「……結局、何だったの? この訪問」
 満面の笑顔で手を振るファオを背中に、殆ど何もせずにいたフランベルジュは
 ジト目でファルシオンを問い詰める。
「元々、ここに来た理由って、あの落ちぶれ薬草店の薬草をこの病院に
 仕入れて貰う為だったんでしょ? それなのに、逆に薬草を寄越せとか言い出すし、
 しかも間髪入れずに断られるし。何か無駄に心証悪くしただけとしか思えないんだけど。
 それに、これならファル一人で十分だった訳だし。全員で来る必要あったの?」
 矢継ぎ早。
 しかしそのフランベルジュの発言は、全て正論だった。
 ただ、その発言をした当人は、もう一つ腑に落ちない事があると前置きした上で、
 キッとその方向を睨んだ。
「……それに、アンタもアンタよ。どうして何も言わないの?」
 その矛先となったフェイルは、静かに嘆息して後頭部の尻尾に手を当てる。
「まあ、特に言う事はなかったから」
「何? その諦めムード。そんなんだから店が潰れるのよ」
「いや、店は潰れてないし、そもそもその危機の原因に言われる筋合いも
 ないと思うんだけど」
 今度はフェイルが白い目を向ける。
 そして一息付き、目の色を変えてファルシオンの方に移した。
「反応、してくるかな?」
「恐らく。でなければ、あれ程の規模の施設の経営者としては失格です」
「なら良いけど……」
 そんな二人のやり取りに、フランベルジュは首を傾げながら
 訝しい顔を作る。
 その一方で、リオグランテは一切会話には絡まず、街頭で叩き売りしている
 リンゴを購入し、とても美味しそうにかじっていた。
「何? 何なの? 私がまるで簡単な事を一人だけ理解出来てない馬鹿みたいに
 見えるから、早く説明してよ!」
「説明が必要な程大層な事でもないと思うけど」
「ほー。そういう事を言うの」
 殺気。
 勇者一行の剣士は、本気の殺気を醸し出し始めた。
「わ、わかったから髪をフワフワ浮かさないでよ。怖いって」
「フランは無駄に自尊心が強いですから」
「しれっと毒吐いてないで説明!」
 少しは自分で考えろ、と言わんばかりの目を向けつつ、ファルシオンは
 歩行しながら自身の行動の解説を行った。
「簡単に言えば、今回の訪問の意味は、ただの紹介です」
「紹介?」
「はい。私達が勇者一行であると言う事と、彼等を必要としている事。
 この二点が伝われば、それで良かったんです」
 その言葉に、フランベルジュの足が止まる。
「つまり、あの要求は別に通らなくても良かった?」
「ええ。寧ろ、通って貰っては困ります。だから無茶を言いました」
「適当な思いつきなのは明らかだったからね。エントランスの芸術品からの
 着想でしょ?」
 苦笑するフェイルに、ファルシオンは頷く。
 つまり――――
「薬草店【ノート】とヴァレロン・サントラル医院の接点を作るには、
 まず彼等に私達の存在が利点であると言う事を証明しなくてはなりません。
【ノート】と勇者一行が繋がっている事を示した上で、私達と接点を持つ事を
 彼らが望めば、自然と【ノート】と提携する利点が生まれます」
「それはわかるけど……だったらそう言えば良いじゃない。【ノート】と
 業務提携すれば、もれなく私達も仲良くさせて貰います、って」
「そうしたら、アンタ等がいなくなった後に契約切られて終わりだよ」
 フェイルの補足に、ファルシオンは大きく頷いた。
「私達と【ノート】の関係は、小出しにしておく必要があります。その上で、
 先程私が提示した利点に価値を見出せば、自ずと向こうからコンタクトを取って来ます。
 その方法は、私達が【ノート】にいる限り、私達に直接とはいきません。
 相手としても、私達が何故【ノート】で働いているか、恐らくは看破出来ないでしょう」
「そうなれば、自ずと向こうが取る行動は限られてくる。例えば、何かしらの
 契約話を持ちかけてきて、お近付きになる、とか。【ノート】と勇者一行の
 関係性がはっきりしない以上、簡単にその契約は切れない」
 フェイルの説明を聞きながら、フランベルジュはその端正な顔を歪ませ、
 何度も首を捻っていた。
「……理屈はわかるけど、もし向こうが利点を見出したんだったら、あの場で
 もっと友好的な態度を取るんじゃないの?」
 その尤もな意見に対し、最初に反応を見せたのは――――リオグランテだった。
「でも、突然美味しい話が舞い込んできたら、身構えませんか?
 僕もさっき、このリンゴを五個で1ユローって言われた時、少し躊躇しましたよ」
「確かに……あの場は簡単にあしらって、その後私達を秘密裏に調べて、
 それで確証を得てから改めて接触、って流れか」
 つまり――――あの場ではどんな条件を出しても、或いはどんな内容の話をしても、
 いきなり契約成立となる可能性はなかったと言う事だ。
 フェイルですら疑った勇者一行の身分を、巨大病院の院長がいきなり信じる筈がない。
 実際、彼は勇者一行と言う事には最後まで疑いをかけていた。
 それならば、下手に契約の話を持ちかけて根掘り葉掘り聞かれるより、
 勇者一行と関係を持つメリットを提示し、こちらの情報は最小限に留めた方が
 余程予後に有利、と言う事だ。
「……アンタ、それをあの場で理解したって言うの?」
 フランベルジュの疑いの目は、フェイルに向けられた。
「他に思いつかなかったし。それに、契約の話をするには、あの場には人がい過ぎた」
「成程ね。私達まで一緒に行ったのも、必死さのアピールだけじゃなくて
 色々他にも目的があったのね」
 嘆息しつつ、フランベルジュは長い髪の毛を梳くように指でなぞる。
 疲れた頭を解きほぐす必要があったらしい。
「反応はあると思いますが、数日は見ておいたほうが良いですね」
「いや、その必要はないね」
 異質の声。
 刹那――――フランベルジュの瞳孔が閉じる。
 背の筋肉を瞬間的に稼動させ、帯剣した腰に手を伸ばした――――
 ところで、その稼動は意図的に終了した。
 視界に映ったのは、先程の院長室にいた、白衣の男。
 つまり、追ってきて話し掛けたという、それだけの事だった。
 全く気配がなかった事を除けば。
「Dr.グロリアは君たち勇者一行に興味津々だ。彼の気分次第では、きっと
 直ぐにでも動くだろうと思うよ」
「……」
 そんな白衣の男に対し、フェイルや勇者一行は当然の如く訝しむ視線を送る。
 それを悟っていて、敢えて楽しんでいる――――そんな飄々とした笑みを浮かべ、
 男はフェイルへ向けて一礼した。
「先程はありがとう。何も言わずにいてくれて。何よりその心遣いに感動したよ。
 名前を聞かせて欲しいね。俺はカラドボルグ=エーコード。ま、この業界じゃ
 少しは名の知れた人間さ」
「フェイル=ノートです。向こうで小さな薬草店を営んでいます」
 友好的に手を差し出してくるカラドボルグに対し、フェイルはその手を直ぐに握り、
 温和に笑みを浮かべた。
「気分次第……運が良ければ、と言う事ですか」
 そんな二人の傍で、ファルシオンの目は場違いに見えるほどに冷え切っている。
 真実を射抜く。
 その種類の眼だ。
「まあ、そう睨まないでくれよ。他意はないんだ」
「何か用ですか?」
 ファルシオンはその目のまま、突如話しかけて来たカラドボルグの
 目的を探るように、少ない言葉とは対照的に観察を重ねる。
 その視線に苦笑しつつ、白衣の男は眉尻を下げた。
「医者と言う職業上、困ってる人を見ると放っとけなくてね……と言う訳で、
 これをプレゼント」
「……?」
 カラドボルグと名乗った男の行動は、奇妙だった。
 自分の胸に付けている、ボタンのような物を引きちぎり――――それを
 フェイルに手渡したのだ。
「あげるよ。困った事があったら、これをスティレット=キュピリエに
 見せるといい。名前くらいは知っているだろう? この街の、いや
 この国の経済の一端を担う女帝さ」
 スティレット=キュピリエと言う名に、フェイルは思わず頬が冷たく
 なるのを感じていた。
 このヴァレロンはおろか、エチェベリア全土に亘り強力なパイプを持つ
 経済界における大物中の大物だ。
 この街で商売をするのなら、彼女の息が掛かった流通ルートを無視する事は
 決して出来ない。
 まだ若いという噂だが、その姿を側近以外が目にする事は、例え貴族であっても
 殆どないと言われている。
「じゃあ、また縁があったら会おう。勇者一行の皆さん」
 最後まで飄々とした佇まいを崩さず、カラドボルグはヒラヒラ手を振りながら
 フェイル達よりも先に前へ歩き出した。
 それを追う気にはならず、フェイルとファルシオンは顔を見合わせる。
「……何だったの? 今の。ただのお節介にしては、胡散臭かったけど……」
「そんな事言うもんじゃないですよ、フランさん。きっと親切な人なんですよ。
 そのボタンをスティなんとかさんにみせたら、ご飯を奢ってくれるんですよ」
 眉間に皺を寄せるフランベルジュに対し、リオグランテは意味の不明瞭な
 フォローを唱えていたが、その声は他の二人には届いていない。
「あの男、フェイルさんの知り合いですか?」
「いや……前に一度だけ、それも軽く目が合っただけだよ。その事を
 口に出さなかった事を感謝してたみたいだけど」
「それを信じるなら、その場所、若しくは一緒にいた相手が彼にとって
 都合が悪かったと言う事になりますが」
「教会だった。一緒にいたのは、その教会の司祭……だけだったかな」
「特に問題があるようには思えませんが……」
 そして、二人で思案。
 尤も、ファルシオンは一切それが顔には出ていない。
「……何なの、この疎外感」
「あのフランベルジュさん、その発言で寧ろ僕の方が疎外感を抱いたんですけど……」
 勇者が泣きそうな顔でションボリ項垂れる中、ヒラヒラと飛んで来た紙が
 その顔面を覆うように引っ付いた。
「はうーっ!? 息が、息がっ!」
「剥がせばいいでしょ……全く」
 嘆息しつつ、フランベルジュがその紙を手に取る。
 それは、広告紙だった。
 最新の印刷技術を用いて大量生産されたものだ。
「……」
 フランベルジュは、その紙を凝視していた。
「ねえ。手っ取り早くお金を手に入れる方法、見つかったんだけど」
 まだカラドボルグの行動に対しての話し合いをしていたフェイルとファルシオンが、
 ほぼ同時に発言主の方を見る。
 その顔は、フェイルが初めて目にする、心からの歓喜の表情だった。
 若干の不安を覚えつつ、その紙を受け取り、表記を目視する。
 そこには、『エル・バタラ』の文字が大々的に躍っていた。
 エル・バタラ――――四年に一度開かれる、国内最大規模の武闘大会。
 百を越える参加者の中から勝ち抜いた精鋭十六人で、トーナメント方式の本戦を行う。
 参加する人間の中には、傭兵ギルドの隊長クラス、騎士団の上位クラスといった
 ビッグネームも度々いて、大会の格調を高めている。
 上位に入賞を果たせば巨額の賞金が手に入るが、多くの参加者にとって、それは
 副次的な意味でしかない。
 この大会で優勝する事は、現在国内で得られる最大級の栄誉。
 その誉れの為に、既に経済的に何ら困窮のない剣士や魔術士が集結する。
 国外からの見学客も多いとされる、ビッグイベントだ。
「まさか……これに出る気?」
「そのまさかよ。この大会、上位入賞すると結構な額の賞金が出るの。ベスト4で2万ユロー、
 準優勝で4万、優勝なら10万だって。それで完全返済、ってのはどう?」
 少し艶のある声で剣士はそう提案した。
 自分がそれに出場すれば、上位に進出する事を約束されているかのような顔で。
「簡単に言うけど……その大会、上位入賞しないと賞金出ないよ、確か。大丈夫?」
「……何なら、試してみる?」
 フェイルの不安が矜持に触ったのか――――フランベルジュの声色が変わった。
「薬草店の店主相手に何をしようって言うのさ」
「冗談よ。ただ、私に出来る金策って言ったら、これくらいのもの」
 一転、今度は殊勝な言葉を嘆息と共に落とす。
 感情表現が忙しい。
「でも、この大会の開催は一月後となっていますよ? 流石に一ヶ月もこの街に
 いたら、王様に怒られちゃいません?」
 首を伸ばして広告紙を覗いた勇者が、珍しく適切な発言を述べる。
 その真意を確認した後、フランベルジュはガックリ肩を落とした。
「あーっ、折角の腕試しが!」
「そっちが本音みたいだね……」
 別の意味で頭を抱えながら歩く二人に、ファルシオンは一人こっそり、
 小さく小さく口元を緩めていた。


 そして、その翌日――――薬草店【ノート】に、使者が訪れた。







  前へ                                                             次へ