けたたましい咆哮と共に酒場【ヴァン】の扉が蹴り上げられる。
 侵入して来た連中は、総勢六名。
 そして――――その中の二名に、フェイル達は見覚えがあった。
「……どんな強敵が現れるのかと思えば」
 その中でも特に目立つ二人を視界に納めた瞬間、フランベルジュの士気が急激に落ちる。
 無理もない話ではあった。
 巨体を揺すりながら、先陣を切って意気揚々と乗り込んできたその二人とは――――
 以前、薬草店【ノート】を訪れ、一悶着を起こした『あの』巨体のゴロツキだったからだ。
 しかも、今回は別々ではなく並んで立っている。
 更に不快指数が増すのは、言うまでもない。
「知り合い?」
 アルマの声に、フェイルは暫し考え、考え、考え――――
「……名前、覚えてる人」
 挙手を促す声を発したが、反応するパーティーメンバーはゼロ。
 紹介しようがなかった。
 仕方ないので、記憶の糸を辿り、状況を解説する事に。
「えっと、僕のお店で大暴れした挙句に壊した物を弁償せずに逃げ出した二名……
 とでも言えばいいのかな」
「それは、可哀想だね」
 果たしてどちらに同情したのか、アルマの言葉には重要な目的語が抜けていたので
 わからなかったが――――フェイルは敢えて気にせず、名前も思い出せない
 巨体の二人にその視線を向けた。
「フッフッフ……聞きたい事があるゥんだが」
「この酒場にちっちゃい女のガキが来なかったァ? どーなの? どーなの?
 どおおおおなのよおおおおぉぉぉぉ!」
 相変わらずの、頭の悪そうな物言いと、オカマ丸出しの口調。
 その内の後者のみ面識のある勇者一行は、リオグランテ以外苦虫をかみ殺したような
 顔で、深い深い嘆息を吐き出していた。
「その様子だと、あの両人はそんなに大した使い手じゃないみたいだね。
 見た事なかったから、体型で怖い人達だと思ったけど」
「ん、まあ……そっちの女性剣士さんが手玉に取れるくらいだったかな」
 フェイルは答えるのと同時に、その視線を『巨体のマスターに因縁をつけている
 巨体の二人』と言う極めて暑苦しい場面から、そんなむさ苦しい様子を遠巻きに
 眺めている残りの連中へと移動させた。
 問題は、この四名の戦力。
 勇者一行は、以前あっさり退けたオカマがいる時点で、この残りの『土賊』達も
 大した実力はない――――そう判断しているようで、明らかに緊張感が目減りしている。
「……」
 一方、フェイルにはそこまで楽観視する事は出来ず、洞察すべく注視を続けた。
 最初に扉を蹴破った男は、髪を立て、額にバンダナを巻いている。
 細身の身体だが、筋肉がない訳ではない。
 しなやかさが際立っている。
 得物は腰に差したナイフか。
 そのすぐ後ろに、二人のローブを身にまとった人物が立っている。
 共にフードで目の当たりを覆っているが、どちらも男である事は明白。
 ローブは魔術士の正装とも言える服なので、魔術士である事は間違いない。
 双方共に杖型の魔具は持っておらず、指輪型の魔具を装着していると思われる。
 そんな魔術士達の右隣には、中肉中背の男が一人。
 その背には――――弓を背負っていた。
「……」
 弓使いと思われるその男は、フェイルに視線を向けて来る。
 短髪で、目つきがかなり鋭く、その佇まいには独特の雰囲気がある。
 狩猟者としての、張り詰めた空気。
 狙撃者としての、鋭利な空気。
 それは、弓に『選ばれた』者だけが発する事の出来る気質だった。
 フェイルは、無意識に弓を握っていた手に力が篭っていた事に気付く。
 
 ――――僕はあの男より上なのか? 下なのか?

 薬草士ならば、決して生まれる筈のない疑問。
 それが脳を回り、離れない。
 そんなフェイルの様子を、アルマは不思議そうに眺めていた。
「親分さんよォォォォ! ここにゃいねぇってよォォォ!」
「どうるすのォ? もうここ、やっちゃう?」
 化物のような男と、妖怪のようなオカマが揃ってバンダナの男に目を向ける。
 リーダーはこの男、と言う事らしい。
「ったく、弱ぇワリに血の気が多いな、テメー等は。ま、そこだけが取り得だけどよ」
 そのリーダー格の男は屈託なく笑ったかと思うと――――
「んじゃ、念の為に探させて貰うぜ。その棚の裏も、な」
 まるで舌を出すような、余りに自然で瞬時の所作で、『何か』を投じた。
「!」
 フェイルは瞬時に弓を構える。
 余りにその投擲が鮮やかだった事で、反射的に身体が反応していた。
 同時に――――最早これ以上自分を隠す事は不可能だと、その瞬間に悟る。
 勇者一行に対し、弓兵だった頃の自分を見せるのは、依然として好ましくはない。
 まして、裏の仕事が休業中だった頃と違い、今は依頼主を変え、新たな役割を担っている。
 可能な限り、かつての姿を見せる事は回避してきたのだが――――今回は余りに
 敵が露見し過ぎている上に、手強い。
 バンダナの男が投じたのはナイフだった。
 ただし、普通のナイフではない。
 柄とロープを一体化させている『縄標』のような暗器。
 ロープはかなり長く、腰に下げた皮袋に収納していたらしい。
 その縄付きの短剣が、容赦なく棚に陳列された酒瓶を叩き割る。
「流石にここにはいねぇか! ひゃははははハハハ!」
 軽薄な叫び声とは裏腹に、続け様にビンを割るその投擲技術は信じ難い程に素早く、正確だった。
 そして、ロープを使い、投じられたナイフをまるで生物のように操る。
 短剣は戻る事なく、波を打ちながら棚の酒瓶を薙ぎ倒して行った。
 人探しとは全く異なる、ただの遊び。
 それは『賊』と言う名に相応しい行為だった。
「お前ら! この【メトロ・ノーム】でそんな蛮行が許されると思うな!」
 怒りを露にしたのは、店の主のマスターではなく、フランベルジュと
 睨み合っていた剣士。
 瞬時に剣を抜き、リーダー格の男へ斬りかかろうと、その両の腕を振り上げる。
 決して鈍重な動きではない。
 足の運びは、テーブルの隙間を縫いながら進むハンデを感じさせない程に滑らか。
 その速度もまた、相当なレベルにある。
 だが、剣士の武器が振り下ろされる事はなかった。
 驚愕によって。
 剣士は動けない。
 その理由は、目の前で起こった出来事が全て。
 聞いた事のない衝突音が、鼓膜を越えて脳を突き刺したからに他ならない。
 そしてそれは――――剣士のみならず、その場にいる全員の目を釘付けにした。
 フェイルの放った矢。
 土賊の弓使いが放った矢。
 それが、剣士の直ぐ目の前で衝突した。
「……え?」
 フェイルの後方にいるフランベルジュが、剣を抜いた体勢のままでそんな声を漏らす。
 一方、土賊のリーダー格の男もまた、目を丸くしていた。
「おいおい、マジかよ。曲芸のつもりか?」
「いや。どうやら……一人厄介な使い手がいるようだ」
 弓使いが鋭い目付きを更に鋭利にし、ポツリと呟く。
 その刹那――――ローブをまとった二人が同時に腕を上げ、指を光らせた!
「公共の場で暴れるのは良くないよ」 
「!?」
 その光が、瞬時に『破裂』する。
 実際には爆発ではないので、殺傷能力はない。
 が、施行される筈の魔術が途中でキャンセルされた事に、土賊の魔術士は
 顔色の見えない影の中で、たじろいでいるような空気を醸していた。
「今のは一体……?」
 驚きを隠せず、ファルシオンが思わず呟く。
 無理もない話。
 このような魔術の封じ方は、まずお目にかかれない。
「封術を極めると、あのような芸当も出来るのですよ」
 その様子を眺めていた客の魔術士が、丁寧な言葉遣いで解説を寄越す。
 そして――――その声にフェイルは聞き覚えがあった。
「……ハイト司祭?」
 自身が懇意にしている教会の司祭の名を呼ぶ事に、違和感を覚えずにはいられない。
 このような血生臭い場所には最も不似合いな名前だったからだ。
 が、そんな呼びかけに対し、客の魔術士は呼応するようにフードを下ろした。
「お久し振りですね、フェイルさん」
 そこに現れるのは、見慣れた優男の凛然とした顔。
 紛れもなく、アランテス教会ヴァレロン支部司祭、ハイト=トマーシュだった。
「尤も、ここでの私は司祭ではありませんが」
 その言葉を証明するかのように、立ち上がるその姿に纏うのは、司祭のローブとは
 大きく異なる、動きやすさを重視して作られた、軽く丈夫な布。
 臨戦魔術士の纏うローブだ。
「感心しませんね、アドゥリスさん。奪略行為は自身の首を絞めるだけですよ?」
 妙に似合うその出で立ちと共に、ハイトは一歩前へ足を踏み出し、
 リーダー格の男の名を呼ぶ。
 名指しされたバンダナの男は、唾棄しながら得物を手元へ戻し、器用に
 肩に掛け、そのまま竦めてみせた。
「こんな所で説教なんか聞きたくねーな。全てが自由、全てが無効。
 それがここのルールだろ?」
「ええ。だからこそ、私は貴方に説教をしているのです。それもまた、自由なのですから」
「ケッ。聖職者ってのは無駄に弁の立つヤツばっかだな」
 視線が交錯する。
 しかし、それは一瞬。
 アドゥリスと呼ばれた男は、直ぐに人を食ったような笑みを浮かべ、
 その目をフェイルへと向けた。
「新しい住民か。テメーもスコールズ家のお嬢様を捕まえに来たクチか?」
 実際にはそう言う仕事を請け負っているものの――――この【メトロ・ノーム】を
 訪れた理由は別にある。
 フェイルは躊躇わず首を横に振った。
「チッ。そこの偽善者が連れてない時点で、ここにはいねぇ臭ぇが……
 まあ良い。おい! テメーら、洗い浚い探すぞ!」
 何処か楽しげにそう告げるアドゥリスに、魔術士と弓使いが戦闘態勢を整える。
 盗賊の人捜しは、略奪と侵略を意味するのだから、彼らにしても他人事ではない。
 そして、この酒場に特に思い入れのない勇者一行もまた、例外ではなかった。
 無法者に、見境などない。
 まして、彼等が捜しているのは、勇者一行の捜す人間と合致している。
 このまま野放しにする事も出来ない。
「これは……回避できそうにないですね」
 暫くじっと様子を見守っていたファルシオンが、嘆息交じりに呟く。
 同時に、魔具を光らせていた。
「えっと、あの人達って、僕らが探してるリッツさんを攫おうとしてるんですよね?」
「そうです」
「させません!」
 ワンクッション置き、勇者もやる気を見せる。
「えっと、此方は支援を担当するね」
「同じく」
 アルマとフェイルは、一歩下がる。
 そんな二人――――特にフェイルに対し、フランベルジュは強い視線を向けた。
 そして、何かを言いたそうな顔をして、結局止め、顔を土賊の方に向け直す。
 アドゥリスは、軽薄な笑みをそのままに、舌なめずりをしていた。
「面白ぇな、やっぱココは面白ぇ。コレだよ、なぁ偽善者。このノリがこの地下の
 イイトコじゃねぇか。そうだろ?」
「……」
 何故か話を向けられたハイトは、それには応えずに沈黙を守る。
 その様子を暫し一瞥し、アドゥリスは視線を泳がせ――――最後に
 フランベルジュに定める。
 まるで、玩具を見つけた子供のような顔で。
「随分イキがってんなぁ、金髪。つーか、さっき暴れそこなったモンな。
 そっちの剣士より反応が遅れて出遅れたの、見てたぜ」
「!」
 図星だったのか――――フランベルジュの顔が途端に血気を増す。
 結果的に勇み足を譲る形になったとは言え、客の剣士に先んじられたのは確か。
 それを指摘された事が、女性剣士の誇りに障った。
「で、どうすんだ? オレと勝負すっか? いいぜ、良い女を甚振るのは
 男のロマンだもんなぁ」
「アドゥリス」
「イイじゃねぇか。つーか、まさかお前、オレに指図する気じゃねぇよな?」
 制しようとした弓使いに対しても、その鋭い目で威嚇する。
 狂犬――――そんなチープな言葉が、フェイルの脳裏を過ぎった。
「……いや」
「だよなぁ? テメーのそう言うトコ、オレは好きだぜ。じゃあ……」
「ちょっと待ってくれるかしらぁ」
 話がまとまりそうになった中で、今度は別の人間が割り込んでくる。
 と言うか、人間かどうか怪しい妖怪が。
 その視線の先には――――――――いきり立つフランベルジュの姿がある。
「ウフ……ウフフ……まさかこんなトコロで再会出来るなんてねぇ。嬉しいわぁ」
 ゆらりと、巨体が揺れた。
 同時に、全身が膨張する。
「ンだよ。知り合いか?」
「宿敵よッ!」
 隆起する筋肉を震わせ、妖怪は吠えた。
 そこでフェイルはようやくこのオカマの名前を思い出したが、特に口にする必要性を
 感じなかったので、黙って見ていた。
「ここはワタシにやらせて頂戴! お願い!」
「ま、良いケドよ。テメー等は大事な『お客様』だからな」
「……?」
 アドゥリスのその不自然な表現に、フェイルは思わず視線を向ける。
 ただ、それが疑問解消の糸口とはならず、虚空を舞うだけに終わった。
「よぉぉぉし! さぁそこの金髪女! この前の恨み! 今こそぶつけてあげるわよぉぉ!」
「……ったく。懲りないオカマね」
 指名されたフランベルジュは、剣を担ぎながら歩を進める。
 が、突然振り向き――――
「後で話して貰うからね」
 鋭い目付きで、フェイルに対してそう呟いた。
 言うまでもなく、先程の『芸当』の事だ。
 偶々放った矢が敵の矢と衝突した――――等と言う陳腐な嘘は通用しそうにない。
 尤も、フェイルにしても、もう隠す気はなかった。
 もしあの時、臨戦態勢に入っていなければ、敵の弓使いの矢は確実に客の剣士――――
 ではなく、フェイルの頭を貫いていた。
 偶々、剣士の目の前にその軌道があっただけの事。
 フェイルは自衛の為に、矢を放っていた。
 そして、敵の狙いが正確だったからこそ、矢で矢を打ち落とすと言う
 離れ業が成立していた。
 何故あの状況で自分が狙われたのかは、全くわからない。
 ただ、確実に殺気を込めて放っていた。
 だからこそ、瞬時に読めたのだが――――等と言う思考に耽っていると、
 巨体が酒場の床を軋ませる大きな音が聞こえて来る。
 もう決着が付いたらしい。
 しかも、オカマと同じ大きさのもう一人の男も同様に沈んでいる。
 巻き添えになったのか、二人まとめて掛かって行ったのか、フェイルは見逃していた為
 わからなかったが、それを知る必要もなかった。
「弱い……」
 フランベルジュが目を細めて呟く中、そのオカマ達の味方の筈の土賊達は
 特に感慨もなくその勝負を眺めている。
 彼らにしても、折込済みの結果だったのだろう。
「さて、前座は終わりだ」
 アドゥリスは首を回し、手首を回し、そして口角を大きく上げる。
 禍々しいまでの威嚇。
 一介の盗賊とは思えない程、その歪さは怨をまとっていた――――
「じゃ、そろそろおっぱじめようや――――」
 が。
 それは一瞬にして消える。
 消したのではない。
 強制的に、消失させられた。
 一瞬。
 全くの、一瞬。
 それ以外に表現しようのない刹那の時間で、アドゥリスは吹っ飛んだ。
 背後からの衝撃によって。
「な……アドゥリス!?」
「おいっ、しっかりし――――」
 魔術士二名が慌てて駆け寄ろうとするが、それも叶わない。
 ほぼ同時に、まとめて吹き飛ぶ。
『壁』が消えた事で露見した背後からは、一人の男が現れた。
「酒場で暴れるたぁ、随分とマナー違反じゃねーか。ああ?」
 アドゥリスと同じような、荒い言葉遣い。
 しかし、その重圧感は、更に別物。
 そこにあったのは――――傭兵ギルド【ラファイエット】大隊長、バルムンクの立ち姿だった。





 

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