スティレット=キュピリエと名乗った赤毛の女性が所有していると言うこの屋敷は、
 その面積の広さの割に、部屋数は多くなかった。
 中央に玄関とエントランスを構え、その東西に長く伸びる廊下が一路通っているのみ。
 階段もない。
 扉も、西館、東館共に三つずつ。
 つまり、六つの部屋しかない事になる。
 フェイルは、そんな珍しい屋敷の一室――――東館の応接間にいた。
 誰もおらず、且つ自分が一番慣れ親しんだ場所。
 そこで、息を潜めながら待つ。
 しかし、息を整える暇もなく、扉は開いた。
 同時に、その廊下の壁に掛けられたランプの光が室内に滲み出す。
 ちょうど扉の向こうにランプがあった為、おぼろげながら室内を見渡せるほどに
 明るくなった。
「待ち伏せ、かね。王道だ。弓兵である以上、剣士である自分と接近する訳には
 いかないのだから、そうするしかない。さて、どう出るかな?」
 勇者との戦いの際以上に饒舌に言葉を紡ぎ、カバジェロは一歩、二歩と
 光化粧を施す部屋で前に進む。
 本来なら――――鷹の目を持つフェイルは、暗闇の中でこそ真価を発揮する。
 しかし、フェイルはそれも加味し、この部屋に身を置いていた。
「……僕を倒しても、名は上がりませんよ」
 そして、不意にそう告げる。
 足音が消え――――暫く沈黙が続いた。
「貴方は、僕が副師団長の弟子か何かと思ってるみたいだけど。実際には
 そんな良い物じゃありません。彼の道具代わりに利用されただけですよ」
「一向に構わんよ。デュランダル=カレイラの道具……それだけでも、十分に価値がある。
 少なくとも、自分には関心がある」
「貴方が期待するような強さは持ち合わせていない、としても?」
 フェイルのその言葉に、一つ足音が重なる。
「貴殿と勇者候補一行がこの街を訪れて直ぐの事を覚えているか? 賞金稼ぎが貴殿等を
 襲撃して来た時の事だ」
「……」
 沈黙の中で、また一つ。
「あの時、自分は貴殿等の動きを遠巻きに見ていた。酒場の二階の窓からだ」
「……何?」
 それが事実だとすれば――――フェイルは頭を抱えたい心境に駆られ、小さく嘆息した。
「そこでも、試験をしていたって訳ですか」
「その通りだ。勇者候補として相応しいか否か。生憎、勇者が真価を発揮するには
 少々危機感が不足していたようだったが。しかし、予想外のところで面白い動きを
 している者がいた」
 足音とは違う、床を金属で叩く音が室内に響く。
「その者は、眼前で繰り広げられている魔術戦の勝敗を早々に読み、視点を別の場所へと
 向けた。そして、遠方の街路樹の葉に潜んでいる魔術士を見つけたのだろう。そこへ向け、
 矢を放った。気付かれぬよう、高く。あの射ち方で人を射る事が出来る弓兵など、
 自分は他に知らない。あれは、一流の先にある技術だと見受けた」
 まるで、自分の手柄を妻に話す夫のように。
 カバジェロは先日の戦局を切々と語った。
 一流の先――――その表現は、実際にその先にある光景を知らない人間の言葉ではない。
 何故なら、知らない人間は、一流の上にある技術だと誤解しているからだ。
 しかし、実際には違う。
 どの分野に関しても、一定のラインを越える『術』は、それ以前の『術』とは
 全く別のものになる。
 次の段階、ではない。
 カバジェロの言葉は、それを的確に言い表していた。
「……そんな大げさなものじゃないですよ、あれも。僕も」
 それを認識しつつ、フェイルは眉間を弓に当て、嘆息する。
 その位置は、今の所カバジェロの視界には入っていない。
 当然、死角にいる。
 とは言え――――話している時点で、その声の方向によって位置は筒抜けだ。
 この状況での会話は、通常ならば『考えられない失態』と言われてもおかしくない行為。
 にも拘らず、カバジェロはその事を指摘せず、フェイルも気にも留めていない。
 そこには、駆け引きがあった。
 既にカバジェロは、フェイルの位置を把握している。
 だが、この応接間は広い。
 そこへ切り込むには、幾ら身体能力の高い人間であっても、ある程度の時間を有する。
 切り込む為には、まず一瞬で間を詰められる距離まで接近しなければならない。
 一方、フェイルも、当然カバジェロの位置はわかっている。
 距離がある以上、遠距離攻撃の弓矢は有利。
 だが、迂闊に身を乗り出して矢を放つ訳にはいかない。
 避けられる可能性があるからだ。
 リオグランテでの戦闘において、カバジェロは全く底力を見せてはいない。
 それでも、その実力の一端は十分に把握出来た。
 滑らかな足捌き。
 俊敏な体重移動。
 身のこなしの上手さは、かなりのもの。
 直線的な攻撃に対しては、相当な回避力を有しているとフェイルは読んでいた。
 迂闊に射て外せば、次の矢を補填する準備もないまま、切り込まれる。
 それ程の圧力が、カバジェロにはあった。
「自分はそうは思わない。自分がこの部屋の扉を開けた瞬間と言う、最大の狙撃の好機を
 敢えて利用しなかった点に関しても、十分に貴殿の力の程が窺える」
 そして、その圧力を発しているカバジェロもまた、緊張感の中に身を置いていた。
「自分がこの応接間に侵入する方法は、二つ。窓ガラスを割り外から入るか、
 普通に扉を開いて入るか。貴殿がどちらと読んでいたか、その隠れている位置でわかる。
 貴殿は、自分がこの屋敷を傷付ける事を善しとしていない、と読んだのだろう。
 ガラスを割るような事はしない、と。違うかね?」
「……まあ、一応」
 よく喋るカバジェロに対し、フェイルは思わず失笑しそうになった。
 実際、その通りではあった。
 借り物の屋敷を傷付けることは、騎士道精神に反するだろう、と。
 騎士の心。
 フェイルは必ずしもそれを知っている訳ではない。
 騎士ではなかったのだから。
 ただ、理解はしていた。
 遠距離から一撃で敵を仕留める必要のある、暗躍を遂行する特殊な弓兵は、
 相手の行動パターンを知る必要がある。
 性格、性質を理解出来れば、尚良い。
 そう習って、フェイルは今の技術を得た。
 カバジェロという男の真意は、未だ読めない。
 しかし、行動パターンに関しては、ある程度把握出来ている。
 敢えてフェイルを部屋の外に逃がし、屋敷中を使用させ、弓兵としての利点が
 活きる環境を提供している点。
 勇者一行に盛った薬が、致死の物ではなく眠り薬だった点。
 そして、闇討ちではなく、堂々と現れ、正面から見据えて来る点。
 全ては、騎士道。
 カバジェロと言う人間は、真に『戦い甲斐』を求めている。
 それを確信したからこそ、フェイルはこの応接間での待ち伏せを選んだ。
「……さて」
 カバジェロが、もう一歩前に出る。
 まだそこは、フェイルの隠れる場所からは少し離れていた。
「そろそろ良いだろう。ここが、自分の境界。この距離ならば、貴殿が射る矢を
 避けながら接近し、第二射が来る前に仕留める自信がある。貴殿はどうだ?
 自分をそこから射抜く自信があるか」
 それは、決闘の申し込み。
 既に行っている、戦いの合図とは質が違う。
 お互いに自信のある距離で、お互いが最大限の力を発揮し、戦闘力を競おうと、
 カバジェロは言っている。
 フェイルには、自信が――――
「ないですよ。全く」
「……その割に。声質が変化したと見受ける。戦闘の準備が整った、と告げている」
 そう呟くその声には、歓喜が混じっていた。
 カバジェロの膝が、拳一つ分だけ沈む。
「自分にとって、極限での戦いは騎士道精神の向上を意味する。己に克つ好機と
 認識している。フェイル=ノート! 自分には野心がある事を認めよう!
 騎士として再び王宮に戻る渇望があると、ここに宣言しよう! いざ、勝負だ!」
 まるで――――遥か昔、闘技場で行われていた果たし合いの前口上のような
 咆哮が、応接間に響いた。
 フェイルは応えない。
 当然だった。
 これは、果たし合いではないのだから。
 フェイルは、自分の身を守る為――――そして、自分の救うべきものを救う為、
 その意識を、沈めた。
 刹那。
 フェイルの中で、あらゆるものが消える。
 弓を持つ感覚も。
 殆どの視界も。
 嗅覚も。
 聴覚も。
 残ったのは、弦を引く感覚と、標的を見る視覚。
 そして――――カバジェロが、跳ぶ。
 その瞬発力は、先程勇者との戦いで見せたものの比ではなかった。
 一直線。
 扉から真っ直ぐ歩いてきたカバジェロは、そのままの向きで、長椅子のある方へ
 その身を跳ばした。
 そして、長椅子の影に隠れたまま、フェイルは鏃を固定し、矢を放つ。
 それと同時に、全力で膝を浮かせ、上半身のみ長椅子から出した。
 矢は、椅子の僅かに上を通り、一直線にカバジェロへと向かい――――
 その身を掠める事なく、そのまま後方の空気を切り裂き続けた。
 フェイルの読み通り、カバジェロの動きは精敏だった。
 直線的に動きながら、右足の膝の下の力だけを使い、床を蹴って
 その動きをそのままの速度で、大きくベクトルを変えた。
 更に、今度は左足だけを使い、最短距離でフェイルへと向かう。
 その瞬間、カバジェロは一層口元を引き締めた。
 既に、フェイルの攻撃は外れている。
 だが、それでもカバジェロの緊張は全く解けていない。
 間に合わないであろう第二射に対しても、警戒を怠ってはいなかった。
 それもまた、騎士としての心構え。
 カバジェロは、完璧だった。
 一つ。
 自分の後ろに『何があったか』を失念していた事を除けば。
「!」
 次の瞬間、室内から光が消える。
 それと同時に、何かが割れる音が、扉の向こうで聞こえる。
 フェイルの放った矢は、壁に掛かったランプを正確に射抜いていた。
 その衝撃で、中の火が消え――――瞬間的に硬直したカバジェロに対し、
 フェイルは次の瞬間、矢筒の中の矢を一本、右手で掴む。
 一方、周囲の光を失ったとは言え、勝手知ったる空間でいつまでも
 身を竦ませる程、カバジェロも甘くはない。
 直ぐに体勢を立て直し、再度フェイルのいる長椅子へ突進を再開する。
 弓を番える。
 剣を振り上げる。
 その動作は、全くの同時だった。
 月が弧を作る夜空には、それらの風切る音は響かない。
 屋敷の天井だけが、それを聞いていた。
 そして、次に天井が聞いた音は――――フェイルの弓が真っ二つに切断される
 微かな裂音だけだった。
「……」
 応接間を、沈黙が包み込む。
 暫時の後――――床に小さく、赤い紋様が生まれた。
 一滴の血によって出来た、小さな染み。
 それを眺め、カバジェロは静かに――――本当に静かに、頬に付いた
 微かな傷を親指でなぞった。
「自分の敗北、と言う事か」
 そして、落胆ではなく、何処か他人事のように呟く。
 実際、表情に無念の意はまるでない。
 それを鷹の目で確認し、フェイルは疲労により生まれた吐息を落とした。
 ほぼ同時に――――カバジェロが膝を突く。
 全身が力を失ったかのように、そのまま床へとへたり込んだ。
 フェイルの矢には、掠りさえすれば標的を無力化させる毒が塗られている。
 全ての弓兵が毒を矢に塗っている訳ではないが、フェイルが薬草士である事を
 知っているカバジェロは、頬に傷を付けた時点で自身の敗北を自覚していた。
「接近戦をこなす弓兵……それを目指していたと聞いた。成程、確かに今の一瞬の
 身のこなしは、十分に説得力のあるものだった。全力で踏み込んだつもりだったが……」
「かわせたのは、貴方がこの長椅子を傷付けないように配慮したからですよ。
 一つ多く踏み込んだ。だから、身体を沈ませる時間が出来た」
「謙遜だな、フェイル=ノート。それを計算して、その長椅子の傍にいたのだろう?」
 徐々に弱々しくなる声を、カバジェロは搾り出すように発している。
 まるで、良く出来た試験の応え合わせをしているような表情で。
「騎士の精神を逆手に取った、卑怯な方法ですよ」
「褒められるのは苦手か? 外敵の性質を理解し、それを戦術に利用するのは
 一個の戦士として重要な事だ。自分はその点において、貴殿よりも劣っていた」
 素直な敗北宣言は、騎士道精神から来るものなのか、それとも潔い性格なのか。
 間違いなく前者だと踏んだフェイルは、真っ二つにされた弓の下部分を拾い上げ、
 小さく嘆息した。
 当然、もう使用は出来ない。
 遠征用の一品として使い込んでいた弓だけに、落胆はある。
「さて……喉が動く内に、約束を果たすとしよう。何故自分が宝荒らしに狙われる
 価値があるか……」
「いや、特に興味はないんで、別に良いです」
「それは、自分に流れる血にある。正確には、自分の体内で作られた血だ」
 その瞬間――――実際に全く興味を持っていなかったフェイルは、思わず
 その目を見開き、横たわるカバジェロに視線を送った。
「……まさか。人体実験を?」
 人体実験。
 それは、文字通り人体を使用した実験の事。
 実験には様々な分野が絡むが、主に行われるのは、医学と生物学の実験。
 例えば、様々な薬草を配合し、新薬を作った場合、その新薬が人間に効果的かどうかを
 試す為には、当然ながら人間で試用しなくてはならない。
 人体実験はエチェベリア国の政策として認めていないので、公に行っている機関
 こそないが、医療に携わる研究機関であれば、何処でも少なからずやっている事でもある。
 そして、生物学もまた、『生物兵器』の開発の為に、人間を実験台にしている。
 その結果、それらの実験において、自身の身体に極めて特殊な変化が現れるケースも
 珍しくない。
 フェイルは、『体内で作られた血』と言う言葉から、それを予見した。
「御名答。自分は様々な生物兵器と薬を体内に吸収する事で、体内でに特別な血液を生成し、
 そして育てているのだ。それが何かは知らんがね」
 弱々しく笑いながら、カバジェロはそう口にした。
 しかし、人体実験は立派な犯罪。
 当然、被験者の立場とは言え、それに協力する事もまた罪だ。
「それは、騎士道に反する行為じゃないんですか?」
 そんなフェイルの問いかけに――――
「……ままならぬ事もある、と言う事だ」
 カバジェロのその告白は、その背景に何があるかを推し量るには十分なものだった。
 個人では抗いようのない権力は、この世にごまんとある。
 その中のひとつが肩に圧し掛かると、人間は変わる。
 変わらざるを得ない。
 そして次第に、過去の自分を忘れていく。
 騎士道に執拗な拘りを見せるのは、自分の本来の姿を忘れない為なのかもしれない――――
 フェイルは密かにそう推考し、こっそり嘆息した。
「……一つ聞きたい。貴殿は何故、薬草士になった? 史上最年少の宮廷弓兵、
 更にはデュランダル=カレイラ唯一の教え子と言う立場を捨ててまで」
 そして、元騎士団の言葉に、もう一つ落ちそうになる息を強引に飲み込む。
 聞かれて素直に答える程の義理はない。
 そもそも――――
「何でそんな事を聞くんです?」
 当然とも言えるその問い返しに、うつ伏せだったカバジェロが強引に身体を
 捻り、仰向けになる。
 剥き出しになった表情には、今尚騎士の輝きがあった。
「自分は……かつて王家に全てを捧げ、市民を外敵から護る事に命を賭けていた。
 しかし、いとも簡単にその日々を剥奪された。たった一言、同僚の怠慢を諌めただけでだ」
「……その同僚は、王家の血筋だったんですね」
 騎士と言う身分は、元々優れた戦士に対し、主君が授ける称号だった。
 それが一般化すると、徐々にそれは称号ではなく、役職となった。
 騎士になる為の養成所が生まれ、幼少期から騎士になるべく育てられる子供が増えた。
 それは、騎士と言う役職が貴族と認められているからだ。
 平民が貴族となる方法は、二つ。
 王家の者と婚姻を交わすか、騎士になるか。
 とは言え、平民が王家の人間と懇意になる事はまずない。
 結局、選択は実質的に一つしかない。
 騎士は、戦士の中の戦士から、貴族への出世街道となった。
 そして、時代の移り変わりと共に、それは更に変化する。
 本来ならば、戦争をはじめとした外敵との戦闘において、優秀な戦果を収めた者が
 手にする事の出来た称号だったが、戦争がなくなり、平和な時代に突入すると、
 優れた戦果ではなく、王家への貢献が指標となった。
 つまりは、金。
 ただし、金を積めば騎士になれるかと言うと、そう言う訳ではない。
 例えば、全く武力を有さない商人が、王家に多額の融資をしたからと言って、
 それで騎士になれると言う事はない。
 しかし、その商人の息子が騎士養成所で技と知を学び、貴族や先輩の騎士に従属し、
 一定の年数が経過すれば、間違いなく騎士となる事が出来る。
 そう言う環境で騎士になった者達は、かなり多い。
 一方、騎士が貴族としてみなされる事を快く思わない者達――――既存の貴族や
 王家の血筋の者達は、なるべく市民から貴族が輩出されないよう、より多くの
 親族、或いは養子を騎士に送り込んでいた。
 既に貴族、王族の身分であっても、騎士となる事に支障はない。
 騎士は現在、そう言う謂わば縄張り争いのような状態になっている。
 その事情をフェイルは知っていたので、カバジェロの処遇の理由には直ぐピンと来た。
「或いは、貴殿も同じ境遇なのでは……と思ったものでな。貴殿が弓兵を辞めて、
 その後に自分も王宮を離れた際に、自分の痛みを理解してくれる者がこの世界の何処かに
 いると、勝手に想像していた」
「生憎、違いますよ。僕は僕の意思であの場所から離れた」
「そうか。では、薬草士となった理由が、そのまま弓兵を辞めた理由と言う事か」
「……」
 フェイルは答えない。
 答える義理もなかった。
「沈黙もまた答え……か。構わぬ。その代わり、最後にもう一つ聞きたい。
 もし自分が扉を閉めていたら、どうしていた?」
 更に小さくなった声で、再び問う。
 カバジェロがこの応接間に入った際、扉は開けっ放しだった。
 それは、廊下の灯りで室内を照らす為。
 しかし、扉を閉める可能性もない訳ではなかった。
 それに対しても、答える必要性は感じなかったが――――
「この応接間に、揮発性の油分を含んだ薬草で作った毒薬を入れてる壷を
 置いてたから、それを割ってたでしょうね。1分あれば、室内に充満して
 呼吸困難を引き起こします。免疫を持つ僕以外の人は」
 隠す理由もなかったので、フェイルはすんなりと回答した。
「……いつ用意した?」
「ここに来た日から、少しずつ。ちなみに、入れる部屋には全部置いてます」
 しれっと宣う若き薬草士に対し、瞼を痙攣させながら、カバジェロは声を絞り出す。
「自分が戦いを挑むと、わかっていたと言うのか」
「まさか。勇者一行を狙う賞金稼ぎへの対策ですよ」
 その様子を眺めつつ、事もなげにそう告げる。
 尤も――――無償での宿泊を提供された時点で、そう言う可能性もあると
 踏んでいたのは事実だった。
 それを教える必要はないと言うだけの事。
「……ふむ。それもまた……」
 最後に蚊の鳴くような声で呟き、カバジェロは動かなくなった。
 無論、死んだ訳でない。
 眠っただけ。
 明日になれば、徐々に身体は動くようになる。
 フェイルは、その様子を一瞥し、応接間を後にした。
 割れたランプをそのままに。
 そして、開けた扉もそのままにして。






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