勇者と言う称号を得た人間には、共通の性質があると言う。
 それが事実なのか、単なる逸話なのか、それは誰にもわからない。
 だが、思わず納得してしまうような、そんな妙な説得職はある。
 その共通点とは――――
「……こう言うイベントには困らない、と言うところです」
「成程。納得」
 新市街地のメインストリート、アロンソ通りを歩きながら、フェイルは小さく頷いていた。
 隣を歩くのは、魔術士ファルシオン。
 ノノの飼い猫であるクルルを探す為、勇者一行とフェイルは二手に分かれて
 街中を彷徨う事にしたのだ。
 フランベルジュは当人の意思で勇者リオグランテと組む事になり、必然的に
 残りのフェイルとファルシオンが組む事になった。
「風が気持ち良いです」
 そう言いながらも無表情で、ファルシオンは空を仰ぐ。
 腰まで伸びた美しい金髪のフランベルジュとは対照的に、ファルシオンの髪の毛は
 銀色の輝きを放っていた。
 少し茶色がかった黒髪のフェイルにとっては、余り馴染みのない髪の色。
 純粋なエチェベリア人でない事は明白だったが、かと言って髪の毛の色で
 国籍が断定出来るほど、人体は単純でもない。
 ただ、それを聞くほどの好奇心は働かなかった。
「って事は、これまでも猫探しみたいな小さいイベントはかなりこなしてる、って事かな?」
 代わりに、勇者一行としての実績を問う。
 店で働いて貰う以上、それなりに行動理念や実績に関しては知っておきたい。
 それである程度のパーソナリティが把握出来るからだ。
「はい。お城を出て直ぐ、城下町で盗賊に親書を盗まれました。そこで盗賊ギルドへ行って
 その身体的特徴から何者かを割り出して貰おうとしましたが、ギルドの者ではなく、最近
 その城下町で身寄りのない子供に盗んだ物を売って作った金銭を分け与える義賊である事が
 判明して、その義賊は盗賊ギルドと対立関係にあって、結果的に抗争に巻き込まれて……」
「小さくない小さくない」
 フェイルが首をブンブン横に振ると、ファルシオンは2つのお下げを傾けながら
 意外そうな顔をしていた。
「ですけれど、この後のイベントは全てこれよりは大きめなので」
「勇者一行を甘く見てたみたい……『候補』でそんな環境なんだね」
 勇者とは、常にトラブルメーカーである。
 勇者の行く所に事件あり。
 勇者の寄る街に不幸あり。
 勇者の使う交通機関に故障あり。
 兎に角、それくらい勇者と言うのは何かを起こす達人だ。
 まるで、そうでなければサーガが成り立たないと言う吟遊詩人の怨念でも
 乗り移っているかのように。
「そう言った試練が、勇者を大きく育てると言われています。神様からの贈り物、と」
「贈り物ね……って言うか、その理論だとさ、この猫探しも最終的にはとんでもない事に
 発展するんじゃないの?」
 嫌な予感を覚えつつ、フェイルは思わずそんな呪言を口にする。
「そうならないよう、フランがリオに付いたのですが……」
 そこまで言って、ファルシオンは言葉を止めた。 
 特に、何か言動を中断させるような環境の変化はない.
 猫が視線の先にいた訳でもないし、顔見知りと出くわした訳でもない。
 要は、それ以降の言葉には負の要素しかなかったので、敢えて口にはしないと言うだけの事。
 それを無意味に感じ取ってしまったフェイルは、大きく項垂れて嘆息を落とした。
 ここ数日、大きく息を吐く頻度が以上に高い。
 無論、良い事である筈もなかった。
「まあ、先の事は考えても仕方ないとして……ここから二手に分かれる?」
 大きな交差点に差し掛かったところで、フェイルが問う。
 このアロンソ通りは、薬草店【ノート】を出て東側に少し進んだ先にあり、現地点はそこから
 500m程北上した所だ。
 そして、その交差点の一角には、この界隈で最大の規模を誇る
 傭兵ギルド【ラファイエット】がある。
 傭兵ギルドは、基本的には用心棒や賞金首の拿捕を生業としている傭兵達の集団だが、
 同時に街の治安維持にも一役買っている。
 と言っても、自治警のように毎日警邏していると言う訳ではない。
 寧ろ、酒場で騒ぎを起こす事も少なくないくらいだ。
 しかし、そんな騒動が頻繁に起こる事で、一定の治安の悪化が生み出され、同時に
 深夜の時間帯に出歩く人の数を減らしている。
 ケンカはしても、それはギルドの者同士。
 決して一般人には手は出さない。
 その結果、街の治安は余り良くないが、一般人の治安は守られると言う奇妙な状態が
 絶妙なバランスで成り立っている。
 傭兵ギルド【ラファイエット】もまた、そう言う役割を担った機関だ。
「いえ。一人で探し物をするのは効率的ではありません。人間の視界は180°全てを
 見通せる訳ではありませんから」
 ファルシオンの言葉は、的確だった。
 人の目で見える範囲は、個人差はあるものの、大体150〜170°。
 しかしこれはあくまでも視界範囲であり、その全てが脳に伝わる訳ではない。
 視覚情報として認識可能な範囲はこれを確実に下回る。
 よって、一人で道を歩いているだけでは、前方全てを調べる事は出来ない。
 二人なら、かなりの範囲が確実にフォローできる。
「わかった。それじゃ方向を決めよう」
 引き返すと言う選択はないので、実際には3択。
 西、北、東。
 どちらにも、割と整備された道が伸びている。
 この新市街地の道は馬車が良く通る事もあり、凹凸は殆どない。
 エチェベリア国内でも指折りの美しさだ。
「闇雲に歩いても、猫と言う動物は見つけられません。猫の性質を知り、隠れている可能性のある
 ポイントを探しましょう」
「隠れている? どうして断定出来るの?」
 突然の提案に、フェイルは思わず首を捻る。
「猫と言うのは好奇心旺盛な一方で、大変臆病な動物です。自分の縄張りから外に出る事は
 滅多にありませんし、仮に出ても怖くなって軒下や茂みに隠れ、息を潜めます。
 遠くに行っている事は考え難いので、この周囲のそう言った場所を探しましょう」
「了解。それならこっちを探そう。廃屋があるんだ」
 やたら猫の生態に詳しいファルシオンの提案に頷きつつ、フェイルは西の方角を指差す。
 傭兵ギルド【ラファイエット】とほぼ向かい合う形で、その廃屋はひっそりと建っていた。
「ちょっと聞いて良い?」
 その廃屋に視線を移したファルシオンは、その問いにコクリと頷く。
「猫を探すのに使えそうな魔術とかないの?」
「……私は知りません」
 小さく首を振る。
 フェイルは魔術に対して余り造詣がないので、この問い自体が的外れである事に
 全く気付いていなかった。
 アランテス教会が『自然との架け橋』と位置付ける、魔術。
 体内に一定以上の『魔力』を有する、限られた者のみが使用できるその術式は、
 実は殆どが外部への攻撃、及びその防御、そして封印に限られているのだ。
 攻撃に関しては、まず近距離での攻撃を前提とした『前衛術』、遠距離攻撃の
『後衛術』に分けられ、更にそこから炎を貴重とした赤魔術、氷を基調とした青魔術、風を基調とした緑魔術、
 雷を基調とした黄魔術に分けられる。
 防御は基本、結界の形を取り、それぞれの魔術に対して効果的なもの、全般に対して
 有効なものなど、様々な種類が開発され、アカデミー等で教えられている。
 封印と言うのは、専ら扉の施錠の代わりに使用される事が多く、宝物庫や貴重な書類などの
 管理に利用されている。
 魔術と言うと、その中身を良く知らない者は『色々な事が出来る不思議な力』と見做す
 ケースがかなり多いが、実際には出来る事はとても少ない。
「でも、『彼』なら知っているかも……」
「彼? 勇者候補の彼の事?」
「あ、いえ。すいません、何でもありません。忘れて下さい」
 フェイルは思わず目を疑う。
 そのファルシオンの対応は、明らかにそれまでの彼女の言動や立ち振る舞いとは
 一線を画していた。
 まるで、恥ずかしい物を見られたかのような、そんな反応。
 狼狽もありありだ。
 或いは、恋人か想い人の事だったのかもしれない――――そう解釈し、フェイルは
 それ以上の追求は避けた。
「取り敢えず……この廃墟を探そうか」
「はい」
 既に元通り。
 この辺りは、フェイルの持つファルシオンへの印象に違わないものだった。
 改めて、廃墟に向けて足を運ぶ。
 直ぐ近くだった事もあり、その輪郭はあっと言う間に明確になった。
 建物は、決して大きくはない。
 ちょっと規模の大きい倉庫と言ったところだ。
 家屋の形態は辛うじて保っているものの、石造ではなく木造の為、雨による侵食がかなり
 激しく、土と接触している部分は大方腐敗に近い状態にある。
 そんな廃屋の周囲には、数多の折れた剣や錆びたナイフが転がっていた。
「余り行儀の良いギルドではないみたいですね」
 向かいの【ラファイエット】の傭兵達が、武器捨場にしているのは明白。
 ファルシオンが呆れつつ、率先して廃屋の中へ足を――――
「待って。誰かいる」
「え?」
 踏み入れようとするところを、フェイルはすんでのところで止めた。
 裏のお仕事の関係上、フェイルは気配を察知する能力に長けている。
 その触覚に感じたのは、猫ではなく、人。
 しかし、当然ファルシオンはそれを素直に信じる事は出来ないらしく、
 怪訝な目をフェイルに向ける。
「あの、何故そう断定出来るのですか?」
「薬草売りたるもの、気配察知能力がないとやっていけないんだ」
 本当の事を言える筈もなく、適当で曖昧な回答によって茶を濁す。
 ファルシオンは一瞬首を傾げたが、直ぐに納得したような様子で小さく頷いた。
「でも、忍び込むのはリスクが大き過ぎる気が」
 どうやら、薬草園に盗みに行っている、と言う認識が構築されたらしい。
 ある意味合理性に富んだ結論だったので、フェイルは修正を加えなかった。
「それより、人がいる中で探し物はちょっと。他を当たろう」
「いえ。ここは何となく猫が迷い込みそうな場所です。探しましょう」
「あ、ちょっと!」
 何か女の勘でも働いたのか――――ファルシオンはフェイルの制止を聞かず、
 廃屋の入り口付近まで黙々と進んで行った。
 そして、壁に背を付け、そっと中の様子を窺う。
 まるで盗人のように。
「……本当にいます」
「だからそう言ったでしょ。それに、こんな時間にこんな場所にいる人なんて
 高確率で厄介な職種なんだから、係わり合いには……」
 呆れ気味に再度警告するフェイルに対し、ファルシオンは口に指を当てて
 沈黙を促した。
「とても興味深い組み合わせです」
 そして、覗き込むよう目で促す。
 フェイルは嘆息しつつ、言われるがまま体を入れ替え、そっと中の様子を確認した。
 廃屋の中は、予想通り鉄屑やゴミが散乱しており、外以上にゴミ捨て場の
 様相を呈していた。
 そんな中に、二人の人物がいた。
「……!」
 驚いた事に――――その内の一人は、フェイルの良く知る人物だった。
 ビューグラス=シュロスベリー。
 薬草学の権威であり、幼馴染アニスの父であり、この新市街地の中核を担う富豪であり、
 夜のお仕事のお得意様である中年の男。
 そのビューグラスが、若い女性と向かい合って何やら話をしている。
「これは、不倫現場と言う事なのでしょうか」
「……う」
 ファルシオンの冷淡な言葉に、フェイルは思わず顔をしかめる。
 幼馴染の父と言う事もあり、子供の頃から知るその人物は、学者なだけあって常に厳格で
 気難しい存在として認識されていた。
 同時に、野心家としての一面も知っている。
 だが、女性にだらしないと言う風評は一度として耳にした事がない。
 それだけに、フェイルはショックを受けた。
 幼馴染の父親の不倫現場。
 幼少期の純粋な記憶がドロドロに汚染されたような心持ちになり、やり切れなくなる。
「どうされました?」
 そんなフェイルの様子に感じ取る物があったのか、ファルシオンは特に心配そうな様子こそ
 ないものの、語調を弱めて聞いてきた。
「……男性の方、知り合いなんだ」
「それは……幸運ですね」
「うん、幸運……幸運?」
 全くこの場にそぐわない言葉が現れた事に、一瞬脳が頓挫する。
「脅迫材料は一種の財産ですから。将来何処で役立つかわかりません」
「無表情で恐ろしい事言う子!」
 フェイルは思わず大声を上げてしまった。
 当然、中の男女も声に気付く。
「まずい! 逃げよう!」
「後ろめたいのは向こうなのでは?」
「お得意様なんだ! 気まずくなりたくない!」
 言うが早いか、フェイルは既に走り始めていた。
 走る。
 走る。
 足掻くように、もがくように、兎に角走る。
 フェイルは身体能力は低くない。
 少なくとも一般人よりは遥かに上だ。
 流石に一流の戦士とまではいかないが、俊敏性においては余程の相手でなければ
 後れを取る事はない、と自覚していた。
 しかし――――そんなフェイルの隣に、併走する影が見える。
 魔術士は通常、身体能力はかなり低く、一般人と大差ないと言う事くらいは知っていた為、
 その足の速さにフェイルは驚愕し――――
「……あれ?」
 思わず足を止める。
「みゃお」
 その影は、ファルシオンではなかった。
 と言うか、人間でもなかった。
 と言うか、猫だった。
 と言うか、クルルだった。
 呆然と【ラファイエット】の前で立ち尽くすフェイルの足に、クルルは嬉しそうに
 擦り寄っている。
 あんな事があったにも拘らず、まだ懐いてくれているらしい。
 と言うか、見つかった。
「お前……探してたんだぞ。何処にいたの」
「みゃう」
 その上品な毛並みの仔猫を担ぎ上げる。
 顔を近付けると、ペロペロと頬を舐め始めた。
 不安だったのかもしれない。
 クルルは何処か安堵しているように、フェイルの目に映った。
「……置き去りにするなんて、あんまりです」
 その目に、今にも倒れそうな顔面蒼白の顔で息切れしているファルシオンも映った。






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