「……え?」
 微かに息を切らせながら、フランベルジュは思わず身を竦める。
 体調不良も多分に影響しているのだろうが――――突然の宣告に驚愕と焦燥を
 覚え、身体が自然と不安を生じた格好だ。
 一方、リオグランテの方は――――驚きの表情を見せつつも、その身体に
 目立った変化は見られない。
 その様子を密かに視認していたフェイルは、二人の戦士としての性質を理解した。
 そして、同時に――――二人の眼前のカバジェロも。
「そうだな。まずは勇者、貴殿と立ち合いたい。剣を抜いて貰えるか?」
 足元の躯を部屋の隅に引きずりながら、普段と変わらない口調で矢継ぎ早に告げる。
「ちょ、ちょっと! なんで私達が貴方と剣を交える必要があるのよ!」
 フランベルジュの咆哮は、当然のもの。
 つい先刻までは、警吏としての立場で勇者一行に接していた人間が、突然修羅の如き
 形相で柄を握る様は、まるで目の前の人間が親の敵だと今しがた知らされたかのような
 変わり様。
 混乱を生じない方が不自然なくらいだ。
「戦士の本分を忘れたか? 女剣士フランベルジュ。我々は常に実践を求めなければならぬ。
 自分がこうしてここにいる理由。この屋敷に身を置いている理由が、貴殿には想像できぬか?」
「……まさか」 
 フランベルジュの視線が、床に伏したまま動かない二人に注がれる。
「御名答。その視線こそ立派な正解だ。そう。この屋敷に自分が留まるのは――――
 ここにいれば、敵に不自由しないからだ。このような輩が不規則に、しかし定期的に
 襲撃してくれる。騎士とは常に精神を研ぎ澄ませておく者。そして、己に克つ。
 敵は襲撃者ではない。襲撃者に備える事を怠る自分自身だ」
 カバジェロは饒舌だった。
 人間、自分の思想を語る時は誰しもが流暢になるが、特にその傾向が強いのは――――思想家。
 学者、哲学者、宗教家と言った、自分の中に信念を閉じ込める職業だ。
 そして――――騎士もまた、その人種に含まれる。
 一見、思想家とは対極にあるような、肉体を稼動させる事が仕事となっている騎士だが、
 その実、騎士の強さは如何に信念を強固なものとするか、と言う点に集約される。
「騎士とは、常に危機の中に身をおき、己を削る者。炎の中でその身を磨く剣のようにな。
 女剣士フランベルジュよ。貴殿には、その覚悟がまだないようだ。しかし、隣の勇者候補には
 それがある。故に、自分は勇者リオグランテを指名した。さあ、剣を抜け。そして、自らが
 戦士である事を証明しろ。貴殿にはそれが必要だ」
 カバジェロの剣が、四隅に揺れる炎の光を映す。
 その剣身には微かな歪みすらないが、驚いた事に――――剣先がない。
 途中で折れている。
「この剣の事は、気にする必要はない。これもまた、己に克つ為の戒めの一つ。自分は突きは
 使わない。この剣が自分にとって、最高の武器だと断言しよう」
「……」
 カバジェロの言葉に、狂気を感じ取ったのか。
 フランベルジュは眉間に皺を寄せ、リオグランテの肩に手を置いた。
「ここに泊まらせて貰ったのは感謝してるけど、私達は理由のない相手に剣を向けるような
 野蛮な習慣は持ち合わせていないの。帰らせて貰うから」
「そうか。それならそれで、構わない。貴殿等に勇者一行の資格なし――――そう判断するまでの事。
 そうなれば、そうなったで自分は一向に構わない。理由が変わるだけだ」
 一瞬、ずっと一文字だったカバジェロの口が歪んだ。
 何処か歓喜を思わせる表情。
「国王により指名された勇者候補。しかしその一向に、勇者の資格なしと自分が判断した場合、
 自分は騎士の名の下において、国王陛下の名を汚す貴殿等を叩き伏せる覚悟がある。騎士は国王陛下に
 忠誠を誓いし存在だ。国王陛下が、贋作を選んだなどと……誰が認められよう」
 ゆらりと。
 カバジェロの身体が、静かに揺れた。
「フランベルジュさん。ここは僕に任せて下さい」
 それを見たリオグランテの顔が、引き締まる。
 まるで、普段とは別人のように。
「え? ちょ、ちょっと、リオグランテ」
 その様子と、自ら一歩前に出る勇者に対し、驚きの声をあげたのは――――フェイルだった。
 しかし、その薬草士をリオグランテは目で制す。
 そして、眼前の騎士を視界に納め、破顔した。
「カバジェロさん。僕はとてもあなたに感謝してます。こんな広いお屋敷、滅多に泊まれるもの
 じゃないです。とてもいい経験をさせて貰いました」
「礼には及ばない。いや……礼ならば、剣で」
「わかりました。カバジェロさんが、そう望むなら。期待には応えられないかもしれないですけど、
 精一杯戦います」
 リオグランテは、静かに剣を抜いた。
 その小さい身体に見合った、ショートソードに近い長さの剣。
 余り質も、鉄を材料とした剣の中でも良い方とは言えない。
「良い剣だ。使い込めば、もっと良くなる」
 しかし、カバジェロは嬉しげに呟いた。
 そして、剣先のない剣を、中段に構える。
「我が名はカバジェロ=トマーシュ。騎士として生まれ、騎士としてその生を全うする覚悟。
 その証明として、この戦いに騎士の命たるこの剣を賭けよう」
「え、えっと……僕もその名乗り、しないとダメですか?」
「構わぬ。自らの中で自らに何かを課すと良い。それは何者に強要されてもならぬ。
 自らが自らに克つ為に、精神を高める為に、この戦いに捧げるのだ」
 カバジェロは――――まるで教えを説くかのように、丁寧に告げた。
「何が騎士よ。こんな辺鄙な場所にいる時点で、騎士でも何でもないじゃない」
 その様子を眺めながら、フランベルジュは悪態を吐いていたが――――その目は
 真剣に二人の距離を見つめていた。
 一対一の戦い。
 それは、距離の争奪戦でもある。
 如何に自分の距離を奪うか。
 剣を握る上半身以上に、下半身の力が必要になる。
 二人の筋力は、見た目でわかるくらいに圧倒的な差があった。
「このまま見てて良いの? リオグランテ、弱いんじゃなかったっけ」
 その戦力差を視認し、フェイルは背後のファルシオンに問う。
 もし、この状況で勇者が倒されれば、それを傍観していた勇者一行の二人は国王から
 厳罰が下される可能性もあるだろう。
 しかし、ファルシオンも、フランベルジュも動かなかった。
「確かに、あの子はまだ弱い。でも、貴方はあの子の本当の姿を知らないだけよ。
 見ておきなさい。何であの子が勇者候補なのか……わかると思うから」
 フランベルジュは息を整えながら、腰に手を当てて息を大きく吐いた。
 元々、好戦的な性格。
 まだ付き合いの浅いフェイルでも、それはとっくに把握している。
 幾ら体調が悪くても、普通ならこの状況で人任せにする性格ではない。
 一方、責任感の強いファルシオンもまた、この状況を放置するような人間ではない。
 それが何を意味するのか――――
「では、いざ」
 次の瞬間、フェイルは直ぐに理解した。
 床を蹴るその音が、同時に響く。
 一瞬で消える両者の距離。
 しかし、両者には明確な違いがあった。
 リオグランテの身体は、深く深く、カバジェロの腰の下まで沈み込んでいる。
「脚を狙うつもりかっ!」
 カバジェロは吼えながら、眼下の閃きを前宙の要領で飛び上がって交わした。
 驚愕すべきは――――着地の瞬間、直ぐに身体を回転させ、リオグランテの正面に向いた点。
 リオグランテはその時、切りかかった場所にはいなかった。
 既に、後ろを取るつもりで動いていた。
 しかし、それを察知していたのか、カバジェロはしっかりとその動きに対応していた。
「いいぞ! 勇者リオグランテ! その動きは自分を高めてくれる! 自分の危機感を
 十分に刺激しているぞ!」
 再び、咆哮。
 戦闘中であっても、カバジェロは饒舌だった。
 しかし、動くのは口ばかりではない。
 次の瞬間には、下半身の躍動と同時に、上半身も剣を振り上げていた。
 その連動性に、一切の無駄はない。
 距離を縮める為の加速が、そのまま剣を振る際の力に利用されている。
 機能美さえも有したその動きに、フランベルジュは思わず目を見開いた。
 ただし――――それでも尚、動かない。
 信頼故の不動か、他に理由があるのか。
 フェイルはその要因を読めないまま、勇者の戦いを見続けていた。
 既に、戦局は変わっている。
 カバジェロの振り上げる剣を、リオグランテは一回り小さい剣で受け止めていた。
 金属の衝突する音が、空間を軋ませる。
 リオグランテは、その衝撃で後方へと吹き飛んだ。
 床に転がり、壁に激突する。
 普段なら、ここで戦いは終わり。
 気絶する勇者に、全員で嘆息して諦観の念を共有する。
 だが、この闘いにおけるリオグランテは、その姿を僅か数秒で破壊した。
 瞬時に立ち上がり、カバジェロを睨む。
 口元に滲む血は、転んだ際に切ったのだろう。
 目尻にも、同じ理由で出来た痣が見える。
 それでも、戦意は一向に衰えていない。
「……どう言う事?」
 その豹変した姿に、フェイルは首を捻らざるを得ない。
 昼行灯――――そんな言葉が浮かぶ。
 しかし、直ぐに心中で否定した。
 フェイル自身がそうである事から、他人のその性質を看破出来ない筈がないと
 自負していたからだ。
「勇者としての素養よ」
 事実、フランベルジュの言葉がそれを全否定した。
「勇者には必要なものが幾つもある。危機管理能力もその一つ。トラブルメーカー気質も
 その一つ。でも、一番の素養は……命の危険が迫った際に最大の集中力を発揮して、
 自分の能力以上の力を発揮する『不死力』」
「私達は、彼がそれを見せる状況の時には、手を出さないように言われているんです」
 ファルシオンも、それを肯定する。
 つまり、本当の意味で危険が迫った状況こそ、勇者候補であるリオグランテが
 その真価を発揮するのだから、それを邪魔せずに見守り、勇者として成長できるように
 しろ、と言う事だ。
「……無茶苦茶な話だよね」
「ええ。でも、それくらいの事をしないとなれないのが勇者。この国において、
 一般人が貴族や王族に並び立つ事の出来る唯一の称号なのよ」
 フランベルジュがそう呟くのと同時に、リオグランテは再び床を蹴った。
 その様子を眺めながら、フェイルは静かに回想する。
 これまで、彼が見せてきた姿。
 それには、演技や偽りはない。
 ただ、幾度となく気絶しつつも、常に大きな負傷をする事なく復帰していた。
 頑丈。
 そう決め付けていたが、目の前の動きをみれば、それが間違いだと言う事がわかる。
 身体能力が高い。
 特に、衝撃に対しての対処が早い。
 カバジェロの剣を受けると同時に、その勢いに逆らわず、後方に自ら飛んでいる。
 派手に飛ばされているが、それは自分の力も掛かっているから。
 実際には、ダメージは少ない。
 フェイルは更に、リオグランテの攻撃にも着目した。
 はっきり言えば、技術は拙い。
 剣の振り方も、まるでなっていない。
 だが、鋭い。
 多分に空気抵抗を受けて尚、その剣はカバジェロに刺激を与えている。
 そして、闇雲に振り回しているだけの斬撃の中に、際立って綺麗な剣筋が混じる。
 それは、綺麗な型でなければ普通は見られない剣筋。
 にも拘らず、リオグランテは稀にだが自然にそれを繰り出していた。
 その様子を一通り見届け――――フェイルは幾つかの真実を発見し、思わず溜息を漏らす。
 まず、この戦闘。
 明らかにおかしい点がある。
 そしてそれは、当事者である二人に限らず。
 全てが不自然だった。
 次に、反省。
 先入観に惑わされ、リオグランテの身体能力を誤認していた点。
 かつて口を酸っぱくして指導された事だった。
 見た目や先入観で戦力を測るな――――と。
 その失敗に、顔を覆いたくなる衝動に駆られていた。
 今、フェイルには薬草店の店主としての顔と、もう一つ別の貌がある。
 後者の方の仕事は、いわゆる闇討ち。
 依頼人から標的の情報を得て、その相手を殺さないように仕留める。
 それ故に、敵を推し量ると言う行為自体、殆どしなくなっていた。
 言い訳をするならば、それが原因――――そう胸中で吐露し、苦笑する。
 そんな中、リオグランテが何度目かの突進を始めた。
 戦略性は皆無。
 身体能力を前面に出した特攻。
 だからこそ、ここまで健闘したとも言える。
 ただ、カバジェロは無傷だった。
 リオグランテの剣に、その肌を削られる事はなく、華麗に身を揺蕩わせ、捌いている。
 不意に――――その剣が、リオグランテの鍔を引っ掛けるように叩き、そして引き上げた。
「あっ!」
 疲労で握りが浅くなっていた事もあり、リオグランテの剣が宙に舞う。
 万事休す。
 フェイルは思わず、背にしていた矢に手を――――
「良し! これまで!」
 刹那。 
 部屋を切り裂くように、カバジェロが終焉の宣言を放った。
 肩で息をするリオグランテは、呆然と立ち竦んでいる。
 無理もない。
 一方的に宣戦布告をした張本人が、まだ決着とは程遠い段階で終戦を唱えたのだから。
「十分だ。勇者候補リオグランテ、その素質は十分に見せて貰った。間違いなく貴殿には
 その素養がある。自分が保証しよう。貴殿は、姦計を働かせるような輩ではないと」
「……え?」
 勇者の構えた剣が、カタンと音を立てて落ちる。
 その発言の意味がわからず、ただ混乱しているようだ。
「だから言ったでしょ? 剣を交えて疑惑が晴れるってのも、私にはサッパリわからないけどね」
「……え? どう言う事?」
 今度はフェイルがリオグランテと同じ顔を作る。
 その顔を横目で見ながら、フランベルジュは疲労感溢れる表情で瞼を半分落とした。
「私達が以前ここを訪れた時に騒ぎを起こした事はもう話したっけ?」
「まあ、宿屋から締め出しを食らってた時点で詳細は聞かなくても、って感じだけど」
「で、その後に呪いの人形を解決した訳なんだけど、どーも、それが『自作自演だった』って
 思われてたみたいなのよね。帳尻合わせの。そこの警吏もその疑惑を持ってたみたい。
 そもそも勇者候補じゃなくてそれを語る詐欺集団なんじゃないか、だって」
「では、どのようにすれば信用して頂けるのですか、と質問した所、『それなら自分と本気の彼を
 決闘させろ。そうすれば全てわかる』と言われたもので」
 嘆息するフランベルジュの隣で、ファルシオンがしれっと解説を受け継いでいた。
 つまり――――
「……この騒動自体、ヤラセって事?」
「その表現は的確ではない。試験だ。これは、勇者候補リオグランテの真の姿を試す為の
 崇高な試験。その為に、様々な協力者を集ったのだ。いや、疑ってすまなかった。
 確かにこの少年には勇者としての素養があった。国王陛下が直々に御指名されたのも
 頷けると言うもの。とは言え、黙って試した事にも謝罪をせねばなるまいな」
 カバジェロが頭を下げると同時に――――床に伏していた二人も、ムクリと立ち上がる。
「え、えええええええ!? 生き、生き、生き返え!?」
「だから、ヤラセなんだってば」
 呆れ気味にフランベルジュが呟く中、乾いた空気が屋敷を突き抜ける。
 斯くして、マンドレイク探索最終日の夜は、無駄に慌しいものとなった。

 


 ――――その深夜。
 闇は尚深く、尚濃く、周囲を染め上げている。
 屋敷内に点される灯りも、廊下を残して全て消されていた。
 ある一室を除いて。
「……気付いていたのか」
 扉の向こうから、そんな声が聞こえてくる。
 そしてゆっくりと、その扉が開いた。
「自分の本当の目的に」
「どうでしょうね。気付いているのかもしれないし、気付いていないのかもしれない。
 はっきりしてる事はそう多くないですからね。でも、一つ確かな事は……」
 視界に薄っすらと浮かぶカバジェロに向け、フェイルは言い放つ。
 その目に、二羽の鳥を宿して。
「貴方がここに来たって言う事は……このマンドレイクを欲している、って事かな」
「御名答だ」
 手の中に収めた『呪いの人形』を、フェイルは静かに懐に仕舞った。
 その隣のベッドでは、リオグランテが健やかに寝息を立てている。
「貴殿以外の夕食に、良く眠れる薬を入れておいた。今日は何があっても起きまい。
 尤も、貴殿に関しては仮に入れておいたとしても、意味はなかっただろう。
 ここへ来て、自分の出した食事は一口も食していないようだ」
 その様子とフェイルの顔を交互に一瞥し、カバジェロは微かに目を細めた。
 ここは――――フェイルとリオグランテが使用している部屋。
 その広さは、薬草店【ノート】の売り場とほぼ同じくらいだ。
「知人が欲している。故に、それを渡して欲しい」
「知人……ね」
 フェイルは梟の目に騎士の姿を捉えながら、右腕を軽く曲げた。
 既に左手には弓を掴んでいる。
 矢を射る準備は整った。
「あの妙な騒動は、実はその為のものだったのかな?」
「その通り。騒ぎに乗じて頂く算段だった。しかしながら、君はマンドレイクを肌身離さず
 持っていたようだな。この部屋にはなかった、と言う報告を受けた時は、随分と失望したものだ」
「で、最終的に実力行使……か。騎士の名が泣くんじゃないですか?」
 嘆息をしながらのフェイルの声に、カバジェロは小さく首を振る。
「全ては『主』の御心のままに。それこそが、騎士としてあるべき姿だ」
 そして――――まるで日常生活の中で痒みを覚えた箇所に手を伸ばすような自然さで、
 柄に収めていた剣を抜いた。
 その所作だけで、先刻の戦闘時とは全く違う空気が生まれる。
「マンドレイクを貰い受けたい。それを賭けて自分と戦いたまえ。フェイル=ノート」
「……」
 フェイルは沈黙のままに、その双眸を『自称』騎士に向けた。
 暗闇の中でも、はっきりその姿を確認できる。
 気品に満ちた、凛然とした佇まい。
 そして、言葉の節々から滲み出る、騎士への執着。
 にも拘らず――――彼の姿は、城壁の内側ではなく、小さな街の中にある屋敷に閉じ込められている。
 明らかな、矛盾。
 自分自身にその境遇を置き換え、フェイルは一つの結論を出した。
「王宮騎士団に、未練がある」
 そして、指摘する。
「マンドレイクは、その為の貢物にするつもり……とか?」
 確信こそなかったが、ある程度自身をもって放った推論。
 しかし――――カバジェロの顔の筋肉に、核心を突かれた人間特有の痙攣は見られない。
「生憎、そのような算段はない。自分は取引をして騎士団に戻るつもりはないのでな。
 国王陛下及び騎士団が自分を必要とする時こそが、復帰の時と確信している」
 野心そのものは否定せず、カバジェロは抜剣した。
 同時に、その口に笑みが零れる。
 先程とは明らかに異なるその表情。
 そして、殺気。
 渡さなければ、殺す。
 そう言う、下劣な意思は――――まるで感じられない。
 状況的には、それしか考えられないにも拘らず。
「……自分の意図を掴みかねているのだな」
「ええ。読み切れません」
 フェイルは正直にそう伝えた。
 先刻のリオグランテとの戦いが紛い物だったことは、既に明らかになっている。
 殺気すらなかったのだから。
 それこそが、フェイルが感じた違和感だった。
 同様に、幾ら手出しをしないように言われているとは言え、フランベルジュの眼と
 ファルシオンの責任感を考えれば、国王の命より目の前の勇者の危機回避を優先させるのが
 自然だと判断していた。
 圧倒的な実力差。
 リオグランテとカバジェロの間には、それがあった。
 幾ら、普段とは違う面を見せたとは言え、まだまだリオグランテの力は未成熟。
 仮に――――リオグランテが更なる未知の力を発揮したとしても、足元にも及ばなかっただろう。
 それをわからないほど、二人の女性は未熟ではない。
 不自然ばかりだった。
 それは、読めていた。
 読めないのは――――目の前の騎士を自認する男の心理。
 当人の言葉を鵜呑みにすれば、マンドレイクを欲している知人にそれを譲渡する為に
 一芝居うち、それに失敗したので直接奪いに来た、と言う事になる。
 そこに、矛盾はない。
 カバジェロが騎士を自認していなければ。
「貴方の理想としている『騎士』が、私利私欲の為に強奪なんて事を企てるなんて、
 まず考えら得ないですから」
「その通りだ」
 悪びれもせず――――寧ろ何処か歓喜すら携え、カバジェロは首肯した。
「騎士でも嘘は吐く。例えばフェイントもそうだ。戦術として嘘を昇華する。しかしながら、
 友人の為と言う『私欲』の為に、既に他者の手に渡った物を強引に奪い取るなどと言う事はしない。
 自分の目的は別にある」
「……聞いてもいいんですか?」
 フェイルの声に、カバジェロは特に首を動かす事なく、直接言葉で応えた。
「貴殿だ。自分は、デュランダル=カレイラが唯一教えを説いたと言う弓使いフェイル=ノートと
 果たし合いを行いたいと思っている。マンドレイクは、その為の口実に過ぎない」
 フェイルの背筋に――――冷たい風が巻く。
 殺気は、より細く、より鋭くなっていた。
「王宮騎士団【銀朱】師団長であり、剣聖の称号を持つガラティーン=ヴォルスが
 エチェベリアの『不屈』の象徴だとすれば、副師団長デュランダル=カレイラは『発展』の象徴。
 未来、希望と言い換えても良い。あの剣聖を超える可能性すら秘めた、この国の宝だ。
 その男が認めた、若干10代の若者……騎士として、是非立ち合いたい」
 そして同時に、歓喜の表情はより色濃くなっている。
 フェイルはその顔に、カバジェロの真実を見た。
「先刻、この屋敷に留まる理由を述べた事を覚えているか?」
「ええ。襲撃者の到来を待っている、でしたよね」
「半分は真実だ。自分は常に自分を襲撃する連中を歓迎している。しかし、この屋敷である必要はない。
 自分にはそれだけの価値がある。数多の狩人が襲うだけの。もし貴殿が自分に勝利するならば、
 それを教えても良い」
 カバジェロは、厳かに見返りを口にした。
 フェイルとの戦闘を望むと言うその言葉に偽りはない――――そう言わんばかりに。
 しかし、フェイルにとって、それは興味の対象とはならない。
「生憎、戦うのは嫌いなんですよ。薬草士ですから」
「弓はもう壁にかけた、と? ではその手にある弓はどう言う意味を持つのだ?」
「護身用です。と言っても、人が相手じゃない。山の獣達ですよ」
 そう唱えながらも、フェイルは既に覚悟していた。
 そうしなければ、自分の首が飛ぶ――――と。
「成程。確かに、薬草士は山へ入る。ならば、それはそれで構わない」
 瞬間。
 カバジェロの姿が、闇に溶けた。
「!」
 同時に、フェイルの身体が弾ける。
 ベッドの真上で、空気を裂く音だけがその余韻を暫し残し続けた。
「薬草士フェイル=ノート。今の動きで十分合格だ。自分を高める相手として」
「……強引ですね」
 ベッドの手前で踵を返したカバジェロに対し、部屋の入り口までその身を転がし、フェイルは
 十分な距離を取った。
「この屋敷の何処を使ってもいい。無論、勇者候補一向には一切危害を加えないと約束する。
 貴殿に足枷は必要ない。さあ、自分を騎士で在り続けさせてくれ」
 その宣告を合図に――――闇夜の戦闘が始まった。






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