「――――以上が、グロリア様の提示された条件です。それでは御健闘を
 お祈りしています」
 使者として訪れた男は、最低限の説明のみを行い、そそくさと
 薬草店【ノート】を後にした。
 まるで、そこにいる事が時間の無駄とでも言わんばかりに。
 或いは、この伝言自体に嫌悪感を持っていたのかもしれない。
 いずれにせよ、使者が去った後の【ノート】の店内は、目論見通りの展開に
 なったにも拘らず、不穏な空気に包まれてしまった。
「良かったじゃない。この中のどれかを持っていけば良いんでしょ? 簡単そうじゃない」
 フランベルジュの指摘に、フェイルは目を淀ませて頭を抱える。
 グロリアが提携の条件として出して来たのは――――特定の薬草の譲渡だった。
 定期的にではなく、一度その薬草を渡せば、それで終わり。
 条件的には易しいように思える。
 勿論、表面上では、だが。
「随分簡単に言ってくれるよ……」
「入手が難しい薬草なんですか?」
 リオグランテの言葉に、フェイルは表情だけで答える。
 グロリアが、薬草店【ノート】に薬草の仕入れを依頼する為の試験として
 課したのは――――

『ロイヤル・パルフェ
 マンドレイク
 グランゼ・モルト
 
 以上の3点のいずれかを献上せよ』

 と言う、非常にシンプルなリクエストだった。
 そして同時に、薬草士であるフェイルが絶望するような要求でもあった。
「まずロイヤル・パルフェ。別名『皇女の誘惑』。現在発見されている、
 あらゆる植物の中で最も強い、究極の甘味を含んでいて、根は食すと強力な発汗作用を
 生むことから、媚薬としても有名な薬草だ」
「媚薬……ねえ」
「究極の甘味……」
 女性二名の注視点が真っ二つに別れる中、フェイルは課題となった三つの薬草の
 名前を薄い木の板に羽ペンで書き込む。
 そして、その一番上の『ロイヤル・パルフェ』の横に、数字を書き記した。
 先日この店の損失として算出された数字の、約3倍。
「……それ、まさかこの草の値段?」
 フランベルジュの素朴な疑問に、フェイルは大きく頷く。
「とは言え、幻の薬草だからあくまでこれは市場推定価格。
 時価みたいなもので、実際にこの額で取引されてる訳じゃないんだ。
 実際はもっと出す金持ちの人がいるかもしれない」
「それだけあったら純金製のレイピアが買えそうね……草の分際で」
「薬草屋にケンカ売ってる?」
 多少憤りをこめかみの辺りの血管で表しつつ、フェイルはその下の
『マンドレイク』の横にも数字を書き込んだ。
「マンドレイクは、どんな傷でも治す奇跡の薬エリクシールの原料の一つ
 とも言われてて、一説では不老不死の秘密を握る植物とも言われてる。
 薬草単体としては、幻覚作用で有名な一方で、強い鎮痛剤、麻酔薬として
 使用される例もある。ただ、一番の需要は呪いのアイテムとしてなんだよね」
 そこに書き込まれた数字は、上のものより一つ桁が多かった。
「……嘘でしょ? 結構な家が建つ金額じゃない」
「こっちは文字通り幻の薬草って言われてるからね。その希少価値は
 金銀の比じゃない」
 世の中にある価値観の中で最も平等なものは『お金』である事は明白だが、
 その『お金』を出す最大のモチベーションは、希少価値だと言われている。
 数が少ないもの、持っている人が少ないもの。
 これが、何よりも価値のあるものと言う認識は、多くの人間が共有する価値観だ。
「そして、最後は……グランゼ・モルト。偉大なる死」
 フェイルは淡々と、最後の名前の横に数字を書いた。
 グランゼ・モルト。
 世界最悪の毒。
 かつて、生物兵器と言う名で使用されたそれは、どんな伝染病よりも
 多くの死者を生んだと言われている。
 近年も、その僅かな残り物を使用した生物兵器によって、数多の人間が
 五感や身体に変調をきたし、その人生に多大な影響を与えると言う事件が
 世界中で起こった。
 それくらい、凶悪な毒草だ。
「……0?」
 フェイルはその禍々しい名前の隣に、無を意味する数字を連ねた。
「これには価値はない。所持すれば、直ぐに騎士がやってきて懲罰を与え
 没収される。身柄と、家ごとね。グランゼ・モルトの所持は、死刑以上の
 厳罰をもって対処される大罪なんだ」
 つまり、絶対的な希少価値を有しているものの、金銭価値をそこに
 見出す事が不可能な物、と言う事だ。
「何ソレ。って言うか、どれもこれもフザけた草ばっかり。
 そもそも、その上の二つのどれかを見つけたらもう提携の必要ないじゃない。
 それを売れば忽ち大金持ちだもの」
 嘆息交じりに、半眼でフランベルジュが呟く。
 しかし、それは必ずしも正解ではなかった。
「フラン。この金額はあくまで、購入者がいてこその金額なんです。
 薬草を購入する人間は、その薬草の価値を知る人だけ。恐らくそう言う人は
 殆ど、あの医師の息が掛かってるんですよ」
「その通り。だから、売ろうとしても売れないだろうね」
「つまり……ムチャクチャな要求をされた、って事ですか?」
 リオグランテの言葉に、フェイルは視線を動かす事なく首肯する。
 いずれも、薬草士であれば一度はその実物を目にしてみたいと言う、
 いわば伝説の薬草。
 しかし実際には、その薬草を手にする薬草士はまずいない。
 巨万の富を得た者が大きな代償を支払って集める、若しくはサーガに名を残す冒険者が
 苦心惨憺の末に手に入れると言う類の物ばかりだ。
 そして、実際に薬草として使用される事はない。
 レアメタルや芸術品と同じで、そこにあるだけでその価値は発揮される。
「と言うより、馬鹿にされたみたいですね。『自分と組む資格があるのは、
 こう言う物を手に入れられる者だけだ。君にそんな力はあるのかね、ン?
 どうなのかね、ン?』とでも言いたかったのでしょう」
 いやに具体的な発言で、ファルシオンは現実を露にする。
 実際、その可能性が非常に高いリクエストだった。
「どうやら、別の方法を考えないとダメって事みたいね。仕方ないでしょ、
 出来ない事に執着していても良い事ないもの。ここは早めに切り替えるのが、
 貴方にも私達にも有益よね。ところで、私に一つ考えがあるんだけど、聞い」
「噂話くらい、聞いた事ありませんか? これ等の薬草に関して」
 フランベルジュは何か独自の案を出そうとしていたようだが、ファルシオンの
 声によって途中で断絶されてしまい、フェイルの耳に届く事はなかった。
 その妨害に対する憤慨の表情が目に痛い状況に辟易しつつ、薬草士としての
 経験と知識と記憶をフル稼動させ、検索する。
「……ない」
 結果、キッパリと宣言した。
「ったく、良くそれで薬草店なんてやれるものよ。役立たずのロクデナシ」
「ぐっ……」
「ないものは仕方ありません。他の案を考えましょう。短期で出来て、
 直ぐにでも取り掛かれる現実的な案を」
 フランベルジュに対して釘を刺すような物言いで、ファルシオンは
 切り替えを促した。
 そんな中、リオグランテは一人、じーっとフェイルの書いた紙を眺めている。
「どうしたの?」
「いやー。このマンドレイクって言うの、惜しいなーって思いまして」
「惜しい?」
 意味がわからず聞き返したフェイルの傍で、フランベルジュが呆れ気味に
 息を落とす。
「ま、確かに惜しいって言えば惜しいけど……そう言う問題でもないでしょ」
「あの、どう言う事か言ってくれないと、身内だけで意思の疎通を
 されてもこの場合全く発展性がないんですが」
「恐らく、私達が道中に初めて受けた依頼に関連する物の事を言っているんだと
 思います。その際、お使いイベントとして……」
「お使いイベントって言わない方が良いと思うよ、なんとなくだけど」
「……失礼。その際に入手した物が、似たような名前の物だったんです。
 尤も、それは薬草じゃなくて干からびた人形でしたけど」
「マンドラゴラって言う呪いの人形でしたよね。最初は、町長の家で何か
 訳のわからない怪奇現象が起こってて、それをどうにかして欲しいって
 言われて……その家の地下にあったのが、その人形だったんですよ」
 リオグランテが懐かしそうに天井を見上げる。
 実際にはそれほどの時間は経っていないのだが、彼等には彼等なりの
 密度の濃い勇者一行としての活動があったのかもしれない。
 そんな遠い目をした勇者に対し――――フェイルは冷や汗を流して
 何度も何度も瞬きをしていた。
「……そ、その人形、結局どうしたの?」
「え? 捨てましたよ? 呪いの人形なんて持ってても仕様がないですし」
「売る訳にも行かないしね」
 リオグランテは楽しそうに、フランベルジュは苦笑しながら当時の事を
 和気藹々と語っている。
 しかしその傍らで、フェイルの冷や汗は増していた。
「ど、何処に捨てたのかな」
「随分と興味あるのね。あ、もしかしてライバルの薬草店を呪いで
 全部ダメにしようとか考えてる? いかにもこの蚊の鳴くような薬草店の
 店主らしい、痩せ細った発想よね」
 肩を竦めて笑うフランベルジュの悪態に対し、フェイルは――――
「だから、何処に捨てたんだって聞いてるの!」
 一向に意に介さず、先の疑問を尖らせてぶつけた。
「な、何よ、そんなにキレなくても良いじゃない。何処だったっけ?」
「さあ……その辺に投げ棄てたんじゃないですかね。ファルさん、覚えてます?」
 ブンブンとファルシオンが首を横に振る。
 フェイルは、それとほぼ同時に頭を抱えた。
「何なのよ一体」
「……補足。マンドレイクは別名で『マンドラゴラ』とも呼ばれてる」
 まるで図鑑のト書きのように、ポツリと呟く。
 同時に、フランベルジュとファルシオンの顔がサッと蒼褪めた。
「う、嘘でしょ? からかってるのよね?」
「そう見える?」
 フェイルの顔も、同じ色だった。
 一人意味を理解できずにいるリオグランテが、小鳥のように首を傾げる中、
 ファルシオンが表情だけは崩さずに額を手で覆った。
「10万ユロー以上の価値の物を、私達は道端に投げ棄てた……?」
 ちなみに、10万ユローという金額は、この薬草店【ノート】を取り壊して、
 更に両隣の家を立ち退かせて、そこにちょっとした屋敷を立てる事が出来る
 くらいの金額だったりする。
「ちょ、ちょっと、幾らなんでも冗談が過ぎるんじゃない? だってアレ、
 人形だったのよ? 私達は薬草の話をしてたんじゃなかったの?」
「薬草なんだよ。正確には、その根だね。マンドレイクの根は、人形みたいな
 形をしてるんだ。さっき言ってた『干からびたミイラ』みたいな、ね」
「ど……どどどどうすんのよ! 10万ユロー! 10万ユローよ10万ユロー!
 アレってまだ落ちてるんじゃない!?」
 フランベルジュはこの場の誰よりも錯乱していた。
「落ち着いて下さい。守銭奴って言う不本意な属性が付いても知りませんよ?」
「そんな事言ってる場合じゃないってば! ちょっとフェイル、ホントに
 ホントなのよね!? あの干からびた搾りカスみたいな人形がホントに
 10万ユローで売れるのね!?」
「初めて名前を呼ばれたのが、そんなお金大好きな発言だって言う事に関しては
 物凄く残念に思うけど、多分間違いないと思うよ」
 フェイルの半眼睨みも意に介さず。
 フランベルジュは次の瞬間には旅支度を始めていた。
「さあ、戻りましょう! そしてフェイル、アンタも来るのよ。
 じゃないと本物かどうか判定出来ないからね!」
「えー……お店閉められないから無理だって」
「やっかましい! 10万ユローよ10万ユロー! このボロキレの切れ端みたいな店で
 アンタが一日に売る薬草の金額なんてノミの爪垢くらいのもんじゃない!
 休みなさいよっ!」
 あんまりな物言いにフェイルは唖然としつつ反撃を試みようと口を開いたが、
 その視界にすっかり旅支度を整えた勇者と魔法使いの姿が収まった為、
 その気力すら萎んで行った。
 そんな中――――店の扉がゆっくりと開く。
「あ、すいません。今日はもう店は……って、なんだ、アニスか」
「なんだ、で悪かったですねー。折角何か買ってあげようって思って
 わざわざ来てやったのに」
 幼馴染ならではの、カラッとした軽口。
 同じ言い争いでも、こうも違う。
 一時休戦となり、フランベルジュが腕を組みながらフェイルから離れていく中、
 代わりにリオグランテがフェイルとアニスの方に近付いて来た。
「えっと、アニスさん、でしたよね」
「ええ。貴方はリオグランテ君、だったかしら?」
「はい。覚えていてくれて光栄です! それで、実はお願いがあるんですけど」
 いきなりの、勇者の懇願。
 アニスはリオグランテの『勇者候補』と言う身分を知らないが、
 それでもほぼ他人の関係の人間からいきなり請願して来た事に驚きを禁じえず、
 フェイルの方を見ながら狼狽を露にしていた。
「暫くこのお店の店主代理を勤めて貰えないですか?」
「……はい?」
 キョトン、と言う擬音と共に、アニスとフェイルは漫然と小首を傾げた。







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