【レカルテ商店街】は、古い歴史を持つ庶民の庶民による庶民の為の商店街と言うフレコミで
 200年近く前に作られた。
 その為、当初は食料品や仕立屋、大工、パン屋などが立ち並ぶ場所だったと記録されている。
 しかし、今から遡る事数十年。
 とある大会の開催が、その商店街の運命を大きく変える事になる。
 エル・バタラ。
 国内でも有数のイベントとなる武闘大会が、この街の【ヴァレロン総合闘技場】と言う
 施設にて行われる事となり、その結果、武器防具、或いは戦闘に使用する暗具等を
 売る店が一気に増えた。
 そして、大会の成功と共に、観光客は急増。
 当然、そうなれば需要を得るのは土産物。
 その為、エチェベリアの名産であるガーナッツと言う食料品や、ヴァレロン特有の
 有名な土産物が多数並ぶ土産物店、雑貨店なども増えた。
 その結果――――
「改めて回ってみると……混沌とし過ぎよね、この商店街」
 フランベルジュのような余所者が頭痛を引き起こす程、様々な分野の店が立ち並ぶ
 奇妙な一角となってしまっていた。
 無論、その中に薬草店【ノート】が入っている事は言うまでもない。
「取り敢えず、これで地図は出来ました。って言うか、商店街なのに公式に
 用意している地図が40年前の物と言うのは、少々驚愕に値する事だと思うんですが」
「僕も店を申請した時にそれとなく指摘したんだけどね……」
 自分の店が地図に記載されない事を知った日の事を、フェイルは今も覚えていた。
 と言う訳で、まずは商店街の地図を作り、協力して貰えそうな店をピックアップすると言う
 下準備段階を経て、薬草店【ノート】の面々は卓を囲む。
 尚、現在は営業中だが、全く支障がない所が物悲しい。
「取り敢えず、この周囲から。武器屋、防具屋、道具屋、武器屋、ここ、食材店、道具屋、
 小物店、薬屋……」
「薬屋だと、モロに被ってるからあんまり旨味はないですね。って言うか、近場で
 武器防具屋が二つずつと言うのは、明らかに双方にとって良くないような……」
「道具屋と小物屋も多すぎない? 被ってる商品も結構あったし」
 フランベルジュとファルシオンが他所の店の心配をする中、勇者リオグランテは
 余り普段見せない真剣な表情で、地図の一点を凝視していた。
 何処か沸々と燃え滾るその顔に、フェイルは興味を引かれ、視線を追う。
 そこには『錠前屋』を書かれていた。
「……何故、錠前屋に対してそんなにライバル心剥き出しなの?」
「いえ、なんとなく」
 リオグランテは勇者以上に盗賊の素養を持っているようだ。
「って言うか、アンタもよさげな店を探しなさいよ。他力本願でどうすんのよ」
「や、一応考えたんだけど……」
 今回の協力要請案に関して、フェイルは何気に目からウロコが落ちるような
 感動すら覚えていた。
 フェイル自身、薬草店の需要や自分の商才に限界を感じつつも、
 目的が極めて私的な事もあり、他者への協力と言う事は頭になく、ずっと
 一人でやって来ていたが、それでは自ずと世界は狭まる。
 薬草店という形式は重要だが、その経営方針に関しては特に拘りがある訳ではない。
 まして、職人気質と言う訳でもない。
 柔軟に考えるべき――――そう言う思いにさせて貰っただけでも、フェイルにとっては
 一つの収穫となっていた。
「やっぱり、薬草店ってトコをアピールする必要はあるから、それに関連する
 商品を作れる所が良いと思うんだ。で、可能性があるのは……」
 フェイルは思案顔のまま、6つの店をピックアップした。
 理髪店。
 パン屋。
 洗濯店。
 酒屋。
 料理店。
 香水店。
 いずれも、薬草を使用する余地のある店、と言う事で選んでいたが、いずれも
 この界隈からは離れており、ランニングコースでもないので、店の人間とは面識がない。
 そう言う意味では、未知の領域と言える。
「割とまともな選択です」
 そんなフェイルの心意気を知る由のないファルシオンは、極めて客観的に
 褒め言葉を述べた。
「理髪店は、歯の治療も行っています。よって、その治療に薬草を使用すると
 言う事ですね。パン屋と料理店、酒屋の3つは、単純に薬草を食材として使用する、と。
 香水店と洗濯店は、香草を使って貰うと言うことですね」
「うん。洗濯店なんかは、単に汚れを落とすだけじゃなくて、香草を使って
 臭いを消せると、より一層お客さんが増えそうだしね」
 フェイルの回答に、満足げ――――な表情こそないものの、ファルシオンは
 二度ほど頷いてみせる。
「……意外。マトモな会議になってる」
「奇妙な光景ですよねー」
 そんな二人とは対照的に、フランベルジュとリオグランテは詰まらなさそうにしていた。
「でも、幾ら利用価値があるとは言っても、それはあくまでもこちら側の一方的な
 見解であって、向こうには向こうの都合がありますから。上手く行く可能性は
 決して高くありません。こちらには知名度もお金もないので」
「辛辣……」
 フェイルが片手で耳を塞ぎながら嘆息する、その刹那――――
「おう! 花屋始めたんだってな! 鞍替えするなら一声かけやがれこの野郎!」
 武器屋『サドンデス』の店主ウェズ=ブラウンが意気揚々と来店。
 その顔に、複数のアザを携え。
「……また、ですか」
「おうよ。だが今回は俺だっておめおめと引き下がっちゃいねーぜ。
 余りにも癇癪がひでーもんだからよ、こう言ってやったんだ。
『テメーこのアマ、誰のお陰でメシが食えてると思ってんだバカ野郎』ってな」
 ウェズは堂々と、決して扶養家族に対して言ってはいけない一言を吐いた愚行を
 披露していた。
「そしたらカミさんの顔が獲物見つけた爬虫類になっちまって、このザマだ」
「自業自得じゃない」
「……ん? 何だ、ずっと一人でやってたっつってたのに、いつのまに
 こんなに従業員雇ったんだよこの野郎。美人揃えやがって、やるじゃねーかバカ野郎」
 悪態を吐かれた事など気にする様子もなく、ウェズは勇者一行を眺めつつ
 ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ、フェイルを小突く。
 一方、そのフェイルは動揺と焦燥を禁じえずにいた。
 既にこの【レカルテ商店街】界隈では、勇者と言う存在は忘れられつつある。
 とは言え、それでも勇者がここにいると言う事が露見すれば、顰蹙を買う事は免れない。
「ん? そっちの小僧、どこかで似たような似顔絵を見たような気が……」
「それより! ウェズさん、何か用事があるんですか!? いや、あるに違いない!」
 珍しく大声を出すフェイルに、ウェズは視線をそちらへと移した。
「まあ、あるんだけどよ。花屋になったんだろ? だったらよ、カミさんの
 機嫌が直りそうな花束を作ってくれよ。金に糸目つけねーからよ」
「弱っ……そんな強面なのに」
 フランベルジュは呆れる一方、美人と言われたことに対しては
 全くリアクションを見せない。
 ただ、こっそり耳が赤くなっている事をフェイルは発見してしまったが――――
 口に出すのは災厄の元という高度な判断の下、沈黙が保たれた。
「えっと、もう花屋は店じまいなんです」
「あー!? マジかこの野郎! じゃあどうやってカミさんの機嫌直すんだよ!
 キレたカミさんの待つ家に帰るくらいなら熊のねぐらで屁ぇコいた方が
 マシってもんよこの野郎!」
 ウェズは元傭兵らしい屈強な身体を縮めながら、負け犬の咆哮を披露していた。
 フェイルは勿論、勇者一行の面々も流石にいたたまれなくなり、
 それぞれ機敏な動作で在庫の花をかき集め、あっと言う間に色鮮やかな花束を
 作り終えた。
「仲直り出来ると良いですね」
「あ、ありがとうよ嬢ちゃん。勇気を貰ったぜ」
 その花束を、これから戦地へ赴く特攻兵のような顔で受け取るウェズを見て、
 フェイルは結婚と言うものの恐ろしさを学んだ。
 そして同時に、これが好機である事にようやく気付く。
「あ、ウェズさん。ちょっと良いですか? このリストの中に知ってる店とか
 ありませんでしょうか」
「あん? ああ、全部知ってんぞ。紹介して欲しいってんなら、明日定休日だから
 時間作ってやるぞバカ野郎」
「助かります。それじゃ、ご都合の良い時に宜しくお願いします」
 ウェズが背中でそれに応え、店を出て行く。
 このレカルテ商店街でも名物と言われる武器屋の店主は、口と顔と経歴は
 畏怖の的となるものの、心根は実に優しい男だった。
「なんかスラスラと物事が運びますね。逆に不気味な気がしてきました」
 リオグランテが不吉な発言をする中、フェイルも全く同じ事を考えていた。
 そんな、やさぐれた精神に心底嫌気がさす中――――日は変わり、翌日。

 フェイルは何故か単身で、香水店【パルファン】を訪れていた。




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