「……誰?」
 にこやかに近付いてきたハルに対しての、フランベルジュの第一声は、
 中々に辛辣だった。
「誰って……俺ら何度か顔合わせてるじゃねーか。若年性痴呆症か?」
「何で赤の他人に初対面で悪態吐かれなきゃならないのよ。何、ケンカ売ってんの?」
「売ってるのはテメェじゃねーか! つーか初対面じゃねーっつってんだろ!?
 人の話聞きやがれ冷徹剣士!」
 お互いに剣を抜きかねない、一触即発――――の空気の割に、切迫感は余りない。
「からかってる……みたいだね」
「フランは基本、口が悪い割に弄られ役と言うか、受身の体質なので……
 自分が弄れる相手が見つかって、喜んでいるのかもしれません」
「フランさん、活き活きしてますねー」
 ギャーギャーと騒ぎ続ける二人を尻目に、フェイル達はカウンター席に並んだ
 アルコールのない飲み物で口内を潤す。
「美味しいですね! きの……あうっ」
 その途中、勇者がファルシオンの生み出した氷塊によって頭を殴打される
 事件が勃発したが、特に何事もなく時間は経過していく。
 尚、アルマは蜂蜜入りのミルクをコクコク飲んでいた。
「くっそー、あのアマ……なんつー記憶力のなさだ。頭の中膿んでんじゃねーのか?」
 そのアルマの隣に、ハルは不満を垂れながら座る。
「……」
 そのハルに対して、アルマは不思議そうな目を向けている。
「俺の事……覚えてない……みたいだな」
 恍けた様子のないその視線に居た堪れなったハルは、フェイルの隣に席を替えて
 カウンターに突っ伏した。
「本当にこの人が、アロンソ部隊の一員なのですか?」
「一応、切り込み隊長的な役割を担っている筈だが……」
 不安を隠せないファルシオンと、自分の情報に自信を持てなくなったマスターが
 険しい顔で俯く中、フェイルはこの奇妙な縁に幸運よりも懸念を禁じ得ずにいた。
 とは言え――――勇者たる者がこう言った縁を引き当てると言うのも、
 一つの形としては定着している。
 幾つかの逡巡の結果、余り深く考えない事にした。
「で、何でハルがこのメトロ・ノームにいるの?」
 フェイルの問いに、ハルが顔を上げる。
 微妙に涙目。
 何気に、アルマに覚えられていない事がかなり堪えているらしい。
「……言うまでもねーだろ。テメー等も探ってるって言う、例の令嬢失踪事件を
 追ってんだよ。貴族に恩を売る機会なんて、そうそうねーからな」
「【ウォレス】全体で追ってる、ってコト?」
 そんなハルの背後で、フランベルジュが目を細くして問い掛けを放る。
「いや。ウチの大将はスタンドプレー大好き人間だからな。大将自体が一人で
 動いてるってんで、興味のある奴だけが各々に動いてる……って、やっぱり
 俺の事覚えてんじゃねーかこのアマ! 俺が【ウォレス】所属って知ってたよな今!」
「そう言えば、ハルって【ウォレス】の人間だったんだっけ」
 椅子の背もたれを挟んで威嚇しあう両剣士を尻目に、フェイルとファルシオンは
 同時に思案顔になって首を捻っていた。
「確か、アロンソ部隊の隊長は、ギルド員とは懇意にしていない、との事でしたよね?」
 そんなファルシオンの問いに、ミルクを飲み終えて口を白く塗らしたアルマは
 コクコクと頷く。
 そのアルマの説明によると、アロンソは、【ウォレス】所属。
 ギルド員を歓迎しない性質は当然、自身が所属している【ウォレス】に最も
 発揮される筈なのだが――――
「あー、アロンソの野郎とはちょっとした縁があってな。俺は特例なんだよ」
 その理由は、当人の口から語られた。
「アイツは、しがらみが大っ嫌いなヤローでな。一匹狼タイプっつーのか、
 元来はギルドみてーな集団に属するのも嫌いなんだとよ。だから、そう言うのが
 いらねーコッチでは、最低限の人付き合いでやって行きたいんだと」
「だっだらギルドなんて入らなきゃ良いでしょうに……」
 その説明に呆れながら、フランベルジュはカウンターの空席に座り、
 マスターに紅茶をリクエストしていた。
「ま、単独で動いてもデカいコトは出来ねーって悟ってるってのが理由の一つだけどよ、
 一番の理由は、ウチの大将に陶酔してるトコだな」
「クラウ=ソラス……」
 フェイルの言葉に、ハルが口の端を吊り上げて頷く。
 傭兵ギルド【ウォレス】代表取締役として、ギルドのあるヴァレロン新市街地は
 勿論、エチェベリア全土にその名を轟かす使い手。
 傭兵ギルド【ラファイエット】大隊長バルムンクと並び、強さの象徴として
 語られる彼等には、騎士団すら一目置いていると言う。
 以前、フェイルはそのクラウ=ソラスと対峙した事があった。
 刃を交わした訳ではない――――が、その力の一端は感じ取れた。
 怪物バルムンクほどわかり易くはないが、明らかな実力者。
 そして、謀られた事も含め、頭の方にも相当な力を有しているという評価を
 下していた。
「アロンソは、ギルドの中でも指折りの使い手だ。だからこそ隊長を任されてる。
 そんなアロンソが心底尊敬して止まないのが、ウチの大将だ」
「ハルよりも強いの?」
 フェイルの小さな声での問い掛けに――――ハルの目の色が変わった。
 だが、直ぐにいつもの人当たりの良い顔に戻る。
「ま、そうだろうな」
 そして、認めた。
 フェイルは、ハルの実力を完全に知っている訳ではない。
 それを見物出来る環境が、薬草店で整う筈もないのだから、当然と言える。
 ただ、少なくとも、その辺のゴロツキやギルドの下っ端の連中とは比較にならない
 腕を持っている事は、その歩き方や身のこなしで察していた。
「こんな幸薄そうな場末剣士より上って言われても、ピンと来ないけど」
「うっせーよ! つーかテメー等、話の流れ的に俺にアロンソを紹介して
 欲しいんだろ!? もうちっと謙虚にしろよ!」
「そ、そうですよ。幾らお知り合いの人でも、こう言うコトはちゃんとしましょう」
 珍しく、勇者がまともな一般論を叫ぶ。
「おっ、流石勇者。良い事言うねー。やっぱ勇者ともなると、人格もそれなりの
 レベルに達してないとダメだよな。社会を知ってるぜ」
「フン」
 そんなやり取りを鼻で笑いつつも、これ以上の悪態は今後の展開の迷惑になると
 理解しているらしく、フランベルジュはマスターの差し出した紅茶で溜飲を下げた。
 その様子を横目で眺めつつ、ハルはフェイルの耳に顔を寄せる。
「アイツ、いつもあーなのか?」
「ちょっと、色々あって機嫌悪いみたい。でも、概ねあんな感じかも」
「苦労すんな、オメーも。薬草店、大丈夫なのか? こんなんで」
「その再建が、今回の件にかかってるんだけどね」
 フェイルは、自分達がこのメトロ・ノームに足を突っ込んだ経緯について
 話せる範囲でハルに話した。
 そして、その上でアロンソ部隊との連携への橋渡し役を懇願する。
 結果――――
「ま、別にいーけどよ。俺とお前の仲だしな」
 ハルはすんなりと了承の意を唱えた。
「わーっ! ありがとうございます!」
「助かります」
 リオグランテとファルシオンが素直に礼を述べるのに対し、フランベルジュは
 少し険しい顔をしながらそっぽを向いていた。
 以前、用心棒呼ばわりされた事を根に持っているのかもしれない――――と、
 そんな事を思い出しつつ、フェイルも安堵を隠せずにいた。
「時間もねーから、今から行くぜ。アルマの嬢ちゃんも来るのか?」
 コクリ、とアルマは頷く。
 その手には二杯目のミルクの入った容器があった。
 お気に入りらしい。
「ちなみに、俺の事思い出したか? たまーにこっちに来る剣士なんだが」 
「……」
 案内の道中、ハルは終始覇気のない顔で俯いていた。


 メトロ・ノームと言う空間は、天井がある事や朝が暗いという事を除けば、
 それほど地上と大きな違いはない。
 ただ、地上と同じくらいの数の建築物があるかと言うと、そう言う事はなく、
 各施設や空き家がポツポツとある程度。
 そもそも、この空間に常駐する人間自体殆どおらず、出入りする人数も
 多くて100人強と言う環境なのだから、宿屋や酒場などの各店舗が揃っている事自体、
 かなり異様な環境と言える。
 そもそも、商売として成り立つかどうかも怪しい。
 だが、実際にはそれらの施設は勿論、武器防具屋まである。
 フェイル達はアロンソ部隊の拠点に向かう前に、その武器屋に足を運んだ。
 尚、武器を売っている店舗は一つしかない為、名前は必要ないらしく、
 看板には『武器・防具の店』とだけ記されていた。
「ん、これは良い剣……」
 そんな武器屋で最も楽しんでいる素振りを見せたのは、フランベルジュ。
 文無しなので買えないのだが、それでも細身の剣を置いてあるコーナーで
 終始笑顔を見せていた。
 一方、フェイルは――――
「弓矢はこっちだ。結構良いのあるぞ」
 ハルに案内され、弓矢コーナーに足を運んでいた。
「……僕が弓を使うの、話した事あったっけ?」
「何時ぞや言ってたじゃねーか。ホラ、時間ねーんだからとっとと選べよ」
 訝しく思いつつ、一番安い弓と矢筒、そして15本の矢をお買い上げ。
「えらいショボいの選んだな。それで良いのか?」
「これくらいの弓じゃないとダメなんだよ。僕の場合は」
 貧弱な弓使いを演じる――――そんな必要はなくなったが、フェイルが
 安い弓を扱う理由はそれだけではない。
 自分の家に置いてある『裏の仕事用の弓』も、カバジェロに折られてしまった
 遠征用の弓も、全て何処にでもある何の変哲もない弓である理由は、
 フェイルの弓兵としての生き様をそのまま投影していた。
「成程な。ま、良いんじゃねーの」
 ハルはその理由を悟ったのか、或いは適当に雰囲気を出したかったのか、
 意味あり気に微笑み、剣のコーナーへ向かった。
 その背中に嘆息を吹きかけつつ、フェイルはアルマとファルシオンがいる
 魔具のコーナーへ向かう。
 そこでは、オートルーリング仕様の魔具がズラッと並んでいた。
 魔具は指輪タイプが最も多く、旧式の杖タイプや水晶タイプは
 数える程度しか売っていない。
 アルマは、その中の杖売り場で商品を眺めている。
 そして、その隣では――――
「オートルーリングの凄い点は、こう言った旧式タイプの魔具に対しても有効で
 あると同時に、その難点を解消した事で、魔術士がそれぞれ好きな形式の
 魔具を選べるようになった点も挙げられるんです。以前は、魔術士は一目で
 魔具とわかり、尚且つ重さや携帯性の面でも不便だった杖タイプの物は
 戦場では不利と判断し、その製造を停止しようと言う話まで出ていたのですが、
 オートルーリングによって魔具を特定されても余り不利ではなくなった事もあって
 それなら種類は多いほうが良いと言う事で、杖タイプの魔具が廃れると言う話も
 立ち消えたんです。そもそも、魔具の歴史を語る上で旧タイプの魔具と言うのは
 必要であり、そう言った歴史的な資産を守ったと言う事はとても大きな功績と
 言えますし、何より杖や水晶などの愛好家にとっては自分達の存在価値を認められた
 と言っても過言ではないような……」
 ファルシオンが例によって熱く厚く語っていた。
 アルマはその説明を聞きながら、定期的に首を縦に振っている。
 相槌――――と言うには不自然なタイミングでの首振りもあり、或いは
 眠たいだけなのかもしれないと判断したフェイルは、その様子を微笑ましく
 眺めていた。


 そして――――武器の購入及び見学を終えた勇者一行は、ハルの案内に従い、
 二時間ほど歩行を続け、山岳地帯に辿り着いた。
 天井まで伸びた岩山と、遠くに聞こえる水の流れる音に、奇妙な感覚を
 抱きつつ、その岩山を上る。
 そこから、更に30分ほど進んだ先――――
「着いたぜ。ここが俺等の拠点だ」
 とある一つのロッジに辿り着いた。
 標高はアルマの家や酒場【ヴァン】のあった地点よりかなり高く、
 ロッジの屋根から岩天井までは2メートルもない。
 そして、そのロッジはやけに美しい外装をしていた。
 芸術家が己の主張を押し殺し、万人に受けるように作ったかのような、
 高齢層が喜びそうな、シックなデザイン。
 まるで、洞窟の中に眠った宝屋敷のような、異質な外見だ。
「随分、立派な拠点を構えてるのね」
「偶々あったロッジを利用してるだけだ。ンな事ぁいーからとっとと入れ」
 ハルに促されるままにロッジ内に入った勇者一行は、その外観に負けず
 上品な内部に、思わず目を疑った。
 何しろ、ここはギルドの隊長が治める拠点。
 乱雑に物が置かれ、殺伐とした雰囲気の部屋を誰もが想像するところだが、
 実際にはレースのカーテンや淡い色使いの絵画、鮮やかなバラが敷き詰められた
 花瓶、臙脂色のテーブルクロスなど、やたら品が良い。
「どうなってんの、コレ。金持ちのお屋敷じゃない」
「アルマさんはここ、来た事あるの?」
 思わず苦笑を禁じえないフランベルジュの傍らでそう問い掛けたフェイルに、
 アルマはフルフルと首を横に振った。
 管理人と言っても、全ての建築物に足を運んでいる訳ではないようだ。
「アロンソは二階だ」
 そんなフェイル達の狼狽を何処か楽しんでいる様子で、ハルは率先して
 二階への階段を上り――――
「……」
 途中で、止まる。
 それを、自分たちを待っているのだと判断したフェイルは、直ぐに追おうと
 したが――――その途中、視界に入った異質なモノに、考えを改めざるを得なかった。
「血痕……?」
 それは、板張りの床を点々と、入り口の隅から階段へ続いていた。
 あまりに異質な内装に目を奪われ、今の今まで気付かなかったのだ。
「チッ、俺のいない間に何かあったってコトかよ」
 眉間に皺を寄せ、ハルが駆け足で階段を上る。
 勇者一行とアルマも、それに続いた。
 二階は――――廊下はなく、階段は一つの部屋の入り口に繋がっている。
 その扉が、けたたましい音と共に開かれた。
「誰だ!」
 足音に気付いたらしく、中にいた人間が威嚇するように声を張り上げ――――
「……お前か」
 ハルに気付き、安堵とも苛立ちともつかない表情を浮かべる。
 その様子からも、何かが起こっている事を伺わせた。
「協力したいっつー知り合いを連れて来たんだが。何かあったのか?」
「コロットが負傷した。今、そこで寝ている」
 苦虫を潰す顔で告げるその人物は、彫の深い顔立ちの男だった。
 その双眸が、勇者一行の方に向き、そして――――アルマの地点で形を変える。
「管理人……? 何故彼女がここに?」
「話は後だ。コロットの治療は?」
「最低限だ。何しろ、施療院まではかなり距離がある」
 その言葉を聞いた瞬間、ハルは階段を上る途中のフェイルに視線を向ける。
「フェイル! 見せ場だ!」
「了解」
 現役の薬草士としての責任感が、その言葉と共に足の運びを早めていた。





  前へ                                                             次へ