「おかえり。どうだった……って、その顔を見れば一目瞭然だけど」
 昼下がりの屋敷に戻ったフェイル達は、一様に徒労感に溢れた表情で
 肩を落としながら室内へ入った。
 ファルシオンの魔力が尽きるまで行った調査の収穫は――――なし。
 とは言え、虱潰し作業である以上、厳密には徒労と言うものは存在せず、
 調べた箇所にマンドレイクがなかった、と言う情報自体が収穫と言えば収穫だった。
「……今日は少し早めに就寝します……」
 尤も、手応えのある収穫とは言えず、失望感は隠せない。
 圧倒的に負担を背負った形となったファルシオンは、眠そうな目でフラフラと
 ベッドに向かい、そのまま倒れ込んだ。
 魔力を著しく消費すると、魔術士は極端な脱力感に見舞われる。
 尤も、一晩寝れば十分回復する範囲の不調。
 それを自覚しての早寝、と言う事だ。
 魔術士にとって、体力回復の為の就寝は一つの技術。
 実際、ファルシオンは直ぐに寝息を立て始めた。
「フランさんは体調、どうですか?」
「大分回復して来たんじゃないかしら。明日には全快だと思うから、
 今日動けなかった分、明日働くつもりよ」
 フランベルジュがそんな頼もしい科白を吐いた――――翌日。
「なんて言うか、もう……ホント、ゴメンなさい」
 熱がぶり返した女性剣士の涙目に見送られ、フェイル達は元町長の家へと向かった。
「……僕の薬が効かなかったって思われてそうだなあ」
「いえ。フランの虚弱体質は以前からですので。瞬発力は飛び抜けているんですが、
 身体自体は丈夫とは程遠いんです」
 汗をかきながら歩くファルシオンの言葉に、フェイルは以前フランベルジュから
 聞いた一言を思い出した。

『剣士は、弱いから』

 自身を指して、弱いと断言したその背景には、戦士の中における女性の立場の弱さ
 と言う社会背景だけでなく、単純に自分自身の身体の弱さに対するコンプレックスが
 含まれていた、と言う事なのだろうと、小さく溜息を吐く。
 自分が目指そうと思ったものが、自分にとって不適合である事と自覚する瞬間。
 それは一様に挫折と呼ばれる。
 恐らく、大多数の人間が挫折者なのだろう。
 フェイルもまた然り。
 そして、フランベルジュも然り。
 その中で、それでも尚足掻くように、もがくように、その道を進む女性に対して、
 フェイルは何処か親近感とは少し違う共感を覚えていた。
 その後、適度に雑談を交えて歩行を続け――――昨日散々目に焼き付けた野原を
 再び景色として捉える。
 すると、そこには――――
「誰かいます!」
「賞金稼ぎの残党……?」
 勇者一行の二人がそう呟く前に、フェイルもその気配は察していた。
 数多の野草が抜け落ち、凸凹の地形となっているその野原の中心――――家の前に、
 二人の女性が立っている。
 奇妙な光景だった。
 女性の一人は、まるで夜会から今しがた抜け出して来たばかり、とでも思えるほど、
 場違いな姿をしていた。
 素材もわからないような、煌びやかなドレス。
 真紅に染まったその布地は、遠距離からでも『異質』を感じさせる。
 しかし、何より特徴的なのは――――その背中を覆うほどに長い髪の毛の色。
 ドレスの色ほど強くはないが、普通『赤毛』と呼ばれる茶色がかった髪の毛より
 遥かに赤かった。
 そして、そんな赤ずくめの女性の隣にいる女性は、対照的に純白のローブに
 包まれており、魔術士である事を窺わせる。
 赤毛の女性より頭一つほど身長が高い。
 何処か中性的な面持ちで、漆黒の髪も短くしており、前は眉にかからない所まで
 切っているが、その切れ長の目を覆うように長く伸びた睫毛が、女性である事を
 主張して止まない。
 異端。
 昨日の魔術によって荒れた野原には、余りに不似合いの二人だった。
「あらん、やっと登場ね♪」
 その中の赤毛の女性が、フェイル達を視認すると同時に、ニッと口角を上げる。
 そして、少し大げさに手を振ってきた。
「……知り合い?」
「いえ。ですが、賞金稼ぎではなさそうです」
 フェイルの問いに対し、ファルシオンは少し声のトーンを落として答えた。
 決して表情に出さない感情。
 しかし、声には結構出る。
 警戒心を顕にしつつも、何処か不安げ。
 表情を変えない事から不遜な印象を与えるものの、その実パーティーの誰より
 繊細で、強い責任感と同時に気負い過ぎるところを持っている。
 そんなフェイルのファルシオンに対する印象がそのまま現れていた。
「そちらのお子さんが、勇者ちゃんね? お初にお目にかかるわん♪」
「あ、はい。はじめまして! リオグランテ・ラ・デル・レイ・フライブール・
 クストディオ・パパドプーロス・ディ・コンスタンティン=レイネルです!」
 一方、只ならぬ気配を有した赤毛の女性に対し、勇者はいつもと変わらない
 明るい声で元気に自己を紹介。
 或いは――――勇者一行で最も精神的に強いのは、このリオグランテかもしれない。
 そうフェイルは認識しながら、もう一人の女性に視線を向けた。
 話し方も表情も妖艶さを含有している赤毛の女性とは違い、まるでむき出しの刃の
 ような鋭さを持っている。
 先刻襲撃された賞金稼ぎより、遥かに危険性を帯びている印象だ。
 そんな二人が、何故この場所にいて、勇者リオグランテに話しかけるのか――――
「実はね、貴方達が今泊まってる屋敷、あたしのなのよね。昨日、カバジェロちゃんからの
 連絡が届いて、急いで駆けつけたの♪ やーん、会えて嬉しいわ♪」
「……」
 赤毛の女性が捲くし立てる隣で、切れ長の目の女性は沈黙のままに
 険しい表情を持続している。
 余りに対照的な感情表現。
 同時に、立ち位置も対照的だ。
 切れ長の目の女性は、常に赤毛の女性の周囲に気を配っている。
 従者。
 若しくは、用心棒。
 その関係性は、語られずとも明らかだった。
「あ。あたしったら、名乗りもせずに失礼ね。スティレット=キュピリエって言うの。
 宜しくね、勇者御一行さん方♪ ほら、ヴァールも自己紹介なさいよ」
「……ヴァール=トイズトイズです」
 礼もせず、言葉だけを口元でこねる。
 そんな魔術士と思しき女性、ヴァールにファルシオンは一瞬視線を向けたが、
 直ぐにそれをスティレットの方に向けた。
「あのお屋敷の持ち主の方でしたか。私はファルシオン=レブロフと申します。
 この度は、私達に御立派な拠点をお貸し頂きまして……大変助かっています」
 そして、恭しく頭を下げる。
「フェイル=ノートです。お世話になっています」
 それに追随して、フェイルも一礼。
 しかし、視線は完全に下を向かず、警戒を怠らない。
 屋敷の持ち主と言う言に嘘はない――――が、只の富豪でもない。
 それが、第一印象の総括だったからだ。
「あら、それは別に良いのよ。空き家なんだから、好きなだけ使ってね。
 でも、ちょっと問題を抱えてる屋敷だから、ちょっと忠告をしようと思って、ね♪」
「問題?」
 思わず声をあげたフェイルに対し――――スティレットは、その艶容を向ける。
 赤い髪を陽の光が梳き、まるで秋の森の木漏れ日のように、フェイルに注いだ。
「そうなのん♪ 実はあの屋敷は、あたしの宝物を仕舞ってあるのよね。
 宝物庫代わり。だからー、その噂を聞いたトレジャーハンターがよく忍び込んで
 くるの♪ 困ったものでしょ?」
 小首を傾げながら、スティレットはそんな問題発言を揚々と告げた。
 その間も、ヴァールの視線は一定しない。
 常に、フェイル達を見張っている。
 ふと、その視線がファルシオンの指に止まった。
「……?」
 フェイルにはその挙動の意味がわからず、漫然とそれを眺めるしかなかった。
 その一方で、先程のスティレットの発言について考える。
 フェイル達の目に届く範囲に宝と呼べそうな物は特になかった。
 絵画や花瓶など、売れば相当な額になる価値の高い物は複数散見されたが、 
 それらは屋敷の規模に見合った物ばかり。
 宝、とまでは言えない。
 とは言え、宝を客人の目が届く範囲に置いておくと言うのも妙な話。
 何処かの部屋、或いは地下や天井にでも仕舞っている可能性が高い。
 それ自体は、富豪の道楽の域を出ない。
 しかし、問題が一つある。
 トレジャーハンターが襲撃して来るとわかっていて、そのままにしている点だ。
 今の所、フェイル達がその気配を察知した事はなく、それが真実なのかどうかは
 定かではないが、もし本当だとすれば、隠し場所を変えるべきだ。
 空き家にしてある上に、特に警備体制を整えている訳でもない屋敷を
 いつまでも宝物庫にしておく必要性は、何処にもない筈。
「それならば、隠し場所を変えればいいのでは?」
 同じ疑問を抱いたらしく、ファルシオンがそれを問う。
 隣にいるリオグランテも珍しく会話の意味を理解しているらしく、小気味よく頷いていた。
「それが、そうもいかないのよん♪ あのお屋敷はカバジェロちゃんにお任せしてるから」
 そのスティレットの応えは、答えになっていなかった。
 とは言え、当人がそう言う以上はそれ以上の追及はできないし、そもそも
 そこまでして食い下がる事で、間借りをしている相手の心証を悪くする事は
 デメリットでしかない。
 ファルシオンは小さく頷き、一歩引いた。
「今日ここに来たのわねん、町長ちゃんに御挨拶したかっただけなのよね。
 でも、御留守なのかしら?」
「あ、ここの町長さんなら引っ越したそうですよ。引越し先は役場に行けば
 わかるんじゃないですかね」
 リオグランテの言葉に、スティレットは『んまー、そうなのん?』と
 井戸の周りにいつもいる主婦のような反応を見せ、眉尻を下げた。
「それじゃ、早速お役所に行きましょ、ヴァール。勇者ちゃん、教えてくれて
 ありがとねん♪ あたし達、気が合うみたいだから、お友達になりましょ♪」
「喜んで! こんなキレイな人がお友達なんて、嬉しいです!」
 勇者は、何故か女性に対しての対応はしっかり弁えていたらしく、そんな
 不似合いなお世辞を吐きながら、スティレットの前で騎士のように
 胸を手ですくうような所作と共に一礼した。
 一方、そんな友好的なやり取りが交わされる、その隣では。
「……」
 また、ヴァールがファルシオンの指輪に視線を向けている。
「何か?」
 流石にその視線には気付いていたのか、ファルシオンは訝しげな目で
 その理由を問うた。
「オートルーリングを使う魔術士か。フッ、邪道が」
「……何ですって?」
 挑発。
 激昂。
 一触即発の空気が一瞬にして出来上がる。
「あんなものに頼る魔術士など、邪道としか言いようがない。魔術は
 自身の身体を使い、最後の一文字まで綴る事で意義を成す。そのような
 一見便利に思える技術に溺れているお前は、魔術士として先がない。
 堕落の象徴だ。故に、私はお前を侮蔑する」
 まるで親の敵を見つめるような目を向け、ヴァールは淡々と述べていた。
 それに対し、ファルシオンは表情を――――変えた。
「口を慎みなさい! オートルーリングは魔術士を一つ、いや遥か高みへと
 導いた、魔術史上最高の発明です! それを、そんな……取り消しなさい!」
「断るね。邪道は邪道。それ以外に言葉はない。お前は魔術士失格だ。
 あのような、浅慮の技術に頼る者は全て、魔術士などと名乗る資格はない」
「……!」
「ファルシオン! 待て!」
 一瞬――――ファルシオンの指に光が宿った。
 そして、それ以上にフェイルを驚かせたのは、その顔。
 これまで、微かな変化こそあれど、殆ど動かす事のなかったその表情が、
 今は誰が見てもその感情を読み取れるものになっている。
 賞金稼ぎと対峙した際にも見せる事のなかった、明確な攻撃性。
 これには、フェイルよりずっと付き合いの長いリオグランテも、
 驚きを禁じえずにいたらしく、口を半開きにしてその様子を眺めていた。
「行きましょう、スティレット様」
「まー、もうこの子は全く……ゴメンなさいね、ファルシオンちゃん。この子、
 オートルーリングを使用する魔術士が嫌いなのよねん。気を悪くしちゃったでしょ?」
「……いえ」
 その声は、内容を整える事で精一杯だったらしく、声色に強い毒を有していた。
「ホント、ゴメンね。それじゃ勇者ちゃん、また会いましょうねー♪」
「あ、はーい!」
 斯くして――――嵐のような時間は、香水の残香が鼻腔を擽る中で過ぎ去っていった。
「……」
 怒気の余韻がファルシオンを包んでいる。
「えっと……こう言う場合、どう接すればいいの?」
「わ、わかりませんよ。僕、こんなに怒ったファルさん見るの初めてです。
 って言うか、怒った顔見たのが初めてですよ。僕、ちょっと泣きそうです」
 まさに、腫れ物。
 その後、沈黙が実に10分もの間続いた。
 ――――そして。
「あの女は……次に会った時に涅槃へ落とします」
 誰にともなく、そうポツリと呟くと同時に。
 ファルシオンを取り囲むように、強力な旋風が発生した。
 彼女の周囲の草花や土が、物凄い勢いで舞い上がっていく。
 完全にウサ晴らしだった。
「あ、あわわわわわわわ……」
 勇者は立ち竦んでいる!
 その隣でフェイルも冷や汗混じりに旋風を眺めていた。
 暫くした後、風が止む。
「許しません……許さない……」
 そして、呪詛を呟きつつ、ファルシオンは踵を返し、歩き出した。
「……って言うか、今日はもう探さない気なのかな」
「こ、怖かったです……」
 ガクガクと震える勇者の隣で、フェイルは大きな嘆息を吐く。
 それは、当然ながらファルシオンの様変わりに対して――――もあったが、
 それ以上に、先程遭遇した二人の女性に対してだった。
 まず、明らかな嘘がある。
 スティレットは、初めにこう言っていた。

『あらん、やっと登場ね♪』

 勇者一行を待っていたと言う事だ。
 しかし、その後に町長を訪ねに来た、と言った。
 その両方が目的だったのなら矛盾はないが、敢えて目的を町長への訪問に
 限定していた。
 これが何を意味するのか。
 単純だ。
 至極単純。
 嘘を吐いた。
 それだけの事。
 そして、それだけの事だけに、厄介だった。
 理由は不明。
 ただ、ハッキリしているのは――――嘘を吐いた事を一切隠す気がないと言う点。
 その嘘に特に意味はなく、ただ適当な事を気分で喋っているだけだとしたら、
 今度は宝物やトレジャーハンターの件まで信用出来なくなる。
 それまで見越しての嘘だとしたら、かなり悪質だ。
 目的があるのか、ないのか。
 思考の袋小路で、フェイルはグルグルと迷っていた。
「……リオグランテ。僕何かもう、疲れちゃったよ。なんだかとっても眠いんだ」
「え、えっと、何かそれ、死に間際の科白に聞こえますよ……あいたっ!」 
 突然、リオグランテが悲鳴を上げる。
 同時に、大量の土が振ってきた。
 先程ファルシオンが吹っ飛ばした地面だ。
「ううう、痛い……あれ?」
 そして、勇者リオグランテの頭上を襲った塊の中に、それはあった。
「マンドレイク、だね」
「みたいです」
 しかし、極度の疲労と、何よりファルシオンの激昂と言う激レアな場面の
 後だったので、感動は薄かった。







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