「……今まで何度も言って来た言葉だが、今日も言おう」
 翌朝。
 眩しい陽光にエチェベリア全土が包まれる中、フェイルは不機嫌な顔で
 カウンターに頬杖を付いていた。
「お前、とことん商人に向いてねーな」
「煩いよ」
 昨日色々あって疲労困憊の中、朝早くから冷やかし目的でやってきたハルのジト目に対し、
 同じ目で見返す。
「だってなあ。折角勇者が店にやって来て、剰え暫くここで働くって状況になってんのに
 ……何だよアレは」
 ハルの視線が、店の入り口に向く。
 そこでは、フランベルジュが一切の感情を排除した事務的な表情で立っていた。
 しかもしっかり帯刀している。
「殆ど用心棒じゃねーか。寧ろ逆効果だろ、地域密着型の薬草店に用心棒なんてよ」
「僕もそう言ったんだけど、聞かないんだよ。作り笑顔は苦手とか言って」
 小声で反論するフェイルに対し、フランベルジュはゆっくりと視線を2人の方に向けた。
「あ、何でもないっす何でもないっす」
 ハルのヘラヘラした返事に舌打ちし、再び視線を入り口に戻す。
「おいっ、今舌打ちしたぞアイツ! 何なんだよ! そう言う日か!?」
「知らないよ。嫌われてるんじゃないの?」
「何ィ!? やっぱりそうなのか!? 俺って初対面の女に嫌われるタイプなのかあああっ!」
 過去に何かあったのか、ハルは絶叫しながら泣き伏せった。
 昨日――――結局、【ウォレス】の使者は来なかった。
 屋敷に人の気配がなかったのは、アニスの手料理を恐れて使用人が自室に閉じ篭ったから――――
 との事。
 完全にフェイルの早合点だった。
 ただ、そう誘導された事は確かだ。
(クラウ=ソラス……謀ったのか?)
 昨日の紳士然とした男を思い返し、心中で悪態を吐く。
 もし、クラウのあの発言が嘘だとしたら――――その意図は容易に想像が付く。
 早くあの場からフェイルを去らせる為。
 ビューグラスとフェイルの関係を把握しており、且つビューグラスに一定の配慮を
 施そうとしていたクラウが、自らフェイルを殺せる可能性は低い。
 その為、あの場から人払いをするには、あれが最適の方法だった。
 あの場所でその後何があったのかは想像の域を出る事はないので、詮索は無意味だが――――
「考え事ですか?」
 カウンターで頭を抱えるフェイルに、陽気な声が掛かる。
 その声の主は、窓拭きをしていたリオグランテだ。
「や、別に……」
「そうですか。それにしてもこのお店、お客さん少ないですねー」
 無垢な邪気が店主の心臓を刺す。
 それにより、昨日の事を頭から一旦消す決心が付いた。
「薬草店なんて、そうそう客が入るような商売じゃないんだ。どこも厚利少売でやってるんだ」
「ですけど、僕達がここに来て、まだ一回も……お客さんを見た事ないですよ?」
 途中ハルの方に視線を向けつつ、リオグランテは断言する。
 確かに間違ってはいなかったので、フェイルは反論出来なかった。
「これは形態とか戦略以前の問題ではないでしょうか」
 全く仕事がない経理係のファルシオンの言葉も、フェイルの心臓に刺さった。
「でも、お陰でファルさんは静養出来ますね。昨日は暴漢に襲われて大変でしたもんねー」
 皮肉や嫌味が目的の発言ではないと理解しつつも、フェイルは嘆息を禁じえない。
 ファルシオンの身に何があったのか――――それに関しては、フェイルは全て知っている。
 何しろ気絶させた張本人だ。
 ただ、ファルシオンはその事実を正確にパーティーメンバーには伝えていないようだ。
 その意図するところは、フェイルにはわからない。
「……本当に大丈夫なの?」
「はい。貞操は守られています」
「そう。それなら良いけど。万が一後で問題が発覚したら直ぐに言いなさいよ。
 私がこの手で犯人を練り潰してあげるから」
 わからないが、余り聞く気にはなれなかった。
「まあ、それより問題なのはこの店かもね。ここまで客足がないなんて。
 これじゃまるで根無し草を無理やり引っこ抜いているみたいで気分が悪いったら」
「……僕、雇用する前にはっきり同じ趣旨の事言ってる筈だけど」
「ここまで人気がないなんて、誰が思うと?」
 3本目の棘が心臓に刺さり、フェイルの頭はついに堕ちた。
「ぐほっ!?」
 その額がハルの背骨を直撃する。
「痛ぇーな……つーかお前ら、何で無一文になったんだよ。勇者一行だろ? あり得ねーぞ普通」
 そして、起き上がって半眼で問う。
 そんなハルに対し、フランベルジュはあからさまに苦々しい表情になった。
「貴方に話す必要はない」
「あっそ。んじゃリオちゃーん。何でか教えて」
「……」
 女性剣士の表情がみるみる内に険しくなる。
 その様子をファルシオンが何処か楽しげに眺めている中、勇者は説明を始めた。
「あー、えーとですね、実は……」
 しかし、内容も話し方も拙い上に脱線が多く、時間にして30分にも及んだ。
「……つまり、近隣の街で大事な大事な親書を金目の物と勘違いしたガキにうっかり盗まれて、
 その回収の為に諜報ギルドから情報を買いまくり、その結果犯人が実はその街の貧乏領主の
 息子である事が判明し、いざ捕まえようとした所で領主と敵対している革新派の連中から
 バカ息子を拉致られ、そいつらのアジトに潜入したもののまんまと逃げられ、追いかける為に
 高額の馬車を借りて、やっとこさ追い着いた所でバトルが勃発。その際勇者の剣が折れたり
 そこの冷徹剣士のブーツが焦がされたり、魔術士のローブが汚されたりしたものの、どうにか勝利し
 全て解決した後に貧乏領主から受け取った謝礼金を『それでは、これは昨日の宿代です。
 高いですけど、なにせ領主様の屋敷ですから仕方がありません』なんて世にも恥ずかしい
 格好付けた言葉と共に全額突っ返して、装備品を整えた所で気が付けば無一文になっちゃってた、
 と言う事か」
 掻い摘むと一分強で終わる話だった。
「ちなみに赤面ものの文句を吐いたのはフランです」
「ほう」
 自分が疑われる事を嫌ったのか、ファルシオンは率先してリークして来る。
「なっ……! それ言うなら、あのハゲを逃がしたのは最後にアンタの攻撃魔術が外れた所為でしょ!?」
「あれは……フランが急に『ダメっ! あの子にも当たる!』なんて叫ぶから、吃驚して」
「でも、実際当たりそうだったじゃない。よりによって【炎の天網】なんて広範囲が燃える魔術を
 使おうとしてたでしょう」
「それを言うなら……」
「貴方だって……」
 女性特有のネチネチした言い争いは延々と続いた。
「って言うか、大事な親書を何度も盗まれちゃダメだと思うんだけど……」
 説明が長かったので途中蘇ったフェイルの言葉に、言い争いをしていた2人は同時に俯く。
 一応、不備に対する不甲斐なさや羞恥心は持っているらしい。
「ふ、ふん。商才のない薬草店の店主だって似たようなもんじゃない」
「非常に的を射た発言です」
「煩いな! 大体、それ債権者に対する態度でもなければ店員の態度でもないよね!
 もっと謙虚にしてよ!」
「あ、あの……喧嘩は止めた方が」
 リオグランテの制止も聞かず、醜い言い争いは続く。
 そして――――
「あのー、マンドレイクを探しているんですけど……ああっ、すいません!
 そんな険しい顔で睨まないで下さい! すいません〜!」
 その結果、大事な大事なお客を失った。
 固まる3人。
「……マンドレイクって確か、超高い薬草だよな」
 ハルの言葉に、フェイルは涙目でコクリと頷く。
「そんな薬草を探してるって事は、確実に金持ってる客だな。親切にしてりゃ相当上客に
 なっただろうになあ」
 そんな心無い言葉がトドメとなり、フェイルは沈んだ。
「さ、さてと。展示物をちょっと整理しようかな」
「羊皮紙の整理をしておきます」
 自身の店の床に横たわる店主に対し、店員達は逃げるようにそれぞれの持ち場へ戻って行く。
 エチェベリアの空は、今日も青い。
 明日、空があるとして。
 同じような色が続いて行く事は間違いない。
 或いは、それと同じように。

 薬草店【ノート】の苦難は、まだまだ続く――――






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