翌日――――メトロ・ノームで迎えた初めての朝に、フェイルと勇者一行は
 驚きを禁じえず、目覚めて直ぐにそれぞれの寝床で暫し呆然としていた。
 この地下街における朝は、地上の朝とは全く別ものだった。
 輝かしい朝日の新鮮な光に包まれ、希望と高揚に溢れる筈のこの時間、
 メトロ・ノームは驚くほどに薄暗かった。
「これが、アルマさんが管理してるって言う照明の光なんですねー。
 どれくらい経つと、昨日の昼間みたいに明るくなるんですか?」
 感心したように、そのアルマの家の外で空を仰ぐリオグランテが呟く。
 玄関先で一夜を過ごした割には、特に体調を悪くした様子はない。
 勇者はかなり頑丈な身体をしているようだ。
「……」
 一方、この世界の管理を始めたアルマは言語を発する事が困難らしく、
 勇者の問い掛けには答えずにボーっとしていた。
「あ、あの……」
「この時間帯は質問の仕方に一工夫いるんだ。アルマさん、あと三時間くらいすると
 もっと明るくなるかな?」
 そんなフェイルの問いに――――アルマはコクコクと頷く。
「だって」
「はー。なるほろー」
 勇者はいたく感心していた。
 その傍らで、荷物をまとめていたファルシオンとフランベルジュが
 その支度を終えたらしく、アルマの方に視線を向ける。
「でも、ホントに良いの? わざわざ酒場まで着いて来て貰っても」
 そう問い掛けたフランベルジュに対し、アルマはゆっくりと頷いた。
 このメトロ・ノームに何の繋がりも持たない勇者一行にとっては、心強い存在。
 同行して貰えるだけで、『怪しいモノではない』という証になるばかりか、
 寧ろ好意的に見て貰える。
 この上ない協力者に、勇者一行は揃って感謝の意を述べた。
 これで、取り敢えず情報収集の足がかりは出来た。
「……」
 更に、アルマは羊皮紙に羽根ペンを走らせ、それをフランベルジュへと差し出した。
「これは……?」
 その紙を、全員が覗き込む。
「察するに、自分が不在の場合にはこれを見せれば同等の効果を得られる……
 サインのようなもの、なのでは」
 思慮深いファルシオンの分析に、アルマは満足げに頷いた。
 手厚い保証に、更に感謝を示す勇者一行だったが――――
「にしても、このサイン……なんて書いてあるかわかる? って言うか、文字?」
「難解ですね。ある程度、この国の近隣の言語は把握してるつもりでしたけど、
 これはちょっと……ルーンでもないですし……何らかの紋様、或いは写実?」
「きっと、おまじないとか呪文とか、そう言う関係の言葉なんじゃないでしょーか」
 ヒソヒソと話し合う勇者一行を傍目で見ながら、フェイルはアルマに
 こっそり問い掛けた。
「あのサイン……もしかして自分の名前?」
 アルマは悲しそうに頷いた。


 そんなこんなありつつ。
 アルマと勇者一行(フェイル含む)は、令嬢失踪事件に関する情報を得る為、
 先日訪れたばかりの酒場【ヴァン】を再度訪れた。
「ほとほと珍しいな、二日連続でアルマがここに来るとは。ま、了解だ。何でも聞いてくれ」
 マスターのデュポールはあっさりと了承。
 一切言葉は発しないものの、アルマ同行の効果は絶大だ。
 まだ昨日の爪痕が残るカウンター席に座った勇者一行は、予想以上の成果と
 厳しい現状を知る事が出来た。
 まず――――肝心の令嬢の居場所。
 当然、マスターもそれ自体は知らない。
 だが、どの勢力がどれくらいの情報を得ているか、どの程度進展しているかと言う
 競合相手の状態を把握する事で、アプローチをすべき対象を絞る事が出来る。
 それがわかったのは、かなりの収穫だった。
 しかし――――
「問題は、私達が取り入る隙がある人達かどうか、と言う点ですね……」
 情報を整理し終えたファルシオンは、席上で思わず瞑目してしまった。
 現在、勇者一行とフェイルが、この令嬢失踪事件において手柄を立てる事が
 出来る唯一の作戦。
 それは、有力情報を得ている何処かの勢力と協力体制を築き、その情報を
 共有すると言う方法だ。
 幾らアルマの協力があるとは言え、他の勢力を出し抜ける程の情報――――
 例えばリッツ=スコールズの現在の居場所と言った核心を突いた情報を入手
 する事は不可能だ。
 かと言って、今後それを他の勢力に先んじて得る事も無理。
 となれば、なるべく早い段階で有力な情報を入手出来る環境を作る必要がある。
 そこで、何処かの勢力に合流――――と言う形が理想的な展開と言う事になる。
 とは言え、これもかなりの無理難題。
 まず、勇者一行を招き入れるメリットが各勢力にはない。
 逆に、報酬や御礼の分割人員を増やすだけだ。
 頼りは、アルマの存在。
「?」
 ファルシオンの視線に、当の本人はキョトンとしていたが――――このメトロノームの
 管理人である彼女と御近づきになりたい勢力があれば、取り入る事は十分可能だろう。
 が。
「……言っとくけど、あの男の集団に加わるのは絶対嫌だから」
「それはわかっています」
 その最有力候補、バルムンクの勢力に関しては、フランベルジュの強い拒否姿勢に
 よって、没となった。
「取り敢えず、他の勢力をざっと整理してみよう」
 フェイルは、改めて昨日アルマから聞いた話と先程マスターから聞いた情報を
 統合し、羊皮紙にまとめた。
 
1.【ラファイエット】大隊長バルムンク=キュピリエ中心の勢力

2.【ウォレス】のアロンソ隊隊長アロンソ=カーライル中心の勢力

3.土賊アドゥリス中心の勢力

4.司祭ハイト=トマーシュ中心の勢力

5.傭兵ギルド【ウォレス】代表取締役クラウ=ソラス

「……他にも、昨日酒場にいた人達とか、いろいろな面子が動いてるみたいだけど、
 特に注視すべき勢力はこの五つかな」
 まとめ終え、改めてその図のそれぞれの勢力を検証する。
 勢力1――――バルムンクの勢力は、精鋭を揃えた強力な部隊。
 そして同時に、この勢力が最も多くの情報を得ていると、マスターは言っていた。
「恐らく、強力なバックがいると思われます。【ウエスト】と組んでいる可能性も
 否定できません」
 その【ウエスト】に依頼を受けているフェイルも、それには同意した。
 この諜報組織は、独自でも動きつつも様々な別組織にラインを伸ばし、それぞれに
 情報を流す事で、多数の財源を確保していると判断すべき。
 つまり、個人で力もないフェイルに特別な肩入れをする事は考え辛く、
 サポートは期待出来ない。
 逆に、最有力の取引先と思われる【ラファイエット】には、多くの情報を流していると
 考えられる。
 最も令嬢救出に近いのは、この勢力に他ならない。
「上等よ……絶対にコイツ等より早く貴族の子を助けてやる。で、バルムンク以外の
 連中の中では、何処と組むのが一番望ましいの?」
 キリキリと歯軋りをしつつ、フランベルジュはやる気を見せているが――――
「難しいところです」
 逆にファルシオンはキリキリと音を立てそうなくらいに頭を抑えていた。
 勢力2――――アロンソ=カーライルの勢力は、バルムンク部隊より戦力は
 劣るが、情報戦では負けていないらしい。
 ただ、顔見知りがいないので、接触が極めて難しい。
 土賊は論外。
 クラウ=ソラスは単独行動の為、マスターでも現在どのような状況なのか
 把握し切れていないらしい。
「……」
 アルマに所在を聞くも、首は横にふるふると振られた。
「なーんだ。じゃ、勢力4の一択じゃないの。フェイル、前にいたあの司祭と
 知り合いなんでしょ?」
「うん……まあ、そうなんだけど」
 実際、この勢力図の中では最も接しやすくはある。
 パーティーにアランテス教を信仰する魔術士がいる事も、それを後押しする材料となるだろう。
 ただ――――フェイルは昨日のハイトの発言が気になっていた。

『尤も、ここでの私は司祭ではありませんが』

 このメトロ・ノームでは、それがまかり通っている。
 つまり、教会の人間が必ずしも教会のパイプを使っているとは限らない。
 では、何故こんな地下まで訪れ、令嬢を助けようとしているのか?
 そもそも――――本当にそれが目的なのか?
 この五つの勢力の中で、一番行動の真意が読み辛い、厄介な存在だ。
「フェイルさんが躊躇うのも、尤もです。得体の知れない部分は否定出来ませんから」
 それを察してか、ファルシオンがフォローを入れる。
「とは言え、教会関係者として動いてる場合より、所有している情報には期待出来ます。
 ギルドが表立って教会に協力する事は困難ですが、その縛りもありません」
 つまりは、一長一短という事だ。
「平行線ね。それじゃ、いつも通りリーダーにお任せって事にしましょうか」
 そんな中、不意にフランベルジュがそんな事を言い出す。
 その『いつも通り』に含まれていないフェイルは、思わず首を捻った。
「リーダー? 誰が?」
「決まってるじゃない。私達のリーダーは勿論、勇者よ」
 リオグランテに、四人の視線が集まる。
「ぼ、僕ですか?」
「今までも、私とファルで意見が分かれた時は、最終的にアンタが決めてたでしょ?
 今回も同じ。さ、早く決めて。何処に話を持ちかけるか」
 殆ど何もしてなかった勇者に、命運は預けられた。
 ただ、それを預けるファルシオンとフランベルジュに、葛藤や苦慮の表情はない。
 信頼――――とは少し違うかもしれないが、似たようなものを寄せているのかもしれないと
 フェイルは心中で苦笑を禁じえなかった。
「そ、それじゃ……この人達なんてどうでしょう?」
 恐る恐る、リオグランテが指したそれは――――意外にも、アロンソ=カーライルという
 人物がまとめていると言う勢力だった。
「……また、随分と脈絡のないトコロを選んだものね」
 失笑するフランベルジュの顔に、怒りや失望はない。
『またか』
 そんな表情だった。
「で、理由は?」
「えっと……勘です」
「か、勘?」
 唯一不安を隠せないでいるフェイルに、リオグランテは頷いてみせる。
「あと、昨日見た感じだと、あの司祭の人はちょっと怖い印象を受けたので。
 クラウと言う人は見つけるのも無理そうだし」
「怖い、か……」
 リオグランテの示した理由は、まるで子供の発言のようだった。
 感覚に特化したそれは、確かに勘なのかもしれない。
 そして、それだけに――――本質を見抜いている可能性があった。
 日常の中で彼と接しているフェイルは、それを否定する事は出来る。
 が、この世界では、そんな日常の中のハイトという人物像がそのまま当て嵌まるとは限らない。
 尤もそれは、メトロ・ノームだからこそ、と言う事でもないのだが――――
「良いかもしれません。確かこの勢力は『ギルド員とは懇意にしていない、独自の部隊』と
 アルマさんは言っていましたよね?」
 コクリ、とアルマが頷くのを見て、ファルシオンも一つ頷く。
「私達が入り込む余地があるかも、しれません」
 その補足は、事実上の方向性の決定を意味した。
【ウォレス】所属アロンソ=カーライル――――その名前がフェイルの目に焼き付く。
 名前を聞いた事は、この地下に入るまで一度もなかった。
 どの程度の人物で、現在何処まで真相に近付いているのか。
「マスター、アロンソって人の事、詳しく教えてくれない?」
 それを探るべく、フランベルジュが質問を投げ掛ける。
 しかし、その回答を彼が話す事はなく――――
「それなら、俺よりそっちの客に聞く方が早いと思うぜ。その勢力の一員だからな」
 寧ろ、より有難い情報を掲示してくれた。
 最も難易度が高いと思われた接点の生み出し方を考える暇もなく、それが現れたのだから。
「ね。こう言うものなのよ。この子の持つ『運』って」
 余りの幸運に目を丸くするフェイルに、フランベルジュはリオグランテの頭に
 手を置きつつ、ウインク。
 勇者の条件――――それは、まるで仕組まれているかのような幸運。
 それをリオグランテは確実に有していた。
「運が良いのは結構だけどな」
 刹那。
 そんな勇者一行の後ろ――――今しがたマスターが顎で指した方向から、
 席を立つ音が聞こえて来た。
『勢力の一員』と言うその男に、会話を聞かれていたらしい。
「そう言う話は、もっと小声でした方が良いぜ。誰が聞いてるか、わかったもんじゃねー」
 そして、カウンター席の方へ近付いてくる。
 勇者一行が微かな緊張を帯びる中――――フェイルだけは、全く違う顔で振り向いた。
 何故なら。
 その声、その姿――――いずれにも覚えがあったからだ。
 この地下で会った人間ではない。
 地上で幾度となく対峙した男。
「……ハル?」
「おう。結構久し振りだな」
 信じ難いその縁に、フェイルは思わず顔をしかめながら、間近まで来た剣士の
 肩を竦めた姿を眺めていた――――






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