……重いのか」
 怪我した当人と違い、楽観視はしていなかったのか――――アロンソは
 然程驚いた様子はなく、小さく嘆息した。
 中肉中背、髪の長さも、短過ぎず長過ぎず。
 外見の特徴は、その端整な顔立ちと、髪の色に集中している。
 顔の作りは、やや幼さが残り、ギルドの隊長と言う印象からはやや逸脱しているが、
 意志の強さは引き締まった口元にしっかり現れていた。
「偶々、紹介しようと連れて来た俺のツレが薬草士でな。どうやら毒が
 塗られてたらしい。応急処置をして、今は安静にさせてんだが。で、医者は?」
「連れて来ている」
 アロンソとハルが振り向くと――――そこにようやく、息切れを起こした
 女性が姿を現した。
「ハァ……ハァ……も、申し訳ありません。体力、ないもので」
 疲労困憊の様子で現れたその医者に――――勇者一行は思わず目を疑った。
 見覚えのある顔。
 決してそれほど長期間接した訳ではないが、全員がそれを認識出来たのは、
 目にしてまだ日が浅かったからだ。
 ヴァレロン・サントラル医院、院長グロリア=プライマルの秘書――――ファオ=リレー。
 案内係として、フェイル達を院長室に案内した、あの女性の姿が、そこにはあった。
「……ま、驚く事でもないのか」
 とは言え、この【メトロ・ノーム】の住人は皆、地上で生活をしている
 新市街地の住民。
 ファオの存在が特質と言う訳ではない。
 そのファオも勇者一行に気付いたらしく、一礼して患者のいる方へと走る。
 その間――――フェイルは一切そちらに視線を向ける事なく、コロットの状態を
 観察し続けていた。
「あの……」
「状況を説明します」
 そして、ファオが駆け付けた際も、彼女がヴァレロン・サントラル医院の
 ファオ=リレーである事を瞬時に理解しつつ、それに触れる事なく
 円滑な情報伝達を行う。
 それは、薬草士として――――薬を扱う人間として、当然の行為だった。
 何よりも優先すべきは、患者の安全。
 薬草士は、医者ではない。
 だが、薬を処方する相手は、患者であり、護るべき対象。
 私情は後回しにして然るべきだった。
「……的確な処置に感服します。後は、私に」
「はい。お願いします」
 斯くして、無事引継ぎは終わった。
「お、おい」
 その場を離れようとしたフェイルに、コロットが慌てて声を掛ける。
「ありがとよ。俺がこの後、どうなるかはわからねえが……助かった」
 そんな謝礼に対し、フェイルは振り向かず、応えもせず、歩を進める。
 そのまま無言で、一階へと向かった。
「こう知った連中が多いと、なんだかね……」
 階段を下りる最中の、フランベルジュの言葉に、心中で同意を唱えながら。


「改めて紹介するぜ。俺等のリーダー、アロンソだ」
 一階に下りて間もなく、それぞれが自分用の椅子を探す最中に、
 ハルはアロンソを紹介した。
「アロンソ=カーライルだ。コロットの応急処置をしてくれた事に
 まず礼を言いたい。感謝する」
 そのアロンソは――――美しいと形容しても差し支えない所作と姿勢で
 一礼し、機敏な動作で顔を上げる。
 それは、まるで――――
「なんか騎士みたいですね」
 リオグランテがそう言うのとほぼ同時に、ハルがニッと微笑んだ。
「流石だぜ勇者。そう、コイツは元騎士なんだ」
 そして、特に躊躇する様子もなく、アロンソの過去に言及。
 一方、吐露された格好となったアロンソは――――やはり特に気にした様子もなく、
 凛然とした顔をそのままにしていた。
「で、コイツ等が噂の勇者一行だ」
「リオグランテと言います」
「ファルシオン=レブロフです」
「フランベルジュ。剣士よ」
 それぞれの紹介が終わり――――アロンソは、その一人一人に小さく会釈をした後、
 アルマの方に視線を向けた。
「……」
「貴女は、ここの管理者だな。確か、アルマだったか」
 アルマはコクリ、と頷く。
 それを確認し、アロンソはフェイルへ視線を移した。
「君は? 勇者一行の一員ではないようだが」
 既にその構成を知っていたのか、先回りして問い掛ける。
 フェイルは、そんなアロンソの顔を視界に納め、その視界が
 微かに霞んでいる事を自覚した。
 一瞬の逡巡。
 その後――――
「フェイル=ノート。薬草店を営んでいます」
 名乗る事にした。
 元騎士となれば、もしかしたら弓兵時代の自分の名前を知っていて、その事に
 言及するかもしれない――――という懸念はあったが、ハルが紹介している以上
 隠す意味はない。
 が、その心配も懸念だったようで、アロンソは特に何かに気付いた様子もなく、
 勇者一行に対しての礼以上に頭を下げ、仲間の恩義に尽くした。
「で、紹介が終わった所で本題なんだが……その前に、フェイル。ハッキリ言ってくれ」
 そのアロンソの傍らにいるハルが、普段余り見せない真剣な表情で
 フェイルの目を睨む。
「コロットは、どうなる?」
 その顔には、ある種の覚悟があった。
 一瞬、アロンソの方にも視線を向け、フェイルは答える。
「もう、闘えない」
 言葉は、コロットの仲間である二人だけでなく――――勇者一行へも伝染した。
 たかが、矢で射られただけ。
 脳や心臓を破壊された訳ではない。
 だが、人は壊れる。
「筋肉が溶解してる。もう、完全には治らない」
 フェイルは短い言葉で、そう告げた。
 それを受け、ハルは小さく息を吐き、瞼を微かに落とす。
「……お前が処方してた薬は?」
「あれ以上溶解が進まないよう……って言っても、毒の特定を完全に
 出来た訳じゃないから、中和って言うよりは分解に近いけど。
 普通、矢毒にはアコナイト辺りを使うけど、植物毒と動物毒を混ぜるケースも
 結構あるんだ。その場合、特定はほぼ不可能と言っても良い」
「成程な。出来る事をやってくれたんなら、それで十分だ」
 フェイルの性格を知るハルは、その説明で十分納得したようだ。
 アロンソの方も――――無念さを押し殺すように、静かに説明を聞いていた。
「彼には、僕から話しておく」
「そうしてくれ。お前しか、納得させられねーだろうよ」
 そんな二人のやり取りを、勇者一行は居心地の悪そうな表情で眺めていた。
 知り合いでもない、完全な他人の永久離脱。
 それでも、意気消沈してしまうのは、改めて悟ったからに他ならない。
 いつ、自分がそうなってもおかしくない――――と。
 フェイルにしても、それは同じ。
 何処か非日常の中にいるような錯覚を感じるこのメトロ・ノームと言う空間が、
 現実のものとして、今目の前で、ようやく輪郭を帯びたように思えた。
「で、アロンソ。こいつ等なんだが……俺等に協力を仰ぎたいんだと。な?」
「はい。リッツ=スコールズ嬢の失踪事件に関して、是非とも同盟関係を
 結びたいと思いまして」
 そんな重い空気の中で、全くそれに染まる事なく、ファルシオンは淡々と
 用意していたと思われる言葉を並べた。
 アロンソの眉が、小さく動く。
「……同盟? そもそも、勇者一行がどうして彼女の行方を捜す?」
「失踪事件が明るみに出た当日、私達の泊まっている宿に、リッツ嬢が訪れたようなんです。
 その縁で、探しています」
「マジでか? 何処の宿だよ」
「それは言う事が出来ません」
 ハルの問い掛けを、ファルシオンは無碍もなく蔑ろにした。
 無論、それは駆け引き。
『カシュカシュ』の性質上、言う事が出来ないと言うのも事実としてあるが、
 それ以上に、自分達が何らかの情報を持っていると言うハッタリになる。
 今、どの勢力も欲しがっているであろう、リッツの失踪直後の情報を。
「……僕は、今以上に自分の部隊を広げる気はない」
「構いません。この件だけの同盟関係です。私達も、この街に長居は出来ませんから。
 ただ、現状では私達は戦力不足。貴方がたの協力が必要なんです」
 ファルシオンの言葉は、全てに無駄がなかった。
 そして、その場にいるアルマの名前も全く出さない。
 管理者である彼女の存在は、信頼を得る上では非常に効果的。
 だが、敢えてそれを示さない事で、懐の深さを示す。
 どう言う関係か聞かれても、案内してくれただけと答えるだろうと、
 フェイルは予測していた。
 最低限の情報を提示し、その背景を想像させ、最大の成果を得る。
 勇者一行の頭脳、ファルシオン。
 その真骨頂だ。
 果たして、結果は――――
「……貴女がたの希望を聞こう」
 それはつまり、代表者による基本的同意の表明だった。
 それに対し、笑顔もなく、間も殆どなく、ファルシオンは答える。
「報酬の2割。それだけで構いません」
 人数を考慮すれば、そのリクエストは決して大きく出てはいない。
 そして、貴族の報酬である事を考慮すれば、その割合でも十分に
 薬草屋【ノート】の再建と勇者一行の旅の路銀となり得る。
 フェイルにしても、自分がそこにいて、事件を解決に導けば、
 それは【ウエスト】の出した条件をクリアした事になるので、問題はない。
「わかった。コロットの恩もある。その条件で、一時的な同盟を築こう」
 精悍な顔つきのアロンソは、その目をしっかり見開き、そう告げた。







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